第59話

ー/ー



「今日は柔軟をしてから、そうだね、……男子二人と女子一人が居るからなぁ……、いきなりだけど、スタンツをやってみようか」

 スタンツってなんだ? 聞いたことがないぞ?

「蘭さん、スタンツって運動会でやる組体操みたいなものですか?」

 僕は挙手して蘭さんに質問すると、彼女は「待ってました」といわんばかりに説明を始めた。

「そうだね。二人以上で行う組体操で、上に上がる『トップ』、土台になる『ベース』、トップを守る『スポッター』の三つのポジションがあるの。トップはエマちゃんのように小柄で体が柔らかい子が、ベースはマナやミズちゃんの様に筋力があって手首が強い人が、スポッターはトモの様に状況判断に長けている人が向いていると言われているのよ」

 なるほど、蘭さんの話を聞く限りでは僕が思っていた通りだな。
 そうなると、怪我のことなどが心配になるけど大丈夫なのか?

「蘭先輩、大丈夫なんですか? スタンツって素人がやったら怪我する可能性が……」
「マナちゃんが心配するのは分かるけど、今日は私が見ているから。それに、いざとなったら私やほかの子がヘルプに入るから」
「わかりました」

 愛未が納得すると、蘭さんは手を叩いて話を戻した。

「そうと決まれば、ペアストレッチしてからスタンツをやってみようよ。……奏音ちゃんは私と組んで、ヤスとよっしー君は男同士で!」
「「な、なんで僕たちが!?」」

 僕たちが驚いているのを尻目に、藤島さんは蘭さんと組んで互いの脇を伸ばしていて、愛未と朋恵は腹筋のストレッチをしていた。

「うだうだ言わずにやるか」
「そうだね」

 周りも色々喋りながら脇を伸ばしたり、腹筋や股関節を伸ばしている中で、僕たちも藤島さんと蘭さんと同じように腹筋のストレッチから始めた。
 こうしてやっていると、体育の授業で最初にやるストレッチと似ているなぁと思うよ。

 ◇

「十分身体も動くようになったし、割と簡単にできる四人でダブルベース・サイ・スタンドをやってみる?」

 ストレッチが終わって僕たち二人と藤島さんが息を切らしていると、コーチの蘭さんが僕たちに提案してきた。

「え~っ、いきなりですか?」
「それはちょっと厳しいのでは……」

 僕と那須君は息を切らしながら意見すると、蘭さんは「いきなり君たちにやれとは言わないよ」と優しい口調で話した。

「まずはお手本をだけど……、恵麻ちゃん達、お願いできるかな?」
「はいっ!」

 すると、青を基調にした色のポンポンを手に持った片倉さんを筆頭に朋恵、愛未、そして米沢さんが所定の位置についた。
 それから、片倉さんが片足ずつ上がって米沢さんが左足を、愛未が右足を支え、僕たちの見えないところからは朋恵が片倉さんの背中を支えると――。

「う~ん、皆見ているし、難易度が高くなるけどエレベーターやってみようか。はい、ワン、ツー、ダウン、アップ!」

 蘭さんの掛け声とともに、ベースとスポットの三人が片倉さんを持ち上げた。
 それと同時に、どこかで見た光景が繰り広げられた。

 あれはいつの事だっただろうか――。
 僕は記憶を振り絞って思い出そうとした。

 確か、入学式の翌日に実力テストがあって……、そうそう、その後に行われた対面式があったな。
 井上先輩と三年生の先輩達がスタンツを披露していて、ゴールデンウィーク明けに開かれた総体の壮行式にも同じような感じで声援を送っていた。
 あの時は私立の高校に通った心美のことを考えてばかりで、周りを見渡すことが出来なかった。しかし、今こうして片倉さんが高いところからバスケ部員やバレー部員達にエールを送っている様子を見ると、改めて「凄い」と言わざるを得なかった。

「オッケー、ワン、ツー、アップ、ダウン!」

 蘭さんの掛け声がかかると、愛未達はゆっくりと下がってダブルベース・サイ・スタンドに戻し、そこから片倉さんをステージに戻してあげた。

「……凄いや」

 一通りの動きを見て、僕は思わずつぶやいた。
 すると、僕の右隣で座っている那須君と藤島さんが軽く拍手をしていた。

「どうでした? 私たちの演技は」

 すると、さっきまで高いところに居た片倉さんが僕たちの目の前に居た。

「いやはや、凄いのなんのって。片倉さんって、チア部に入って半年……だっけ?」
「そうだね」
「それでここまで出来るなんて、信じられないよ」
「そう言うと思ったよ。山内先生や蘭さんが言うには、一年生のうちは基本的な動きが一通りできるようになればオーケーらしいけど、私を含めマナさん達は身体能力に優れている上に――」
「呑み込みが早くて練習熱心だから、私と山内先生の判断でやれるところまでやっているってわけ」

 片倉さんが説明しているところに、蘭さんが割って入ってきた。
 すると片倉さんは「そんなことありませんよ。蘭さんが褒め上手だからですよ」と照れくさそうな表情を浮かべて蘭さんに反論した。

「う~ん……」

 僕は片倉さんの一言を聞いて、ここ最近の事を思い出した。
 先週の月曜日だったかな、銃撃練習を黒澤先輩に見せたことがあったっけ……。

 ☆

『富樫、最近は調子が良いじゃねぇか』
『何がですか?』
『何がって……その、あれだ。入って間もない頃は狙いが定まらなかったのに、ここ最近は感度調整をした甲斐があって上手く狙えるようになったじゃねぇか』
『ネットで調べたら、感度をデフォルトのままにしていましたからちょっと低めに設定しました。そうしたら、バシバシ狙えるようになりましたよ』
『それに、リコイルコントロールも出来るようになったじゃんか。この調子だと、他のFPSでも通用するぜ』
『黒澤先輩にそう言って貰えると嬉しいです』

 ☆

 ……あの時、先輩は僕のことを褒めていたな。
 褒めることは人に自信を与えてくれる。だから、チア部の一年生も高難易度の技をこなせるようになるのだろう。

「片倉さんのおっしゃる通りですよ、蘭さん。僕もここ最近褒められて成長していますから」
「ふーん、どういう風に成長できたか話してもらえる?」

 そう話すと、蘭さんは皆に休憩を取るように指示した。
 女子部員達がキャッキャしながら話す中、蘭さんが僕の右隣に座ると、僕たちに遠慮した

「まず、僕がe-Sports愛好会に入っていることはご存じですよね?」
「そうだね。さっき聞いたよ」
「そこの先輩達なんですが、僕の悪いところを見ながらも、良いところがあったら積極的に褒めてくれるんです。こないだ練習中に先輩から『他のゲームでも通用するぜ』って褒められましたから、この調子で頑張ろうって思いました」

 蘭さんは僕の話を聞くと、「なるほど」と呟いて、こう続けた。

「君が輝いているのって、やっぱり他人から良いところを褒められているからだと思うよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。君って、山形に居た時にサッカー部でいじめられていたんだよね」
「ええ。どうしてその話を?」
「奏音から聞いたよ」

 やっぱり、藤島さんから聞いていたんだ。

「……ご存じかも知れませんが、中一の時にサッカー部でいじめられました。学校もなかなか対応してくれず、それで新学年を待って転校することになりました」
「部活をやっていた時に、先輩達から褒められることは無かったの?」
「全然です。いっつも殴られてばかりでしたから……」

 先輩達に殴られたせいで、ひたすら練習を重ねるほどに好きだったサッカーを止めてしまい、今ではサッカーを嫌いになってしまった。
 とある週刊少年誌のキャッチフレーズに対しても「ふざけるな!」と反応するくらいにひねくれた時に、僕の心の隙間を埋めたのは心美だった。

 彼女は新体操部に入っていて、すべての所作が美しかった。
 心美は僕を徹底的に甘やかし、僕に対して「もう何も考えなくていいんだよ、私が居れば全て楽になるから」と僕を包み込んだ。
 学校が別になっても彼女は僕と一緒に居るよと卒業式の日に告白してくれた。しかし、そんな彼女もあのチャラ男に――。

 体育会系の部活にありがちな理不尽な仕打ちによって心を折られ、そして甘やかしの権化のせいで、僕はいつの間にか何かを成し遂げることが出来なくなった。
 ただ、それでも勉強だけは続けた。そうでなければ、今僕が通っている高校には入れなかったのだから。

「それに、こないだ倒れた日の事って聞いてますか?」
「ええ、山内先生から聞いたよ」
「あの日も辛いことを思い出してしまったんですよ。それで倒れて、いろいろあって……。でも、今はe-Sports愛好会に入って頑張っています」
「e-Sports愛好会ではどんなことをしているの?」
「GYALORANTを主にやっていますが、他のゲームも時々触れています」
「大会出場を目指したりはしていないの?」
「先輩達の話では、来年も高校生を対象にした大会に出たいとのことでした。今年も参加しましたが、結果は思わしくなかったそうです」

 大手飲料メーカーが主催のe-Sports大会にPORTLIGHTで出場したけれども相手の高校に大差で負けたって、こないだ話していたよなぁ。

「来年GYALORANTが正式種目に選ばれたら、是非参加したい! って意気込んでいましたよ」

 先輩達の話だと、GYALORANTがストリーマーの間でも流行りつつあり、実際に触れる人も多くなっているとのことだ。
 来年もし高校生向けの大会でGYALORANT部門が出来たら、参加したいと先輩達が鼻息を荒くしていたっけ。
 明日には先輩達も帰ってくることだし、その時に色々話を聞いてみようかしら。

「さっきの話に戻りますが、先輩達が褒め上手なので、今ではいじめの事や以前付き合っていた彼女のことを考えなくて済むようになりました」

 すると、蘭さんは僕を見て微笑んでくれた。

「良い先輩に恵まれたね、富樫君。ほら、いじめられていた経験のある子って自己肯定感が弱いって言われているじゃない。e-Sports部の先輩達が居場所を作ってくれたから、先輩達に感謝しないと」
「ええ」

 蘭さんは僕の肩を叩くと、すっと立ち上がって、休憩している生徒たちのところに向かった。

 蘭さんの言葉が、僕には温かく感じた。
 仙台に来たばかりの僕は自己肯定感が弱く、誰かに(すが)らないと生きていけなかった。
 そんな時に心美に出会い、僕は彼女に縋ってばかりの二年間を送った。
 彼女と居る時間が一番心地よく、辛いことをすべて忘れていた。
 しかし、そんな彼女も今では誰かに奪われた。

 そんな時に黒須さんや藤島さんと出会い、僕は新しい道を歩みはじめた。

 国分先輩に強引に入部しろとe-Sports愛好会に誘われたときはどうしようかと思ったけれども、今となっては映画愛好会に居続けるよりはこっちの道を歩んで正解だった。
 今はこうして新しい世界を見ているんだから。
 国分先輩達、そして藤島さん、そして愛未に感謝したい。
 当然ながら、皆と引き合わせた朋恵にも。

「ほら、そろそろ練習を再開するよ! 全員スタンダップ!」

 蘭さんが立ち上がると、全員が立ち上がった。
 体育館の周りは真っ暗で、女子バレー部が練習を終えていたためかコートの半分が開いていた。
 まだまだ見学が終わりそうにないけど……、最終下校時間までに間に合えばいいか。



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「今日は柔軟をしてから、そうだね、……男子二人と女子一人が居るからなぁ……、いきなりだけど、スタンツをやってみようか」
 スタンツってなんだ? 聞いたことがないぞ?
「蘭さん、スタンツって運動会でやる組体操みたいなものですか?」
 僕は挙手して蘭さんに質問すると、彼女は「待ってました」といわんばかりに説明を始めた。
「そうだね。二人以上で行う組体操で、上に上がる『トップ』、土台になる『ベース』、トップを守る『スポッター』の三つのポジションがあるの。トップはエマちゃんのように小柄で体が柔らかい子が、ベースはマナやミズちゃんの様に筋力があって手首が強い人が、スポッターはトモの様に状況判断に長けている人が向いていると言われているのよ」
 なるほど、蘭さんの話を聞く限りでは僕が思っていた通りだな。
 そうなると、怪我のことなどが心配になるけど大丈夫なのか?
「蘭先輩、大丈夫なんですか? スタンツって素人がやったら怪我する可能性が……」
「マナちゃんが心配するのは分かるけど、今日は私が見ているから。それに、いざとなったら私やほかの子がヘルプに入るから」
「わかりました」
 愛未が納得すると、蘭さんは手を叩いて話を戻した。
「そうと決まれば、ペアストレッチしてからスタンツをやってみようよ。……奏音ちゃんは私と組んで、ヤスとよっしー君は男同士で!」
「「な、なんで僕たちが!?」」
 僕たちが驚いているのを尻目に、藤島さんは蘭さんと組んで互いの脇を伸ばしていて、愛未と朋恵は腹筋のストレッチをしていた。
「うだうだ言わずにやるか」
「そうだね」
 周りも色々喋りながら脇を伸ばしたり、腹筋や股関節を伸ばしている中で、僕たちも藤島さんと蘭さんと同じように腹筋のストレッチから始めた。
 こうしてやっていると、体育の授業で最初にやるストレッチと似ているなぁと思うよ。
 ◇
「十分身体も動くようになったし、割と簡単にできる四人でダブルベース・サイ・スタンドをやってみる?」
 ストレッチが終わって僕たち二人と藤島さんが息を切らしていると、コーチの蘭さんが僕たちに提案してきた。
「え~っ、いきなりですか?」
「それはちょっと厳しいのでは……」
 僕と那須君は息を切らしながら意見すると、蘭さんは「いきなり君たちにやれとは言わないよ」と優しい口調で話した。
「まずはお手本をだけど……、恵麻ちゃん達、お願いできるかな?」
「はいっ!」
 すると、青を基調にした色のポンポンを手に持った片倉さんを筆頭に朋恵、愛未、そして米沢さんが所定の位置についた。
 それから、片倉さんが片足ずつ上がって米沢さんが左足を、愛未が右足を支え、僕たちの見えないところからは朋恵が片倉さんの背中を支えると――。
「う~ん、皆見ているし、難易度が高くなるけどエレベーターやってみようか。はい、ワン、ツー、ダウン、アップ!」
 蘭さんの掛け声とともに、ベースとスポットの三人が片倉さんを持ち上げた。
 それと同時に、どこかで見た光景が繰り広げられた。
 あれはいつの事だっただろうか――。
 僕は記憶を振り絞って思い出そうとした。
 確か、入学式の翌日に実力テストがあって……、そうそう、その後に行われた対面式があったな。
 井上先輩と三年生の先輩達がスタンツを披露していて、ゴールデンウィーク明けに開かれた総体の壮行式にも同じような感じで声援を送っていた。
 あの時は私立の高校に通った心美のことを考えてばかりで、周りを見渡すことが出来なかった。しかし、今こうして片倉さんが高いところからバスケ部員やバレー部員達にエールを送っている様子を見ると、改めて「凄い」と言わざるを得なかった。
「オッケー、ワン、ツー、アップ、ダウン!」
 蘭さんの掛け声がかかると、愛未達はゆっくりと下がってダブルベース・サイ・スタンドに戻し、そこから片倉さんをステージに戻してあげた。
「……凄いや」
 一通りの動きを見て、僕は思わずつぶやいた。
 すると、僕の右隣で座っている那須君と藤島さんが軽く拍手をしていた。
「どうでした? 私たちの演技は」
 すると、さっきまで高いところに居た片倉さんが僕たちの目の前に居た。
「いやはや、凄いのなんのって。片倉さんって、チア部に入って半年……だっけ?」
「そうだね」
「それでここまで出来るなんて、信じられないよ」
「そう言うと思ったよ。山内先生や蘭さんが言うには、一年生のうちは基本的な動きが一通りできるようになればオーケーらしいけど、私を含めマナさん達は身体能力に優れている上に――」
「呑み込みが早くて練習熱心だから、私と山内先生の判断でやれるところまでやっているってわけ」
 片倉さんが説明しているところに、蘭さんが割って入ってきた。
 すると片倉さんは「そんなことありませんよ。蘭さんが褒め上手だからですよ」と照れくさそうな表情を浮かべて蘭さんに反論した。
「う~ん……」
 僕は片倉さんの一言を聞いて、ここ最近の事を思い出した。
 先週の月曜日だったかな、銃撃練習を黒澤先輩に見せたことがあったっけ……。
 ☆
『富樫、最近は調子が良いじゃねぇか』
『何がですか?』
『何がって……その、あれだ。入って間もない頃は狙いが定まらなかったのに、ここ最近は感度調整をした甲斐があって上手く狙えるようになったじゃねぇか』
『ネットで調べたら、感度をデフォルトのままにしていましたからちょっと低めに設定しました。そうしたら、バシバシ狙えるようになりましたよ』
『それに、リコイルコントロールも出来るようになったじゃんか。この調子だと、他のFPSでも通用するぜ』
『黒澤先輩にそう言って貰えると嬉しいです』
 ☆
 ……あの時、先輩は僕のことを褒めていたな。
 褒めることは人に自信を与えてくれる。だから、チア部の一年生も高難易度の技をこなせるようになるのだろう。
「片倉さんのおっしゃる通りですよ、蘭さん。僕もここ最近褒められて成長していますから」
「ふーん、どういう風に成長できたか話してもらえる?」
 そう話すと、蘭さんは皆に休憩を取るように指示した。
 女子部員達がキャッキャしながら話す中、蘭さんが僕の右隣に座ると、僕たちに遠慮した
「まず、僕がe-Sports愛好会に入っていることはご存じですよね?」
「そうだね。さっき聞いたよ」
「そこの先輩達なんですが、僕の悪いところを見ながらも、良いところがあったら積極的に褒めてくれるんです。こないだ練習中に先輩から『他のゲームでも通用するぜ』って褒められましたから、この調子で頑張ろうって思いました」
 蘭さんは僕の話を聞くと、「なるほど」と呟いて、こう続けた。
「君が輝いているのって、やっぱり他人から良いところを褒められているからだと思うよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。君って、山形に居た時にサッカー部でいじめられていたんだよね」
「ええ。どうしてその話を?」
「奏音から聞いたよ」
 やっぱり、藤島さんから聞いていたんだ。
「……ご存じかも知れませんが、中一の時にサッカー部でいじめられました。学校もなかなか対応してくれず、それで新学年を待って転校することになりました」
「部活をやっていた時に、先輩達から褒められることは無かったの?」
「全然です。いっつも殴られてばかりでしたから……」
 先輩達に殴られたせいで、ひたすら練習を重ねるほどに好きだったサッカーを止めてしまい、今ではサッカーを嫌いになってしまった。
 とある週刊少年誌のキャッチフレーズに対しても「ふざけるな!」と反応するくらいにひねくれた時に、僕の心の隙間を埋めたのは心美だった。
 彼女は新体操部に入っていて、すべての所作が美しかった。
 心美は僕を徹底的に甘やかし、僕に対して「もう何も考えなくていいんだよ、私が居れば全て楽になるから」と僕を包み込んだ。
 学校が別になっても彼女は僕と一緒に居るよと卒業式の日に告白してくれた。しかし、そんな彼女もあのチャラ男に――。
 体育会系の部活にありがちな理不尽な仕打ちによって心を折られ、そして甘やかしの権化のせいで、僕はいつの間にか何かを成し遂げることが出来なくなった。
 ただ、それでも勉強だけは続けた。そうでなければ、今僕が通っている高校には入れなかったのだから。
「それに、こないだ倒れた日の事って聞いてますか?」
「ええ、山内先生から聞いたよ」
「あの日も辛いことを思い出してしまったんですよ。それで倒れて、いろいろあって……。でも、今はe-Sports愛好会に入って頑張っています」
「e-Sports愛好会ではどんなことをしているの?」
「GYALORANTを主にやっていますが、他のゲームも時々触れています」
「大会出場を目指したりはしていないの?」
「先輩達の話では、来年も高校生を対象にした大会に出たいとのことでした。今年も参加しましたが、結果は思わしくなかったそうです」
 大手飲料メーカーが主催のe-Sports大会にPORTLIGHTで出場したけれども相手の高校に大差で負けたって、こないだ話していたよなぁ。
「来年GYALORANTが正式種目に選ばれたら、是非参加したい! って意気込んでいましたよ」
 先輩達の話だと、GYALORANTがストリーマーの間でも流行りつつあり、実際に触れる人も多くなっているとのことだ。
 来年もし高校生向けの大会でGYALORANT部門が出来たら、参加したいと先輩達が鼻息を荒くしていたっけ。
 明日には先輩達も帰ってくることだし、その時に色々話を聞いてみようかしら。
「さっきの話に戻りますが、先輩達が褒め上手なので、今ではいじめの事や以前付き合っていた彼女のことを考えなくて済むようになりました」
 すると、蘭さんは僕を見て微笑んでくれた。
「良い先輩に恵まれたね、富樫君。ほら、いじめられていた経験のある子って自己肯定感が弱いって言われているじゃない。e-Sports部の先輩達が居場所を作ってくれたから、先輩達に感謝しないと」
「ええ」
 蘭さんは僕の肩を叩くと、すっと立ち上がって、休憩している生徒たちのところに向かった。
 蘭さんの言葉が、僕には温かく感じた。
 仙台に来たばかりの僕は自己肯定感が弱く、誰かに縋《すが》らないと生きていけなかった。
 そんな時に心美に出会い、僕は彼女に縋ってばかりの二年間を送った。
 彼女と居る時間が一番心地よく、辛いことをすべて忘れていた。
 しかし、そんな彼女も今では誰かに奪われた。
 そんな時に黒須さんや藤島さんと出会い、僕は新しい道を歩みはじめた。
 国分先輩に強引に入部しろとe-Sports愛好会に誘われたときはどうしようかと思ったけれども、今となっては映画愛好会に居続けるよりはこっちの道を歩んで正解だった。
 今はこうして新しい世界を見ているんだから。
 国分先輩達、そして藤島さん、そして愛未に感謝したい。
 当然ながら、皆と引き合わせた朋恵にも。
「ほら、そろそろ練習を再開するよ! 全員スタンダップ!」
 蘭さんが立ち上がると、全員が立ち上がった。
 体育館の周りは真っ暗で、女子バレー部が練習を終えていたためかコートの半分が開いていた。
 まだまだ見学が終わりそうにないけど……、最終下校時間までに間に合えばいいか。