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第10話 勝負の終わり

ー/ー



 そして、ぼくは数回、グリューンさまに殺された。

 死がこれほど、身近に迫ったことはなく、恐怖にぼくの神経はずたずたに引き裂かれてしまっていた。
 手も脚も充分に動かせず、戦うどころではなかった。

 過去の記憶が、ぼくの行動に枷をかけてしまっている。
 これを克服しなければ、先に進むことができない。
 それなのに——やはり死を意識してしまうと、どうしても存分に戦えなくなってしまう。

 グリューンさまの気迫と、槍の猛撃、人間離れした体捌きなどに、追いつけなくなってしまう。
 だめだ——もう、逃げたい……。
 そう何度、思ったことだろう。
 だけど、アカネとチカが目の前にいるのだ。

 殺される瞬間の痛みには、まだ耐えられる。
 それは、一瞬のことで、どれほどの痛みだとしても、すぐに傷ひとつない身体となって再生されるので、まだ耐えられる。

 しかし——死はそうではない。
 じわじわと死は近づき、心を蝕んでいってしまう。
 死の恐怖はどうしても、消えることはない。

 けど、何度も死に戻りをしてきて、ぼくはだんだんと大胆になっていった。
 恐怖を克服したり、避けることは出来ないが、死をただ待つのではなく、心をからっぽにしてみて、思い切って行動してみよう、と。

 それから、また、ぼくたちは試練を続けた。
 いくらか、ぼくもグリューンさまの動きを目で追えるようになってきていた。

 それまでは、まったく瞬間移動したようにしか見えなかったのが、だんだんと、姿形はぼんやりとしているが、ここから、ここへ移動しようとしているのは、わかってきた。
 そうすると、こちらも防戦一方とはならずに、グリューンさまの”鉄扇の意思”の大振りは、実はみせかけだ、とか、上段に槍を構えているが、実はスライディングをしながら、振り上げてくる、とか、あるいは、力強い突きは、今度はまっすぐに放って来る、とかいうのが、面白いほど、わかるようになっていった。

 十回に一回、ぼくも反撃をしていたのが、グリューンさまの攻撃が読めるようになると、それが、五回に一回から、三回に一回……などのように、積極的に攻撃を行えるようになっていった。

 けど——まだ、グリューンさまには、ぜんっぜん、届かない。
 敢えて、グリューンさまは、ぼくに攻撃を加える隙を見せている、と思うぐらいだ。

 ”屠るもの”を構えていると、時々、穂先や柄が震えることがあった。
 どうやって、グリューンさまを攻略するべきか、考えている時なんだけど、”屠るもの”が揺れるのだ。

 ぼくのひとり言に対して、ぶーん、と大きく揺れる時は”はい”で、ぶぶ……と複数回、小刻みに揺れる時は、”いいえ”——ということが、ぼくにもだんだんと、わかってきた。
 これが会話と呼べるかは疑問だけど、”屠るもの”はちゃんと答えを返してくれるので、それに従い、ぼくは作戦を修正したり、取りやめたり、または、そのまま、実行に移したりしていた。

 そうして、ぼくの死ぬ回数はだんだんと、間隔が空いていった。
 グリューンさまと、激しい戦いは続いているが、もう一時間以上は、致命的なダメージをもらっていないのではないだろうか。

 それでも、まだまだ、グリューンさまには、体を掠めるような一撃すら与えられていない。
 すべて、見切られてしまっているのだ。
 歴戦の戦士というのは、こういう人のことを言うのだろう。

 絶対的な存在として、ぼくの前に立ち塞がっているのだ。
 それをどう、崩していくべきか——それもまた、ぼくは楽しんでもいた。

 グリューンさまが、槍を振り回してきた。
 軸足を交互に変えながら、迫ってくる。

 左、右と体の向きを変え、かと思うと、そのまま、踏み込んだりもしていくる。
 槍の長さは、”鉄扇の意思”のほうにリーチがある分、そういう攻撃を連続でされると、不利だった。

 グリューンさまは、槍の性能は、ぼくが使っている”屠るもの”のほうが上だ、と言っていたがそうだろうか?
 ”屠るもの”を完全に使いこなせていない差もまた、戦いに出てしまっているのだろう。
 もし——ぼくが、”屠るもの”を使いこなせていれば、と唇を噛みしめてしまう。

 グリューンさまが、”鉄扇の意思”を叩きつけてきた。
 ——今だ!
 ぼくは、”屠るもの”を、突き出す。

 グリューンさまに、ではなく、”鉄扇の意思”の柄頭の部分に、穂先をぶつける。
「な——」
 槍と槍が正面からぶつかり、火花を散らした。

 双方の槍が振動する。
 頭を突き合わせながら、挑発し合っている戦士を、ぼくは思い浮かべた。
 そのまま、ぼくは槍を抑え込もうとする。

 がっきと、穂先同士が絡みあい、グリューンとぼくとで、綱引きのように、両方から押し合う。
 できれば、グリューンの手から槍を奪えればいいんだけど、結果的にそうはならなかった。

 柄を手放してしまったのは、ぼくのほうだった。
 あっと思う間もなく、槍は持ち上げられ、宙へと消えていた。
 うーん……あと、もうちょっとだったのに。
 グリューンさまは見た目が女性なので、腕力なら勝てると思ったのだけど、生粋の戦士だけあって、そんなことにはならなかった。

 宙へと飛ばされていた”屠るもの”が、戻ってきた。
 ぼくの手のなかにすっぽりと、収まる。
『作戦そのものは、悪くはなかったな。ただ、経験が少ないのと見極めがまだ、足りてなかったってとこだろう』

 どこからか、声が聞こえてきた。
 渋い、低音性の男の声でもちろん、ぼくのものではない。
「え——今の声って?」

 疑問を浮かべていると、さっきまでは真剣な顔つきをしていたグリューンさまが、笑顔を浮かべていた。
「ほう、これはこれは——あの気難しい”屠るもの”と限定的ながら、そなたと魔力結合(プライマリア・レインフォースメント)まで果たしてしまうとはのぉ。いやはや、あと一歩のところまでは、やって来たとみるべきぞね」
 うんうん、とグリューンさまが頷くと、”鉄扇の意思”もまた、ぶーんと大きく振動した。

 ——あと一歩……。
 ぼくは、その言葉を噛みしめた。
 何とか、グリューンさまに届きかけたところまでは、やって来たということか。

 ちらりと、ぼくはアカネとチカを見る。
 あのふたりも早く、解放してあげないとね。
 ぼくひとりだけで、こうして戦いを続けているのも、なんだか、寂しいものがある。

 ”屠るもの”の柄をぎゅっと、ぼくは握りしめた。
『よし、坊! 集中力を高めていくぞ。あの説教臭い婆さんにも口出し出来ないような一撃を放ってやるのだ』

「え……婆さん?」
『そりゃそうだろう。あの婆さん、もう何代にも渡って、アリアンフロッドたちを見守ってきているんだからな。そりゃ、年も取るってもんだろう』

「おやおや、えらい口の利き方ぞねぇ。返り討ちにして、もう一回、作り直したほうがいいのかのぉ」
 すっと、グリューンさまが瞳を細くした。
 草色の髪がまた、ぞわりと動く。

 ——あの髪も、チカと同じで、感情に反応するのだろうか?
 それはともかく、ぼくは腰を低くして、全身から力を抜いた。

「表情が変わったな。では、わしからも、そろそろ、致命的な一撃を放ってやろうぞね」
『よし——坊! いくぞ』
「はい!」

 答えるのと同時に、ぼくはグリューンさまめがけて、飛び出していった。


次のエピソードへ進む 第11話 明日への扉


みんなのリアクション

 そして、ぼくは数回、グリューンさまに殺された。
 死がこれほど、身近に迫ったことはなく、恐怖にぼくの神経はずたずたに引き裂かれてしまっていた。
 手も脚も充分に動かせず、戦うどころではなかった。
 過去の記憶が、ぼくの行動に枷をかけてしまっている。
 これを克服しなければ、先に進むことができない。
 それなのに——やはり死を意識してしまうと、どうしても存分に戦えなくなってしまう。
 グリューンさまの気迫と、槍の猛撃、人間離れした体捌きなどに、追いつけなくなってしまう。
 だめだ——もう、逃げたい……。
 そう何度、思ったことだろう。
 だけど、アカネとチカが目の前にいるのだ。
 殺される瞬間の痛みには、まだ耐えられる。
 それは、一瞬のことで、どれほどの痛みだとしても、すぐに傷ひとつない身体となって再生されるので、まだ耐えられる。
 しかし——死はそうではない。
 じわじわと死は近づき、心を蝕んでいってしまう。
 死の恐怖はどうしても、消えることはない。
 けど、何度も死に戻りをしてきて、ぼくはだんだんと大胆になっていった。
 恐怖を克服したり、避けることは出来ないが、死をただ待つのではなく、心をからっぽにしてみて、思い切って行動してみよう、と。
 それから、また、ぼくたちは試練を続けた。
 いくらか、ぼくもグリューンさまの動きを目で追えるようになってきていた。
 それまでは、まったく瞬間移動したようにしか見えなかったのが、だんだんと、姿形はぼんやりとしているが、ここから、ここへ移動しようとしているのは、わかってきた。
 そうすると、こちらも防戦一方とはならずに、グリューンさまの”鉄扇の意思”の大振りは、実はみせかけだ、とか、上段に槍を構えているが、実はスライディングをしながら、振り上げてくる、とか、あるいは、力強い突きは、今度はまっすぐに放って来る、とかいうのが、面白いほど、わかるようになっていった。
 十回に一回、ぼくも反撃をしていたのが、グリューンさまの攻撃が読めるようになると、それが、五回に一回から、三回に一回……などのように、積極的に攻撃を行えるようになっていった。
 けど——まだ、グリューンさまには、ぜんっぜん、届かない。
 敢えて、グリューンさまは、ぼくに攻撃を加える隙を見せている、と思うぐらいだ。
 ”屠るもの”を構えていると、時々、穂先や柄が震えることがあった。
 どうやって、グリューンさまを攻略するべきか、考えている時なんだけど、”屠るもの”が揺れるのだ。
 ぼくのひとり言に対して、ぶーん、と大きく揺れる時は”はい”で、ぶぶ……と複数回、小刻みに揺れる時は、”いいえ”——ということが、ぼくにもだんだんと、わかってきた。
 これが会話と呼べるかは疑問だけど、”屠るもの”はちゃんと答えを返してくれるので、それに従い、ぼくは作戦を修正したり、取りやめたり、または、そのまま、実行に移したりしていた。
 そうして、ぼくの死ぬ回数はだんだんと、間隔が空いていった。
 グリューンさまと、激しい戦いは続いているが、もう一時間以上は、致命的なダメージをもらっていないのではないだろうか。
 それでも、まだまだ、グリューンさまには、体を掠めるような一撃すら与えられていない。
 すべて、見切られてしまっているのだ。
 歴戦の戦士というのは、こういう人のことを言うのだろう。
 絶対的な存在として、ぼくの前に立ち塞がっているのだ。
 それをどう、崩していくべきか——それもまた、ぼくは楽しんでもいた。
 グリューンさまが、槍を振り回してきた。
 軸足を交互に変えながら、迫ってくる。
 左、右と体の向きを変え、かと思うと、そのまま、踏み込んだりもしていくる。
 槍の長さは、”鉄扇の意思”のほうにリーチがある分、そういう攻撃を連続でされると、不利だった。
 グリューンさまは、槍の性能は、ぼくが使っている”屠るもの”のほうが上だ、と言っていたがそうだろうか?
 ”屠るもの”を完全に使いこなせていない差もまた、戦いに出てしまっているのだろう。
 もし——ぼくが、”屠るもの”を使いこなせていれば、と唇を噛みしめてしまう。
 グリューンさまが、”鉄扇の意思”を叩きつけてきた。
 ——今だ!
 ぼくは、”屠るもの”を、突き出す。
 グリューンさまに、ではなく、”鉄扇の意思”の柄頭の部分に、穂先をぶつける。
「な——」
 槍と槍が正面からぶつかり、火花を散らした。
 双方の槍が振動する。
 頭を突き合わせながら、挑発し合っている戦士を、ぼくは思い浮かべた。
 そのまま、ぼくは槍を抑え込もうとする。
 がっきと、穂先同士が絡みあい、グリューンとぼくとで、綱引きのように、両方から押し合う。
 できれば、グリューンの手から槍を奪えればいいんだけど、結果的にそうはならなかった。
 柄を手放してしまったのは、ぼくのほうだった。
 あっと思う間もなく、槍は持ち上げられ、宙へと消えていた。
 うーん……あと、もうちょっとだったのに。
 グリューンさまは見た目が女性なので、腕力なら勝てると思ったのだけど、生粋の戦士だけあって、そんなことにはならなかった。
 宙へと飛ばされていた”屠るもの”が、戻ってきた。
 ぼくの手のなかにすっぽりと、収まる。
『作戦そのものは、悪くはなかったな。ただ、経験が少ないのと見極めがまだ、足りてなかったってとこだろう』
 どこからか、声が聞こえてきた。
 渋い、低音性の男の声でもちろん、ぼくのものではない。
「え——今の声って?」
 疑問を浮かべていると、さっきまでは真剣な顔つきをしていたグリューンさまが、笑顔を浮かべていた。
「ほう、これはこれは——あの気難しい”屠るもの”と限定的ながら、そなたと|魔力結合《プライマリア・レインフォースメント》まで果たしてしまうとはのぉ。いやはや、あと一歩のところまでは、やって来たとみるべきぞね」
 うんうん、とグリューンさまが頷くと、”鉄扇の意思”もまた、ぶーんと大きく振動した。
 ——あと一歩……。
 ぼくは、その言葉を噛みしめた。
 何とか、グリューンさまに届きかけたところまでは、やって来たということか。
 ちらりと、ぼくはアカネとチカを見る。
 あのふたりも早く、解放してあげないとね。
 ぼくひとりだけで、こうして戦いを続けているのも、なんだか、寂しいものがある。
 ”屠るもの”の柄をぎゅっと、ぼくは握りしめた。
『よし、坊! 集中力を高めていくぞ。あの説教臭い婆さんにも口出し出来ないような一撃を放ってやるのだ』
「え……婆さん?」
『そりゃそうだろう。あの婆さん、もう何代にも渡って、アリアンフロッドたちを見守ってきているんだからな。そりゃ、年も取るってもんだろう』
「おやおや、えらい口の利き方ぞねぇ。返り討ちにして、もう一回、作り直したほうがいいのかのぉ」
 すっと、グリューンさまが瞳を細くした。
 草色の髪がまた、ぞわりと動く。
 ——あの髪も、チカと同じで、感情に反応するのだろうか?
 それはともかく、ぼくは腰を低くして、全身から力を抜いた。
「表情が変わったな。では、わしからも、そろそろ、致命的な一撃を放ってやろうぞね」
『よし——坊! いくぞ』
「はい!」
 答えるのと同時に、ぼくはグリューンさまめがけて、飛び出していった。