第67話

ー/ー



「ヤス君、休憩時間になったらLINEを送るから、その時に体育館の入り口に来てくれないか?」

 翌日、総合学習とSHR(ショートホームルーム)が終わってからいつものように部活に向かおうとすると、愛未に呼び止められた。

「急に……、どうして?」

 僕が愛未と二人きりで話すことなんて、勉強以外はないはずなのに。
 学校に持ち込んではいけないモノは鞄の中には入っていないし、髪型だって普通だ。それに、彼女だって今のところは……。
 すると愛未はちょっとだけ顔を真っ赤にして、もじもじしてみせる。
 普段はクールで物憂げな愛未がそんな素振りをするなんて、何かあるのかも。

「……ちょっと、ね……。と、とにかくだ! 連絡があったらすぐに来い! 以上だ!!」

 愛未はそれだけ言うと、足早に体育館に向かった。
 愛未の狼狽えっぷりは一体何なんだろう? と思いつつも、僕はいつものように西校舎の三階へと向かった。

 ◇

 午後五時過ぎ。
 エイム練習をしてからデスマッチをしようか考えていたところで、スマホに通知が入った。

(愛未)>「休憩時間に入った。今すぐ来られたし」

 愛未からだ。
 ちょっと文体が堅いけど、愛未らしいや。

 僕はすぐさまマウスとキーボードから手を離すと、スマホを開いて愛未に「今から向かう」と返信するや否や、メニュー画面に戻ってからすぐに立ち上がった。

「先輩、ちょっとだけ席を外します」

 僕は対戦中の先輩にそう話してから、部室を後にした。

「行ってらっしゃい、富樫君」

 僕の後方から、昨日長文のメッセージを送った藤島さんがぼそっと声を掛けた。

 ◇

 道中で、僕は先程の愛未の様子を思い浮かべた。

 体育館に向かう道中の愛未は普段のクールな愛未ではなかった。
 ひょっとして、一昨日の午後に朋恵に告白してキスしたことだとしたら……、愛未は僕のことを見下すかもしれない。
 朋恵と普段親しくしている愛未のことだ。僕に対して忠告する可能性はあるだろう。
 あの時はどうなってもいいと思って朋恵に告白してキスしたけど……!

 西校舎から外に出ると、もうすでに周りは宵闇に包まれていた。
 体育館からは電灯が眩しく光り、不夜城の様な輝きを見せる。
 その入り口には、こないだ見たのとまったく同じコスチュームに身を包んでいる愛未がそこに居た。
 あの格好のままでは風邪を引くと思ったのか、上からジャンパーを羽織っていた。
 お腹の辺りや額には汗を滲ませてながらも、手にはマイボトルを携えていた。
 愛未はさっき体育館に向かう途中に見せた恋する女の子特有の表情から、いつもの物憂げな表情に戻っていた。
 やっぱり、愛未はこの表情が似合うな。

「遅かったじゃないか、ヤス君」
「ごめん、ちょっとね……」

 愛未は腕を組んで少し怒ったようなそぶりを見せるも、僕を見るなり軽く微笑んだ。

「立ち話もなんだし、会館に向かわないか? ここは人が居るし、色々と見られるのは……、正直、恥ずかしいからね」
「そうだね」

 僕は愛未に促されるまま、会館の入り口の向かい側に移動した。
 会館は茶道部が活動の拠点としている作法室があるが、今日はしんと静まり返っていた。
 僕たちは会館に入り、一階のロビーに入って長椅子に座ると、「話って何?」と愛未に尋ねた。

「実はね、一昨日の夜に朋恵から『ヤスから告白された上に、キスされちゃった!』ってメッセージが入ったんだ。それって本当なのかな、って……」

 予想していたとはいえ、そのことだったのか。
 朋恵、昨日と今日もずっと僕と目を合わせなかったからな。
 ここは正直に話そう。

「本当だよ。一昨日の午後三時か四時頃だったかな……。朋恵を呼び出して、すべてを打ち明けたんだ。前カノに街中で会ったこと、前カノのこと、全部朋恵に話したよ」

 愛未は僕の話を聞いて「そうか」とだけ頷いた。
 表情はいつもと変わらないが、声のトーンはどことなく暗そうだ。

「前カノ、サッカー部の二年生に強引に連行されてそのまま……、って話していた。夜通し遊んでいたこと、その相手が退学になったことも……」
「……そうか……。前カノから、全てを聞いたんだね」
「うん。それで、憤怒やるかたない状況で朋恵を呼び出して、そこで……告白したんだ。好きだって……」

 すると、愛未は僕の顔をじっと見つめながら寂しそうな声で「ヤス君……」と呟いた。

「ごめん……、二人の関係を壊したくないために黙っていたけれど、あの話を聞いた途端にどうしていいか分からなくなって……」
「いいんだよ、ヤス君」

 愛未はそう言うと、肩を寄せて僕のすぐ傍に寄り添った。

「前カノとの件は、ヤス君が朋絵に告白するきっかけになったってことだね?」
「うん」

 前カノがチャラい男に口説かれた末に初めてを奪われ、夜通し遊んだことを聞かされた時、僕は清い付き合いをしていた前カノを凌辱し、手籠めにした連中に対する怒りに満ち溢れた。
 もしもその翌々日に朋恵と出会わずに心美と再会していたら、あのチャラ男の家を探り当て、そのまま傷害事件か、もしくは殺人事件を犯していただろう。
 しかし、僕はそうならなかった。
 僕には朋恵が居た。
 朋恵が僕を守ってくれたのだ。

「朋恵が居なかったら、僕は少年事件を起こしていたかもしれない。朋恵が居たからこそ、僕は踏みとどまれたんだ……。だから……」
「ヤス君……」

 すると、愛未は僕の顔に近づくと、そっと僕の唇にキスをした。

「ん……」

 ……なんだろう。
 朋恵の唇からはチョコレートの味がしたけど、愛未の唇はスポーツドリンクの味がした。
 北風が吹く中、僕は愛未の想いを噛み締める。
 甘く、切ない愛未の想いを。
 イケメン女子の愛未の想いを……。

 すると、愛未はゆっくりと唇を離し、また僕から離れたところに立ち尽くす。
 
「……愛未、どうして……キスしたんだ?」

 愛未の顔をまざまざと見つめると、顔が真っ赤になっていた。

「ヤス君……、正直に話してくれてありがとう。さっきのは私の気持ちだよ」

 愛未のって……つまりは……。

「私も、ヤス君のことが好きだよ。ヤス君がここまでトモの事を想ってくれるなら、私もその気持ちに応えようかなと思って、ね」
「でも、キスまでするのは……」
「トモには、キスしたのか?」

 え? それは……、当然ながらしたよ。

「……うん」

 すると、愛未は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「トモとキスした以上は、私にもしてもらいたいと思ってね。迷惑だったかな?」
「め、迷惑だなんてそんな……! それよりも……」

 素直に「嬉しい」と答えようとした時だった。

「おーい、マナっち~!」

 後ろから聞いたことのある声が扉の向こうから聞こえてきた。
 その声の主が僕達の居る方向に向かってくる。
 長身に大きな胸、そして臍の辺りまである艶やかな髪……。
 間違いない、みゆ姉だ。
 チアのユニフォームにジャンパー姿は見ていて寒そうだけど、練習しているからへっちゃらなのかな?

「マナっち、練習が始まっているよ! 山ちゃんがカンカンだよ! ……あれ? ひょっとして、お邪魔だった?」

 みゆ姉が前屈みで僕達をじろじろと見つめると、僕は照れ隠しをしてみないふりをした。一方の愛未は少し顔を真っ赤にして直立不動の姿勢を崩していなかった。

「高田先輩、すみません! 今行きますから! ……ごめん、ヤス君! また明日!」

 愛未はみゆ姉に返答すると、僕に謝る仕草を見せて慌ただしく体育館に向かっていった。

「……ヤス君、折角二人きりの時にごめんね。また後でね」
「いえ、いいんですよ。また後で」

 みゆ姉が僕に手を振ると、愛未の後を追って体育館に消えていった。
 パタパタと歩くみゆ姉の後姿を見ていると、僕はどっと溜まっていたものを吐き出した。

「……ふぅ」

 まさか、朋恵だけでなく愛未にもキスされるなんて思わなかったよ。
 愛未もキスしたってことは、愛未も僕のことを好き……、なんだろう。
 そうでなければ、軽々しくキスするわけがない。

「……僕が好きなのは朋恵だけど、愛未も捨てがたいな……」

 僕が好きなのは果たして誰なんだろうかと思いを巡らしていると、マナーモードにしていたスマホに通知が入った。

「誰からだろう?」

 スマホの画面を見ると、桃花先輩からだった。

(とーかChan♡)>「早く戻ってきて! そろそろ部室を閉めるよ!」

 まずい! 今日は練習を早く終わらせるって先輩達が話していたんだ!
 すっかり忘れていたよ。

「急がないと!」

 朋恵が好きなのか、それとも愛未が好きなのか……。
 複雑な思いを胸に、僕は蛍光灯の明かりを頼りにしながら、僕は会館を後にした。
 鞄などを置いて行くわけにはいかない!



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「ヤス君、休憩時間になったらLINEを送るから、その時に体育館の入り口に来てくれないか?」
 翌日、総合学習と|SHR《ショートホームルーム》が終わってからいつものように部活に向かおうとすると、愛未に呼び止められた。
「急に……、どうして?」
 僕が愛未と二人きりで話すことなんて、勉強以外はないはずなのに。
 学校に持ち込んではいけないモノは鞄の中には入っていないし、髪型だって普通だ。それに、彼女だって今のところは……。
 すると愛未はちょっとだけ顔を真っ赤にして、もじもじしてみせる。
 普段はクールで物憂げな愛未がそんな素振りをするなんて、何かあるのかも。
「……ちょっと、ね……。と、とにかくだ! 連絡があったらすぐに来い! 以上だ!!」
 愛未はそれだけ言うと、足早に体育館に向かった。
 愛未の狼狽えっぷりは一体何なんだろう? と思いつつも、僕はいつものように西校舎の三階へと向かった。
 ◇
 午後五時過ぎ。
 エイム練習をしてからデスマッチをしようか考えていたところで、スマホに通知が入った。
(愛未)>「休憩時間に入った。今すぐ来られたし」
 愛未からだ。
 ちょっと文体が堅いけど、愛未らしいや。
 僕はすぐさまマウスとキーボードから手を離すと、スマホを開いて愛未に「今から向かう」と返信するや否や、メニュー画面に戻ってからすぐに立ち上がった。
「先輩、ちょっとだけ席を外します」
 僕は対戦中の先輩にそう話してから、部室を後にした。
「行ってらっしゃい、富樫君」
 僕の後方から、昨日長文のメッセージを送った藤島さんがぼそっと声を掛けた。
 ◇
 道中で、僕は先程の愛未の様子を思い浮かべた。
 体育館に向かう道中の愛未は普段のクールな愛未ではなかった。
 ひょっとして、一昨日の午後に朋恵に告白してキスしたことだとしたら……、愛未は僕のことを見下すかもしれない。
 朋恵と普段親しくしている愛未のことだ。僕に対して忠告する可能性はあるだろう。
 あの時はどうなってもいいと思って朋恵に告白してキスしたけど……!
 西校舎から外に出ると、もうすでに周りは宵闇に包まれていた。
 体育館からは電灯が眩しく光り、不夜城の様な輝きを見せる。
 その入り口には、こないだ見たのとまったく同じコスチュームに身を包んでいる愛未がそこに居た。
 あの格好のままでは風邪を引くと思ったのか、上からジャンパーを羽織っていた。
 お腹の辺りや額には汗を滲ませてながらも、手にはマイボトルを携えていた。
 愛未はさっき体育館に向かう途中に見せた恋する女の子特有の表情から、いつもの物憂げな表情に戻っていた。
 やっぱり、愛未はこの表情が似合うな。
「遅かったじゃないか、ヤス君」
「ごめん、ちょっとね……」
 愛未は腕を組んで少し怒ったようなそぶりを見せるも、僕を見るなり軽く微笑んだ。
「立ち話もなんだし、会館に向かわないか? ここは人が居るし、色々と見られるのは……、正直、恥ずかしいからね」
「そうだね」
 僕は愛未に促されるまま、会館の入り口の向かい側に移動した。
 会館は茶道部が活動の拠点としている作法室があるが、今日はしんと静まり返っていた。
 僕たちは会館に入り、一階のロビーに入って長椅子に座ると、「話って何?」と愛未に尋ねた。
「実はね、一昨日の夜に朋恵から『ヤスから告白された上に、キスされちゃった!』ってメッセージが入ったんだ。それって本当なのかな、って……」
 予想していたとはいえ、そのことだったのか。
 朋恵、昨日と今日もずっと僕と目を合わせなかったからな。
 ここは正直に話そう。
「本当だよ。一昨日の午後三時か四時頃だったかな……。朋恵を呼び出して、すべてを打ち明けたんだ。前カノに街中で会ったこと、前カノのこと、全部朋恵に話したよ」
 愛未は僕の話を聞いて「そうか」とだけ頷いた。
 表情はいつもと変わらないが、声のトーンはどことなく暗そうだ。
「前カノ、サッカー部の二年生に強引に連行されてそのまま……、って話していた。夜通し遊んでいたこと、その相手が退学になったことも……」
「……そうか……。前カノから、全てを聞いたんだね」
「うん。それで、憤怒やるかたない状況で朋恵を呼び出して、そこで……告白したんだ。好きだって……」
 すると、愛未は僕の顔をじっと見つめながら寂しそうな声で「ヤス君……」と呟いた。
「ごめん……、二人の関係を壊したくないために黙っていたけれど、あの話を聞いた途端にどうしていいか分からなくなって……」
「いいんだよ、ヤス君」
 愛未はそう言うと、肩を寄せて僕のすぐ傍に寄り添った。
「前カノとの件は、ヤス君が朋絵に告白するきっかけになったってことだね?」
「うん」
 前カノがチャラい男に口説かれた末に初めてを奪われ、夜通し遊んだことを聞かされた時、僕は清い付き合いをしていた前カノを凌辱し、手籠めにした連中に対する怒りに満ち溢れた。
 もしもその翌々日に朋恵と出会わずに心美と再会していたら、あのチャラ男の家を探り当て、そのまま傷害事件か、もしくは殺人事件を犯していただろう。
 しかし、僕はそうならなかった。
 僕には朋恵が居た。
 朋恵が僕を守ってくれたのだ。
「朋恵が居なかったら、僕は少年事件を起こしていたかもしれない。朋恵が居たからこそ、僕は踏みとどまれたんだ……。だから……」
「ヤス君……」
 すると、愛未は僕の顔に近づくと、そっと僕の唇にキスをした。
「ん……」
 ……なんだろう。
 朋恵の唇からはチョコレートの味がしたけど、愛未の唇はスポーツドリンクの味がした。
 北風が吹く中、僕は愛未の想いを噛み締める。
 甘く、切ない愛未の想いを。
 イケメン女子の愛未の想いを……。
 すると、愛未はゆっくりと唇を離し、また僕から離れたところに立ち尽くす。
「……愛未、どうして……キスしたんだ?」
 愛未の顔をまざまざと見つめると、顔が真っ赤になっていた。
「ヤス君……、正直に話してくれてありがとう。さっきのは私の気持ちだよ」
 愛未の《《気持ち》》って……つまりは……。
「私も、ヤス君のことが好きだよ。ヤス君がここまでトモの事を想ってくれるなら、私もその気持ちに応えようかなと思って、ね」
「でも、キスまでするのは……」
「トモには、キスしたのか?」
 え? それは……、当然ながらしたよ。
「……うん」
 すると、愛未は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「トモとキスした以上は、私にもしてもらいたいと思ってね。迷惑だったかな?」
「め、迷惑だなんてそんな……! それよりも……」
 素直に「嬉しい」と答えようとした時だった。
「おーい、マナっち~!」
 後ろから聞いたことのある声が扉の向こうから聞こえてきた。
 その声の主が僕達の居る方向に向かってくる。
 長身に大きな胸、そして臍の辺りまである艶やかな髪……。
 間違いない、みゆ姉だ。
 チアのユニフォームにジャンパー姿は見ていて寒そうだけど、練習しているからへっちゃらなのかな?
「マナっち、練習が始まっているよ! 山ちゃんがカンカンだよ! ……あれ? ひょっとして、お邪魔だった?」
 みゆ姉が前屈みで僕達をじろじろと見つめると、僕は照れ隠しをしてみないふりをした。一方の愛未は少し顔を真っ赤にして直立不動の姿勢を崩していなかった。
「高田先輩、すみません! 今行きますから! ……ごめん、ヤス君! また明日!」
 愛未はみゆ姉に返答すると、僕に謝る仕草を見せて慌ただしく体育館に向かっていった。
「……ヤス君、折角二人きりの時にごめんね。また後でね」
「いえ、いいんですよ。また後で」
 みゆ姉が僕に手を振ると、愛未の後を追って体育館に消えていった。
 パタパタと歩くみゆ姉の後姿を見ていると、僕はどっと溜まっていたものを吐き出した。
「……ふぅ」
 まさか、朋恵だけでなく愛未にもキスされるなんて思わなかったよ。
 愛未もキスしたってことは、愛未も僕のことを好き……、なんだろう。
 そうでなければ、軽々しくキスするわけがない。
「……僕が好きなのは朋恵だけど、愛未も捨てがたいな……」
 僕が好きなのは果たして誰なんだろうかと思いを巡らしていると、マナーモードにしていたスマホに通知が入った。
「誰からだろう?」
 スマホの画面を見ると、桃花先輩からだった。
(とーかChan♡)>「早く戻ってきて! そろそろ部室を閉めるよ!」
 まずい! 今日は練習を早く終わらせるって先輩達が話していたんだ!
 すっかり忘れていたよ。
「急がないと!」
 朋恵が好きなのか、それとも愛未が好きなのか……。
 複雑な思いを胸に、僕は蛍光灯の明かりを頼りにしながら、僕は会館を後にした。
 鞄などを置いて行くわけにはいかない!