及川祐希は食事とお風呂を済ませるまでは二階へ上がって来ない。
藤城皐月はミュージック・ビデオを見るのをやめ、ベッドで横になった。
さっきまではビデオを見ながら空や雲の白さを考えていたが、何か感じるものがあったので、その続きをもう少し考えてみようと思い、色について色々調べてみた。
光は色が混ざると明度が高くなる。光の三原色の赤、青、緑が混ざると白になる。光の色は光を重ねて足していくので、光の波長の種類と量が増え、最終的には白色光になる。これを加法混色という。
光とは逆に、物の色は混ざると明度が低くなる。色の三原色の赤、青、黄が混ざると黒になる。物の色は色料が光の吸収体なので、色料を混ぜていくと吸収される光が増え、最終的には黒になる。これを減法混色という。
何年生の時かは忘れたが、図工の時間に水彩絵具の使い方を教わった。その時、絵具を混ぜると色が濁るから混ぜ過ぎないようにと注意された。試しに色々な色を混ぜてみると、どんどん黒っぽくなっていった。皐月は実体験から減法混色のことを知っていた。
じゃあ、色ってなんだろうと思って調べてみると、色の正体は反射光のことだという。人は物に当たった光のうち、吸収されずに反射したものを、波長の違いで物の色として受け取る。物の色は光がないと目視できない。
皐月は直射光なら混ざると明るくなって白になり、反射光なら混ざると暗くなって黒になると理解した。このことにも皐月には何か感じるものがあった。
じゃあ、光ってなんだろう……考えることに疲れた皐月は息抜きのため、まだ知らないアイドルの動画を物色し始めた。稲荷口の駅のベンチで
入屋千智が言っていた、集中力がなくて何かに没頭した経験がないという言葉が、そっくり自分に当てはまっていると思った。
皐月は自分の悪いところを自覚している。知的好奇心があっても、知的探究心に欠けている。だが訓練で知的体力を身につければ、知的探究心の欠如といった弱点を克服できるかもしれない。
アイドルの動画を見る気がなくなり、皐月はベッドで横になって、川端康成の『雪国』を拾い読みし始めた。適当に開いたページを少し読んだら飽きてしまい、文庫本を枕元に投げ出した。
皐月は三人の女子のことを考え始めた。入屋千智や
栗林真理、
芸妓の
明日美が反射光としての色だとしたら、彼女らと同時に付き合ったらみんな真っ黒に見えてしまうかもしれない。
でも彼女らが直射光を放つ太陽だとしたらどうだろう。その光を一身に受ける自分は真っ白な明るい光に包まれることになる。
皐月はモヤモヤしていたことが、なんとなく腑に落ちた。やっぱり三人の中から誰か一人を選ぶなんてできない。千智も真理も明日美も太陽の女神だと思うと、心の揺れが止まった。全ての光を受け止めるべきだ。
千智のことを悲しませたくはない。真理に辛い思いをさせたくはない。明日美のことを不幸にしたくはない。皐月は自分が愛し、自分を愛する女性の気持ちにできる限り応えたいと思った。
(天使かよ、俺は……)
皐月は悪友の
花岡聡に「お前にかかわった女、みんな不幸になるじゃないか」と言われたことを思い出した。この呪詛のような言葉は自分の心の底に
澱のように沈んでいる。その時の皐月の答えは「みんな幸せになればいいんだろ」だった。やっぱり最後はここに行き着く。
及川祐希が部屋に戻ってくるまでの間、皐月は『るるぶ 京都』を眺めていた。今さら情報の確認の必要はないし、本気で情報収集をするつもりならネットを使う。その時の皐月はただ修学旅行の雰囲気に浸りたいだけだった。
夜10時を過ぎ、皐月は眠くなっていた。祐希には起きて待っていてくれと言われていたが、いつもならもう寝ている時間だ。祐希は寝ててもいいと言い、起こしてあげるとも言っていたので、皐月はもう寝ることにした。祐希には自分の部屋を通って祐希の部屋に戻ってもらいたいので、部屋の照明をつけたままにして目を閉じた。
眠かったのに、いざ寝ようと思うとなかなか眠れない。皐月は変に興奮していた。祐希がどんな風に自分のことを起こすのか、楽しみだった。皐月は自分の言った通り、祐希にキスで起こされることを期待していた。