第65話

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 数分後――。

 ピンポーン、ピンポーン……。

 リビングの近くにあるインターフォンの前に立ってから通話ボタンを押すと、そこには一緒に勉強をした時と同じオフショルダーのトップスとコートを羽織った朋恵が立っていた。

「朋恵だよ。開けてよ」

 朋恵の声を聞くや否や、僕は解錠ボタンを押して玄関に向かった。
 玄関口に立っていた朋恵の表情は、いつものノリが軽いギャルっぽい表情を浮かべながらも、僕の身に何かあったのかと心配しているような、どことなく物憂げな表情をしていた。

「……ヤス、何があったの……。突然連絡してきて」
「その……、僕の部屋に入る? ちょっと汚いけど」
「うん」

 僕はスリッパを差し出すと、自分の部屋に戻って汗まみれとなったシャツなどを洗濯機の中にぶち込んだ。

「お待たせ。……父さん、お茶は要らないから」

 僕はリビングに居る父さんに話しかけると、朋恵を自分の部屋に通した。
 朋恵を僕の部屋に入れるのは、実に二カ月振りだ。
 朋恵はコートを畳むと、ベッドをソファ代わりにして僕の傍に座ると、「それで、話って何?」と切り出した。
 朋恵と二人きりでこういうことを話すのは緊張するけど、話さない限りは先には進まない。

「実は……今日、前の彼女に会ったんだ……」
「前の彼女って、寝取られたって話していた子のこと?」
「そうだよ。今日はe-Sports愛好会の先輩達と一緒に駅の近くにあるe-Sports喫茶に行ってお昼を食べてきたんだ。その帰りに彼女と出会って、PARCOの三階にあるコーヒーショップに向かったんだ」

 僕は緊張しながらも、朋恵に今日会った出来事をありのままに伝える。
 噛むかもしれないと思ったけれども、意外とここまですんなりと話せていることに我ながら驚きを隠せない。

「ふんふん、それで?」
「それで、元カノは……同じ学校のサッカー部の先輩と付き合っていたって……。しかも、もう処女じゃないって……」
「……マジ……なの?」

 僕の隣に居る朋恵の表情がやけにこわばっている。
 だけど、ここで話を辞めるわけにはいかない!

「うん……。しかも、彼女……先輩のセフレになっていたって話していた……」

 すべてを話し終えた途端、僕の目からは大量の涙が溢れだしていた。
 涙は滝のように零れ落ち、頬を伝ってジーパンを濡らす。

「うぅ……、分かっていたけど……もう、あいつは……! あの野郎……! 許さねぇ……っ!」

 憤怒と悲しみが入り混じった感情が、僕の心を掴んで離さない。
 このままだと、また朋恵達に泣きついたあの日に戻ってしまう!

「……朋恵……」

 僕は複雑な感情を抑えながらも、重い口を開く。

「……何?」

 ……もう、我慢できない。
 僕の想いを伝えなければ、どうにかなってしまいそうだ。
 心美を凌辱し、手籠めにしたあの野郎に復讐をするよりは、いっそこのまま朋恵のことを愛したい。
 それ以外、心美を僕の心から消し去る方法はない!
 
 次の瞬間、僕は何も言わずに朋恵の体を抱きしめた。
 そして……。

「好きだよ……、朋恵……! このままだとどうにかなっちゃいそうだよ……!」

 僕は涙声になりながら、朋恵の体温を体で感じた。
 朋恵の引き締まった身体を、柔らかい胸を、体の匂いを、すべてを感じたい――!

「ヤス……!」

 朋恵は僕の気持ちに応えるように、ぎゅっと僕の体を抱きしめる。
 すると、朋恵は僕の耳元で優しく(ささや)いた。

「ヤス、アタシも好きだよ」

 朋恵の吐息が耳にかかるたびに、僕の体が震えた。
 もうダメだ……! この気持ちを抑えられない!
 そんな僕を見た朋恵は、ゆっくりと僕に口づけをした。

 ああ、これが女の子の唇か……。
 朋恵の甘い香りが、そして柔らかい体が僕を包み込む。
 心美を本当の意味で失った僕にとって、朋恵は僕の……僕の、一番大切な人だ。

 ………………
 …………
 ……

 一分、否、二分くらい経ってからゆっくりと唇を離すと、僕らはお互いの顔を見ることが出来ないくらいに顔を真っ赤にしていた。
 まさか僕が……、朋恵のファーストキスの相手になったなんて。

「……ごめん、こういう形で初めてのキスになるなんて……」

 僕は朋恵から少し離れた位置に座ると、顔を真っ赤にして頭を下げた。

「ううん、良いんだよ。アタシも……、ヤスのことが好きだから」
「本当?」
「うん。今でもドキドキしているんだ、アタシ」
「僕もだよ……」

 心美とさよならを告げた日に、こんな形で朋恵に告白して……、その、キスまでするとは思わなかったよ。

「ヤス、本当にアタシで良いのかな? アタシはヤスが好きそうなタイプの女の子じゃないかもしれないけど……」
「良いんだよ」
「どうして?」
「それは……、その……」

 僕が好きだった心美は、高校に入ってからすっかり変わってしまった。
 あの日僕のことを馬鹿にした曽根というチャラい男に抱かれて、あいつのセフレになった。
 夜通し遊んだことについてだが、おそらく心美はチャラい男やと共に話すことすら(はばか)れることを楽しんだことだろう。

 たとえチャラ男が罰せられようとも、心美とはもう二度と付き合いたくない。
 心美と朋恵を比べるのは酷かもしれないけれども、あの男と夜通し遊んだ以上は……。

「言いたくないんだったら、無理に言わなくて構わないんだよ?」

 ……そうだな。
 今は……心美が体験したことを全て言わなくてもいいや。
 僕は朋恵のことが大好きだ。
 心美の裏切りによって壊された僕の心を修復してくれたのは、朋恵とその親友である愛未だ。

 朋恵と愛未は僕の弱った心を癒してくれた。
 そして、僕に新しい翼を授けてくれた。
 大切な友、大切な場所、そして……、新しい恋を。
 だから、心美が暗黒面(ダークサイド)に堕ちたことは……、今は言わなくても良いだろう。
 いつかは話すことになるだろうけど、ね。

「ありがとう。いつか話せるようになったら、その時は……」
「そうだね。いつでもいいから聞かせてよ」

 ◇

 朋恵が帰り道についたのは、それからすぐだった。
 冬物のコートを羽織ると、彼女は僕の方を向いて「じゃあ、また明日学校でね」と手を振った。

「そうだね、また明日」

 僕がそう答えると、朋恵は「またね」と手を振って玄関の扉を閉めた。
 朋恵と入れ替わりにパート先から母さんが戻ってくると、母さんは「何があったの?」と僕に尋ねてきた。
 僕は「ちょっと友達がね」と話すと、母さんはいつも通りリビングに戻って夕食の支度を始めていた。

「友達が……、ね……」

 支度をしながら、僕は独り言ちた。
 勢い任せで朋恵に告白してキスしちゃったけど、大丈夫だろうか。
 キスしたことがばれたら、愛未は黙ってはいないだろう。
 そうなったら、今までの三人で居られない可能性だってある。

「朋恵に思いを伝えたけれど、キスは……どうなのかなあ」

 悩みつつも、僕は夕ご飯が出来るまでの間を利用して小テストが予想される数学の勉強に手をつけた。

 ……だけど、どうも朋恵の唇と胸の感触が……!



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 数分後――。
 ピンポーン、ピンポーン……。
 リビングの近くにあるインターフォンの前に立ってから通話ボタンを押すと、そこには一緒に勉強をした時と同じオフショルダーのトップスとコートを羽織った朋恵が立っていた。
「朋恵だよ。開けてよ」
 朋恵の声を聞くや否や、僕は解錠ボタンを押して玄関に向かった。
 玄関口に立っていた朋恵の表情は、いつものノリが軽いギャルっぽい表情を浮かべながらも、僕の身に何かあったのかと心配しているような、どことなく物憂げな表情をしていた。
「……ヤス、何があったの……。突然連絡してきて」
「その……、僕の部屋に入る? ちょっと汚いけど」
「うん」
 僕はスリッパを差し出すと、自分の部屋に戻って汗まみれとなったシャツなどを洗濯機の中にぶち込んだ。
「お待たせ。……父さん、お茶は要らないから」
 僕はリビングに居る父さんに話しかけると、朋恵を自分の部屋に通した。
 朋恵を僕の部屋に入れるのは、実に二カ月振りだ。
 朋恵はコートを畳むと、ベッドをソファ代わりにして僕の傍に座ると、「それで、話って何?」と切り出した。
 朋恵と二人きりでこういうことを話すのは緊張するけど、話さない限りは先には進まない。
「実は……今日、前の彼女に会ったんだ……」
「前の彼女って、寝取られたって話していた子のこと?」
「そうだよ。今日はe-Sports愛好会の先輩達と一緒に駅の近くにあるe-Sports喫茶に行ってお昼を食べてきたんだ。その帰りに彼女と出会って、PARCOの三階にあるコーヒーショップに向かったんだ」
 僕は緊張しながらも、朋恵に今日会った出来事をありのままに伝える。
 噛むかもしれないと思ったけれども、意外とここまですんなりと話せていることに我ながら驚きを隠せない。
「ふんふん、それで?」
「それで、元カノは……同じ学校のサッカー部の先輩と付き合っていたって……。しかも、もう処女じゃないって……」
「……マジ……なの?」
 僕の隣に居る朋恵の表情がやけにこわばっている。
 だけど、ここで話を辞めるわけにはいかない!
「うん……。しかも、彼女……先輩のセフレになっていたって話していた……」
 すべてを話し終えた途端、僕の目からは大量の涙が溢れだしていた。
 涙は滝のように零れ落ち、頬を伝ってジーパンを濡らす。
「うぅ……、分かっていたけど……もう、あいつは……! あの野郎……! 許さねぇ……っ!」
 憤怒と悲しみが入り混じった感情が、僕の心を掴んで離さない。
 このままだと、また朋恵達に泣きついたあの日に戻ってしまう!
「……朋恵……」
 僕は複雑な感情を抑えながらも、重い口を開く。
「……何?」
 ……もう、我慢できない。
 僕の想いを伝えなければ、どうにかなってしまいそうだ。
 心美を凌辱し、手籠めにしたあの野郎に復讐をするよりは、いっそこのまま朋恵のことを愛したい。
 それ以外、心美を僕の心から消し去る方法はない!
 次の瞬間、僕は何も言わずに朋恵の体を抱きしめた。
 そして……。
「好きだよ……、朋恵……! このままだとどうにかなっちゃいそうだよ……!」
 僕は涙声になりながら、朋恵の体温を体で感じた。
 朋恵の引き締まった身体を、柔らかい胸を、体の匂いを、すべてを感じたい――!
「ヤス……!」
 朋恵は僕の気持ちに応えるように、ぎゅっと僕の体を抱きしめる。
 すると、朋恵は僕の耳元で優しく囁《ささや》いた。
「ヤス、アタシも好きだよ」
 朋恵の吐息が耳にかかるたびに、僕の体が震えた。
 もうダメだ……! この気持ちを抑えられない!
 そんな僕を見た朋恵は、ゆっくりと僕に口づけをした。
 ああ、これが女の子の唇か……。
 朋恵の甘い香りが、そして柔らかい体が僕を包み込む。
 心美を本当の意味で失った僕にとって、朋恵は僕の……僕の、一番大切な人だ。
 ………………
 …………
 ……
 一分、否、二分くらい経ってからゆっくりと唇を離すと、僕らはお互いの顔を見ることが出来ないくらいに顔を真っ赤にしていた。
 まさか僕が……、朋恵のファーストキスの相手になったなんて。
「……ごめん、こういう形で初めてのキスになるなんて……」
 僕は朋恵から少し離れた位置に座ると、顔を真っ赤にして頭を下げた。
「ううん、良いんだよ。アタシも……、ヤスのことが好きだから」
「本当?」
「うん。今でもドキドキしているんだ、アタシ」
「僕もだよ……」
 心美とさよならを告げた日に、こんな形で朋恵に告白して……、その、キスまでするとは思わなかったよ。
「ヤス、本当にアタシで良いのかな? アタシはヤスが好きそうなタイプの女の子じゃないかもしれないけど……」
「良いんだよ」
「どうして?」
「それは……、その……」
 僕が好きだった心美は、高校に入ってからすっかり変わってしまった。
 あの日僕のことを馬鹿にした曽根というチャラい男に抱かれて、あいつのセフレになった。
 夜通し遊んだことについてだが、おそらく心美はチャラい男やと共に話すことすら憚《はばか》れることを楽しんだことだろう。
 たとえチャラ男が罰せられようとも、心美とはもう二度と付き合いたくない。
 心美と朋恵を比べるのは酷かもしれないけれども、あの男と夜通し遊んだ以上は……。
「言いたくないんだったら、無理に言わなくて構わないんだよ?」
 ……そうだな。
 今は……心美が体験したことを全て言わなくてもいいや。
 僕は朋恵のことが大好きだ。
 心美の裏切りによって壊された僕の心を修復してくれたのは、朋恵とその親友である愛未だ。
 朋恵と愛未は僕の弱った心を癒してくれた。
 そして、僕に新しい翼を授けてくれた。
 大切な友、大切な場所、そして……、新しい恋を。
 だから、心美が暗黒面《ダークサイド》に堕ちたことは……、今は言わなくても良いだろう。
 いつかは話すことになるだろうけど、ね。
「ありがとう。いつか話せるようになったら、その時は……」
「そうだね。いつでもいいから聞かせてよ」
 ◇
 朋恵が帰り道についたのは、それからすぐだった。
 冬物のコートを羽織ると、彼女は僕の方を向いて「じゃあ、また明日学校でね」と手を振った。
「そうだね、また明日」
 僕がそう答えると、朋恵は「またね」と手を振って玄関の扉を閉めた。
 朋恵と入れ替わりにパート先から母さんが戻ってくると、母さんは「何があったの?」と僕に尋ねてきた。
 僕は「ちょっと友達がね」と話すと、母さんはいつも通りリビングに戻って夕食の支度を始めていた。
「友達が……、ね……」
 支度をしながら、僕は独り言ちた。
 勢い任せで朋恵に告白してキスしちゃったけど、大丈夫だろうか。
 キスしたことがばれたら、愛未は黙ってはいないだろう。
 そうなったら、今までの三人で居られない可能性だってある。
「朋恵に思いを伝えたけれど、キスは……どうなのかなあ」
 悩みつつも、僕は夕ご飯が出来るまでの間を利用して小テストが予想される数学の勉強に手をつけた。
 ……だけど、どうも朋恵の唇と胸の感触が……!