私は震える手で、箱の中からコンパクトを取り出した。
指先に触れるプチポワンの刺繍。バラの花の凹凸は、冷え切った私の指を温めるようにそこにあった。
親指で小さな留め金を押すと、蓋が静かに開く。
現れた鏡の中に映っていたのは、少しだけ目元を赤くした、けれど驚くほど澄んだ瞳をした自分だった。
不思議なことに、郵便局の琥珀色の光を吸い込んだ鏡は、私の疲れも、不安も、すべてを「今の私の一部」として、優しく肯定するように映し出していた。
「……ありがとうございました」
顔を上げると、カウンターの奥の青年は、もう次の小包を整理し始めていた。彼は一度だけ小さく頷き、またあの羽根ペンを手にする。
「お忘れなきよう。月曜日は、またすぐにやってきますから」
その言葉の意味を考える暇もなく、私は郵便局の重いドアを押し開けた。
カラン、という鈴の音。
外に出た瞬間、冷たい夜風が頬を打った。振り返ると、そこには赤褐色のポストも、蔦の絡まる建物もなかった。ただ、雨に濡れたレンガ塀が街灯に照らされているだけ。
けれど、私のコートのポケットには、確かな重みがあった。
店に戻ると、真実がレジの横で、新しい仕入れカタログを眺めていた。私が店に入ると、彼女は顔を上げて「あ、おかえり」と笑った。
「鈴音、顔洗ってきたの? なんだか、さっきよりずっと顔色がいいわね」
「そうかな」
私はポケットの中のバラをそっと撫で、彼女の隣に立った。
「ねえ、真実。さっきの琥珀色の香水瓶だけど……一番上の棚じゃなくて、入り口の、光が一番よく当たる場所に置かない? あの瓶が持ってる物語が、一番きれいに見える場所がいいと思うの」
真実は少し驚いたように目を丸くして「いいわね、それ!」と頷いた。
雨はいつの間にか上がっていた。
鏡の中の自分と、今の自分。その間にあったはずの曇りは、もうどこにもない。
――明後日は、月曜日。
新しい一週間が始まる。私はもう、自分の心を見失わずに歩いていける気がした。