第69話
ー/ー かじかんだ手に息を吐きかけるようにしながら、長町高校の通用口を通り過ぎた。
時が過ぎるのは早いもので、朋恵とキスして二週間以上が経った。
今日は午前の授業が終われば全校集会があり、それが終われば短い冬休みだ。
冬休みに入ると、夏休みと同じように四日間の冬期講習がある。
冬期講習は普段の授業と同じ時間割で行われる一方、参加するか否かは生徒次第だ。我々e-Sports愛好会の面々は全員が国公立を第一志望としているため、全員とも「参加する!」とのことだった。藤島さんや那須君ともおしゃべりができるから、ね。
そうそう、冬休みで真っ先に思い浮かぶのはクリスマスだ。
去年は前の彼女と祝ったけれども、今年はどうなんだろう? そう思って昇降口で上履きに履き替えると……。
「おはよー、ヤス!」「おはよう、ヤス君」
朋恵と愛未に声を掛けられた。
寒くなったせいもあってか、二人とも厚手のコートとマフラーが手放せなくなったようだ。
コートは二人とも学校指定のものだけど、校則違反上等な格好が似合いそうな朋恵までもが着用しているのは、ちょっと意外だった。
「おはよう、二人とも」
二人が上履きに履き替えると、僕たちは一緒になって廊下から北校舎の四階にある教室へと向かう。
「ねぇ、ヤスは冬休みはどうする?」
「僕? 僕は冬期講習と部活かな。冬期講習があると部活も出来る時間が限られるのが厄介だけどね」
「アタシも~」
「おいおい、そんなことでへこんでどうするんだ。三年生なんて年明けに共通テストが待っているんだぞ」
「共通テストか、後2年で僕達も、だね」
「だよね~。あ~あ、ユーウツだなぁ」
「私もだよ。でも、国公立大学を受験するのであれば必須だからね」
「うん、それもそうだね。よ~し、今日は年内最後の練習もあるし、頑張るぞ~!」
「フフッ。単純だね、トモって」
「何よマナ、なんか文句でもあるの?」
「いや、別に」
教室に向かう道の途中で、僕たちは何気ない会話を楽しんでいた。
朋恵にキスして、愛未からキスされた後で気まずくなるのではないだろうか? と一瞬思ったことがあったけれど、何故かそうならなかった。
藤島さんから「普段通り接してあげてください」とアドバイスされたのが効いたのだろうか。あれから二週間が経った今も、僕たちは普段通りの関係を続けている。
藤島さんには、本当感謝しかない。
「あ! そうだ!」
1年3組の教室に入る直前に、朋恵が何かを思い出したかのように足を止めた。
「ねえ、ヤスってクリスマスの予定はある?」
「クリスマスの予定か……」
そうそう、去年は心美の家に招かれてクリスマスを祝ったなぁ……。
しかし、もうそんな彼女ともこないだ別れたばかりだ。
連絡先はすべてブロックし、思い出の写真はスマホやクラウドドライブからも削除した。
「今年はノープランだよ。彼女も居なくなったし、家族で祝おうかな……と思ってたけど……」
父さんはその日は会社の仕事が忙しくなると言っていたし、母さんも勤め先のドラッグストアでシフトが入ったために帰るのが遅くなると言っていた。
かといって朋恵達とは……、こないだキスしたばかりだし、二人きりになると何をするか分からないよ!
下手したら、ネット上で噂されていることをやらかしてしまいそうだ。
どうしよう。僕には避妊具を買う度胸なんて無いのに!
「ふ~ん。それじゃあ、今年はアタシ達で一緒に祝おうよ」
「えっ? 二人で?」
「違うよ。私とトモ、そしてヤス君の三人で、だよ」
「三人か……」
それなら、若人同士でキャッキャウフフみたいな真似をすることは無さそう……、だけど、どうなんだろう。
何せ、クリスマスイブの日は冬期講習があるからなぁ。
「講習は大丈夫なの、二人とも」
「ご心配なく。アタシはちゃんと受けるよ」
「私もだよ」
良かった。二人とも受けるのか。
それならば、後は細かいことを詰めればいいだけだな。
「細かいことは今日か明日LINEを送るから」
「そうだね」
朋恵にそう話すと、冬物のコートをロッカーに仕舞い、必要なものだけを携えて教室に向かった。
◇
「それでは、今日はこれまで。明日からは休みになるけど、くれぐれも羽目を外さないように!」
担任の先生がそう話すと、掃除当番が一斉に掃除に取り掛かる。
その中には、同じ愛好会に居る藤島さんの姿があった。
藤島さんはクラスでは目立たないけど、こないだの実力テストや中間試験では好成績をマークするようになり、最近ではちょっとだけ目立つようになった、
以前はそんなに目立たない立ち位置に居たのに、不思議だな。
藤島さんは僕を見つけると、「富樫君、ちょっといいですか」と声を掛けてきた。
「何だよ、いきなり」
「掃除当番、手伝ってもらえませんか?」
「え? どうして?」
「……ちょっと話したいことがあるのです」
話したい事って一体、何なんだ?
まさか、こないだの事か?
「藤島さんと同じ班の人は?」
「帰ってもらいました。教室に居るのは私と富樫君だけです」
おいおい、何を考えているんだよ。
他の人が居ないということは……、教室でイケないことをするというのか?
いや、藤島さんはそんなことをする度胸はない……、と考えていると、藤島さんがロッカーから何かを取り出して僕に渡した。
「それじゃあ、富樫君はこのデッキブラシを使って教室内の掃除をお願いします。塵取りともう一本の箒は私が使いますから」
藤島さんはそう話すと、いつもと同じように掃除を始めた。
当番の人も帰っちゃったし、やるしかないか。
◇
「富樫君、お疲れ様です。これで今年の分の掃除が終わりましたね」
十数分後、やっと掃除から解放されると僕は大きなため息をついた。
「やっと終わった~……」
教室内は二人でやったとは思えないほどに埃がなくなり、気持ちよく新年を迎える準備が出来た。
明日から休日を挟んで四日間の講習があるけど、それはそれ、これはこれだ。
まぁ、その分始業式の大掃除が大変だけどね。
「……それで、二人きりにしたのは一体どういうことなの?」
僕が藤島さんに問いかけると、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「単刀直入にお尋ねします。富樫君は朋恵ちゃんと愛未さん、どっちが好きですか?」
「えっ?」
藤島さんの問いかけに、僕は一瞬だけドキッとした。
朋恵と愛未のどっちを好きなのかって?
そんなのは決まっているじゃないか。朋恵のことが好きに決まっているじゃないか!
「僕は……、朋恵のことが好きだよ。包容力があって、可愛いし、それに……、最近は勉強も頑張っているからね」
「そうでしたか」
「愛未のことも好きだけど、愛未の『好き』は友達としての『好き』だよ。朋恵は……友達ではなく、恋人としての『好き』だから」
そう、僕は朋恵のことが好きだ。
愛未は友達としては好きだけど、朋恵はそれ以上だ。
恋人として「好き」だ。
あの日、心美を失った悲しみを紛らわすために朋恵と愛未の胸の中で泣いた。
その時、僕の中の何かが変わった。
僕は朋恵のことを好きになったのだ。
朋恵達に泣きついた次の日に黒須さんのインタビューを受けた時は、僕の心はまだ不安定だった。
しかし、その次の日に藤島さん達と出会い、新しい世界に触れると、ゲームを通して何でも話せるようになった。
藤島さん、愛未、そして……朋恵。
三人と出会っていなければ、僕は心美のことを引きずってさらに不幸になっていただろう。
「クスッ」
僕の話を黙って聞いていた藤島さんが、不意に笑った。
藤島さんが表情を変えることなんて、滅多にないのに。
「ど、どうして笑うんだよ」
「いや、私の思った通りだなって……」
「思った通りって、どういうことだよ」
「富樫君が、朋恵ちゃんのことを好きだってことです」
ここ二カ月間、朋恵と一緒に居たお陰で僕は救われた。
テスト勉強の時もそうだし、デートの時もそうだ。
朋恵と一緒に居ると、心が安らいで強くなれる気がした。
「富樫君が朋恵ちゃんのことを好きだと聞いて、ほっとしました。もしこれで優柔不断だったら、愛未さんは多分富樫君のことを軽蔑していたと思います」
「藤島さん……」
「愛未さんも朋恵ちゃんに負けず劣らず良い人ですよ。朋恵ちゃんのことを大切にするならば、愛未さんの事も同じくらいに大切にしてあげてください」
「解った。大切にするよ」
藤島さんはよく愛未と話している――というよりは、よく諭されている――から、愛未のことを良く分かっていた。
ありがとう、藤島さん。
例え朋恵と付き合うことになろうとも、僕は彼女のことを大切にするよ。
「話はそれだけ?」
「はい。皆さんが待っていますから、一緒に部室に行きませんか?」
「そうだね、行こう」
僕は鞄とロッカーにあるコートを取ると、藤島さんと一緒に西校舎へと向かった。
……そういえば冬休みって、部活をやるのかな?
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
かじかんだ手に息を吐きかけるようにしながら、長町高校の通用口を通り過ぎた。
時が過ぎるのは早いもので、朋恵とキスして二週間以上が経った。
今日は午前の授業が終われば全校集会があり、それが終われば短い冬休みだ。
冬休みに入ると、夏休みと同じように四日間の冬期講習がある。
冬期講習は普段の授業と同じ時間割で行われる一方、参加するか否かは生徒次第だ。我々e-Sports愛好会の面々は全員が国公立を第一志望としているため、全員とも「参加する!」とのことだった。藤島さんや那須君ともおしゃべりができるから、ね。
そうそう、冬休みで真っ先に思い浮かぶのはクリスマスだ。
去年は前の彼女と祝ったけれども、今年はどうなんだろう? そう思って昇降口で上履きに履き替えると……。
「おはよー、ヤス!」「おはよう、ヤス君」
朋恵と愛未に声を掛けられた。
寒くなったせいもあってか、二人とも厚手のコートとマフラーが手放せなくなったようだ。
コートは二人とも学校指定のものだけど、校則違反上等な格好が似合いそうな朋恵までもが着用しているのは、ちょっと意外だった。
「おはよう、二人とも」
二人が上履きに履き替えると、僕たちは一緒になって廊下から北校舎の四階にある教室へと向かう。
「ねぇ、ヤスは冬休みはどうする?」
「僕? 僕は冬期講習と部活かな。冬期講習があると部活も出来る時間が限られるのが厄介だけどね」
「アタシも~」
「おいおい、そんなことでへこんでどうするんだ。三年生なんて年明けに共通テストが待っているんだぞ」
「共通テストか、後2年で僕達も、だね」
「だよね~。あ~あ、ユーウツだなぁ」
「私もだよ。でも、国公立大学を受験するのであれば必須だからね」
「うん、それもそうだね。よ~し、今日は年内最後の練習もあるし、頑張るぞ~!」
「フフッ。単純だね、トモって」
「何よマナ、なんか文句でもあるの?」
「いや、別に」
教室に向かう道の途中で、僕たちは何気ない会話を楽しんでいた。
朋恵にキスして、愛未からキスされた後で気まずくなるのではないだろうか? と一瞬思ったことがあったけれど、何故かそうならなかった。
藤島さんから「普段通り接してあげてください」とアドバイスされたのが効いたのだろうか。あれから二週間が経った今も、僕たちは普段通りの関係を続けている。
藤島さんには、本当感謝しかない。
「あ! そうだ!」
1年3組の教室に入る直前に、朋恵が何かを思い出したかのように足を止めた。
「ねえ、ヤスってクリスマスの予定はある?」
「クリスマスの予定か……」
そうそう、去年は心美の家に招かれてクリスマスを祝ったなぁ……。
しかし、もうそんな彼女ともこないだ別れたばかりだ。
連絡先はすべてブロックし、思い出の写真はスマホやクラウドドライブからも削除した。
「今年はノープランだよ。彼女も居なくなったし、家族で祝おうかな……と思ってたけど……」
父さんはその日は会社の仕事が忙しくなると言っていたし、母さんも勤め先のドラッグストアでシフトが入ったために帰るのが遅くなると言っていた。
かといって朋恵達とは……、こないだキスしたばかりだし、二人きりになると何をするか分からないよ!
下手したら、ネット上で噂されていることをやらかしてしまいそうだ。
どうしよう。僕には避妊具《コンドーム》を買う度胸なんて無いのに!
「ふ~ん。それじゃあ、今年はアタシ達で一緒に祝おうよ」
「えっ? 二人で?」
「違うよ。私とトモ、そしてヤス君の三人で、だよ」
「三人か……」
それなら、若人同士でキャッキャウフフみたいな真似をすることは無さそう……、だけど、どうなんだろう。
何せ、クリスマスイブの日は冬期講習があるからなぁ。
「講習は大丈夫なの、二人とも」
「ご心配なく。アタシはちゃんと受けるよ」
「私もだよ」
良かった。二人とも受けるのか。
それならば、後は細かいことを詰めればいいだけだな。
「細かいことは今日か明日LINEを送るから」
「そうだね」
朋恵にそう話すと、冬物のコートをロッカーに仕舞い、必要なものだけを携えて教室に向かった。
◇
「それでは、今日はこれまで。明日からは休みになるけど、くれぐれも羽目を外さないように!」
担任の先生がそう話すと、掃除当番が一斉に掃除に取り掛かる。
その中には、同じ愛好会に居る藤島さんの姿があった。
藤島さんはクラスでは目立たないけど、こないだの実力テストや中間試験では好成績をマークするようになり、最近ではちょっとだけ目立つようになった、
以前はそんなに目立たない立ち位置に居たのに、不思議だな。
藤島さんは僕を見つけると、「富樫君、ちょっといいですか」と声を掛けてきた。
「何だよ、いきなり」
「掃除当番、手伝ってもらえませんか?」
「え? どうして?」
「……ちょっと話したいことがあるのです」
話したい事って一体、何なんだ?
まさか、こないだの事か?
「藤島さんと同じ班の人は?」
「帰ってもらいました。教室に居るのは私と富樫君だけです」
おいおい、何を考えているんだよ。
他の人が居ないということは……、教室でイケないことをするというのか?
いや、藤島さんはそんなことをする度胸はない……、と考えていると、藤島さんがロッカーから何かを取り出して僕に渡した。
「それじゃあ、富樫君はこのデッキブラシを使って教室内の掃除をお願いします。塵取りともう一本の箒は私が使いますから」
藤島さんはそう話すと、いつもと同じように掃除を始めた。
当番の人も帰っちゃったし、やるしかないか。
◇
「富樫君、お疲れ様です。これで今年の分の掃除が終わりましたね」
十数分後、やっと掃除から解放されると僕は大きなため息をついた。
「やっと終わった~……」
教室内は二人でやったとは思えないほどに埃がなくなり、気持ちよく新年を迎える準備が出来た。
明日から休日を挟んで四日間の講習があるけど、それはそれ、これはこれだ。
まぁ、その分始業式の大掃除が大変だけどね。
「……それで、二人きりにしたのは一体どういうことなの?」
僕が藤島さんに問いかけると、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「単刀直入にお尋ねします。富樫君は朋恵ちゃんと愛未さん、どっちが好きですか?」
「えっ?」
藤島さんの問いかけに、僕は一瞬だけドキッとした。
朋恵と愛未のどっちを好きなのかって?
そんなのは決まっているじゃないか。朋恵のことが好きに決まっているじゃないか!
「僕は……、朋恵のことが好きだよ。包容力があって、可愛いし、それに……、最近は勉強も頑張っているからね」
「そうでしたか」
「愛未のことも好きだけど、愛未の『好き』は友達としての『好き』だよ。朋恵は……友達ではなく、恋人としての『好き』だから」
そう、僕は朋恵のことが好きだ。
愛未は友達としては好きだけど、朋恵はそれ以上だ。
恋人として「好き」だ。
あの日、心美を失った悲しみを紛らわすために朋恵と愛未の胸の中で泣いた。
その時、僕の中の何かが変わった。
僕は朋恵のことを好きになったのだ。
朋恵達に泣きついた次の日に黒須さんのインタビューを受けた時は、僕の心はまだ不安定だった。
しかし、その次の日に藤島さん達と出会い、新しい世界に触れると、ゲームを通して何でも話せるようになった。
藤島さん、愛未、そして……朋恵。
三人と出会っていなければ、僕は心美のことを引きずってさらに不幸になっていただろう。
「クスッ」
僕の話を黙って聞いていた藤島さんが、不意に笑った。
藤島さんが表情を変えることなんて、滅多にないのに。
「ど、どうして笑うんだよ」
「いや、私の思った通りだなって……」
「思った通りって、どういうことだよ」
「富樫君が、朋恵ちゃんのことを好きだってことです」
ここ二カ月間、朋恵と一緒に居たお陰で僕は救われた。
テスト勉強の時もそうだし、デートの時もそうだ。
朋恵と一緒に居ると、心が安らいで強くなれる気がした。
「富樫君が朋恵ちゃんのことを好きだと聞いて、ほっとしました。もしこれで優柔不断だったら、愛未さんは多分富樫君のことを軽蔑していたと思います」
「藤島さん……」
「愛未さんも朋恵ちゃんに負けず劣らず良い人ですよ。朋恵ちゃんのことを大切にするならば、愛未さんの事も同じくらいに大切にしてあげてください」
「解った。大切にするよ」
藤島さんはよく愛未と話している――というよりは、よく諭されている――から、愛未のことを良く分かっていた。
ありがとう、藤島さん。
例え朋恵と付き合うことになろうとも、僕は彼女のことを大切にするよ。
「話はそれだけ?」
「はい。皆さんが待っていますから、一緒に部室に行きませんか?」
「そうだね、行こう」
僕は鞄とロッカーにあるコートを取ると、藤島さんと一緒に西校舎へと向かった。
……そういえば冬休みって、部活をやるのかな?