第51話
ー/ー 一階にあるコーヒーショップはお昼過ぎということも相まって、人で埋め尽くされていた。
「こちらへどうぞ」
しばらくすると、店員さんが僕達のもとに駆け付けてソファのある席に案内された。
その次の瞬間、何やら見慣れた二人も一緒に……。
ん? 待てよ。あの二人、朋恵と愛未じゃないのか? サングラスをかけていて全く気がつかなかったんだけど!
「ん? どーしたの?」
「いや、ちょっとですね、知り合いに似たような人が居るもんだなぁって、ハハハ……」
「変なの。あーしはネカフェが良かったのになぁ~」
「別に良いじゃありませんか。ネカフェも良いですけど、落ち着いた店内でゆったりと過ごすのも最高ですよ」
「む~っ、年下なのに生意気なコト言って~」
「ほら、機嫌を直してください。あ、そうだ! コーヒーでも注文しましょうか? 僕が奢りますよ」
「ヤス君が奢ってくれるなら、何でもいーよ」
加茂さんは不満そうな表情を浮かべながら、メニューを眺めていた。
高そうなものを頼まれても困るから、もう少しけん制しておかないと。
「加茂さん、余り値段が高すぎるのも勘弁してくださいね」
「そういうヤス君は何にしたのぉ?」
「僕? 僕は……本日のコーヒーのトールとサラダサンドにしました」
この二つのメニューならば千円以内で済むからな。
「そういう加茂さんは?」
「えっ、あーし? ボールパークドッグと……、キャラメルラテね~」
一方、加茂さんは食べ物はともかくとして、飲み物は高いものを選んだ。
二人揃って二千円以内に収まったのは幸いだけど、これで両方とも高いものを選んだら財布が間違いなく死んでいたよ。
◇
「ねぇ、ヤス君」
サラダサンドをある程度食べ終わってコーヒーを飲もうとした瞬間、加茂さんが僕に向かって話し掛けてきた。
「ヤス君ってドーテーなの?」
えっ? 何ということを聞いてくるんだ、加茂さん!
お陰でコーヒーを拭きそうになったじゃないか!
「……そ、それは……。ど、どうしてそういうことを訊くのかなぁって……」
「だって、聞きたいんだもーん」
「それは……、童貞、です……」
しかも、前の彼女は僕の知らないところでチャラ男に抱かれたからな。
「ふーん、やっぱりそうなんだぁ」
加茂さんがそう話すと、じろじろと僕の方を見つめてくる。
「じゃあ次。ヤス君ってさ、オンナノコに対してキョーミはあるの?」
そりゃあ、興味が無いかというとあるに決まっている。
ここ最近は朋恵に愛未、e-Sports愛好会の先輩と同級生、それに――カラオケに行った時しか話したことが無いけど――チア部の先輩達とも仲が好い。
「き、興味はあり……ますね」
「じゃあ、それって現実のオンナノコ? それとも二次元のオンナノコ?」
こないだと同じようにしつこく聞いてくるな……。
そりゃあ二次元の女の子は可愛いけれども、心美と付き合っていたことがある自分としては「現実」と答えるしかないだろう。
「現実の女の子です。当然じゃないですか」
「良かったぁ~。それなら大丈夫そうだね~」
すると、加茂さんはボールパークドッグを手慣れた手つきで堪能していた。
加茂さんのその目つきが妙にエロチックで、つい見惚れてしまう。
……ハッ、いけない、いけない!
僕は朋恵のことが好きなんだ! それに、愛未のことも……!
「ふぅ、ごちそうさま~」
僕が考え事をしていると、加茂さんは既にボールパークドッグを食べ終えてキャラメルラテを口にしていた。こちらはコーヒーをすべて口にして、後はこのままお会計を済ませるばかりだ。
加茂さんは油断するとすぐ僕に絡むし、それにしつこい。
早く帰って、後は夏希姉にデートを済ませたことを報告しないと……!
「それでさぁ、もーちょっとだけ話があるんだけどぉ……」
「?」
加茂さん、まだ僕に絡んでくるのか?
「いったい何ですか? 僕は現実の女の子が好きですし、これ以上は――」
すると、加茂さんは隣の客をチラリと見ながら僕に向かって話し掛けてきた。
隣の客って、ひょっとして……と思ったけど、今は目の前に居る強敵を何とかしないと!
「ヤス君の好きな人って誰なのかなぁ?」
「す、好きな人って……」
そりゃあ、一番は朋恵だし、二番目は愛未、三番目は……同じ部活の藤島さんだろう。先輩達も魅力的だけど、やっぱり朋恵にかなうものなどいない。
「うちのクラスに居る子……、ですね」
「ふーん、以前好きだった子は?」
「以前好きだった子ですか? ……それは……」
ふと一瞬だけ心美のことを思った。
しかし、心美は思い出でしかない。
「居ましたけど、忘れましたね」
「ホント?」
「本当ですとも」
すると、加茂さんはにんまりと笑みを浮かべて僕の方に迫ってきた。
「だったらさぁ、ヤス君は今カノとデートする気はあるの?」
「そりゃあ……」
まだ朋恵とは正式に告白していない身だけど、こればっかりは言える。
「ありますとも!」
ただ、今月はちょっと金を使いすぎたけど。
文化の日に服を買って、その帰りにコーヒーショップでお昼を割り勘で食べたし、テストの打ち上げでカラオケに行ってみんなで歌ったからね。
今日の映画館とコーヒーショップでの奢りの分はこないだ貰った小遣いからの捻出なので、まだ何とかなりそうだ。
加茂さん、どう出るのだろうか。
ひょっとして「あーしの方が経験があるから、エッチしない?」と誘ってくるのじゃないだろうか?
しかし、少し経った後に加茂さんが放った一言は僕にとっては意外だった。
「……じゃあ、あーしがヤス君のはじめての相手にならなくても大丈夫かな」
「? どういうことですか?」
「言葉通りだよ。あーしはこう見えてもドーテー君が好きでね、今まで何人ものドーテーを食ってきたんだ~。特にオンナノコを何者かに食われたコなんてサイコーでね。こないだなんて、カラオケボックスに連れ込んで男の子とやっちゃったんだ~」
加茂さんはとんでもないことを口走っていた。
橋本が「加茂は向こうの学校では要注意人物だ」と喋っていた通りだった。
もし僕がきちんと言わなかったら、今頃どうなっていたか……、想像しただけでもぞっとする。
「ただ、キミがそこまではっきり言うなら、あーしは手を出さないかな。今カノを大事にしてあげてね」
良かった。加茂さんは僕のことを理解してくれたらしい。
一時はどうなることかと思ったよ。
「但し、もし君がその今カノのことを大切にしなかったら……、その時はあーしが君のことを奪うから、そのつもりでね♡」
「そ、それは……、本気ですか?」
「うん、本気だよ♡」
加茂さんの表情は、肉食獣が獲物をロックオンした時の目つきのままだった。
僕がしっかりしなければ、加茂さんに自分の貞操を狙われてしまうということか。
◇
「じゃあ、またね~」
「さよなら」
加茂さんは地下鉄東西線に乗って帰るとのことなので、PARCO2の入り口付近で別れた。
重荷となったデートが無事終わるや否や、肩の荷が下りた。
「今カノのことを大切にしなかったら奪う、か……」
ホント、彼女は付き合うのが大変な人だった。
映画館に居た時、加茂さんは何度も僕を悩殺しようと胸の谷間をチラリと見せたり、僕の体に何度も触ろうとした。
橋本が月曜日に話した通り、恐ろしいまでの肉食獣だった。
最初は彼女に何を言っても躱されるだろうと思っていたけれども、話してみれば意外とわかってもらえた。
二人のことを大事にしたいという想いが彼女に伝わったのだろうか。
マンションに戻ったら、夏希姉に今日のことを報告しなければ。
夏希姉は僕が彼女に食われていると思っているかもしれない。ここは明確に否定しておかねば。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
一階にあるコーヒーショップはお昼過ぎということも相まって、人で埋め尽くされていた。
「こちらへどうぞ」
しばらくすると、店員さんが僕達のもとに駆け付けてソファのある席に案内された。
その次の瞬間、何やら見慣れた二人も一緒に……。
ん? 待てよ。あの二人、朋恵と愛未じゃないのか? サングラスをかけていて全く気がつかなかったんだけど!
「ん? どーしたの?」
「いや、ちょっとですね、知り合いに似たような人が居るもんだなぁって、ハハハ……」
「変なの。あーしはネカフェが良かったのになぁ~」
「別に良いじゃありませんか。ネカフェも良いですけど、落ち着いた店内でゆったりと過ごすのも最高ですよ」
「む~っ、年下なのに生意気《ナマイキ》なコト言《ゆ》って~」
「ほら、機嫌を直してください。あ、そうだ! コーヒーでも注文しましょうか? 僕が奢りますよ」
「ヤス君が奢ってくれるなら、何でもいーよ」
加茂さんは不満そうな表情を浮かべながら、メニューを眺めていた。
高そうなものを頼まれても困るから、もう少しけん制しておかないと。
「加茂さん、余り値段が高すぎるのも勘弁してくださいね」
「そういうヤス君は何にしたのぉ?」
「僕? 僕は……本日のコーヒーのトールとサラダサンドにしました」
この二つのメニューならば千円以内で済むからな。
「そういう加茂さんは?」
「えっ、あーし? ボールパークドッグと……、キャラメルラテね~」
一方、加茂さんは食べ物はともかくとして、飲み物は高いものを選んだ。
二人揃って二千円以内に収まったのは幸いだけど、これで両方とも高いものを選んだら財布が間違いなく死んでいたよ。
◇
「ねぇ、ヤス君」
サラダサンドをある程度食べ終わってコーヒーを飲もうとした瞬間、加茂さんが僕に向かって話し掛けてきた。
「ヤス君ってドーテーなの?」
えっ? 何ということを聞いてくるんだ、加茂さん!
お陰でコーヒーを拭きそうになったじゃないか!
「……そ、それは……。ど、どうしてそういうことを訊くのかなぁって……」
「だって、聞きたいんだもーん」
「それは……、童貞、です……」
しかも、前の彼女は僕の知らないところでチャラ男に抱かれたからな。
「ふーん、やっぱりそうなんだぁ」
加茂さんがそう話すと、じろじろと僕の方を見つめてくる。
「じゃあ次。ヤス君ってさ、オンナノコに対してキョーミはあるの?」
そりゃあ、興味が無いかというとあるに決まっている。
ここ最近は朋恵に愛未、e-Sports愛好会の先輩と同級生、それに――カラオケに行った時しか話したことが無いけど――チア部の先輩達とも仲が好い。
「き、興味はあり……ますね」
「じゃあ、それって現実のオンナノコ? それとも二次元のオンナノコ?」
こないだと同じようにしつこく聞いてくるな……。
そりゃあ二次元の女の子は可愛いけれども、心美と付き合っていたことがある自分としては「現実」と答えるしかないだろう。
「現実の女の子です。当然じゃないですか」
「良かったぁ~。それなら大丈夫そうだね~」
すると、加茂さんはボールパークドッグを手慣れた手つきで堪能していた。
加茂さんのその目つきが妙にエロチックで、つい見惚れてしまう。
……ハッ、いけない、いけない!
僕は朋恵のことが好きなんだ! それに、愛未のことも……!
「ふぅ、ごちそうさま~」
僕が考え事をしていると、加茂さんは既にボールパークドッグを食べ終えてキャラメルラテを口にしていた。こちらはコーヒーをすべて口にして、後はこのままお会計を済ませるばかりだ。
加茂さんは油断するとすぐ僕に絡むし、それにしつこい。
早く帰って、後は夏希姉にデートを済ませたことを報告しないと……!
「それでさぁ、もーちょっとだけ話があるんだけどぉ……」
「?」
加茂さん、まだ僕に絡んでくるのか?
「いったい何ですか? 僕は現実の女の子が好きですし、これ以上は――」
すると、加茂さんは隣の客をチラリと見ながら僕に向かって話し掛けてきた。
隣の客って、ひょっとして……と思ったけど、今は目の前に居る強敵《加茂さん》を何とかしないと!
「ヤス君の好きな人って誰なのかなぁ?」
「す、好きな人って……」
そりゃあ、一番は朋恵だし、二番目は愛未、三番目は……同じ部活の藤島さんだろう。先輩達も魅力的だけど、やっぱり朋恵にかなうものなどいない。
「うちのクラスに居る子……、ですね」
「ふーん、以前好きだった子は?」
「以前好きだった子ですか? ……それは……」
ふと一瞬だけ心美のことを思った。
しかし、心美は思い出でしかない。
「居ましたけど、忘れましたね」
「ホント?」
「本当ですとも」
すると、加茂さんはにんまりと笑みを浮かべて僕の方に迫ってきた。
「だったらさぁ、ヤス君は今カノとデートする気はあるの?」
「そりゃあ……」
まだ朋恵とは正式に告白していない身だけど、こればっかりは言える。
「ありますとも!」
ただ、今月はちょっと金を使いすぎたけど。
文化の日に服を買って、その帰りにコーヒーショップでお昼を割り勘で食べたし、テストの打ち上げでカラオケに行ってみんなで歌ったからね。
今日の映画館とコーヒーショップでの奢りの分はこないだ貰った小遣いからの捻出なので、まだ何とかなりそうだ。
加茂さん、どう出るのだろうか。
ひょっとして「あーしの方が経験があるから、エッチしない?」と誘ってくるのじゃないだろうか?
しかし、少し経った後に加茂さんが放った一言は僕にとっては意外だった。
「……じゃあ、あーしがヤス君のはじめての相手にならなくても大丈夫かな」
「? どういうことですか?」
「言葉通りだよ。あーしはこう見えてもドーテー君が好きでね、今まで何人ものドーテーを食ってきたんだ~。特にオンナノコを何者かに食われたコなんてサイコーでね。こないだなんて、カラオケボックスに連れ込んで男の子とやっちゃったんだ~」
加茂さんはとんでもないことを口走っていた。
橋本が「加茂は向こうの学校では要注意人物だ」と喋っていた通りだった。
もし僕がきちんと言わなかったら、今頃どうなっていたか……、想像しただけでもぞっとする。
「ただ、キミがそこまではっきり言うなら、あーしは手を出さないかな。今カノを大事にしてあげてね」
良かった。加茂さんは僕のことを理解してくれたらしい。
一時はどうなることかと思ったよ。
「但し、もし君がその今カノのことを大切にしなかったら……、その時はあーしが君のことを奪うから、そのつもりでね♡」
「そ、それは……、本気ですか?」
「うん、本気《マジ》だよ♡」
加茂さんの表情は、肉食獣が獲物をロックオンした時の目つきのままだった。
僕がしっかりしなければ、加茂さんに自分の貞操を狙われてしまうということか。
◇
「じゃあ、またね~」
「さよなら」
加茂さんは地下鉄東西線に乗って帰るとのことなので、PARCO2の入り口付近で別れた。
重荷となったデートが無事終わるや否や、肩の荷が下りた。
「今カノのことを大切にしなかったら奪う、か……」
ホント、彼女は付き合うのが大変な人だった。
映画館に居た時、加茂さんは何度も僕を悩殺しようと胸の谷間をチラリと見せたり、僕の体に何度も触ろうとした。
橋本が月曜日に話した通り、恐ろしいまでの肉食獣だった。
最初は彼女に何を言っても躱《かわ》されるだろうと思っていたけれども、話してみれば意外とわかってもらえた。
二人のことを大事にしたいという想いが彼女に伝わったのだろうか。
マンションに戻ったら、夏希姉に今日のことを報告しなければ。
夏希姉は僕が彼女に食われていると思っているかもしれない。ここは明確に否定しておかねば。