第41話

ー/ー



「ふ~、スッキリした~」

 トイレから出た後で手を洗い、自分たちが居る部屋に向かおうとした。
 美礼姉のペースに呑まれたらいつまでもしゃべり続ける。

 あのチャラい見た目の黒澤先輩が嫌な顔するのが分かる気がしてきた。
 黒澤先輩、見た感じだとこういう場所(カラオケボックス)が好きそうなのになぁ。

 僕は来た道を戻ると、ふと小さな部屋からなにか押し殺すような声が聞こえた気配を感じた。

「いったい、中で何が……?」

 ちょっと気になったのでドアから部屋の中の様子を覗く。
 部屋の中には見た感じがオタクっぽい男子高校生と、朋恵にも似た身なりだけど髪の毛の所々にピンク色のメッシュを毛先まで入れている女子高校生が居た。

 着ている制服は僕達とは別の学校……、だよな。僕たちはラベルホールが開いているけれども、僕らの制服と違ってラベルホールが狭く、それにネクタイやリボンがない。
 そして女子が……、その、をしている。
 しかも女子が何かをしながらこっちを見ているような気がする。しかもエロい目つきで!!

 これは不味い。見つかったら大変なことになる!

 僕は何も見ないふりをして、朋恵達の居る八人部屋に一目散に戻った。

 ◇

「ヤス、お帰り」
「遅かったね」

 僕を出迎えてくれたのは、先程ラップと歌唱パートで切り分けた朋恵達だった。
 マイクを握っているのは美礼姉で、朝八時半から放送されている女児向けアニメのオープニングを歌っていた。よりによって初代とは、ツボを突いてくるな。

「そういえば、さっき隣の部屋で他校の生徒と思しき二人組と出くわしたよ」
「え? それってマジ?」
「うん。ラベルホールが狭くてリボンが無かったんだ。恐らく御堂平の生徒だと思うけど」
「それで、その生徒達はどうしていたんだ?」

 愛未が興味本位で聞いてこようとする。
 さすがにこの二人には言えない……! 隣の部屋に居る二人が、その、ことを。
 去り際に女の方が僕の方を向いたことも。

「その……、をしていたんだ」
「ひょっとして……」
「そう、そのまさかだよ。マジでしていた人間が居たなんて」
「ヤス君、それは本当か?」
「うん」

 朋恵だけでなく、愛未も興味津々に聞いていた。
 隣の部屋では、不純異性交遊を取り締まる立場に居る愛未に問われたら首を縦に振らざるを得ない行為をしていたのだ。
 カラオケボックスは防音構造となっている一方で、店によっては迷惑行為防止のために監視カメラが備え付けられているところがあると聞くけど……果たして大丈夫なのか心配になってきた。

「ほら、富樫君! 次は君だよ!」

 うわ、二年生が終わったらまた一年生かよ!
 しかも時刻は……、もう日が暮れるかどうかじゃないか。
 一体いつまで歌い続けるんだろう?

 ◇

 それから先輩達と僕たちとで交互に歌い続け、無事カラオケが終わったのは午後五時半前辺りだった。
 当然ながら日は暮れて、辺り一面は光の洪水にまみれていた。

「楽しかったね」
「ホントだな」
「桃と桜はいつもこの調子だからね。慣れてしまえば平気だけど」

 カラオケの料金とドリンクバーの料金を全員で割り勘すると、国分姉妹は名取方面に向かうバス乗り場に向かっていった。
 美礼姉は藤島さんと一緒にながまちくんに乗って帰っていった。
 そして、長町に住んでいる僕たち四人は歩いて帰っている。

 今回のテストは自分の予想を上回るほどによく頑張った。
 それに、今日ばかりはゆっくり休みたいという願いも叶った。
 家に帰ったら次の実力テストなどの準備が始まると思うけど、それはそれ、これはこれだ。
 最後まで楽しめて、本当に良かったよ。

「先輩、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」

 僕は井上先輩にそう話すと、先輩は「こちらこそ、楽しめたようで何よりだよ」と話してくれた。
 そんな井上先輩とは歯科医院の前で別れ、愛未とは大きなマンションの前で別れると、残ったのは僕と朋恵だけとなった。

 二人とも無言のまま宵闇の中を歩き続けていたが、「ねえ、ヤス」と朋恵が僕に話しかけてきた。

「今日、楽しかったよ。また一緒にカラオケに行きたいな」

 今日は一番楽しかった。
 今度は愛未だけでもいいから、一緒にカラオケデートに行きたいな。

「そうだね」

 僕が頷くと、朋恵の住んでいるマンションが目の前にあった。

「じゃ、私はここで。また明日」
「またね」

 僕は手を振ると、朋恵はマンションのエントランスに消えていった。

 一人になった僕は、心美に振られてから今日までの出来事を振り返っていた。

 朋恵の胸で泣きついたこと。
 愛未に導かれるまま部活に入り直したこと。
 コンビニでスイーツを食べたり、一緒に行った店で服を買ったこと。
 実力テスト対策や中間試験対策で一緒に勉強したこと。
 そして、カラオケデートをしたこと。

 ここ一ヶ月半は本当に楽しくて、時間が過ぎるのがあっという間だった。
 中間試験も手ごたえを感じるほどの出来だったので、そう悪くはないだろう。

 それに、自分には朋恵だけでなく部活や総合学習の時間を活かして新しい友達を得ることが出来た。
 心美に依存し続けた二年近くの間は一体何だったのだろうと思う充実ぶりだった。

 この調子だと、彼女のことを忘れることが出来るだろう。
 すべては朋恵と愛未のお陰だ。特に朋恵には頭が上がらない。

 朋恵はあれだけセクシーな見た目をしていてノリが軽いのに、面倒見が良いし、成績だってそんなに悪くない。今回のテストで順位が上がれば良いけど、果たしてどうなのだろうか。皆頑張っているだろうし、そればかりは分からない。

 僕としては彼女とするなら朋恵だろうけど、愛未も捨てがたい。
 今は清い交際をしているけれども、果たしてどちらに転ぶのか――。

 色々と考え事をしながら、僕は家に戻った。
 家に到着する頃には両親が戻っていて、カラオケに行ったと話したら目を丸くしていた。
 まさかうちの子が……? と両親が心配したけれども、同じクラスの生徒と先輩達と一緒に行ったと話したら胸を撫で下ろした。
 チア部の部長と一緒だったと話したら、流石に驚いたけど。 

 今は幸せでいたい。心からそう思う。



 しかし、そんな僕の下に御堂平の刺客が、それも獰猛なS級肉食系女子(マン・イーター)が僕のすぐ傍に待って居ようとは、思いもよらなかった――。



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「ふ~、スッキリした~」
 トイレから出た後で手を洗い、自分たちが居る部屋に向かおうとした。
 美礼姉のペースに呑まれたらいつまでもしゃべり続ける。
 あのチャラい見た目の黒澤先輩が嫌な顔するのが分かる気がしてきた。
 黒澤先輩、見た感じだと|こういう場所《カラオケボックス》が好きそうなのになぁ。
 僕は来た道を戻ると、ふと小さな部屋からなにか押し殺すような声が聞こえた気配を感じた。
「いったい、中で何が……?」
 ちょっと気になったのでドアから部屋の中の様子を覗く。
 部屋の中には見た感じがオタクっぽい男子高校生と、朋恵にも似た身なりだけど髪の毛の所々にピンク色のメッシュを毛先まで入れている女子高校生が居た。
 着ている制服は僕達とは別の学校……、だよな。僕たちはラベルホールが開いているけれども、僕らの制服と違ってラベルホールが狭く、それにネクタイやリボンがない。
 そして女子が……、その、《《何か》》をしている。
 しかも女子が何かをしながらこっちを見ているような気がする。しかもエロい目つきで!!
 これは不味い。見つかったら大変なことになる!
 僕は何も見ないふりをして、朋恵達の居る八人部屋に一目散に戻った。
 ◇
「ヤス、お帰り」
「遅かったね」
 僕を出迎えてくれたのは、先程ラップと歌唱パートで切り分けた朋恵達だった。
 マイクを握っているのは美礼姉で、朝八時半から放送されている女児向けアニメのオープニングを歌っていた。よりによって初代とは、ツボを突いてくるな。
「そういえば、さっき隣の部屋で他校の生徒と思しき二人組と出くわしたよ」
「え? それってマジ?」
「うん。ラベルホールが狭くてリボンが無かったんだ。恐らく御堂平の生徒だと思うけど」
「それで、その生徒達はどうしていたんだ?」
 愛未が興味本位で聞いてこようとする。
 さすがにこの二人には言えない……! 隣の部屋に居る二人が、その、《《していた》》ことを。
 去り際に女の方が僕の方を向いたことも。
「その……、《《言えないこと》》をしていたんだ」
「ひょっとして……」
「そう、そのまさかだよ。マジでしていた人間が居たなんて」
「ヤス君、それは本当か?」
「うん」
 朋恵だけでなく、愛未も興味津々に聞いていた。
 隣の部屋では、不純異性交遊を取り締まる立場に居る愛未に問われたら首を縦に振らざるを得ない行為をしていたのだ。
 カラオケボックスは防音構造となっている一方で、店によっては迷惑行為防止のために監視カメラが備え付けられているところがあると聞くけど……果たして大丈夫なのか心配になってきた。
「ほら、富樫君! 次は君だよ!」
 うわ、二年生が終わったらまた一年生かよ!
 しかも時刻は……、もう日が暮れるかどうかじゃないか。
 一体いつまで歌い続けるんだろう?
 ◇
 それから先輩達と僕たちとで交互に歌い続け、無事カラオケが終わったのは午後五時半前辺りだった。
 当然ながら日は暮れて、辺り一面は光の洪水にまみれていた。
「楽しかったね」
「ホントだな」
「桃と桜はいつもこの調子だからね。慣れてしまえば平気だけど」
 カラオケの料金とドリンクバーの料金を全員で割り勘すると、国分姉妹は名取方面に向かうバス乗り場に向かっていった。
 美礼姉は藤島さんと一緒にながまちくんに乗って帰っていった。
 そして、長町に住んでいる僕たち四人は歩いて帰っている。
 今回のテストは自分の予想を上回るほどによく頑張った。
 それに、今日ばかりはゆっくり休みたいという願いも叶った。
 家に帰ったら次の実力テストなどの準備が始まると思うけど、それはそれ、これはこれだ。
 最後まで楽しめて、本当に良かったよ。
「先輩、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
 僕は井上先輩にそう話すと、先輩は「こちらこそ、楽しめたようで何よりだよ」と話してくれた。
 そんな井上先輩とは歯科医院の前で別れ、愛未とは大きなマンションの前で別れると、残ったのは僕と朋恵だけとなった。
 二人とも無言のまま宵闇の中を歩き続けていたが、「ねえ、ヤス」と朋恵が僕に話しかけてきた。
「今日、楽しかったよ。また一緒にカラオケに行きたいな」
 今日は一番楽しかった。
 今度は愛未だけでもいいから、一緒にカラオケデートに行きたいな。
「そうだね」
 僕が頷くと、朋恵の住んでいるマンションが目の前にあった。
「じゃ、私はここで。また明日」
「またね」
 僕は手を振ると、朋恵はマンションのエントランスに消えていった。
 一人になった僕は、心美に振られてから今日までの出来事を振り返っていた。
 朋恵の胸で泣きついたこと。
 愛未に導かれるまま部活に入り直したこと。
 コンビニでスイーツを食べたり、一緒に行った店で服を買ったこと。
 実力テスト対策や中間試験対策で一緒に勉強したこと。
 そして、カラオケデートをしたこと。
 ここ一ヶ月半は本当に楽しくて、時間が過ぎるのがあっという間だった。
 中間試験も手ごたえを感じるほどの出来だったので、そう悪くはないだろう。
 それに、自分には朋恵だけでなく部活や総合学習の時間を活かして新しい友達を得ることが出来た。
 心美に依存し続けた二年近くの間は一体何だったのだろうと思う充実ぶりだった。
 この調子だと、彼女のことを忘れることが出来るだろう。
 すべては朋恵と愛未のお陰だ。特に朋恵には頭が上がらない。
 朋恵はあれだけセクシーな見た目をしていてノリが軽いのに、面倒見が良いし、成績だってそんなに悪くない。今回のテストで順位が上がれば良いけど、果たしてどうなのだろうか。皆頑張っているだろうし、そればかりは分からない。
 僕としては彼女とするなら朋恵だろうけど、愛未も捨てがたい。
 今は清い交際をしているけれども、果たしてどちらに転ぶのか――。
 色々と考え事をしながら、僕は家に戻った。
 家に到着する頃には両親が戻っていて、カラオケに行ったと話したら目を丸くしていた。
 まさかうちの子が……? と両親が心配したけれども、同じクラスの生徒と先輩達と一緒に行ったと話したら胸を撫で下ろした。
 チア部の部長と一緒だったと話したら、流石に驚いたけど。 
 今は幸せでいたい。心からそう思う。
 しかし、そんな僕の下に御堂平の刺客が、それも獰猛なS級|肉食系女子《マン・イーター》が僕のすぐ傍に待って居ようとは、思いもよらなかった――。