クリスマスの粒子
ー/ー 僕の体は、郊外の低温保管施設の奥で静かに眠っている。
外からは普通の研究棟にしか見えないが、内部には光を吸い込み続ける深い冷気と、規則正しく脈打つ機械音が満ちていた。
透明なカプセルの中で横たわる『僕』は、
まるで別人のように見える。
けれど、これは確かに僕の帰る場所だ。
いつか意識を取り戻すべき、唯一の肉体。
そのガラス越しに、淡い光が漂っていた。
それが今の『僕』
意識を粒子化し、記憶や感情の揺れを光として外界に送る実験——僕はその被験者第一号になった。
体は保管され、魂だけが街へと放たれる。
僕はふわりとカプセルから離れ、通路へと滑り出た。肉体を持たない今の僕は、扉も壁も、空気の粒子の隙間をすり抜けていくことができる。
それなのに、外へ向かう足取り——いや光の流れ——は、以前よりずっと慎重になっていた。
保管施設の外に出ると、夕暮れが雪に反射して淡く街を照らしていた。
イルミネーションが灯りはじめ、クリスマスの色がゆっくりと世界に滲み込んでいく。
ホログラムの雪が舞い、看板の飾りつけが温かく揺れている。
カフェのオープンテラス、彼女がひとりで席に座っているのが見えた。両手でマグを包み込みながら、落ち着かないように視線を揺らしている。
ゆっくり彼女の席に近づくと、彼女の足元にいるリードに繋がれた黒猫が、ふと顔を上げた。
白い胸元と、くりっとした琥珀色の瞳。
僕の飼い猫、名前はノエル。
小さく「にゃ」と喉を鳴らす。
今は彼女がノエルを引き取っている、ノエル。
僕が、カプセルに入る前にーー
「あなたなの?」
彼女は誰もいない空間にそっと声をかける。
僕を見てはいないのに、まるでそこに僕がいることを確信しているようだった。
胸がふわっと揺れ、光の粒が一瞬散った。
ノエルが立ち上がり、彼女の膝へ飛び乗る。
僕の光が揺れ、わずかに震えが伝わる。
彼女は驚いたように息をのむ。
光の粒が彼女の肩へ落ちる。
ほんの一瞬、彼女が目を閉じた。
その表情には、別れの痛みと、どこかに残るわずかな安堵が混じっていた。
触れることもできない。
声をかけることもできない。
ノエルが彼女の手にすり寄る。
ふわふわの毛並みが雪を反射する。
ーー帰る場所はある、僕にも。
保管棟の、管理されたあの部屋、透明なカプセル。
僕の体は眠り続ける。
彼女とノエルはここにいる。
そして僕は、僕は。
いつか必ず戻る。戻ってくるよ⋯⋯
だから。
ホログラムの雪が、ふわふわと舞い続け、
イルミネーションは光を灯し温かく街を包み込んでいくーー
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
僕の体は、郊外の低温保管施設の奥で静かに眠っている。
外からは普通の研究棟にしか見えないが、内部には光を吸い込み続ける深い冷気と、規則正しく脈打つ機械音が満ちていた。
透明なカプセルの中で横たわる『僕』は、
まるで別人のように見える。
けれど、これは確かに僕の帰る場所だ。
いつか意識を取り戻すべき、唯一の肉体。
そのガラス越しに、淡い光が漂っていた。
それが今の『僕』
意識を粒子化し、記憶や感情の揺れを光として外界に送る実験——僕はその被験者第一号になった。
体は保管され、魂だけが街へと放たれる。
僕はふわりとカプセルから離れ、通路へと滑り出た。肉体を持たない今の僕は、扉も壁も、空気の粒子の隙間をすり抜けていくことができる。
それなのに、外へ向かう足取り——いや光の流れ——は、以前よりずっと慎重になっていた。
保管施設の外に出ると、夕暮れが雪に反射して淡く街を照らしていた。
イルミネーションが灯りはじめ、クリスマスの色がゆっくりと世界に滲み込んでいく。
ホログラムの雪が舞い、看板の飾りつけが温かく揺れている。
カフェのオープンテラス、彼女がひとりで席に座っているのが見えた。両手でマグを包み込みながら、落ち着かないように視線を揺らしている。
ゆっくり彼女の席に近づくと、彼女の足元にいるリードに繋がれた黒猫が、ふと顔を上げた。
白い胸元と、くりっとした琥珀色の瞳。
僕の飼い猫、名前はノエル。
小さく「にゃ」と喉を鳴らす。
今は彼女がノエルを引き取っている、ノエル。
僕が、カプセルに入る前にーー
「あなたなの?」
彼女は誰もいない空間にそっと声をかける。
僕を見てはいないのに、まるでそこに僕がいることを確信しているようだった。
胸がふわっと揺れ、光の粒が一瞬散った。
ノエルが立ち上がり、彼女の膝へ飛び乗る。
僕の光が揺れ、わずかに震えが伝わる。
彼女は驚いたように息をのむ。
光の粒が彼女の肩へ落ちる。
ほんの一瞬、彼女が目を閉じた。
その表情には、別れの痛みと、どこかに残るわずかな安堵が混じっていた。
触れることもできない。
声をかけることもできない。
ノエルが彼女の手にすり寄る。
ふわふわの毛並みが雪を反射する。
ーー帰る場所はある、僕にも。
保管棟の、管理されたあの部屋、透明なカプセル。
僕の体は眠り続ける。
彼女とノエルはここにいる。
そして僕は、僕は。
いつか必ず戻る。戻ってくるよ⋯⋯
だから。
ホログラムの雪が、ふわふわと舞い続け、
イルミネーションは光を灯し温かく街を包み込んでいくーー