表示設定
表示設定
目次 目次




〜2〜

ー/ー



「へ?……嘘?」
「そう、調べただけよ」
「え?調べたって……もしかして君、探偵的な人?」
 頭に?マークが浮かぶ。何だかよくわからない展開になってきた。
「違うわよ。でも一部じゃ結構有名人なのよ、あなた。調べるのなんて簡単だったわ」
 一部って何だ?どこのマニアだ。そもそも何で彼女は俺のことなんか調べてたんだ?
「でも、まさか本当にそんな理由だなんてね。くだらない」
「何だよ、くだらないって。人の悩みを馬鹿にしやがって。おまえに俺の気持ちがわかるかよ」
 年月も忘れるくらい繰り返した孤独という寂しさと苦しみの毎日。この先だってきっと同じ繰り返しが待ってるだけ。そんな希望の無い未来なんだ。それを終わらせたいという気持ちのどこが悪い。
「死のうと思った理由が薄っぺらけりゃ、反論も薄っぺらいわね」
 彼女は侮蔑をこめた視線で俺を見下した。
「くそっ、ムカついたぞ!お前そんなこと言うくらいなんだから、それはもう大層な死ぬ理由をお持ちなんでしょうな」
 怒りに震えながら俺はそう吐き捨てた。彼女はキッと俺を睨み付ける。その視線の強さに一瞬ひるむ。
「何だよ、睨んだって誤魔化されねえぞ」
 目をそらした方が負けという気がしたので、奥歯をかみ締めて睨み返した。すると彼女の方が視線をそらし小さくため息をついた。
「放っておくと徐々に細胞が炭になってしまうという病気、あるの知ってる?」
 彼女は横を向きながらぼそりとこぼした。俺はそんな病気を知らなかったので首を横に振る。
「最初はただの黒い点だからホクロができたのかと思うの。でもだんだんとそれは大きくなって固まって、最後には硬い炭になってしまう。そしてその黒い点の数はみるみる増えて行き、さらにそれは外側の皮
膚だけじゃなく内側にまで進行していく。分かる?体の中身がみんな炭になっていくの。今の医学じゃまだ治せない珍しい病気よ」
 聞いているだけでおぞましい病気の症状に気分が重くなる。
「でも進行を遅らせる薬はあるの」
「お、おう」
 自分のことではないのに救いがあるのかとホッとする。
「だけどその薬はひどい副作用があって頻繁に激痛が体中を走るの。想像できる?注射針が全身に突き刺さるような感覚よ」
 可能であっても想像したくない痛みだ。
「痛み以外にも髪の毛は抜け出すし、肌の皮もどんどん剥けていく」
 彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめて最後にこう聞いてきた。
「何でこんな痛い思いしてまで生きていかなきゃならないんだろう?もう、楽になりたい。思うでしょ?」
 俺は何も言えず見つめ返すだけで精一杯だった。
「嘘よ」
「へ?」
 張り詰めていた空気が一瞬で壊された。
「本気にしたの?あなたって単純ね」
 彼女は真顔でしれっと言い放つ。
「お前なぁ」
「仮にそんな病気があるとしても、わたしがかかってるなんて一言も言ってないじゃない」
「そっか、そうだよな」
 彼女の言うことは正論だった。俺が早合点しただけなのだ。
「あら、怒らないのね。からかわれたことに気づかなかったのかしら?」
「怒るよりもそれが冗談だってことにホッとしたよ。そんな病気、辛すぎるだろ。まぁ、それくらいの死ぬ理由と比べたら、確かに俺の理由なんて薄っぺらいわな」
 自分が一番不幸で救われない。そんな勘違いにふと気づくことができた。
「死ぬのやめた?」
「うーん、そうだな。あんたはどうするんだ?まだ飛び降りる気?」
 何の気なしに聞いたことだったのだが、彼女は一瞬悲しげな表情を見せて語りだした。
「自殺ってね、成仏できずに何度も何度も死ぬ瞬間を繰り返すんだって。楽になりたいから死を選んだのに馬鹿みたいだよね。しかも本人は毎回繰り返している自覚がないの。まるでゲームのリセットボタンを
押してるように毎回一からやり直し」
 それを聞いた俺は何かひっかる気がしていた。
「そ、そうなのか。詳しいなあんた。でも、そんなこと知ってるのに何で自殺しようなんて考えてんだ?」
 彼女は寂しそうな顔をして微笑む。聞いてはいけないことを今耳にしている。俺は直感でそう思ってい
た。
「夜ごと自殺した場所で成仏できない霊が繰り返し飛び降りていたら、どうなると思う?」
 聞いてはいけない、そう思うのに俺は聞かずにはいれなかった。
「どうなるんだ?」
「その場所に死というイメージが染み込んでいくの。そしてそれは別の新しい死を招きいれてしまう。それが自殺の名所のできる理由よ」
 自分の中でバラバラのパズルのピースがはまっていく感覚。俺は思いもしなかった今の状況を把握してきた。
「……何でも知ってんだな。それも一部じゃ有名なのか?」
「ふざけた人ね。わかっててわざと惚けてるのか。それとも単なる馬鹿なのか」
「何となく分かったよ。昨日の記憶もあいまいに毎日を繰り返してると思ったらそういうことなのか」
 今の時代、インターネットを使用すればどんな情報でも簡単に得られてしまう。自殺の名所から、そうなった経緯なんて情報もしかりだ。
「本当、しょうもない人生だな。自分が死んでることも気づかないなんて」
 そういうことに興味を持った一部の人たちには、知らないうちに有名になっていたようだ。
「あなただけじゃないわ。自殺した人はみんな一緒」
 慰めるように彼女は優しくそう言った。第一印象と随分違って良い奴に思えてきた。
「あんた何者だよ」
「見えないものが見えてしまう変わり者よ」
 今度は必要のない情報だと言わず、素直に答えてくれた。変わり者か。出来ることならもうちょっと早くに会いたかったな。そうしたら今とは違う未来があったのかな。何だか少し感傷的になってしまっている自分がいた。
「ん、ちょっと待て。ここが自殺の名所になってるってことは、……俺に誘われて死んだ人がいるってことか?」 
 不意に浮かんだ疑問に彼女は残念そうにうなづく。ガツンと頭を後ろから殴られたようなショックを受けた。
「うわ、マジでか。何てこった。最悪じゃないか。そうか、それであんたが除霊に来たって訳か。……それはそれで納得したけど」
 俺はまたもひとつ疑問が生まれていた。
「わたしが何故飛び降りようとしてたか?」
「そう」
 その行動はとても不可解だ。
「あなたが良いモノなのか悪いモノなのかを見極めたかったの」
 またも訳のわからないことを言い出す。
「自縛霊になると寂しいあまり、喜んで人を死に誘いこむわ。目の前で死のうとしている人なんて見たら、止めようなんて思わない。逆に思いとどまっている人の背中を押すわ。まぁ、その点ではあなたは良いモノだった」
 なるほど。死んだ後も色んな奴がいるのか。死んでまで人に迷惑かけるような存在にはなりたくないものだ。
「褒めてもらえて光栄だけど、良いモノだと何か良いことあるのか?」
「心の準備をさせてあげるわ」
 実に微妙な特典である。
「じゃぁ、悪いモノだったら?」
「有無を言わさず即昇天」
 大して違いがないのではと思った俺の表情を読んだのか、彼女はこう続けた。
「あら、力づくは結構痛いわよ」
 意地の悪そうな笑みを浮かべる彼女。思わず身震いしてしまう。  
「死んでまで痛い思いするのは避けたいな……良いモノと判断してもらったことは喜んでおこう」
「うん、素直でよろしい」
 彼女は満足げにうなづく。だけど対象的に俺の表情は曇っていた。
「でもここはもう自殺の名所になっちゃってるんだよな?」
 自分のせいで死んでしまった人がいるなんて、ちょっとキツい現実だ。
「そうね、あなたは毎回こうやって死に誘われた人を止めてたのかもしれない。でもそれ以上に死に魅入られた人たちが集まってしまった。そうなるかしらね」
 要所要所で俺をフォローしてくれる彼女。惚れてしまいそうだ。死んでなかったら頑張ってアタックしてたかも。なんて事を彼女の顔を見ながらふと考えた。その視線に気づくと「何?」といった感じで首をかしげたりする。
「悲しい話だな。俺に誘われて死んだ人もやっぱり夜な夜な繰り返してるのか?」
「そういうこと」
 少し考え込む。
「どうかした?」
「いや、その他の自殺した人。俺とはち合ったりしないんだなと思って」
「あなたが飛び降りた後、順番にやってくるわよ」
「え、そういうことなの」
 俺は思わず非常口の扉のほうを見つめて首をかしげ、彼女に視線を戻す。
「何?じゃ今、俺待ち?」
 彼女は腕時計に目をやる。
「そうね、ちょっと押してるかしら。巻いてかないと」
「ま、巻き?」
 順番なんてちゃんと守ったりして、幽霊っていうのは意外と行儀が良いようだ。
「で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「難しいことはないわ。自分が既に死んでいるという事実を理解してここから飛び降りる」
「そ、そうか。じゃ、このまま飛び降りれば良いんだな」
「そう」
 俺はフェンスを乗り越えて深呼吸をする。
「ずいぶん潔いのね」
 彼女が背中越しに声をかけてくる。
「だって人様に迷惑かけちゃってんだろ。そりゃ死ぬのは怖いけど、俺が迷っててまた関係ない人が巻き添え食うのはやっぱ駄目だろ」
「ふーん」
「言ってももう死んでんだし、怖いもなにももないわな」
 俺は振り向いて彼女に笑ってみせた。引きつった下手糞な笑みになってしまった。
「あと記憶がないとはいえ、こんな繰り返しを終わらせてくれるんだから、あんたには感謝だな。ありがとう」
 精一杯の強がりだがベストの台詞を言うことが出来た気がする。だが彼女は口をとがらせ横を向いてしまった。また見当違いなことを口にしてしまったのだろうか?
「時間も押してるようだし、じゃ行くわ」
 いってらっしゃいと一言、餞別代りに言ってもらえると嬉しかったが、彼女は横を向いたまま黙っていた。仕方ない、あんまり多くを望むのも欲張りというものか。
 あぁ、やっぱり少し怖いな。こんな思いを毎日繰り返していたんだと思うとぞっとする。
 でもそれも今夜で最後だ。目をつぶり力を抜いてゆっくり前に倒れていく。
 とその時、彼女は俺の腕をぎゅっと掴んで止めた。
「何でそんなこと言うのよ」
「え?」
 何のことだかさっぱりわからない俺がいた。
「私、感謝されるようなことしてないのに」
「どうしたんだよ」
 掴まれた腕が少し痛んだ。彼女は掴んだ握力で搾り出すようにゆっくり喋りだした。
「記憶は無くならないの。落ちていく時の風圧も、急速に流れる景色も、近づいてくるアスファルトも、ぶつかった時の衝撃も、破裂する内臓の音も、砕けた骨が皮膚を突き破る痛みも。身体はピクリとも動かない。喉の奥からは何か温かいものがこみ上げてきて。それが口からこぼれて目の前に赤い川ができるの。私は横になったままその流れを見てるだけ。だんだんと周りが薄暗くなって、やがて真っ暗になって。気がつくとまた屋上に立っていてフェンスに近づいていく」
 彼女は一気にそう喋り終えるとフェンスを軽々と乗り越えて俺の隣に立った。俺はというと言葉が見つからず彼女を見つめるだけだった。
「なんてね。ごめん、私また嘘ついた。あなたはまだ生きてる。成仏できないのは私」
「え?」
「今夜会ったのがあなたで良かったわ。うん、やっぱり人様に迷惑かけるの駄目だよね。ありがとう。もう少しで人の道踏み外すところだった」
 彼女は下を覗き込んで「うわぁ、高いな」と今更なことをつぶやいている。隣で呆気にとられている俺を見ると真面目な顔でこう言った。
「あとね、死ぬのは勝手だけどものすごい痛いと思うからお勧めしないよ。寂しい寂しいってボヤくより前に、何でもいいから色々やってみたら。死ぬのはやり尽くしてからでも遅くないんじゃない?じゃぁね
、さよなら」
 言い終わると彼女は飛び降りた。迷いもなく軽やかに。俺は茫然とそれを眺めていた。時間がスローモーションのようにゆっくり流れ、彼女はいつまでも落ち続けていた。


次のエピソードへ進む 〜3〜


みんなのリアクション

「へ?……嘘?」「そう、調べただけよ」
「え?調べたって……もしかして君、探偵的な人?」
 頭に?マークが浮かぶ。何だかよくわからない展開になってきた。
「違うわよ。でも一部じゃ結構有名人なのよ、あなた。調べるのなんて簡単だったわ」
 一部って何だ?どこのマニアだ。そもそも何で彼女は俺のことなんか調べてたんだ?
「でも、まさか本当にそんな理由だなんてね。くだらない」
「何だよ、くだらないって。人の悩みを馬鹿にしやがって。おまえに俺の気持ちがわかるかよ」
 年月も忘れるくらい繰り返した孤独という寂しさと苦しみの毎日。この先だってきっと同じ繰り返しが待ってるだけ。そんな希望の無い未来なんだ。それを終わらせたいという気持ちのどこが悪い。
「死のうと思った理由が薄っぺらけりゃ、反論も薄っぺらいわね」
 彼女は侮蔑をこめた視線で俺を見下した。
「くそっ、ムカついたぞ!お前そんなこと言うくらいなんだから、それはもう大層な死ぬ理由をお持ちなんでしょうな」
 怒りに震えながら俺はそう吐き捨てた。彼女はキッと俺を睨み付ける。その視線の強さに一瞬ひるむ。
「何だよ、睨んだって誤魔化されねえぞ」
 目をそらした方が負けという気がしたので、奥歯をかみ締めて睨み返した。すると彼女の方が視線をそらし小さくため息をついた。
「放っておくと徐々に細胞が炭になってしまうという病気、あるの知ってる?」
 彼女は横を向きながらぼそりとこぼした。俺はそんな病気を知らなかったので首を横に振る。
「最初はただの黒い点だからホクロができたのかと思うの。でもだんだんとそれは大きくなって固まって、最後には硬い炭になってしまう。そしてその黒い点の数はみるみる増えて行き、さらにそれは外側の皮
膚だけじゃなく内側にまで進行していく。分かる?体の中身がみんな炭になっていくの。今の医学じゃまだ治せない珍しい病気よ」
 聞いているだけでおぞましい病気の症状に気分が重くなる。
「でも進行を遅らせる薬はあるの」
「お、おう」
 自分のことではないのに救いがあるのかとホッとする。
「だけどその薬はひどい副作用があって頻繁に激痛が体中を走るの。想像できる?注射針が全身に突き刺さるような感覚よ」
 可能であっても想像したくない痛みだ。
「痛み以外にも髪の毛は抜け出すし、肌の皮もどんどん剥けていく」
 彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめて最後にこう聞いてきた。
「何でこんな痛い思いしてまで生きていかなきゃならないんだろう?もう、楽になりたい。思うでしょ?」
 俺は何も言えず見つめ返すだけで精一杯だった。
「嘘よ」
「へ?」
 張り詰めていた空気が一瞬で壊された。
「本気にしたの?あなたって単純ね」
 彼女は真顔でしれっと言い放つ。
「お前なぁ」
「仮にそんな病気があるとしても、わたしがかかってるなんて一言も言ってないじゃない」
「そっか、そうだよな」
 彼女の言うことは正論だった。俺が早合点しただけなのだ。
「あら、怒らないのね。からかわれたことに気づかなかったのかしら?」
「怒るよりもそれが冗談だってことにホッとしたよ。そんな病気、辛すぎるだろ。まぁ、それくらいの死ぬ理由と比べたら、確かに俺の理由なんて薄っぺらいわな」
 自分が一番不幸で救われない。そんな勘違いにふと気づくことができた。
「死ぬのやめた?」
「うーん、そうだな。あんたはどうするんだ?まだ飛び降りる気?」
 何の気なしに聞いたことだったのだが、彼女は一瞬悲しげな表情を見せて語りだした。
「自殺ってね、成仏できずに何度も何度も死ぬ瞬間を繰り返すんだって。楽になりたいから死を選んだのに馬鹿みたいだよね。しかも本人は毎回繰り返している自覚がないの。まるでゲームのリセットボタンを
押してるように毎回一からやり直し」
 それを聞いた俺は何かひっかる気がしていた。
「そ、そうなのか。詳しいなあんた。でも、そんなこと知ってるのに何で自殺しようなんて考えてんだ?」
 彼女は寂しそうな顔をして微笑む。聞いてはいけないことを今耳にしている。俺は直感でそう思ってい
た。
「夜ごと自殺した場所で成仏できない霊が繰り返し飛び降りていたら、どうなると思う?」
 聞いてはいけない、そう思うのに俺は聞かずにはいれなかった。
「どうなるんだ?」
「その場所に死というイメージが染み込んでいくの。そしてそれは別の新しい死を招きいれてしまう。それが自殺の名所のできる理由よ」
 自分の中でバラバラのパズルのピースがはまっていく感覚。俺は思いもしなかった今の状況を把握してきた。
「……何でも知ってんだな。それも一部じゃ有名なのか?」
「ふざけた人ね。わかっててわざと惚けてるのか。それとも単なる馬鹿なのか」
「何となく分かったよ。昨日の記憶もあいまいに毎日を繰り返してると思ったらそういうことなのか」
 今の時代、インターネットを使用すればどんな情報でも簡単に得られてしまう。自殺の名所から、そうなった経緯なんて情報もしかりだ。
「本当、しょうもない人生だな。自分が死んでることも気づかないなんて」
 そういうことに興味を持った一部の人たちには、知らないうちに有名になっていたようだ。
「あなただけじゃないわ。自殺した人はみんな一緒」
 慰めるように彼女は優しくそう言った。第一印象と随分違って良い奴に思えてきた。
「あんた何者だよ」
「見えないものが見えてしまう変わり者よ」
 今度は必要のない情報だと言わず、素直に答えてくれた。変わり者か。出来ることならもうちょっと早くに会いたかったな。そうしたら今とは違う未来があったのかな。何だか少し感傷的になってしまっている自分がいた。
「ん、ちょっと待て。ここが自殺の名所になってるってことは、……俺に誘われて死んだ人がいるってことか?」 
 不意に浮かんだ疑問に彼女は残念そうにうなづく。ガツンと頭を後ろから殴られたようなショックを受けた。
「うわ、マジでか。何てこった。最悪じゃないか。そうか、それであんたが除霊に来たって訳か。……それはそれで納得したけど」
 俺はまたもひとつ疑問が生まれていた。
「わたしが何故飛び降りようとしてたか?」
「そう」
 その行動はとても不可解だ。
「あなたが良いモノなのか悪いモノなのかを見極めたかったの」
 またも訳のわからないことを言い出す。
「自縛霊になると寂しいあまり、喜んで人を死に誘いこむわ。目の前で死のうとしている人なんて見たら、止めようなんて思わない。逆に思いとどまっている人の背中を押すわ。まぁ、その点ではあなたは良いモノだった」
 なるほど。死んだ後も色んな奴がいるのか。死んでまで人に迷惑かけるような存在にはなりたくないものだ。
「褒めてもらえて光栄だけど、良いモノだと何か良いことあるのか?」
「心の準備をさせてあげるわ」
 実に微妙な特典である。
「じゃぁ、悪いモノだったら?」
「有無を言わさず即昇天」
 大して違いがないのではと思った俺の表情を読んだのか、彼女はこう続けた。
「あら、力づくは結構痛いわよ」
 意地の悪そうな笑みを浮かべる彼女。思わず身震いしてしまう。  
「死んでまで痛い思いするのは避けたいな……良いモノと判断してもらったことは喜んでおこう」
「うん、素直でよろしい」
 彼女は満足げにうなづく。だけど対象的に俺の表情は曇っていた。
「でもここはもう自殺の名所になっちゃってるんだよな?」
 自分のせいで死んでしまった人がいるなんて、ちょっとキツい現実だ。
「そうね、あなたは毎回こうやって死に誘われた人を止めてたのかもしれない。でもそれ以上に死に魅入られた人たちが集まってしまった。そうなるかしらね」
 要所要所で俺をフォローしてくれる彼女。惚れてしまいそうだ。死んでなかったら頑張ってアタックしてたかも。なんて事を彼女の顔を見ながらふと考えた。その視線に気づくと「何?」といった感じで首をかしげたりする。
「悲しい話だな。俺に誘われて死んだ人もやっぱり夜な夜な繰り返してるのか?」
「そういうこと」
 少し考え込む。
「どうかした?」
「いや、その他の自殺した人。俺とはち合ったりしないんだなと思って」
「あなたが飛び降りた後、順番にやってくるわよ」
「え、そういうことなの」
 俺は思わず非常口の扉のほうを見つめて首をかしげ、彼女に視線を戻す。
「何?じゃ今、俺待ち?」
 彼女は腕時計に目をやる。
「そうね、ちょっと押してるかしら。巻いてかないと」
「ま、巻き?」
 順番なんてちゃんと守ったりして、幽霊っていうのは意外と行儀が良いようだ。
「で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「難しいことはないわ。自分が既に死んでいるという事実を理解してここから飛び降りる」
「そ、そうか。じゃ、このまま飛び降りれば良いんだな」
「そう」
 俺はフェンスを乗り越えて深呼吸をする。
「ずいぶん潔いのね」
 彼女が背中越しに声をかけてくる。
「だって人様に迷惑かけちゃってんだろ。そりゃ死ぬのは怖いけど、俺が迷っててまた関係ない人が巻き添え食うのはやっぱ駄目だろ」
「ふーん」
「言ってももう死んでんだし、怖いもなにももないわな」
 俺は振り向いて彼女に笑ってみせた。引きつった下手糞な笑みになってしまった。
「あと記憶がないとはいえ、こんな繰り返しを終わらせてくれるんだから、あんたには感謝だな。ありがとう」
 精一杯の強がりだがベストの台詞を言うことが出来た気がする。だが彼女は口をとがらせ横を向いてしまった。また見当違いなことを口にしてしまったのだろうか?
「時間も押してるようだし、じゃ行くわ」
 いってらっしゃいと一言、餞別代りに言ってもらえると嬉しかったが、彼女は横を向いたまま黙っていた。仕方ない、あんまり多くを望むのも欲張りというものか。
 あぁ、やっぱり少し怖いな。こんな思いを毎日繰り返していたんだと思うとぞっとする。
 でもそれも今夜で最後だ。目をつぶり力を抜いてゆっくり前に倒れていく。
 とその時、彼女は俺の腕をぎゅっと掴んで止めた。
「何でそんなこと言うのよ」
「え?」
 何のことだかさっぱりわからない俺がいた。
「私、感謝されるようなことしてないのに」
「どうしたんだよ」
 掴まれた腕が少し痛んだ。彼女は掴んだ握力で搾り出すようにゆっくり喋りだした。
「記憶は無くならないの。落ちていく時の風圧も、急速に流れる景色も、近づいてくるアスファルトも、ぶつかった時の衝撃も、破裂する内臓の音も、砕けた骨が皮膚を突き破る痛みも。身体はピクリとも動かない。喉の奥からは何か温かいものがこみ上げてきて。それが口からこぼれて目の前に赤い川ができるの。私は横になったままその流れを見てるだけ。だんだんと周りが薄暗くなって、やがて真っ暗になって。気がつくとまた屋上に立っていてフェンスに近づいていく」
 彼女は一気にそう喋り終えるとフェンスを軽々と乗り越えて俺の隣に立った。俺はというと言葉が見つからず彼女を見つめるだけだった。
「なんてね。ごめん、私また嘘ついた。あなたはまだ生きてる。成仏できないのは私」
「え?」
「今夜会ったのがあなたで良かったわ。うん、やっぱり人様に迷惑かけるの駄目だよね。ありがとう。もう少しで人の道踏み外すところだった」
 彼女は下を覗き込んで「うわぁ、高いな」と今更なことをつぶやいている。隣で呆気にとられている俺を見ると真面目な顔でこう言った。
「あとね、死ぬのは勝手だけどものすごい痛いと思うからお勧めしないよ。寂しい寂しいってボヤくより前に、何でもいいから色々やってみたら。死ぬのはやり尽くしてからでも遅くないんじゃない?じゃぁね
、さよなら」
 言い終わると彼女は飛び降りた。迷いもなく軽やかに。俺は茫然とそれを眺めていた。時間がスローモーションのようにゆっくり流れ、彼女はいつまでも落ち続けていた。