第46話
ー/ー 月曜日の朝、始業前のひと時――。
うちの学校は学びの妨げにならないようにするために朝練を禁止しているため、生徒たちはいつもの時間になると少しずつ教室に集まってくる。
「隣のクラスに居るミナちゃんに助けられたよ。ありがと、ユウ」
「トモがそう言ってくれるなら、ね。ミナは今度英検準一級の面接だから、今必死になって練習しているよ」
「頑張っているんだね、白浜さんって」
「そうだね~。県立大の事業構想学科に推薦で入りたい! って口にしているからね」
僕の隣では、朋恵がこないだのテストで白浜さんに助けられた話をしていた。
高校一年生で英検準一級って凄い……、と思ったけど、黒須さんが話した学部に推薦で入るには相当な英語力が無いとパスできないと厳しいという話を進路指導で聞いたことがある。
僕は英検三級がやっとといったところだから、白浜さんには到底かなわない。
いや、もうちょっと頑張ればいいだけの話か。まだ時間はあるんだから。
僕はというと、後ろの席に座っている橋本と――。
「なぁ、橋本」
「なんだよ、富樫」
とまぁ、何を話していいか分からない状態になっている。何、この落差。
「先週の土曜だけどな、我妻さん達と一緒に答え合わせしたんだよ」
「マジか?」
「ああ、マジだ。その前日にカラオケに行ったけど、二人ともケロッとしていたぜ」
「お前が? カラオケに行ったのか?」
「ああ、ホントだよ。チア部の二年生二人と我妻さん達、e-Sports愛好会の先輩二人、藤島さん……」
「あ~、誘ってくれれば俺も行ったのによぉ~!」
いつの間にか話は進んで、ここ二日間のことを全て橋本に話した。
女性の話はするけれどもいまだに色恋沙汰の話が無い橋本のこと、叫びながら頭を抱えていた。
かわいそうだから、カラオケがアニソン縛りだったってことは話さないでおくか。
「話は答え合わせのことに戻るんだけどさ、その日の帰りに女の人に声を掛けられたんだよ。御堂平に通っていて、それでうちの部屋の隣に住んでいる人と一緒に勉強していたって聞いた」
「ひょっとして二年生か?」
「そう。それで、僕に話しかけた人が加茂……、って言っていたな」
「加茂? ひょっとして、超絶美人でありながら男を食いまくっているって噂の?」
「その通りだよ」
「マジか? それで、どうだった?」
「食いついて放そうとしなかったよ。目つきが鋭かったし……」
あの時の彼女の目は肉食獣が獲物を狙う目だった。
ひょっとしたら、彼女にロックオンされたってことなのか……?
すると橋本は真剣な目つきで僕を見つめ、重い口を少しずつ開いた。
「……先輩から聞いた話だと、御堂平の加茂って女はここら辺じゃ有名な男好きとして知られている。何でも、昨年の夏――」
「……ゴクリ……」
「そいつがドラッグストアでアルバイトした時にここの近くにある大学の学生と知り合ってだな、彼女はそいつと寝たんだよ。それからというものの、彼女は同じ学校で失恋した男子を見かけたら声を掛けて『慰めてあげる』と近寄っては……、を繰り返しているらしい。それにな……」
「それに、何だよ?」
「童貞っぽい男子生徒を見たら人の居ないところに連れ込んで童貞を奪う、学校内外でも様々な学校の男子生徒や男子大学生と関係を持っている、などなど……キリがない。それで、向こうの生活指導の先生からは要注意人物としてマークされているらしいぜ」
「ま、マジかよ……」
橋本の話を聞いた途端、僕は全身から血の気が引く思いをした。
その話が本当だとしたら、夏希姉はとんでもない人物と知り合いだったのか……!
「そいつに絡まれたとしたら、お前はどこかで失恋した話を彼女の知人に漏らしている可能性があるぞ。些細なことでもいいから、思い出してみろよ」
うーむ、どこで相手にバレたんだろうか?
心当たりがあるとしたら、心美を取られた次の日に――。
☆
十月四日、午後五時頃――。
その日は二日に行われたキャリアセミナーの振替休日だった。
前日のことがあってから僕は部屋から出る気力も失せ、朝食はおろか昼食も手がつかなかった。
目の前にあるSF小説を読み、奇想に耽っては心美のことを忘れようともがいていた。
心美が居ない世界なんて、生きていても仕方がない。
その時の僕はそう思っていた。
そんな時、コンコン! と僕の部屋の前の扉をノックする音が聞こえた。
うるさいな……。
心美が何者かに奪われたんだ。
もう生きる気力なんてないんだから、放っておいてくれ。
何度かノック音が聞こえると、突然ドアが開かれる音がした。
「どうしたの、ヤス? パジャマ姿のままで……」
僕の背後には、若干着崩した制服姿の夏希姉が居た。
彼女がいつも使っているデオドラントスプレーの匂いで気づいたけれど、今の僕にとっては彼女は顔を合わせたくない相手だった。
僕は毛布に身をくるむと、顔を合わせたくないそぶりを取った。
こんな時にこいつと顔を合わせたくないのに……!
「うるさいな……、放っておいてくれよぉ~……」
「放っておくわけにはいかないでしょ、明日からヤスのところもまた学校なんだから」
「それがどうかしたんだ……、僕には生きる希望なんてないんだ……」
夏希姉、どうしてここまで突っかかって来るんだろう。
僕を支えてくれた心美はもう居ないというのに!
「ほら、毛布から出て! ……せめて何があったのか話してくれないと、ウチだって対処できないよ」
そう言うと夏希姉は毛布を剥がし、僕の隣に座った。
夏希姉にかなわないと知った僕は観念して、少し図と口を開いた。
「……とられた……」
「?」
「心美を……、取られた……。何にも知らない第三者に……」
「……マ、マジ……?」
「うん……。それで昨日の昼からあまり食べていなくて、このまま死んでもおかしくないって思っているんだ……」
「ふーん……」
夏希姉は頷きつつも、僕の話に耳を傾けていた。
夏希姉は一昨年に出会った時はまだ素朴な感じがしていたが、高校生になって一気に印象が変わり、ちょっと大人っぽく見えた。
……心なしか、久しぶりに会った心美も少し大人っぽく見えたのは内緒だ。
「なんでアイツは! 僕のことを裏切ったんだ! 僕のことを愛してくれるって言ったのに!!」
「うん、そうだよね……」
「あっちの学校でチアリーダーになったってことを聞いた時は胸を躍らせたのに! どうして! どうしてあんな男と……、うぅ……」
僕はそう話すと、また大粒の涙をこぼした。
「ヤス……、辛いのは分かるけど、明日からまたヤスも学校に通わないといけないよ?」
「分かっているよ……」
すると夏希姉はスマホを見て、ふと思い出したように僕に向かって話し掛けた。
「……それとヤス、彼女さんに対して言いたいことはある?」
「言いたいこと?」
それは――。
僕は無い頭を振り絞ると、「彼女に対してさよならをすることしか思い浮かばないな……」と答えた。
「だったらさ、その彼女……だったかな? その人に『さよなら』のメッセージを送ってみてよ。あとは……、それ次第かな」
「分かった。心美にメッセージを送ってみるよ。……ありがとう、夏希姉」
「こちらこそ。今回のお礼は……、別に良いや。ヤスが元気になればそれでいいよ」
そう言うと、夏希姉は隣の部屋に戻っていった。
僕はその日のうちにLINEで心美にメッセージを送った。しかし、心美にそのメッセージは届かなかった。
僕は少しだけ立ち直ったものの、火曜日は一日中ずっと落ち込んでいた。
同じグループの橋本にも指摘されていたけど、全く覚えが無くて――。
☆
「――思い出した! 隣の人にバラしていたんだ!」
つまり、僕自身が蒔いた種だったということか。
「やっぱり、そうだと思ったよ。そうなると、お前みたいな奴は彼女に間違いなく目をつけられるぞ」
いや、もうすでに目をつけられて壁ドンされたんですけど。
あと一歩で彼女に食われそうになったんだけど。
「とにかく、この件は早いうちに決着をつけろよ。さもないと――」
すると、担任の先生が扉をガラッと開けて入ってきた。
「じゃあな、また休み時間に」
そう話すと、橋本は自分の席に戻っていった。
本当、弱っている時に血迷ったことをしたんだ、僕は!
とにかく、このままでは不味いことになりそうだ。
早いうちに何とかしないと――!
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
月曜日の朝、始業前のひと時――。
うちの学校は学びの妨げにならないようにするために朝練を禁止しているため、生徒たちはいつもの時間になると少しずつ教室に集まってくる。
「隣のクラスに居るミナちゃんに助けられたよ。ありがと、ユウ」
「トモがそう言ってくれるなら、ね。ミナは今度英検準一級の面接だから、今必死になって練習しているよ」
「頑張っているんだね、白浜さんって」
「そうだね~。県立大の事業構想学科に推薦で入りたい! って口にしているからね」
僕の隣では、朋恵がこないだのテストで白浜さんに助けられた話をしていた。
高校一年生で英検準一級って凄い……、と思ったけど、黒須さんが話した学部に推薦で入るには相当な英語力が無いとパスできないと厳しいという話を進路指導で聞いたことがある。
僕は英検三級がやっとといったところだから、白浜さんには到底かなわない。
いや、もうちょっと頑張ればいいだけの話か。まだ時間はあるんだから。
僕はというと、後ろの席に座っている橋本と――。
「なぁ、橋本」
「なんだよ、富樫」
とまぁ、何を話していいか分からない状態になっている。何、この落差。
「先週の土曜だけどな、我妻さん達と一緒に答え合わせしたんだよ」
「マジか?」
「ああ、マジだ。その前日にカラオケに行ったけど、二人ともケロッとしていたぜ」
「お前が? カラオケに行ったのか?」
「ああ、ホントだよ。チア部の二年生二人と我妻さん達、e-Sports愛好会の先輩二人、藤島さん……」
「あ~、誘ってくれれば俺も行ったのによぉ~!」
いつの間にか話は進んで、ここ二日間のことを全て橋本に話した。
女性の話はするけれどもいまだに色恋沙汰の話が無い橋本のこと、叫びながら頭を抱えていた。
かわいそうだから、カラオケがアニソン縛りだったってことは話さないでおくか。
「話は答え合わせのことに戻るんだけどさ、その日の帰りに女の人に声を掛けられたんだよ。御堂平に通っていて、それでうちの部屋の隣に住んでいる人と一緒に勉強していたって聞いた」
「ひょっとして二年生か?」
「そう。それで、僕に話しかけた人が加茂……、って言っていたな」
「加茂? ひょっとして、超絶美人でありながら男を食いまくっているって噂の?」
「その通りだよ」
「マジか? それで、どうだった?」
「食いついて放そうとしなかったよ。目つきが鋭かったし……」
あの時の彼女の目は肉食獣が獲物を狙う目だった。
ひょっとしたら、彼女にロックオンされたってことなのか……?
すると橋本は真剣な目つきで僕を見つめ、重い口を少しずつ開いた。
「……先輩から聞いた話だと、御堂平の加茂って女はここら辺じゃ有名な|男好き《ビッチ》として知られている。何でも、昨年の夏――」
「……ゴクリ……」
「そいつがドラッグストアでアルバイトした時にここの近くにある大学の学生と知り合ってだな、彼女はそいつと寝たんだよ。それからというものの、彼女は同じ学校で失恋した男子を見かけたら声を掛けて『慰めてあげる』と近寄っては……、を繰り返しているらしい。それにな……」
「それに、何だよ?」
「童貞っぽい男子生徒を見たら人の居ないところに連れ込んで童貞を奪う、学校内外でも様々な学校の男子生徒や男子大学生と関係を持っている、などなど……キリがない。それで、向こうの生活指導の先生からは要注意人物としてマークされているらしいぜ」
「ま、マジかよ……」
橋本の話を聞いた途端、僕は全身から血の気が引く思いをした。
その話が本当だとしたら、夏希姉はとんでもない人物と知り合いだったのか……!
「そいつに絡まれたとしたら、お前はどこかで失恋した話を彼女の知人に漏らしている可能性があるぞ。些細なことでもいいから、思い出してみろよ」
うーむ、どこで相手にバレたんだろうか?
心当たりがあるとしたら、心美を取られた次の日に――。
☆
十月四日、午後五時頃――。
その日は二日に行われたキャリアセミナーの振替休日だった。
前日のことがあってから僕は部屋から出る気力も失せ、朝食はおろか昼食も手がつかなかった。
目の前にあるSF小説を読み、奇想に耽っては心美のことを忘れようともがいていた。
心美が居ない世界なんて、生きていても仕方がない。
その時の僕はそう思っていた。
そんな時、コンコン! と僕の部屋の前の扉をノックする音が聞こえた。
うるさいな……。
心美が何者かに奪われたんだ。
もう生きる気力なんてないんだから、放っておいてくれ。
何度かノック音が聞こえると、突然ドアが開かれる音がした。
「どうしたの、ヤス? パジャマ姿のままで……」
僕の背後には、若干着崩した制服姿の夏希姉が居た。
彼女がいつも使っているデオドラントスプレーの匂いで気づいたけれど、今の僕にとっては彼女は顔を合わせたくない相手だった。
僕は毛布に身をくるむと、顔を合わせたくないそぶりを取った。
こんな時にこいつと顔を合わせたくないのに……!
「うるさいな……、放っておいてくれよぉ~……」
「放っておくわけにはいかないでしょ、明日からヤスのところもまた学校なんだから」
「それがどうかしたんだ……、僕には生きる希望なんてないんだ……」
夏希姉、どうしてここまで突っかかって来るんだろう。
僕を支えてくれた心美はもう居ないというのに!
「ほら、毛布から出て! ……せめて何があったのか話してくれないと、ウチだって対処できないよ」
そう言うと夏希姉は毛布を剥がし、僕の隣に座った。
夏希姉にかなわないと知った僕は観念して、少し図と口を開いた。
「……とられた……」
「?」
「心美を……、取られた……。何にも知らない第三者《チャラ男》に……」
「……マ、マジ……?」
「うん……。それで昨日の昼からあまり食べていなくて、このまま死んでもおかしくないって思っているんだ……」
「ふーん……」
夏希姉は頷きつつも、僕の話に耳を傾けていた。
夏希姉は一昨年に出会った時はまだ素朴な感じがしていたが、高校生になって一気に印象が変わり、ちょっと大人っぽく見えた。
……心なしか、久しぶりに会った心美も少し大人っぽく見えたのは内緒だ。
「なんでアイツは! 僕のことを裏切ったんだ! 僕のことを愛してくれるって言ったのに!!」
「うん、そうだよね……」
「あっちの学校でチアリーダーになったってことを聞いた時は胸を躍らせたのに! どうして! どうしてあんな男と……、うぅ……」
僕はそう話すと、また大粒の涙をこぼした。
「ヤス……、辛いのは分かるけど、明日からまたヤスも学校に通わないといけないよ?」
「分かっているよ……」
すると夏希姉はスマホを見て、ふと思い出したように僕に向かって話し掛けた。
「……それとヤス、彼女さんに対して言いたいことはある?」
「言いたいこと?」
それは――。
僕は無い頭を振り絞ると、「彼女に対してさよならをすることしか思い浮かばないな……」と答えた。
「だったらさ、その彼女……だったかな? その人に『さよなら』のメッセージを送ってみてよ。あとは……、それ次第かな」
「分かった。心美にメッセージを送ってみるよ。……ありがとう、夏希姉」
「こちらこそ。今回のお礼は……、別に良いや。ヤスが元気になればそれでいいよ」
そう言うと、夏希姉は隣の部屋に戻っていった。
僕はその日のうちにLINEで心美にメッセージを送った。しかし、心美にそのメッセージは届かなかった。
僕は少しだけ立ち直ったものの、火曜日は一日中ずっと落ち込んでいた。
同じグループの橋本にも指摘されていたけど、全く覚えが無くて――。
☆
「――思い出した! 隣の人にバラしていたんだ!」
つまり、僕自身が蒔《ま》いた種だったということか。
「やっぱり、そうだと思ったよ。そうなると、お前みたいな奴は彼女に間違いなく目をつけられるぞ」
いや、もうすでに目をつけられて壁ドンされたんですけど。
あと一歩で彼女に食われそうになったんだけど。
「とにかく、この件は早いうちに決着をつけろよ。さもないと――」
すると、担任の先生が扉をガラッと開けて入ってきた。
「じゃあな、また休み時間に」
そう話すと、橋本は自分の席に戻っていった。
本当、弱っている時に血迷ったことをしたんだ、僕は!
とにかく、このままでは不味いことになりそうだ。
早いうちに何とかしないと――!