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雨の日は、誰も僕を止められない

ー/ー



 物理法則というのは案外融通が利かないらしい。

偶然手に入れた傘が僕を「透明」にしてくれたのはいい。でも、体重までゼロにしてくれたわけじゃない。


「うわっ、おわっ、ごめん!」


声だけを宙に放り出し、僕は必死にステップを刻む。


透明な僕に向かって、クラスメイトのピンクの傘が容赦なく突っ込んできたのだ。


「……え、誰? 今、誰かいた?」


首を傾げる彼女の脇を、僕は透明なまま、必死の形相ですり抜ける。



 自由のはずが、歩くたびに誰かにぶつかりそうになり、生きた心地がしない。透明なのは僕だけで、世界はいつも通りに実在しているのだ。


「ふう、危なかった……」


ようやく裏路地に逃げ込むと、足元で「ナァ」と鋭い声がした。


見ると、雨宿りする三毛猫が一匹。長いしっぽをゆらゆらと揺らし、じっと僕を見上げている。商店街にいる地域猫のミケだ。


「なんだ、お前には見えるのか?」


少し安心して手を伸ばした瞬間、悲劇は始まった。


猫にしてみれば、誰もいない空間から「知っている匂い」が突然降ってきたのだ。


 パニックを起こした三毛猫は、空中で僕の腕にガシッとしがみつき、そのまま肩まで駆け登る。


「痛っ! ちょっと、降りろって!」


猫をぶら下げたまま、焦って表通りに飛び出したのが運の尽きだった。


「きゃあ! 何あれ!?」


通行人の目には、「三毛猫が地上一メートル以上の高さで、何もない空間に必死にしがみつき、宙に浮いている」ように見えたのだ。


「やばい!」


慌ててコンビニに逃げ込もうとするが、センサーは透明な僕を認識せず、額と傘がガラスの自動ドアに激突。


「……っ!」


額を押さえてうずくまる僕を、通行人は「浮いている猫が透明な壁に叩きつけられた」としか認識できない。スマホを取り出して撮影する人まで現れ、現場は大混乱。



その瞬間、空が割れたような轟音とともに、バケツをひっくり返したような土砂降り。


雨の密度が増し、傘を叩く音がすべてをかき消す。雨のカーテンが僕を包み込むと、輪郭は完全に世界から消えた。腕の中の三毛猫さえ、雨に溶けて見えなくなる。




僕は確信した。今、誰も僕を見ていない。

猫を抱きかかえ、水たまりを蹴りながら疾走する。




背後からは「猫が消えた!?」という声が響くが、雨音にかき消され、誰にも邪魔されない自由が僕を包む。



やっと自宅の軒下にたどり着き、傘を閉じる。



そこには、ずぶ濡れで間抜けな顔をした自分と、腕の中で「解せない」という顔の猫がいた。



「……お前、意外と重いんだな」


僕は腕の中に残る確かな重みを感じ、少しだけ笑った。


 明日のSNSに「空中浮遊する猫」の動画が上がらないことを、切に願いながら。






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 物理法則というのは案外融通が利かないらしい。
偶然手に入れた傘が僕を「透明」にしてくれたのはいい。でも、体重までゼロにしてくれたわけじゃない。
「うわっ、おわっ、ごめん!」
声だけを宙に放り出し、僕は必死にステップを刻む。
透明な僕に向かって、クラスメイトのピンクの傘が容赦なく突っ込んできたのだ。
「……え、誰? 今、誰かいた?」
首を傾げる彼女の脇を、僕は透明なまま、必死の形相ですり抜ける。
 自由のはずが、歩くたびに誰かにぶつかりそうになり、生きた心地がしない。透明なのは僕だけで、世界はいつも通りに実在しているのだ。
「ふう、危なかった……」
ようやく裏路地に逃げ込むと、足元で「ナァ」と鋭い声がした。
見ると、雨宿りする三毛猫が一匹。長いしっぽをゆらゆらと揺らし、じっと僕を見上げている。商店街にいる地域猫のミケだ。
「なんだ、お前には見えるのか?」
少し安心して手を伸ばした瞬間、悲劇は始まった。
猫にしてみれば、誰もいない空間から「知っている匂い」が突然降ってきたのだ。
 パニックを起こした三毛猫は、空中で僕の腕にガシッとしがみつき、そのまま肩まで駆け登る。
「痛っ! ちょっと、降りろって!」
猫をぶら下げたまま、焦って表通りに飛び出したのが運の尽きだった。
「きゃあ! 何あれ!?」
通行人の目には、「三毛猫が地上一メートル以上の高さで、何もない空間に必死にしがみつき、宙に浮いている」ように見えたのだ。
「やばい!」
慌ててコンビニに逃げ込もうとするが、センサーは透明な僕を認識せず、額と傘がガラスの自動ドアに激突。
「……っ!」
額を押さえてうずくまる僕を、通行人は「浮いている猫が透明な壁に叩きつけられた」としか認識できない。スマホを取り出して撮影する人まで現れ、現場は大混乱。
その瞬間、空が割れたような轟音とともに、バケツをひっくり返したような土砂降り。
雨の密度が増し、傘を叩く音がすべてをかき消す。雨のカーテンが僕を包み込むと、輪郭は完全に世界から消えた。腕の中の三毛猫さえ、雨に溶けて見えなくなる。
僕は確信した。今、誰も僕を見ていない。
猫を抱きかかえ、水たまりを蹴りながら疾走する。
背後からは「猫が消えた!?」という声が響くが、雨音にかき消され、誰にも邪魔されない自由が僕を包む。
やっと自宅の軒下にたどり着き、傘を閉じる。
そこには、ずぶ濡れで間抜けな顔をした自分と、腕の中で「解せない」という顔の猫がいた。
「……お前、意外と重いんだな」
僕は腕の中に残る確かな重みを感じ、少しだけ笑った。
 明日のSNSに「空中浮遊する猫」の動画が上がらないことを、切に願いながら。