第5話 World : Layer / EATER
ー/ー再び車に乗り込み、俺たちは第3階層の中心部へと戻ってきた。 車内は静かだった。 さっき崖の上から見た、あの蠢く闇の光景がまぶたに焼き付いて離れない。俺の腹の中にある「シード」も、まだ微かに熱を帯びている気がする。
「……顔色が悪いわよ」
スカーレットがタブレットを見ながら、静かに告げた。
「吐くなら今のうちに袋を用意しておきなさい。この車のクリーニング代、あなたの全財産でも払えないから」 「……大丈夫です。ただ、ちょっと世界が広すぎて、胃もたれしてるだけなんで」 「ふふ、強がりね。でも嫌いじゃないわ」
車は速度を緩め、巨大な白い塔――アカデミーの本部塔へと続くメインストリートに入った。 通りの両側には、近未来的なデザインの校舎や、魔法陣が刻まれた研究棟が並んでいる。 そして、その突き当たりに、威圧的なほど巨大な正門がそびえ立っていた。
正門前には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。 放課後の時間なのか、それとも生徒会の出迎えなのか。数百人はいるだろうか。
「着いたわ。降りる準備をして」 「えっ、あ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が……」 「戦場に待ったなしよ」
スカーレットは有無を言わせず、ドアノブに手をかけた。 プシューッという排気音と共に、ガルウィングのドアが跳ね上がる。
スカーレットが先に車から降り、コンクリートではなくクリスタルのような舗装材の上をカツン、と踏みしめる。 その瞬間、周囲の空気が爆発したように沸き立った。
「――来たぞ! 会長のお戻りだ!」 「ヴァーミリオン会長!」 「きゃああっ! スカーレット様ぁっ!」
悲鳴にも似た歓声。 それは恐怖ではなく、熱狂的な崇拝だった。 近未来的なスーツを着た生徒も、ローブを纏った魔術師も、誰もが彼女に対して敬礼をし、あるいは憧れの眼差しを向けている。
「すごい……まるでアイドルだな」
俺が呆気にとられていると、スカーレットは優雅に手を振り、凛とした笑顔で応えていた。 その姿は、まさにこの学園の頂点に立つ「女王」そのものだった。 彼女はそのまま、運転席側のドアが開くのを待ち、俺の方を振り返った。
「降りてらっしゃい、七夕くん」
彼女に促され、俺がおっかなびっくり車から足を下ろした、その時だった。
熱狂していた空気が、一瞬で凍りついた。 数百の視線が、スカーレットから俺へとスライドする。 今度は、まったく違う色の感情を乗せて。
「……誰だ、あいつ?」 「会長の連れか? 見たことない顔だな」
ざわめきの色が、熱狂から困惑へ、そして冷ややかな侮蔑へと変わっていく。
「制服がボロボロじゃないか。泥だらけだし、センスも古い」 「魔力反応……ゼロ。サイバーウェアの装着もなし。生体エネルギー値も平均以下」 「なんだ、ただの『非適合者』かよ」 「なんであんな一般人が、ヴァーミリオン会長の隣に立ってるんだ?」
突き刺さるようなアウェイ感。 彼らの目は、まるで汚いものを見るような、あるいは聖域に迷い込んだ異物を見るような冷たさを帯びていた。 俺は思わず身を縮こまらせ、視線を落とした。 怖い。 さっきの深淵とは違う、社会的な拒絶。ここに俺の居場所なんてない。場違いだ。
『ソウ、下向いちゃダメだ!』
脳内でリクの声が響いた。
『みんな見てるよ。ここで負けたら、本当に食べられちゃう気がする!』
「……っ」
わかってる。わかってるけど、足がすくむんだ。 彼らはエリートで、俺はただの無力な一般人だ。
「顔を上げなさい、七夕 双」
隣から、凛とした声が降ってきた。 スカーレットだ。彼女は俺を見ず、前を見据えたまま、唇だけで言葉を紡ぐ。
「堂々としていなさい。彼らの視線ごときに心をすり減らす必要はないわ」
「で、でも……俺は……」 「七夕くん。あなたは今しがた、あの『深淵(第4階層)』を見たでしょう?」
彼女の声色が、一段低くなった。
「この学園の生徒たちですら、まだあの本当の闇の深さを知らない者が多いわ。彼らは温室の中で、安全な訓練をしているに過ぎない」 「……!」 「でも、あなたは見た。そして、バグから生き延びてここまで来た」
スカーレットは、ちらりと横目で俺を見た。
「あの絶望的な深淵を覗き込んだあなたにとって、こんな安全圏から吠えるだけの声なんて、恐るるに足りないはずよ。違う?」
ハッとした。 そうだ。 あそこには、地獄があった。理不尽な死と、世界を食い尽くそうとする悪意があった。 それに比べれば――この嘲笑や陰口なんて、なんて平和な悩みなんだろう。
俺は奥歯を噛み締め、ゆっくりと顔を上げた。 震える膝に力を込め、周囲を取り囲む生徒たちを見回す。 相変わらず侮蔑の目は消えない。けれど、今の俺にはそれが、どこか「幼い」ものに見えた。
「……そうですね。会長の言う通りだ」
俺が視線を返すと、何人かが「なんだこいつ」と不快そうに顔をしかめたが、俺はもう目を逸らさなかった。
「悪くないわ。その目よ」
スカーレットが、満足げに小さく頷いた。
「行きましょう。私の名前は、スカーレット・ヴァーミリオン。このアカデミーの生徒会長にして、エグゼキューター・クラス第1席。……私の隣を歩く以上、背中は預けるわよ」
彼女はカツン、と高くヒールを鳴らし、生徒たちの列を割るように歩き出した。 俺は拳を握りしめ、泥だらけのローファーで、クリスタルの地面を踏みしめた。
「……はい、スカーレットさん」
俺は彼女の後を追った。 背中に浴びせられる「身の程知らず」という罵倒すらも、これからの戦いのための燃料に変えて。 巨大な正門をくぐる。 ゲートの上部に刻まれた文字が、青白く発光していた。 ――World : Layer / EATER それがこの学園の名前だった。
「……顔色が悪いわよ」
スカーレットがタブレットを見ながら、静かに告げた。
「吐くなら今のうちに袋を用意しておきなさい。この車のクリーニング代、あなたの全財産でも払えないから」 「……大丈夫です。ただ、ちょっと世界が広すぎて、胃もたれしてるだけなんで」 「ふふ、強がりね。でも嫌いじゃないわ」
車は速度を緩め、巨大な白い塔――アカデミーの本部塔へと続くメインストリートに入った。 通りの両側には、近未来的なデザインの校舎や、魔法陣が刻まれた研究棟が並んでいる。 そして、その突き当たりに、威圧的なほど巨大な正門がそびえ立っていた。
正門前には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。 放課後の時間なのか、それとも生徒会の出迎えなのか。数百人はいるだろうか。
「着いたわ。降りる準備をして」 「えっ、あ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が……」 「戦場に待ったなしよ」
スカーレットは有無を言わせず、ドアノブに手をかけた。 プシューッという排気音と共に、ガルウィングのドアが跳ね上がる。
スカーレットが先に車から降り、コンクリートではなくクリスタルのような舗装材の上をカツン、と踏みしめる。 その瞬間、周囲の空気が爆発したように沸き立った。
「――来たぞ! 会長のお戻りだ!」 「ヴァーミリオン会長!」 「きゃああっ! スカーレット様ぁっ!」
悲鳴にも似た歓声。 それは恐怖ではなく、熱狂的な崇拝だった。 近未来的なスーツを着た生徒も、ローブを纏った魔術師も、誰もが彼女に対して敬礼をし、あるいは憧れの眼差しを向けている。
「すごい……まるでアイドルだな」
俺が呆気にとられていると、スカーレットは優雅に手を振り、凛とした笑顔で応えていた。 その姿は、まさにこの学園の頂点に立つ「女王」そのものだった。 彼女はそのまま、運転席側のドアが開くのを待ち、俺の方を振り返った。
「降りてらっしゃい、七夕くん」
彼女に促され、俺がおっかなびっくり車から足を下ろした、その時だった。
熱狂していた空気が、一瞬で凍りついた。 数百の視線が、スカーレットから俺へとスライドする。 今度は、まったく違う色の感情を乗せて。
「……誰だ、あいつ?」 「会長の連れか? 見たことない顔だな」
ざわめきの色が、熱狂から困惑へ、そして冷ややかな侮蔑へと変わっていく。
「制服がボロボロじゃないか。泥だらけだし、センスも古い」 「魔力反応……ゼロ。サイバーウェアの装着もなし。生体エネルギー値も平均以下」 「なんだ、ただの『非適合者』かよ」 「なんであんな一般人が、ヴァーミリオン会長の隣に立ってるんだ?」
突き刺さるようなアウェイ感。 彼らの目は、まるで汚いものを見るような、あるいは聖域に迷い込んだ異物を見るような冷たさを帯びていた。 俺は思わず身を縮こまらせ、視線を落とした。 怖い。 さっきの深淵とは違う、社会的な拒絶。ここに俺の居場所なんてない。場違いだ。
『ソウ、下向いちゃダメだ!』
脳内でリクの声が響いた。
『みんな見てるよ。ここで負けたら、本当に食べられちゃう気がする!』
「……っ」
わかってる。わかってるけど、足がすくむんだ。 彼らはエリートで、俺はただの無力な一般人だ。
「顔を上げなさい、七夕 双」
隣から、凛とした声が降ってきた。 スカーレットだ。彼女は俺を見ず、前を見据えたまま、唇だけで言葉を紡ぐ。
「堂々としていなさい。彼らの視線ごときに心をすり減らす必要はないわ」
「で、でも……俺は……」 「七夕くん。あなたは今しがた、あの『深淵(第4階層)』を見たでしょう?」
彼女の声色が、一段低くなった。
「この学園の生徒たちですら、まだあの本当の闇の深さを知らない者が多いわ。彼らは温室の中で、安全な訓練をしているに過ぎない」 「……!」 「でも、あなたは見た。そして、バグから生き延びてここまで来た」
スカーレットは、ちらりと横目で俺を見た。
「あの絶望的な深淵を覗き込んだあなたにとって、こんな安全圏から吠えるだけの声なんて、恐るるに足りないはずよ。違う?」
ハッとした。 そうだ。 あそこには、地獄があった。理不尽な死と、世界を食い尽くそうとする悪意があった。 それに比べれば――この嘲笑や陰口なんて、なんて平和な悩みなんだろう。
俺は奥歯を噛み締め、ゆっくりと顔を上げた。 震える膝に力を込め、周囲を取り囲む生徒たちを見回す。 相変わらず侮蔑の目は消えない。けれど、今の俺にはそれが、どこか「幼い」ものに見えた。
「……そうですね。会長の言う通りだ」
俺が視線を返すと、何人かが「なんだこいつ」と不快そうに顔をしかめたが、俺はもう目を逸らさなかった。
「悪くないわ。その目よ」
スカーレットが、満足げに小さく頷いた。
「行きましょう。私の名前は、スカーレット・ヴァーミリオン。このアカデミーの生徒会長にして、エグゼキューター・クラス第1席。……私の隣を歩く以上、背中は預けるわよ」
彼女はカツン、と高くヒールを鳴らし、生徒たちの列を割るように歩き出した。 俺は拳を握りしめ、泥だらけのローファーで、クリスタルの地面を踏みしめた。
「……はい、スカーレットさん」
俺は彼女の後を追った。 背中に浴びせられる「身の程知らず」という罵倒すらも、これからの戦いのための燃料に変えて。 巨大な正門をくぐる。 ゲートの上部に刻まれた文字が、青白く発光していた。 ――World : Layer / EATER それがこの学園の名前だった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
再び車に乗り込み、俺たちは第3階層の中心部へと戻ってきた。 車内は静かだった。 さっき崖の上から見た、あの蠢く闇の光景がまぶたに焼き付いて離れない。俺の腹の中にある「シード」も、まだ微かに熱を帯びている気がする。
「……顔色が悪いわよ」
スカーレットがタブレットを見ながら、静かに告げた。
「吐くなら今のうちに袋を用意しておきなさい。この車のクリーニング代、あなたの全財産でも払えないから」 「……大丈夫です。ただ、ちょっと世界が広すぎて、胃もたれしてるだけなんで」 「ふふ、強がりね。でも嫌いじゃないわ」
車は速度を緩め、巨大な白い塔――アカデミーの本部塔へと続くメインストリートに入った。 通りの両側には、近未来的なデザインの校舎や、魔法陣が刻まれた研究棟が並んでいる。 そして、その突き当たりに、威圧的なほど巨大な正門がそびえ立っていた。
正門前には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。 放課後の時間なのか、それとも生徒会の出迎えなのか。数百人はいるだろうか。
「着いたわ。降りる準備をして」 「えっ、あ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が……」 「戦場に待ったなしよ」
スカーレットは有無を言わせず、ドアノブに手をかけた。 プシューッという排気音と共に、ガルウィングのドアが跳ね上がる。
スカーレットが先に車から降り、コンクリートではなくクリスタルのような舗装材の上をカツン、と踏みしめる。 その瞬間、周囲の空気が爆発したように沸き立った。
「――来たぞ! 会長のお戻りだ!」 「ヴァーミリオン会長!」 「きゃああっ! スカーレット様ぁっ!」
悲鳴にも似た歓声。 それは恐怖ではなく、熱狂的な崇拝だった。 近未来的なスーツを着た生徒も、ローブを纏った魔術師も、誰もが彼女に対して敬礼をし、あるいは憧れの眼差しを向けている。
「すごい……まるでアイドルだな」
俺が呆気にとられていると、スカーレットは優雅に手を振り、凛とした笑顔で応えていた。 その姿は、まさにこの学園の頂点に立つ「女王」そのものだった。 彼女はそのまま、運転席側のドアが開くのを待ち、俺の方を振り返った。
「降りてらっしゃい、七夕くん」
彼女に促され、俺がおっかなびっくり車から足を下ろした、その時だった。
熱狂していた空気が、一瞬で凍りついた。 数百の視線が、スカーレットから俺へとスライドする。 今度は、まったく違う色の感情を乗せて。
「……誰だ、あいつ?」 「会長の連れか? 見たことない顔だな」
ざわめきの色が、熱狂から困惑へ、そして冷ややかな侮蔑へと変わっていく。
「制服がボロボロじゃないか。泥だらけだし、センスも古い」 「魔力反応……ゼロ。サイバーウェアの装着もなし。生体エネルギー値も平均以下」 「なんだ、ただの『非適合者《エラー》』かよ」 「なんであんな一般人が、ヴァーミリオン会長の隣に立ってるんだ?」
突き刺さるようなアウェイ感。 彼らの目は、まるで汚いものを見るような、あるいは聖域に迷い込んだ異物を見るような冷たさを帯びていた。 俺は思わず身を縮こまらせ、視線を落とした。 怖い。 さっきの深淵とは違う、社会的な拒絶。ここに俺の居場所なんてない。場違いだ。
『ソウ、下向いちゃダメだ!』
脳内でリクの声が響いた。
『みんな見てるよ。ここで負けたら、本当に食べられちゃう気がする!』
「……っ」
わかってる。わかってるけど、足がすくむんだ。 彼らはエリートで、俺はただの無力な一般人だ。
「顔を上げなさい、七夕 双」
隣から、凛とした声が降ってきた。 スカーレットだ。彼女は俺を見ず、前を見据えたまま、唇だけで言葉を紡ぐ。
「堂々としていなさい。彼らの視線ごときに心をすり減らす必要はないわ」
「で、でも……俺は……」 「七夕くん。あなたは今しがた、あの『深淵(第4階層)』を見たでしょう?」
彼女の声色が、一段低くなった。
「この学園の生徒たちですら、まだあの本当の闇の深さを知らない者が多いわ。彼らは温室の中で、安全な訓練をしているに過ぎない」 「……!」 「でも、あなたは見た。そして、バグから生き延びてここまで来た」
スカーレットは、ちらりと横目で俺を見た。
「あの絶望的な深淵を覗き込んだあなたにとって、こんな安全圏から吠えるだけの声なんて、恐るるに足りないはずよ。違う?」
ハッとした。 そうだ。 あそこには、地獄があった。理不尽な死と、世界を食い尽くそうとする悪意があった。 それに比べれば――この嘲笑や陰口なんて、なんて平和な悩みなんだろう。
俺は奥歯を噛み締め、ゆっくりと顔を上げた。 震える膝に力を込め、周囲を取り囲む生徒たちを見回す。 相変わらず侮蔑の目は消えない。けれど、今の俺にはそれが、どこか「幼い」ものに見えた。
「……そうですね。会長の言う通りだ」
俺が視線を返すと、何人かが「なんだこいつ」と不快そうに顔をしかめたが、俺はもう目を逸らさなかった。
「悪くないわ。その目よ」
スカーレットが、満足げに小さく頷いた。
「行きましょう。私の名前は、スカーレット・ヴァーミリオン。このアカデミーの生徒会長にして、エグゼキューター・クラス第1席。……私の隣を歩く以上、背中は預けるわよ」
彼女はカツン、と高くヒールを鳴らし、生徒たちの列を割るように歩き出した。 俺は拳を握りしめ、泥だらけのローファーで、クリスタルの地面を踏みしめた。
「……はい、スカーレットさん」
俺は彼女の後を追った。 背中に浴びせられる「身の程知らず」という罵倒すらも、これからの戦いのための燃料に変えて。 巨大な正門をくぐる。 ゲートの上部に刻まれた文字が、青白く発光していた。 ――World : Layer / EATER それがこの学園の名前だった。