第52話

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「よっ、カノジョ持ち」

 マンションに戻ると、そこには夏希姉がいつもと同じ格好をして僕の部屋に待ち構えていた。
 彼女が居ると改めて白状したお陰で、僕は貞操の危機を免れた格好になった。
 だけど、こんなに早くバレるなんて……。夏希姉のネットワーク恐るべしだ。

「夏希姉、またお母さんに無理言って入れてもらったのか?」
「残念、今日は小父(オジ)さんに頼んだよ」

 ああ、そうか。母さんは今日は仕事で、その代わりに父さんがお休みだった。
 父さんにはデートに行くことをちゃんと話したけど、休日のたびにデートしている息子を何と思うんだろうか。

「お帰り。デートはどうだったか?」

 父さんはリビングの奥から、僕に向かって話し掛けてきた。
 良かった。何とも思っていないみたいだ。

「相手がとんでもない人だったけど、どうにかなったよ」
「そうか。夏希ちゃんにはちゃんと礼を言うんだぞ」
「言われなくてもわかっているよ。夏希姉と一緒に部屋に居るから、何かあったら呼んでいいよ」

 そう話すと、父さんはまたタブレットPCにかじりついた……と思ったら、テレビをつけて映画を見始めた。
 父さんが良い感じの放任主義で良かった。これで子供の動向を厳しく監視するような親だったら、説教程度では済まなかった。
 夏希姉に今日の事をすべて話そう。

 ◇

「で、円香とのデートはどうだったん?」

 部屋に入るなり、夏希姉はベッドに座って僕に尋ねてきた。
 僕は夏希姉に向かうようにこたつテーブルの脇にある座布団に腰掛けると、足がしびれないような姿勢を取った。

「そりゃ、良かったよ。ただ――」

 映画の好みだけは何とも言えないけれども、漫喫に連れ込もうとしていたことを言うべきか言わざるべきか――。
 いや、ここは言わないとダメだろう。

「お昼を食べた後で漫喫に連れ込もうとしたんだよ。それで僕は加茂さんの手を引っ張って、PARCO2の一階にあるコーヒーショップに駆け込んだよ」

 漫喫でもランチを取ることが出来たけれども、二人っきりの密室の空間に居ると何があるか分からない。ましてや、あの体つきでは理性が保てなくなる。

「ふーん、円香には一切手を出さなかったのか」
「そりゃあ、当たり前だろう」

 僕がそう話すと、夏希姉は僕の顔をじろじろと見た。

「アンタの様な似非(エセ)イケメンが、一切手を出さないってのはねぇ……」
「な、なんだよ。相手のペースに巻き込まれるのが嫌だったから、手を出さなかったんだよ」
「本当かなぁ」

 夏希姉は疑いの眼差しを僕に向けながら問いかけてきた。
 そんなこと、天地神明に誓って本当だ。
 映画を見ていた間は、ずっと朋恵と映画に行けたらなぁと思っていたよ。

「本当だって! それに……」
「それに?」
「まず、手を出したらその模様を写真に収められてSNSに拡散させられると思ったんだ。それと、彼女達と付き合って大切なことに気づいたんだよ」

 加茂さんから送られてきた写真は――プライベートゾーン等に多少の加工はされているものの――露骨なモノがあった。
 その写真には場所を特定できそうなモノも映りこんでいた。
 もしそのような写真が拡散されてみろ。間違いなく僕の人生はおしまいだ。
 ネットリテラシーの「リ」の字もへったくれもない、ただ欲望のままに突っ走る女性に童貞を奪われてたまるものか。

「ふ~ん、それって何?」
「それは……、その、自分が元カノに頼りすぎていたってことさ」

 思えばここ二年半、僕は心美に依存しすぎていた。
 心美と離れ離れになった途端、僕はどうしていいか分からなかった。
 持ち前の学力で学校生活を過ごしていたけれども、それでも物足りなさはあった。
 そして……、僕が知らないうちに心美は僕から離れ、誰とも知らぬ男とくっついた。

 朋恵達の温もりに触れてから二、三日は怒涛の出会いラッシュだった。
 文芸部の黒須さんから取材を受け、部活も映画愛好会からe-Sports愛好会に入り直した。
 e-Sports愛好会に入り直したことがきっかけとなり、僕は部活の内外で友達を作るようになった。藤島さんが居なければ、橋本とも総合学習の時間以外で口を利かなかっただろう。

「だから、違う世界を見せてくれた今の彼女……、じゃない、女友達には本当に感謝しているよ。ただ、その彼女達との関係を壊されるのは……」

 僕は夏希姉の顔を見ながら、今の自分の気持ちを素直に伝えた。
 いつもは一方的にやられっぱなしだった夏希姉に意見するなんて、今までの僕にはできなかった。

「……そうか……」

 すると、夏希姉はスマホを取り出して何やら操作するそぶりを見せた。

「夏希姉、何をしているんだ?」
「ちょっとね……、このファイルかな? 削除っと……」

 まさか、僕が二人に泣きついた時の音声を公開するつもりなのでは……?
 それは止めてくれ! と言いかけたが、どうも様子が違った。

「例のファイル、削除したよ」
「本当か?」

 夏希姉のことだろうから、どこかに隠しているはずでは……?

「本当だって! ウチを信用しなよ」
「じゃあ、見せてよ」

 すると夏希姉は「うん、いいよ」と頷いて僕にスマホを見せてくれた。
 夏希姉のスマホはウサギの耳がついたスマホケースからわかる通り、国内ではシェアが半数以上を占めるものだった。
 可愛らしくて夏希姉らしいけど、僕はちょっと苦手だな。

「それで、保存しているところはどこ?」
「確か『すべての録音』というフォルダに入っていて、『秘密』というファイル名だった……かな?」

 夏希姉に言われた通りにタップすると、該当するフォルダに辿りついた。
 しかし、例のファイルはきれいさっぱり消えていた。

「それと、他のデバイスやクラウドには……?」
「パソコンにコピーしたり、クラウドにアップロードしていないから安心して」

 良かったぁ~……。
 夏希姉が意地悪な性格だったら徹底的にやっていたかもしれないけれども、常識的な対応をしてくれて助かったよ。

 夏希姉はベッドから立ち上がると、上着を身に着けて僕の部屋の入り口に向かった。もうこの時期だから、外は寒いんだろうな。かく言う僕も上着を羽織ったから。

「今日はそろそろ帰るから。あ、それと……」

 夏希姉は振り向くと、僕の方を向いた。まだ言いたいことがあるのか?

「彼女……いえ、彼女の事、大事にしなさいよ。大事にしないと、その時はウチ等でアンタのドーテーを奪うかんね」
「マジなのか、それ?」
「うん、マジ。大学生と付き合ったことがあるから、その気になればアンタを夢中にさせることなんてヨユーだよ」

 そう話すと、夏希姉は右手を丸めて上下に動かし、舌を出して何かを舐めるような仕草をしてみせた。
 彼が居るとは何度も聞いていたけれども、ここまで本気とは知らなかった。
 夏希姉を失望させないためにも、彼女達は大事にしないと。

 それから夏希姉は「じゃあね〜」と一言だけ言ってから僕の部屋を出ると、玄関から出ていった。

「ふぅ……」

 僕は夏希姉の甘い香りが残るベッドに倒れこむと、今日のことを思い出した。
 加茂さんと映画を見に行って――というよりは、加茂さんの見たい映画を無理やり見せられて――、それからランチついでに話をしてから帰宅。その後で夏希姉にデートの事を訊かれて……。

「はぁ、今日はどっと疲れたよ……」

 何せ、今日は肉食系のギャル二人に付き合わされたからな。
 二人とも話せば分かるタイプだったから良かったものの、そうでなければと思うと背中に悪寒が走りそうだ。
 ともかく、これで最大の山場は乗り越えることが出来た。後は朋恵達に連絡しておかないと――。

 ◇

 その夜、朋恵に電話を入れたら「実はこっそり尾行していたよ」との返事が来た。
 文化の日の買い物デートの帰り道に、愛未から位置情報がわかるチャットアプリを勧められるがままにインストールしたけど、まさかそれが役に立つなんて思わなかったよ。
 そのアプリに愛未と朋恵をフレンド登録していたお陰で、二人とも僕の足取りを掴むことが出来たそうだ。

 愛未、ありがとう。おすすめしていたアプリのお陰で助かったよ。



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みんなのリアクション

「よっ、カノジョ持ち」
 マンションに戻ると、そこには夏希姉がいつもと同じ格好をして僕の部屋に待ち構えていた。
 彼女が居ると改めて白状したお陰で、僕は貞操の危機を免れた格好になった。
 だけど、こんなに早くバレるなんて……。夏希姉のネットワーク恐るべしだ。
「夏希姉、またお母さんに無理言って入れてもらったのか?」
「残念、今日は小父《オジ》さんに頼んだよ」
 ああ、そうか。母さんは今日は仕事で、その代わりに父さんがお休みだった。
 父さんにはデートに行くことをちゃんと話したけど、休日のたびにデートしている息子を何と思うんだろうか。
「お帰り。デートはどうだったか?」
 父さんはリビングの奥から、僕に向かって話し掛けてきた。
 良かった。何とも思っていないみたいだ。
「相手がとんでもない人だったけど、どうにかなったよ」
「そうか。夏希ちゃんにはちゃんと礼を言うんだぞ」
「言われなくてもわかっているよ。夏希姉と一緒に部屋に居るから、何かあったら呼んでいいよ」
 そう話すと、父さんはまたタブレットPCにかじりついた……と思ったら、テレビをつけて映画を見始めた。
 父さんが良い感じの放任主義で良かった。これで子供の動向を厳しく監視するような親だったら、説教程度では済まなかった。
 夏希姉に今日の事をすべて話そう。
 ◇
「で、円香とのデートはどうだったん?」
 部屋に入るなり、夏希姉はベッドに座って僕に尋ねてきた。
 僕は夏希姉に向かうようにこたつテーブルの脇にある座布団に腰掛けると、足がしびれないような姿勢を取った。
「そりゃ、良かったよ。ただ――」
 映画の好みだけは何とも言えないけれども、漫喫に連れ込もうとしていたことを言うべきか言わざるべきか――。
 いや、ここは言わないとダメだろう。
「お昼を食べた後で漫喫に連れ込もうとしたんだよ。それで僕は加茂さんの手を引っ張って、PARCO2の一階にあるコーヒーショップに駆け込んだよ」
 漫喫でもランチを取ることが出来たけれども、二人っきりの密室の空間に居ると何があるか分からない。ましてや、あの体つきでは理性が保てなくなる。
「ふーん、円香には一切手を出さなかったのか」
「そりゃあ、当たり前だろう」
 僕がそう話すと、夏希姉は僕の顔をじろじろと見た。
「アンタの様な似非《エセ》イケメンが、一切手を出さないってのはねぇ……」
「な、なんだよ。相手のペースに巻き込まれるのが嫌だったから、手を出さなかったんだよ」
「本当かなぁ」
 夏希姉は疑いの眼差しを僕に向けながら問いかけてきた。
 そんなこと、天地神明に誓って本当だ。
 映画を見ていた間は、ずっと朋恵と映画に行けたらなぁと思っていたよ。
「本当だって! それに……」
「それに?」
「まず、手を出したらその模様を写真に収められてSNSに拡散させられると思ったんだ。それと、彼女達と付き合って大切なことに気づいたんだよ」
 加茂さんから送られてきた写真は――プライベートゾーン等に多少の加工はされているものの――露骨なモノがあった。
 その写真には場所を特定できそうなモノも映りこんでいた。
 もしそのような写真が拡散されてみろ。間違いなく僕の人生はおしまいだ。
 ネットリテラシーの「リ」の字もへったくれもない、ただ欲望のままに突っ走る女性に童貞を奪われてたまるものか。
「ふ~ん、それって何?」
「それは……、その、自分が元カノに頼りすぎていたってことさ」
 思えばここ二年半、僕は心美に依存しすぎていた。
 心美と離れ離れになった途端、僕はどうしていいか分からなかった。
 持ち前の学力で学校生活を過ごしていたけれども、それでも物足りなさはあった。
 そして……、僕が知らないうちに心美は僕から離れ、誰とも知らぬ男とくっついた。
 朋恵達の温もりに触れてから二、三日は怒涛の出会いラッシュだった。
 文芸部の黒須さんから取材を受け、部活も映画愛好会からe-Sports愛好会に入り直した。
 e-Sports愛好会に入り直したことがきっかけとなり、僕は部活の内外で友達を作るようになった。藤島さんが居なければ、橋本とも総合学習の時間以外で口を利かなかっただろう。
「だから、違う世界を見せてくれた今の彼女……、じゃない、女友達には本当に感謝しているよ。ただ、その彼女達との関係を壊されるのは……」
 僕は夏希姉の顔を見ながら、今の自分の気持ちを素直に伝えた。
 いつもは一方的にやられっぱなしだった夏希姉に意見するなんて、今までの僕にはできなかった。
「……そうか……」
 すると、夏希姉はスマホを取り出して何やら操作するそぶりを見せた。
「夏希姉、何をしているんだ?」
「ちょっとね……、このファイルかな? 削除っと……」
 まさか、僕が二人に泣きついた時の音声を公開するつもりなのでは……?
 それは止めてくれ! と言いかけたが、どうも様子が違った。
「例のファイル、削除したよ」
「本当か?」
 夏希姉のことだろうから、どこかに隠しているはずでは……?
「本当だって! ウチを信用しなよ」
「じゃあ、見せてよ」
 すると夏希姉は「うん、いいよ」と頷いて僕にスマホを見せてくれた。
 夏希姉のスマホはウサギの耳がついたスマホケースからわかる通り、国内ではシェアが半数以上を占めるものだった。
 可愛らしくて夏希姉らしいけど、僕はちょっと苦手だな。
「それで、保存しているところはどこ?」
「確か『すべての録音』というフォルダに入っていて、『秘密』というファイル名だった……かな?」
 夏希姉に言われた通りにタップすると、該当するフォルダに辿りついた。
 しかし、例のファイルはきれいさっぱり消えていた。
「それと、他のデバイスやクラウドには……?」
「パソコンにコピーしたり、クラウドにアップロードしていないから安心して」
 良かったぁ~……。
 夏希姉が意地悪な性格だったら徹底的にやっていたかもしれないけれども、常識的な対応をしてくれて助かったよ。
 夏希姉はベッドから立ち上がると、上着を身に着けて僕の部屋の入り口に向かった。もうこの時期だから、外は寒いんだろうな。かく言う僕も上着を羽織ったから。
「今日はそろそろ帰るから。あ、それと……」
 夏希姉は振り向くと、僕の方を向いた。まだ言いたいことがあるのか?
「彼女……いえ、彼女《《達》》の事、大事にしなさいよ。大事にしないと、その時はウチ等でアンタのドーテーを奪うかんね」
「マジなのか、それ?」
「うん、マジ。大学生と付き合ったことがあるから、その気になればアンタを夢中にさせることなんてヨユーだよ」
 そう話すと、夏希姉は右手を丸めて上下に動かし、舌を出して何かを舐めるような仕草をしてみせた。
 彼が居るとは何度も聞いていたけれども、ここまで本気とは知らなかった。
 夏希姉を失望させないためにも、彼女達は大事にしないと。
 それから夏希姉は「じゃあね〜」と一言だけ言ってから僕の部屋を出ると、玄関から出ていった。
「ふぅ……」
 僕は夏希姉の甘い香りが残るベッドに倒れこむと、今日のことを思い出した。
 加茂さんと映画を見に行って――というよりは、加茂さんの見たい映画を無理やり見せられて――、それからランチついでに話をしてから帰宅。その後で夏希姉にデートの事を訊かれて……。
「はぁ、今日はどっと疲れたよ……」
 何せ、今日は肉食系のギャル二人に付き合わされたからな。
 二人とも話せば分かるタイプだったから良かったものの、そうでなければと思うと背中に悪寒が走りそうだ。
 ともかく、これで最大の山場は乗り越えることが出来た。後は朋恵達に連絡しておかないと――。
 ◇
 その夜、朋恵に電話を入れたら「実はこっそり尾行していたよ」との返事が来た。
 文化の日の買い物デートの帰り道に、愛未から位置情報がわかるチャットアプリを勧められるがままにインストールしたけど、まさかそれが役に立つなんて思わなかったよ。
 そのアプリに愛未と朋恵をフレンド登録していたお陰で、二人とも僕の足取りを掴むことが出来たそうだ。
 愛未、ありがとう。おすすめしていたアプリのお陰で助かったよ。