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260 出会った頃

ー/ー



 藤城皐月(ふじしろさつき)はベッドに転がりながら、初めて及川祐希(おいかわゆうき)と出会った頃のことを思い出していた。
 あれは夏休みが終わる頃、祐希が母の友人の及川頼子(おいかわよりこ)と一緒に小百合寮に引っ越してきた時のことだった。
 皐月が初めて祐希と会った時、祐希は見慣れないセーラー服を着ていた。風になびいた黒髪が顔にかかり、髪を指でかきあげた仕草が逆光に輝いていた。その時、祐希から石鹸のような清潔感のある香りがした。皐月はすでに祐希の魅力に心を奪われていた。

 だが、皐月が祐希に恋をするには至らなかった。その理由はいくつかある。
 ひとつは祐希と会う直前に入屋千智(いりやちさと)と出会っていたことだ。そして、祐希と出会ったその直後に千智と再会したこと。さらに豊川稲荷(とよかわいなり)の薄暗い境内を千智と手を取り合って駆け抜けたことで、皐月の心は千智に大きく傾いた。あの時は荼枳尼天(だきにてん)に祟られてもいいと思えるほど、千智のことを好きになっていた。
 もうひとつは、祐希に恋人がいることがわかったことだ。皐月は豊川駅の改札口で祐希が恋人と一緒にいるところを見た。その時は頭に血が上り、不愉快になった。あんな奴よりも自分の方が絶対に格好いいと思った。
 皐月は今までここまで激しい嫉妬をした経験がなかった。そんな自分が嫌なので、皐月はヤキモチを妬くのは徒労だと思い、祐希に感情をフォーカスしないように今日までずっと気をつけていた。

 そんな皐月でも、最近の祐希には軽く恋心を抱くことができるようになっていた。
 それは祐希に恋人がいるということを気にしないようにしていたからかもしれない。いるものをいないと思うことは馬鹿げたことだが、恋人がいることを忘れるほど気にしなければ精神的には楽になれる。
 祐希のことを純粋に魅力的だと思っている。
 同じ家で一緒に暮らしていると、祐希の放つ女の匂いに心を惑わされてしまう。そうなると身体の奥が疼き、真理や明日美とキスした時の甘美な体験を思い出す。
 そのうちに、祐希ともとキスしてみたいと思うようになった。だが、この気持ちを単に性欲とは思いたくないので、これを恋心と思うことにしている。

 皐月は祐希の恋人に対して嫉妬に駆られた過去を思い出し、再び心が苦しくなっていた。それは嫉妬のせいではなく、自分の行いが祐希や真理、明日美に嫉妬の責め苦を与えるのではないかという罪悪感だ。
 誰も不幸にはしたくない。
 さっきはみんな幸せになればいいなどと自分勝手な考えで納得していたが、すぐに友人の花岡聡(はなおかさとし)の言葉を思い出した。そして、いつも「自分にかかわった女がみんな不幸になる」という呪いの言葉を気にする自分に戻ってしまう。もう、この堂々巡りの無間地獄からは抜け出せないのかもしれない。

 階段を上る足音で皐月は転寝(うたたね)から目が覚めた。洗面所から祐希がドライヤーで髪を乾かす音が聞こえてきた。この後に祐希はいつもスキンケアをしているので、部屋に戻ってくるまではもう少し時間がかかりそうだ。
 皐月はまだ眠かったので、祐希との約束や、どのように起こされるかもどうでもよくなってきた。そして、再び眠りに落ちた。
 (ふすま)を閉める音で意識がると、部屋の照明が落とされていることに気が付いた。掛け布団が掛けられていたので、祐希がこの部屋に来たことがわかる。
 自分の部屋と祐希の部屋を隔てる襖の隙間から光が漏れている。祐希はまだ起きているようなので、皐月はその襖をノックをして、そっと開けた。

「ごめん。俺、寝ちゃってたみたい」
「あっ、皐月。起こしちゃった?」
 祐希は押入れから布団を出して、敷いているところだった。
「勝手に起きたんだよ。それより起こしてくれればよかったのに」
「皐月の寝顔がかわいかったからね、無理には起こせなかったの」
「キスで起こしてくれるのかと思った」
「起こしたよ」
「えっ!?」
 半分寝ていた皐月が本気で目覚めた。
「祐希、キスしてくれたの?」
「したよ」
「うわーっ! マジかっ!」
「寝たふりじゃなかったみたいだから、そのまま寝かせておいたの」
「そんな〜。起きるまでキスしてくれればよかったのに……」
「そういうことは大きくなってから、千智ちゃんにしてもらいなさい」
 想像以上に喪失感が大きかった。これからは女の子との約束は死ぬ気で守らなければならないと、皐月は痛切に思った。

「ところでさっき言ってた、話したいことって何だったの?」
「そうそう! 聞いたよ! 皐月、千智ちゃんに告白したんだって?」
(やっぱりその話か……)
 皐月は起き上がって、祐希の部屋の方を向いてベッドに腰掛けた。
「千智に聞いたの?」
「聞いたよっ! ねえ、どいういう感じで告白したの?」
「え〜っ。別にいいじゃん、そんなの。どうせ千智から聞いたんでしょ?」
「聞いたけどさ〜、皐月の口からも聞きたいなって」
「ヤダよ。恥ずかしい」
 布団を敷き終えた祐希が皐月の目の前に来て、ちょこんと座った。
「恥ずかしくないよ。お姉さんに話してごらん」
 祐希が今にも笑いだしそうな顔をしている。からかわれているようでちょっとムカついたが、目をキラキラさせていてかわいいのが悔しい。
「どうしよう……俺、話すの下手だからな……」
「そんな、上手く話そうとしなくても大丈夫だよ」
「んん……。じゃあさ、再現ドラマみたいにしたいから、祐希、千智の役をやってよ。それならちゃんと話せると思う。それでもいい?」
「演技か……。そんなこと、私にできるかな……」
「俺の言う通りにしてくれればいいよ」
「じゃあ、やってみようかな」
 祐希は素直でかわいい。皐月は面白い遊びを思いついたことで楽しくなってきた。



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 |藤城皐月《ふじしろさつき》はベッドに転がりながら、初めて|及川祐希《おいかわゆうき》と出会った頃のことを思い出していた。
 あれは夏休みが終わる頃、祐希が母の友人の|及川頼子《おいかわよりこ》と一緒に小百合寮に引っ越してきた時のことだった。
 皐月が初めて祐希と会った時、祐希は見慣れないセーラー服を着ていた。風になびいた黒髪が顔にかかり、髪を指でかきあげた仕草が逆光に輝いていた。その時、祐希から石鹸のような清潔感のある香りがした。皐月はすでに祐希の魅力に心を奪われていた。
 だが、皐月が祐希に恋をするには至らなかった。その理由はいくつかある。
 ひとつは祐希と会う直前に|入屋千智《いりやちさと》と出会っていたことだ。そして、祐希と出会ったその直後に千智と再会したこと。さらに|豊川稲荷《とよかわいなり》の薄暗い境内を千智と手を取り合って駆け抜けたことで、皐月の心は千智に大きく傾いた。あの時は|荼枳尼天《だきにてん》に祟られてもいいと思えるほど、千智のことを好きになっていた。
 もうひとつは、祐希に恋人がいることがわかったことだ。皐月は豊川駅の改札口で祐希が恋人と一緒にいるところを見た。その時は頭に血が上り、不愉快になった。あんな奴よりも自分の方が絶対に格好いいと思った。
 皐月は今までここまで激しい嫉妬をした経験がなかった。そんな自分が嫌なので、皐月はヤキモチを妬くのは徒労だと思い、祐希に感情をフォーカスしないように今日までずっと気をつけていた。
 そんな皐月でも、最近の祐希には軽く恋心を抱くことができるようになっていた。
 それは祐希に恋人がいるということを気にしないようにしていたからかもしれない。いるものをいないと思うことは馬鹿げたことだが、恋人がいることを忘れるほど気にしなければ精神的には楽になれる。
 祐希のことを純粋に魅力的だと思っている。
 同じ家で一緒に暮らしていると、祐希の放つ女の匂いに心を惑わされてしまう。そうなると身体の奥が疼き、真理や明日美とキスした時の甘美な体験を思い出す。
 そのうちに、祐希ともとキスしてみたいと思うようになった。だが、この気持ちを単に性欲とは思いたくないので、これを恋心と思うことにしている。
 皐月は祐希の恋人に対して嫉妬に駆られた過去を思い出し、再び心が苦しくなっていた。それは嫉妬のせいではなく、自分の行いが祐希や真理、明日美に嫉妬の責め苦を与えるのではないかという罪悪感だ。
 誰も不幸にはしたくない。
 さっきはみんな幸せになればいいなどと自分勝手な考えで納得していたが、すぐに友人の|花岡聡《はなおかさとし》の言葉を思い出した。そして、いつも「自分にかかわった女がみんな不幸になる」という呪いの言葉を気にする自分に戻ってしまう。もう、この堂々巡りの無間地獄からは抜け出せないのかもしれない。
 階段を上る足音で皐月は|転寝《うたたね》から目が覚めた。洗面所から祐希がドライヤーで髪を乾かす音が聞こえてきた。この後に祐希はいつもスキンケアをしているので、部屋に戻ってくるまではもう少し時間がかかりそうだ。
 皐月はまだ眠かったので、祐希との約束や、どのように起こされるかもどうでもよくなってきた。そして、再び眠りに落ちた。
 |襖《ふすま》を閉める音で意識がると、部屋の照明が落とされていることに気が付いた。掛け布団が掛けられていたので、祐希がこの部屋に来たことがわかる。
 自分の部屋と祐希の部屋を隔てる襖の隙間から光が漏れている。祐希はまだ起きているようなので、皐月はその襖をノックをして、そっと開けた。
「ごめん。俺、寝ちゃってたみたい」
「あっ、皐月。起こしちゃった?」
 祐希は押入れから布団を出して、敷いているところだった。
「勝手に起きたんだよ。それより起こしてくれればよかったのに」
「皐月の寝顔がかわいかったからね、無理には起こせなかったの」
「キスで起こしてくれるのかと思った」
「起こしたよ」
「えっ!?」
 半分寝ていた皐月が本気で目覚めた。
「祐希、キスしてくれたの?」
「したよ」
「うわーっ! マジかっ!」
「寝たふりじゃなかったみたいだから、そのまま寝かせておいたの」
「そんな〜。起きるまでキスしてくれればよかったのに……」
「そういうことは大きくなってから、千智ちゃんにしてもらいなさい」
 想像以上に喪失感が大きかった。これからは女の子との約束は死ぬ気で守らなければならないと、皐月は痛切に思った。
「ところでさっき言ってた、話したいことって何だったの?」
「そうそう! 聞いたよ! 皐月、千智ちゃんに告白したんだって?」
(やっぱりその話か……)
 皐月は起き上がって、祐希の部屋の方を向いてベッドに腰掛けた。
「千智に聞いたの?」
「聞いたよっ! ねえ、どいういう感じで告白したの?」
「え〜っ。別にいいじゃん、そんなの。どうせ千智から聞いたんでしょ?」
「聞いたけどさ〜、皐月の口からも聞きたいなって」
「ヤダよ。恥ずかしい」
 布団を敷き終えた祐希が皐月の目の前に来て、ちょこんと座った。
「恥ずかしくないよ。お姉さんに話してごらん」
 祐希が今にも笑いだしそうな顔をしている。からかわれているようでちょっとムカついたが、目をキラキラさせていてかわいいのが悔しい。
「どうしよう……俺、話すの下手だからな……」
「そんな、上手く話そうとしなくても大丈夫だよ」
「んん……。じゃあさ、再現ドラマみたいにしたいから、祐希、千智の役をやってよ。それならちゃんと話せると思う。それでもいい?」
「演技か……。そんなこと、私にできるかな……」
「俺の言う通りにしてくれればいいよ」
「じゃあ、やってみようかな」
 祐希は素直でかわいい。皐月は面白い遊びを思いついたことで楽しくなってきた。