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第9話 グリューンさまの口調って、ちょっと……いや、かなりヘン!

ー/ー



 グリューンを、ぼくは邪悪なもの、とは思わなかった。
 どちらかというと、友好的なものすら、感じる。

 腕はたつのだろう。
 それは、脚の進め方、体幹のずらし方、腕の振りなどを見ても、納得だ。

 というか、ぼく程度では勝負にならない、ということもわかる。
「試練……とは? それに失敗してしまったら、ぼくは殺されてしまうってことなの」

 ちらりと、ぼくはアカネを見た。
 チカもだが、ふたりとも、目覚めるような気配はいっさいない。
 あれから、どれくらい時間は経ったのだろう。
 もしかすると——ずっと、このままかもしれない。

「殺しはしない——ただ、嬲りものにするやもしれぬぞね」
 グリューンから、それまでのにこやかな表情が消えた。
 仮面のように無機質なものとなり、笑みを浮かべる。

 こちらに、武器はない。
 では、アカネの腰の刀を借りるべきか?
 そうすると、一時的にせよ、ぼくはグリューンに無防備な背中を向けることになる。
 それじゃ——だめだろう。

「どうして、試練なんてものを? ここまで来たものに、あなたは全員、その試練を与えているの?」
「全員——ということではない。が、誰かに与えねばならぬ。それは、塔の意思として、感じておる。坊はまだ、アリアンフロッドではない故、わからぬと思うが日々、奈落よりのものどもも、強力さを増してきておる。わしたち、クロノスの使徒も、積極的に関わってやらねばならないところまで来ておる——そういうことぞね」

 奈落よりのものども(アビス・フィーンド)——というのは、大陸の各所に開いた穴から出現してくる、異形の存在のことだ。
 九曜の塔が大陸に聳えるのと同じ時期、”奈落”と呼ばれる穴も突如として現われ、そこから奈落よりのものが押しよせ、人々の生活を脅かしてもいる。

 アリアンフロッドたちには、塔の探索だけでなく、その奈落よりのものを退ける、という任務も与えられていた。
 かつて、ぼくとアカネは、その奈落よりのものに関連する事件に巻き込まれて、アカツキとセリカ姉によって、命を救われている。
 だから、塔の天辺にたどり着く、という目的ももちろん、あるが、アリアンフロッドになりたいのは、それだけじゃない。
 かつてのぼくのように、苦しんでいる方に手を差し伸べ、寄り添いたい、という思いもまた、あるのだ。

「わしが坊——そなたが、使徒の祝福を与えるのに値する、と判断できれば、天賦を授けよう。それに、いつまでもこの塔の奥深い場所にいつまでも閉じ込められているのは、どうにも退屈でかなわん。じゃので、試練を乗り越えた者と共に外界へ出たいぞえよ」

「あなたは、自分の意思で、外に出ることはないの?」
 グリューンが、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ない。祝福とは、その者の天賦となって、同化することぞ。それ故、わしはずっと、この薄暗い領域で待っておったのだ。そなた、アカツキに連なる者じゃろう?」
「アカツキ? もしかして、父さんを知ってるの」

「おぉ……そうよ。あの者とは数回、顔を合わせておる。そうか、匂いが似ていると思ったら、そうだったんじゃな」
 アカツキも、生前はこの塔で探索をしているはずだ。
 初心者殺しの小迷宮から転送されてきた、とは思えないが、この領域も小迷宮として、どこかに繋がっているのだとしたら、不思議ではない。

「アカツキには、その祝福は与えなかったの?」
「与えなかった——与えられなかったのじゃ。かつては、わしも第一世代の使徒であったが、今は違う。そして、そなたがもし、試練を克服することが出来たら、第二世代の戦術盤の持ち主として、目覚めさせることが出来るぞえの」

 ——また、よくわからない言葉が出てきた。
「あーもう。しちめんどうくさい説明は、ここらへんでいいじゃろう。とにかく、わしを認めさせることが出来たら、アリアンフロッドとして、天賦を与えよう。それで、いいかや」

 グリューンが、緋色の瞳を細めた。
 草色の髪が、ざわりと広がっていく。
 そして、手にしている槍を、投げつけてきた。

「武器なし、ではそなたも戦いづらかろう。そいつを、貸してやろう」
 ぼくは、床に突き立っている槍を見た。
 赤い柄はまっすぐではなく、ところどころに、節がある。
 柄頭にも小さな穂先はあり、反対側には、あの特徴的な炎を模したような大きい穂先がついている。

「槍を使ったことはあるぞね?」
「大抵の武器なら、使えるよ。槍は、あんまり得意ではないけどね」
「それなら、一番になってもらわねばぞね。試練を克服することが出来たら、その”屠るもの”は斬奸刀として、そなたのものとなろう」

 ぼくは頷き、槍を手に取った。
 これまで、ぼくはアリアンフロッドになるために、戦闘訓練を何度もこなしてきている。
 ほぼ、独学だが、これでも、アカツキには筋がいい、と言われているのだ。
 柄を握り混むと、ほんのりと温かさが伝わってきた。

 グリューンが、上に手を伸ばした。
 指で握り込むと、炎が吹き出し、それが消えると、掌のなかに別の槍の柄が収まっていた。
 三叉に分かれた、穂先と斧刃、それにくちばし状の鋭いスパイクを持つ、禍々しい外見の槍だ。

 ——なんだか、そっちの槍のほうが、ぼくのよりも、強そうだ。
「ふふ……おぬしの表情は本当にわかりやすいぞな。しかし、この”鉄扇の意思”はそちらよりも、様々な面で劣っておる」
 グリューンが口にすると、ぼくと彼女の手にしている槍がそれぞれ、震えだした。
 一方が、ぶーんと音を鳴らし、それに応じて、別の槍が他の音をぶぶぶ、と響かせる——と言う感じで、なんだか、槍同士で会話でもしているようだった。

「おっと、坊。怒らせてしまったではないか」
「坊って……ぼくは、ジンライだよ」
「名前を覚えるのは、一番最後ぞね。試練を乗り越えられなかったものは、等しく、名無しであるからな」

「試練の内容は? 認めさせるって、条件はあるの」
「おっと、忘れておったぞな。わしに、本気の一撃を与えてみよ。避けられず、まともにそれを浴びせられた時、そなたに天賦を預けよう」

「途中で、条件を変えるってことは、ないよね」
「あるわけがないて。この試練はわしたち、使徒にとって決して、薄っぺらいものではない」
 力強く、グリューンは言った。

「えっと……一撃だけでいいの?」
「だけ、とな。この試練で、坊は数回、死ぬことになるぞよ。それに耐えられるか、そっちのほうがどちらかというと、心配ぞえ」

 ——死ぬ?
 先程、殺しはしない、と聞いたと思ったのだが、どういうことなのだろう。

「ええい! 坊は質問が多い。一度、経験してみれば、わかるぞよ」
 グリューンが、”鉄扇の意思”を構えた。
 穂先を下に向ける。


次のエピソードへ進む 第10話 勝負の終わり


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 グリューンを、ぼくは邪悪なもの、とは思わなかった。
 どちらかというと、友好的なものすら、感じる。
 腕はたつのだろう。
 それは、脚の進め方、体幹のずらし方、腕の振りなどを見ても、納得だ。
 というか、ぼく程度では勝負にならない、ということもわかる。
「試練……とは? それに失敗してしまったら、ぼくは殺されてしまうってことなの」
 ちらりと、ぼくはアカネを見た。
 チカもだが、ふたりとも、目覚めるような気配はいっさいない。
 あれから、どれくらい時間は経ったのだろう。
 もしかすると——ずっと、このままかもしれない。
「殺しはしない——ただ、嬲りものにするやもしれぬぞね」
 グリューンから、それまでのにこやかな表情が消えた。
 仮面のように無機質なものとなり、笑みを浮かべる。
 こちらに、武器はない。
 では、アカネの腰の刀を借りるべきか?
 そうすると、一時的にせよ、ぼくはグリューンに無防備な背中を向けることになる。
 それじゃ——だめだろう。
「どうして、試練なんてものを? ここまで来たものに、あなたは全員、その試練を与えているの?」
「全員——ということではない。が、誰かに与えねばならぬ。それは、塔の意思として、感じておる。坊はまだ、アリアンフロッドではない故、わからぬと思うが日々、奈落よりのものどもも、強力さを増してきておる。わしたち、クロノスの使徒も、積極的に関わってやらねばならないところまで来ておる——そういうことぞね」
 |奈落よりのものども《アビス・フィーンド》——というのは、大陸の各所に開いた穴から出現してくる、異形の存在のことだ。
 九曜の塔が大陸に聳えるのと同じ時期、”奈落”と呼ばれる穴も突如として現われ、そこから奈落よりのものが押しよせ、人々の生活を脅かしてもいる。
 アリアンフロッドたちには、塔の探索だけでなく、その奈落よりのものを退ける、という任務も与えられていた。
 かつて、ぼくとアカネは、その奈落よりのものに関連する事件に巻き込まれて、アカツキとセリカ姉によって、命を救われている。
 だから、塔の天辺にたどり着く、という目的ももちろん、あるが、アリアンフロッドになりたいのは、それだけじゃない。
 かつてのぼくのように、苦しんでいる方に手を差し伸べ、寄り添いたい、という思いもまた、あるのだ。
「わしが坊——そなたが、使徒の祝福を与えるのに値する、と判断できれば、天賦を授けよう。それに、いつまでもこの塔の奥深い場所にいつまでも閉じ込められているのは、どうにも退屈でかなわん。じゃので、試練を乗り越えた者と共に外界へ出たいぞえよ」
「あなたは、自分の意思で、外に出ることはないの?」
 グリューンが、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ない。祝福とは、その者の天賦となって、同化することぞ。それ故、わしはずっと、この薄暗い領域で待っておったのだ。そなた、アカツキに連なる者じゃろう?」
「アカツキ? もしかして、父さんを知ってるの」
「おぉ……そうよ。あの者とは数回、顔を合わせておる。そうか、匂いが似ていると思ったら、そうだったんじゃな」
 アカツキも、生前はこの塔で探索をしているはずだ。
 初心者殺しの小迷宮から転送されてきた、とは思えないが、この領域も小迷宮として、どこかに繋がっているのだとしたら、不思議ではない。
「アカツキには、その祝福は与えなかったの?」
「与えなかった——与えられなかったのじゃ。かつては、わしも第一世代の使徒であったが、今は違う。そして、そなたがもし、試練を克服することが出来たら、第二世代の戦術盤の持ち主として、目覚めさせることが出来るぞえの」
 ——また、よくわからない言葉が出てきた。
「あーもう。しちめんどうくさい説明は、ここらへんでいいじゃろう。とにかく、わしを認めさせることが出来たら、アリアンフロッドとして、天賦を与えよう。それで、いいかや」
 グリューンが、緋色の瞳を細めた。
 草色の髪が、ざわりと広がっていく。
 そして、手にしている槍を、投げつけてきた。
「武器なし、ではそなたも戦いづらかろう。そいつを、貸してやろう」
 ぼくは、床に突き立っている槍を見た。
 赤い柄はまっすぐではなく、ところどころに、節がある。
 柄頭にも小さな穂先はあり、反対側には、あの特徴的な炎を模したような大きい穂先がついている。
「槍を使ったことはあるぞね?」
「大抵の武器なら、使えるよ。槍は、あんまり得意ではないけどね」
「それなら、一番になってもらわねばぞね。試練を克服することが出来たら、その”屠るもの”は斬奸刀として、そなたのものとなろう」
 ぼくは頷き、槍を手に取った。
 これまで、ぼくはアリアンフロッドになるために、戦闘訓練を何度もこなしてきている。
 ほぼ、独学だが、これでも、アカツキには筋がいい、と言われているのだ。
 柄を握り混むと、ほんのりと温かさが伝わってきた。
 グリューンが、上に手を伸ばした。
 指で握り込むと、炎が吹き出し、それが消えると、掌のなかに別の槍の柄が収まっていた。
 三叉に分かれた、穂先と斧刃、それにくちばし状の鋭いスパイクを持つ、禍々しい外見の槍だ。
 ——なんだか、そっちの槍のほうが、ぼくのよりも、強そうだ。
「ふふ……おぬしの表情は本当にわかりやすいぞな。しかし、この”鉄扇の意思”はそちらよりも、様々な面で劣っておる」
 グリューンが口にすると、ぼくと彼女の手にしている槍がそれぞれ、震えだした。
 一方が、ぶーんと音を鳴らし、それに応じて、別の槍が他の音をぶぶぶ、と響かせる——と言う感じで、なんだか、槍同士で会話でもしているようだった。
「おっと、坊。怒らせてしまったではないか」
「坊って……ぼくは、ジンライだよ」
「名前を覚えるのは、一番最後ぞね。試練を乗り越えられなかったものは、等しく、名無しであるからな」
「試練の内容は? 認めさせるって、条件はあるの」
「おっと、忘れておったぞな。わしに、本気の一撃を与えてみよ。避けられず、まともにそれを浴びせられた時、そなたに天賦を預けよう」
「途中で、条件を変えるってことは、ないよね」
「あるわけがないて。この試練はわしたち、使徒にとって決して、薄っぺらいものではない」
 力強く、グリューンは言った。
「えっと……一撃だけでいいの?」
「だけ、とな。この試練で、坊は数回、死ぬことになるぞよ。それに耐えられるか、そっちのほうがどちらかというと、心配ぞえ」
 ——死ぬ?
 先程、殺しはしない、と聞いたと思ったのだが、どういうことなのだろう。
「ええい! 坊は質問が多い。一度、経験してみれば、わかるぞよ」
 グリューンが、”鉄扇の意思”を構えた。
 穂先を下に向ける。