藤城皐月は自分の思いついたアイデアに興奮していた。
入屋千智への告白を再現ドラマで説明する。そして、千智役を
及川祐希にやってもらう。皐月は祐希に告白するような気になり、ドキドキしてきた。
「舞台は稲荷口駅のベンチなんだ。千智と二人で並んで座っていたから、祐希は俺の隣に座って」
「オッケー」
1基ずつ独立している駅のベンチと違って、ベッドだと二人の体重でマットが沈むので、接近度が高くなる。千智と並んで座っている時よりも距離が近い。
「千智がね、塾をやめるっていう話をしたんだ。やめちゃって大丈夫? って俺は心配してたんだけど、千智はもう合格できるくらい勉強できるからいいって言ったんだ」
「へえ〜。千智ちゃんって賢いんだね」
「そう。で、俺はこう言ったんだ。じゃあ、今から演技するね」
「うん」
祐希が身構えた。少しワクワクしているようにも見えた。
「塾をやめたら、俺と遊ぶ時間も増やせるかな?」
皐月は祐希の目を見て、千智に言った時よりも気持ちを乗せてみた。
「それで千智ちゃんは、なんて言ったの?」
「『それは……もちろん増やせるよっ!』って言った。祐希も千智になり切って言ってみて」
「それは……もちろん増やせるよっ!」
「本当? じゃあこれからは今まで以上にたくさん会えるね」
皐月は実際には言っていない台詞を言ってみた。どうせ細かいことは祐希にはわからないので、盛り上がるように演出してやろうと思った。
「それで、その後はどうなるの?」
「その後、千智は塾をやめても力を落とさないように受験勉強は続けるんだっていう話をしたんだ。体調が悪くても合格できるくらいまで学力を上げるって」
「凄いね……。千智ちゃんって真面目なんだね」
「そう。千智ってスッゲー真面目なんだよ。それで千智はこう言ったんだ。『真面目な子なんて嫌じゃない?』って。祐希、言ってみて」
「真面目な子なんて嫌じゃない?」
祐希も気持ちが乗ってきたのか、真剣に演技をし始めている。
「何言ってんの? 俺、真面目な子って大好きだよ」
声のトーンを落として、祐希の目を見て、口説き落とすつもりで格好つけて言った。
皐月は祐希の左手の上に自分の右手を重ねた。実際はこんなことはしていない。祐希はビクッとした。本気でドキドキしているようだ。
「それに千智がどんな悪い女だったとしても、俺は千智のことが好きだよ」
言いながら顔を近づけて、最後の方は祐希の耳元で囁くように言い、頬に軽くキスをした。
「ちょっと……。本当にそんなことしたの?」
祐希の声は小さく、少し震えていた。
「千智はここで目を閉じたんだ」
皐月は祐希を試してみた。ここで祐希が自分のことを疑って、我に返るようならこの遊びはここまでだ。だが、祐希は目を閉じた。
祐希の右の頬に左手を添えてみると、なすがままにされていた。皐月は祐希の顔を引き寄せ、キスをしようとしてみた。少しでも抵抗されたらラブシーンをやめて笑い話にしようと思ったが、祐希は皐月に応えようとしているのか、自分からも顔を寄せてきた。
二人の唇が重なった。
体中に電撃が走った。皐月は軽く唇を触れるだけのつもりだったが、祐希は弱く顔を押し付けてきた。これが普段、祐希が恋人としているキスの仕方なのだろう。皐月も引かないで、祐希の口づけに応えた。
口をふさがれているからなのか、祐希の呼吸が荒くなってきた。風呂上がりの女の匂いで頭がクラクラする。
皐月も鼻だけで細い呼吸をしていたから、息が苦しくなってきた。唇を完全に離さずに口を開いてみると、祐希も少し口を開いて、口で呼吸をし始めた。
二人の吐息が混ざり合った。皐月は興奮を抑えきれなくなってきた。祐希の口が開いているので、皐月は真理としているようなキスをしたくなった。
唇を割って舌を入れると、舌と舌が触れあった。祐希の身体がピクッと震え、慌てて唇を離した。
「ちょっと待って……皐月……千智ちゃんとこんなことしたの?」
「そんなの、するわけないじゃん」
もう一度、皐月からキスをした。抱きながら大胆に舌を入れると、祐希も皐月に応えて舌を絡めてくれた。しかし、すぐに皐月は体を押しのけられた。
「ダメだって。こんなことしちゃ……」
祐希は強い力で押してはいなかったが、皐月は祐希の望む距離まで身体を離した。ひっぱたくわけでもなく、席を立つでもない祐希を、皐月はただ見ているだけしかできなかった。
「どうしよう……。私、こんなつもりじゃなかったのに……」
祐希が哀しそうに困惑していた。さっきまでは誰も不幸にしたくないと思っていたのに、こんなことをして祐希を不幸にしてしまうかもしれない。聡の呪いの言葉を跳ね返したかった。
「俺……祐希とキスできて、嬉しいな」
この気持ちに偽りはない。皐月は祐希も幸せにしたいと思った。
「私……千智ちゃんに皐月に告白されたことでおめでとうって言ったんだよ。それなのに、こんなことしちゃって……」
「演技のつもりだったんだけど、祐希があまりにも魅力的だったから、つい……。ごめん」
皐月は祐希に責めてもらいたかった。どんな辛辣な言葉を投げかけられても、全部受け止めるつもりでいた。
「皐月は千智ちゃんのこと、幸せにしなくちゃダメなんだからね……」
「うん……わかってる」
祐希がベッドから立ち上がった。皐月も立ち上がり、祐希と顔を合わせた。皐月は祐希よりも背が高くなっていた。
「じゃあ、おやすみ」
「うん……おやすみ」
皐月はベッドに戻って、自分で襖を閉めた。しばらくすると、祐希の部屋の明かりが消えた。