第49話
ー/ー「……ってなことがあったんだよ」
――その日、寝る前に僕は珍しく朋恵に電話を入れた。
こういう時に朋恵と愛未が居てよかった。
もし僕一人で抱え込んでいたら、どうなっているか分からない。
『……マジでヤバい奴がヤスん家のお隣さんと知り合いだなんて、知らなかったよ』
朋恵の声は、電話口でも想像できるようにこわばっていた。
まさか自分の近くにとんでもない恋愛強者が居たなんて――。
「ああ、僕もそう思ったよ。一昨日自己採点して帰っただろ? その時に彼女に散々突っ込まれてね」
あの時は大変だった。
テストの結果を洗いざらい白状しない限り逃げられそうもない。
まさか、あれだけのヤバイ奴が知っている人に居たなんて――!
「それに、先月朋恵と愛未の胸で泣きついたことがあっただろう? その時の模様も録音されていた」
『マジ?』
「うん。僕のことを心配して見に来たんだけど、まさか同じクラスの女の子たちと一緒に居たなんて思っていなかっただろうなぁ」
あのやり取りを録音されている以上、夏希姉の誘いから逃げることはできない。
かといってあの押しの強い、そして話が通じない奴にどうやって立ち向かえば……!
『……それで、どうするの?』
「行くしかないだろ。行かなかったら、僕と朋恵達のやり取りを全部ばらされるんだから」
『やっぱり、そうなるよね』
脅しに屈したとしか言いようがないけれど、やむを得まい。
ここはきちんと円香さんに「僕には付き合っている人が居るんです!」とはっきり言って、事を収めないと!
「とにかく、向こうから連絡が来たら朋恵達にも伝えるよ。もう僕はやられっぱなしでは居られないんだから」
『そうだね! それでこそヤスだよ!』
そう。一ヶ月で人は変われるんだ。
泣き虫だった僕はもう居ない。ここは一発、強大な敵に立ち向かわねば!
「じゃあ、また明後日ね」
『おやすみ~』
……やられっぱなしでは居られない、か……。
電話を切ると同時に、僕は「ふぅ」とため息を吐いた。
ベッドに倒れこむような真似はせず、今度は愛未に電話を入れた。
『もしもし』
「あ、夜分遅くゴメン。富樫だけど。今何していた」
『あぁ、ヤス君か。私は今風呂から上がって、これから寝ようとしていたところだったんだ』
「本当にごめん、そんな時に電話して」
『良いんだよ。私とヤス君との仲じゃないか。それで、話というのは何だ?』
「聞いてくれるか、実は――」
愛未にもヤバい奴とデートすることになった事情を話すと、驚いた様子を見せつつも――。
『そうか。私も気がつかなかったよ』
「本当だよ。壁に耳あり障子に目ありとはまさにこのことだよ」
『ふふっ、ヤス君、心に余裕があるじゃないか』
「何が?」
『ことわざを言えるくらいの余裕があるってことだよ』
そうだよな。朋恵にもちゃんと連絡できたし、そして今は愛未にも連絡している。
辛いことがあったら、近所に居る二人に連絡すれば何とか乗り越えられそうだ。
『それで、どうするんだい?』
「そりゃあ、デートに行かないと不味いだろう。もし断ったら、僕が愛未と朋恵の胸で泣いたことをバラすって……」
『……それは困ったね』
愛未はちょっと照れくさそうな感じで、声が曇った。
「ん? どうしてだよ?」
『だって、あの時私は恥ずかしいのを我慢して君に胸を差し出したんだよ。そのことが他の人にバレたら、その……、私のクールなイメージが台無しになるじゃないか』
なるほど、朋恵ならばともかく、愛未は――胸が大きいのはともかくとして――母性を感じるような仕草を見せるような感じの見た目をしていない。
朋恵が母性を感じさせる一方で、愛未はどことなく落ちついた、そして物憂げなイケメン女子といったイメージだ。
あの時の胸の感触は、今でも思い出そうと思えば思い出せるからな。
『もし……、その、御堂平の先輩とデートすることになったら、私達のことを思い出してほしい』
「それはどういうことだ?」
『私が恥ずかしい思いをして胸を差し出したんだ。だから、今度は君が彼女に対して自分の想いを伝えるんだ』
自分の想い……、か。
僕には朋恵が居るし、それに愛未が居る。
そして、e-Sports愛好会にこないだ声を掛けてもらったばかりのチア部に居る先輩達も居る。
彼女には僕の想いを伝えて、さっさと引き取ってもらおう。
それでいいんだ。
「分かった。彼女と変なことになる前に、断ってくるよ」
『それでこそ私の……いや、私達の友達だね。詳細が分かったらメッセージなり電話なりで教えてくれ』
「多分、金曜の夜になると思うから。それじゃあ、また」
『おやすみ、良い夢を』
電話を切ると、僕はスマホを充電しながらベッドの上に寝っ転がった。
「やられっぱなしでは居られない、か……」
このセリフを言うのは、これで二回目だろうか。
中一の秋から今年の十月頭にかけての僕だったらヘタレていたかもしれないけど、今は違う。ここ一ヶ月で相談できる友人が同性と異性を問わず増えたし、相談できる相手も増えた。
「少しずつではあるけれど、小学校時代に戻っているんだな」
小学校の頃は男女問わず友達が多かった。しかし、サッカー部でのいじめが原因で友達を作らなくなり、孤立したままこの街に来た。
独りぼっちで拗ねた感じだった時に、僕は心美と付き合い始めた。
しかし、心美はもう僕の傍には居ない。
今、彼女は誰かの胸に抱かれていることだろう。
だけど今の僕は、そんなことはあまり気にしない。いや、気にしていられない。
今の僕には朋恵と愛未が居る。e-Sports愛好会の仲間が居る。そして、チア部の先輩達も居る。
人の輪があれば、僕はどうにでもなる。
だけど――。
「……僕が好きなのは、朋恵と愛未、どっちなんだろう?」
ちょっと悩ましい選択が頭をよぎる。
ただ、今は目の前のことを解決しないと。
加茂さんとのデートを乗り切って、それから朋恵と愛未のどちらが好きなのかはっきりさせないと。
「おやすみ~……」
僕は毛布を被り、そのまま電気を消して眠りに就いた。
明日はデートの約束はないし、夏希姉はテスト勉強だから動けそうにないから、久しぶりにゆっくりしようかな……。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「……ってなことがあったんだよ」
――その日、寝る前に僕は珍しく朋恵に電話を入れた。
こういう時に朋恵と愛未が居てよかった。
もし僕一人で抱え込んでいたら、どうなっているか分からない。
『……マジでヤバい奴がヤスん家《ち》のお隣さんと知り合いだなんて、知らなかったよ』
朋恵の声は、電話口でも想像できるようにこわばっていた。
まさか自分の近くにとんでもない恋愛強者《ビッチ》が居たなんて――。
「ああ、僕もそう思ったよ。一昨日《おととい》自己採点して帰っただろ? その時に彼女に散々突っ込まれてね」
あの時は大変だった。
テストの結果を洗いざらい白状しない限り逃げられそうもない。
まさか、あれだけのヤバイ奴が知っている人に居たなんて――!
「それに、先月朋恵と愛未の胸で泣きついたことがあっただろう? その時の模様も録音されていた」
『マジ?』
「うん。僕のことを心配して見に来たんだけど、まさか同じクラスの女の子たちと一緒に居たなんて思っていなかっただろうなぁ」
あのやり取りを録音されている以上、夏希姉の誘いから逃げることはできない。
かといってあの押しの強い、そして話が通じない奴にどうやって立ち向かえば……!
『……それで、どうするの?』
「行くしかないだろ。行かなかったら、僕と朋恵達のやり取りを全部ばらされるんだから」
『やっぱり、そうなるよね』
脅しに屈したとしか言いようがないけれど、やむを得まい。
ここはきちんと円香さんに「僕には付き合っている人が居るんです!」とはっきり言って、事を収めないと!
「とにかく、向こうから連絡が来たら朋恵達にも伝えるよ。もう僕はやられっぱなしでは居られないんだから」
『そうだね! それでこそヤスだよ!』
そう。一ヶ月で人は変われるんだ。
泣き虫だった僕はもう居ない。ここは一発、強大な敵に立ち向かわねば!
「じゃあ、また明後日ね」
『おやすみ~』
……やられっぱなしでは居られない、か……。
電話を切ると同時に、僕は「ふぅ」とため息を吐いた。
ベッドに倒れこむような真似はせず、今度は愛未に電話を入れた。
『もしもし』
「あ、夜分遅くゴメン。富樫だけど。今何していた」
『あぁ、ヤス君か。私は今風呂から上がって、これから寝ようとしていたところだったんだ』
「本当にごめん、そんな時に電話して」
『良いんだよ。私とヤス君との仲じゃないか。それで、話というのは何だ?』
「聞いてくれるか、実は――」
愛未にもヤバい奴とデートすることになった事情を話すと、驚いた様子を見せつつも――。
『そうか。私も気がつかなかったよ』
「本当だよ。壁に耳あり障子に目ありとはまさにこのことだよ」
『ふふっ、ヤス君、心に余裕があるじゃないか』
「何が?」
『ことわざを言えるくらいの余裕があるってことだよ』
そうだよな。朋恵にもちゃんと連絡できたし、そして今は愛未にも連絡している。
辛いことがあったら、近所に居る二人に連絡すれば何とか乗り越えられそうだ。
『それで、どうするんだい?』
「そりゃあ、デートに行かないと不味いだろう。もし断ったら、僕が愛未と朋恵の胸で泣いたことをバラすって……」
『……それは困ったね』
愛未はちょっと照れくさそうな感じで、声が曇った。
「ん? どうしてだよ?」
『だって、あの時私は恥ずかしいのを我慢して君に胸を差し出したんだよ。そのことが他の人にバレたら、その……、私のクールなイメージが台無しになるじゃないか』
なるほど、朋恵ならばともかく、愛未は――胸が大きいのはともかくとして――母性を感じるような仕草を見せるような感じの見た目をしていない。
朋恵が母性を感じさせる一方で、愛未はどことなく落ちついた、そして物憂げなイケメン女子といったイメージだ。
あの時の胸の感触は、今でも思い出そうと思えば思い出せるからな。
『もし……、その、御堂平の先輩とデートすることになったら、私達のことを思い出してほしい』
「それはどういうことだ?」
『私が恥ずかしい思いをして胸を差し出したんだ。だから、今度は君が彼女に対して自分の想いを伝えるんだ』
自分の想い……、か。
僕には朋恵が居るし、それに愛未が居る。
そして、e-Sports愛好会にこないだ声を掛けてもらったばかりのチア部に居る先輩達も居る。
彼女には僕の想いを伝えて、さっさと引き取ってもらおう。
それでいいんだ。
「分かった。彼女と《《変なこと》》になる前に、断ってくるよ」
『それでこそ私の……いや、《《私達の》》友達だね。詳細が分かったらメッセージなり電話なりで教えてくれ』
「多分、金曜の夜になると思うから。それじゃあ、また」
『おやすみ、良い夢を』
電話を切ると、僕はスマホを充電しながらベッドの上に寝っ転がった。
「やられっぱなしでは居られない、か……」
このセリフを言うのは、これで二回目だろうか。
中一の秋から今年の十月頭にかけての僕だったらヘタレていたかもしれないけど、今は違う。ここ一ヶ月で相談できる友人が同性と異性を問わず増えたし、相談できる相手も増えた。
「少しずつではあるけれど、小学校時代に戻っているんだな」
小学校の頃は男女問わず友達が多かった。しかし、サッカー部でのいじめが原因で友達を作らなくなり、孤立したままこの街に来た。
独りぼっちで拗《す》ねた感じだった時に、僕は心美と付き合い始めた。
しかし、心美はもう僕の傍には居ない。
今、彼女は誰かの胸に抱かれていることだろう。
だけど今の僕は、そんなことはあまり気にしない。いや、気にしていられない。
今の僕には朋恵と愛未が居る。e-Sports愛好会の仲間が居る。そして、チア部の先輩達も居る。
人の輪があれば、僕はどうにでもなる。
だけど――。
「……僕が好きなのは、朋恵と愛未、どっちなんだろう?」
ちょっと悩ましい選択が頭をよぎる。
ただ、今は目の前のことを解決しないと。
加茂さんとのデートを乗り切って、それから朋恵と愛未のどちらが好きなのかはっきりさせないと。
「おやすみ~……」
僕は毛布を被り、そのまま電気を消して眠りに就いた。
明日はデートの約束はないし、夏希姉はテスト勉強だから動けそうにないから、久しぶりにゆっくりしようかな……。