第36話

ー/ー



 11月12日、午後3時45分頃。
 仙台御堂平高校の室内練習場――。

 ここは野球部が雨の日に練習で用いるが、普段はここに立ち入る生徒は少ない。
 そのためか、カップルや不純異性交遊を好む生徒達にとって密会の場として体育館倉庫に次ぐ人気のスペースとなっていた。
 そこには、二年生である加茂(かも)円香(まどか)と、とある一年生の男子生徒の姿があった。
 
「キミさぁ、今日の昼休みに現実のオンナなんて興味ないって言ったね? ホントかなぁ?」
「え、ええ、そうです……」

 加茂円香は釣り目をしていて胸が大きく、肩甲骨の辺りまで伸びている髪をツインテールにしている。
 栗色に染めた髪の毛は、所々にピンク色のメッシュを入れている。
 制服の上着は全てボタンを外していて、スカートは太腿が見えるくらいに短い。生活指導の先生が見たら卒倒しそうだ。
 その美貌は他校の生徒も羨むほどで、噂はこの学校だけでなく近隣の公立高校や市立高校にまで伝わっている。

 彼女は昨年の夏頃から不純異性交遊の噂が絶えず、風紀委員や生活指導の教師からは常に目を付けられていた。

 そして今、とある男子生徒が加茂に食われようとしていた。
 男子生徒の名は諏訪(すわ)聡太(そうた)。加茂と同じ高校に通う一年生だ。
 どうしてそうなったのか。
 それは、夏休みの始まりに遡る――。

 ★

 諏訪には幼馴染が居た。
 彼女とは中学校までは一緒だったが、この春から彼女は仙台名育学園高校に通うようになった。
 その彼女が同じ学校に通っているチャラ男の手に堕ちたのは、夏休みが始まって間もない頃だった。

 その日諏訪は彼女をデートに誘ったが、待ち合わせ時間になっても一向に来る気配がなかった。
 それからしばらくして、諏訪のLINEに彼女からメッセージが送られてきた。

 メッセージは『ごめんね』のたった一言で、その後には動画が添えられていた。
 動画の中に現れた男性は仙台英明のサッカー部に所属していること、そして彼女がその男性を選んだことを告白する内容だった。
 いわゆる寝取られラブレターだった。

 動画を見た諏訪は深く傷つき、女性不信に陥った。
 隣の家に住んでいる高田(たかだ)美礼(みゆき)は何度も諏訪の家に足を運んだものの、女性に対する不信感からか諏訪は彼女を部屋に入れようとはしなかった。

 それから間もなくして、諏訪は知人からとあるスマホゲーを紹介してもらった。
 知人から紹介してもらったゲームは擬人化した艦船――しかも少女――を指揮するゲームで、始めた途端諏訪は寝食を忘れて遊び惚けた。諏訪は友人と同様に、二次元にどっぷりと入れ込んだ。
 二次元は裏切らない――それが諏訪にとっての信念となった。

 二次元があれば未婚でも構わない。
 もし女を抱きたければ、社会人になってから貯金して大金をはたいてラブドールを買えばいい――、そこまで思い詰めた。
 たった一度の裏切りが、少年の心に深い傷を残したのだ。
 そんな彼に、さらに深い傷を負わせようとする狩人(ハンター)が待ち受けているとも知らずに――。

 11月12日の昼休み、いつものように一年六組の教室にて知人と一緒にスマホゲーをプレイしていた時の事だった。

「いや、ホントお前もうちょっと武器を揃えておいたほうが良いぜ? これからの海域は厳しくなるからよ」
「やっぱり周回しなきゃダメか?」
「当たり前だ。それに、もうちょっと先になるかもしれないけど、開発艦を手に入れるとなれば相当レベルを稼がないと厳しいぞ? 何せとある声優さんが入手方法を知って絶叫したくらいだからな。それにしても――」
「?」
「ゲームの中に居る女の子って最高だな。現実の女なんて喧しいし、口を開けば男の事ばかりでうんざりだぜ。そう思わないか?」
「そ、そうだな」

 諏訪はここ二ヶ月、お昼休みは談笑しながらゲームを楽しむことが多くなった。
 向かいの席に座っている知人はこのゲームにやたらと詳しく、聞くところによれば中学二年の頃に漫画を見てハマった口だった。
 諏訪の身近に居る女は陽キャで目つきがキツイか、口調がキツイか、性格がキツイかのいずれかばかりで、ゲームが好きな女なんて一人も居ない。
 友達が居て良かった――、そう思いながら遠征させていた艦船を迎えに行こうとしたときに――。

「ねぇ、君ぃ」

 諏訪は見知らぬ誰かに肩を叩かれた。
 慌てて振り向くと、そこには二年の加茂ともう一人の女子生徒が立っていた。

「君、ちょっといいかなぁ」

 加茂はニヤつきながら、男子生徒の顔を見つめていた。

「ぼ、僕ですか?」

 諏訪は慌てて正面を向くと、諏訪の友人は忽然と姿を消していた。
 改めて声を掛けられた方向を向くと、加茂が諏訪をじろじろと見つめていた。

「そこの君ぃ、二次元にしか興味ないの?」
「え、ええ。実を言うと……、そうです」
「ふーん」

 突然現れた二年生に、加茂は不安ばかり募らせた。
 先程まで友人とゲームをしていた諏訪だったが、その話を見知らぬ第三者立ち聞きされた可能性は高い。

 諏訪は頭を振り絞って、クラスで駆け巡っている噂話を思い出した。

(どうして僕がこんな奴に声を掛けられるんだ? もうちょっとカッコいい男を狙うはずなのに!)

 諏訪が不安そうな表情を浮かべていると、脇に居る二年の女子が「そろそろ教室に戻らないと」と加茂に話しかけた。

「ちょっと先に行ってて、彼と少しだけ話するから。良い子を見つけたから。……キミってさぁ、そんなに現実の女の子が嫌いなの?」
「え、ええ……」
「それじゃあ、放課後に室内練習場に来てくれる? 大丈夫、悪い話じゃないから」

 そう話すと、加茂はもう一人の先輩と一緒に忽然と姿を消していた。

 放課後、諏訪はそこで加茂との約束を思い出し、室内練習場に出向いた。
 そこで待ち受けていた彼女に壁ドンをされて――。

 ★

「ねえ、どうしてかなぁ?」

 今に至っている。

「夏休みのはじめに付き合っている子をチャラ男に取られたばかりでして、それで二次元に……。僕にとっては現実よりも二次元の方が最高ですよ」

 諏訪は彼女から逃れようとするが、彼女はそうはさせまいと諏訪に詰め寄った。
 お互いの顔はかなり近く、キスしてそのまま押し倒されてもおかしくはなかった。

「おーおー、そんなことを言っちゃってぇ〜、本当は女の子にまだ興味あるんじゃないの〜?」
「いや、ないですよ。もう僕には二次元しか興味がありません……」

 諏訪は狼狽えながらも彼女の顔を見まいと顔を逸らした。
 そんな諏訪に対して追い打ちをかけるように加茂は「そんなこと言っちゃって~、君、可愛いね~」と囁くと、加茂の息は次第に荒くなった。
 
 考えていることはただ一つだ。
 この男子生徒と、ただそれだけだった。

 加茂は普段から着崩しているブラウスの第三ボタンを外すと、舌を舐めずりまわしながらわずかにできた隙間からレースの下着を見せつけた。

「そんな君にぃ、二次元とは全く違う現実の女の子の魅力をふんだんに教えてア・ゲ・ル♡」

 付き合っていた彼女が居たにも拘らず寝取られた末に二次元に退避したばかりの諏訪にとって、加茂の誘惑は耐えられなかった。
 諏訪は誘惑に負けるや否や、加茂に抱きつかれて唇を奪われた。

 諏訪にとってはこれがファーストキスとなった。
 相手が長年付き合っていた元恋人ではなかったのは不本意だったが、その恋人は既に他の誰かの胸に抱かれていた。

 加茂のキスはいつしか舌を入れた過激なものとなり、諏訪は身も心も蕩けた。
 諏訪はキスされてからの出来事は覚えていない。
 ただただ、彼女の手練手管に任せたということしか分からなかった――。

 ◆

 どれくらい時間が経ったのだろうか。
 室内練習場のベンチには、精根尽き果てた諏訪が横たわっていた。

 生気を絞られたためか、諏訪は立ち上がろうにも立ち上がる気力はなかった。
 加茂は上着を着直してから諏訪の顔を見ると左手の指を口に這わせ、妖艶な笑みを浮かべた。

「どうだった、三次元の女の子とした感想はぁ? 二次元の女の子だとこんなことできないよ。アタシで良ければ、いつでも相手するからね」

 加茂は別の場所に座ると鞄から愛用のビジネス手帳を取り出し、今日のことを事細かに記した。
 今日の出来事を一通り記すと、加茂は満足そうな表情を浮かべた。

「これで現実に絶望した男の子を抱いたのはぁ……、何人だったかなぁ? 忘れちゃったよ」

 そう、加茂は現実に失望した男を抱くのが好きだった。
 何を隠そう、初体験の相手は……失恋したばかりの男子大学生だった。

 その男子大学生と加茂は、昨年の夏休みにドラッグストアでアルバイトをした時に知り合った。
 彼は折角付き合い始めた恋人を他の男性に取られたばかりで、やることが無くなった。それで仕方なくアルバイトをしていた。

 彼女に振られたばかりで辛い思いをしていた男子大学生は加茂を魅力的に感じたためか、加茂をデートに誘った。
 彼女は男子大学生の話を聞き、彼を慰めるために自らの純潔を捧げた。

 その時、加茂は何かに目覚めた。
 女性に裏切られた男を愛することは、何と心地よいのかということを――。

 それから加茂は校内では失恋した男子生徒を見つけて声を掛け、逢瀬を重ねた。
 街に出れば経験不足の男子大学生を狙って逢瀬を重ねた。

 その結果、加茂の友人で男の噂が絶えない西條(さいじょう)夏希(なつき)ともども『誰とでも寝る女』と呼ばれるようになった。

「ここら辺で女の子に振られた男は食い尽くしちゃったかなぁ。同じような境遇の男の子って居ないかなぁ……。同年代の子でも良いし、大学生でも……」

 ふと加茂は西條から聞いた噂を思い出した。
 進学校で有名な長町高校に、英明の男子生徒に彼女を寝取られた男子生徒が通っているとのことだった。

 その男子生徒は今でも彼女を奪われて絶望に打ちひしがれていることだろう。
 今日喰った少年と同じように、もう二度と現実を見たくないと思っているだろう。

 それならば好都合だ。
 彼女と結ばれず、それどころか第三者によって奪われて絶望している男の貞操は、加茂にとっては何物にも代えがたい夕餉(ディナー)となる。
 もし彼が好みに合うのであれば、骨の髄までしゃぶりつくすまでだ。

「もしその男の子が孤独のオーラを背負っているならば、アタシが包んであげようかなぁ~。ウフフ♡」

 例の男子は西條の隣の部屋に住んでいると聞く。
 それならば、成績が似たり寄ったりの西條の家に中間試験の勉強名目で遊びに行けば――。

 加茂は妖しげな微笑みを浮かべて舌を舐めずると、上着と薄手のコートを羽織り、鞄を手にして室内練習場を後にした。

 ◇

 同日同時刻、長町高校の図書室にて――。

 ゾクゾクッ!

 いつものメンツ――朋恵、愛未、そして僕――で中間試験に向けて勉強していた時に、僕は背中から寒気を感じた。

 何だろう、その……、背中をなぞられる感覚は。
 ひょっとして、誰かが僕の噂をしているのではないだろうか?

「どうした、ヤス君」
「いや、ちょっとね」

 愛未が僕を不安そうに見ている。
 僕は不安を避けるように、首を横に振った。

「何があったのかな?」
「なんか悪寒を感じて……ね」
「ふぅん、誰か噂しているかもよ、君のことを」
「そ、そんなことはないさ! 僕のことを知っているのは黒須さんと朋恵、愛未くらいだから」

 僕は慌てて否定すると、愛未が僕の方をじっと見つめた。

「ヤス君、女子のネットワークを舐めないほうが良いよ」
「そうそう、君の噂は下手すれば他校に広まっているかもよ?」
「そんなものなのかな」
「そうだよ。さ、勉強に戻るぞ」
「ヤス、今は勉強に集中しよう?」
「う、うん」

 朋恵の一言で我に返ると、二人一緒になって迫る中間試験の準備に明け暮れた。
 ああ、早く中間試験が終わらないかな。
 e-Sports愛好会に居る先輩達とGYAROLANTやPORTLIGHTがしたい!

 ただ、この時の僕は気がつかなかった。
 僕のことが他校に知れ渡っていること、そしてそれが新たな波乱を呼ぶことを――。



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 11月12日、午後3時45分頃。
 仙台御堂平高校の室内練習場――。
 ここは野球部が雨の日に練習で用いるが、普段はここに立ち入る生徒は少ない。
 そのためか、カップルや不純異性交遊を好む生徒達にとって密会の場として体育館倉庫に次ぐ人気のスペースとなっていた。
 そこには、二年生である加茂《かも》円香《まどか》と、とある一年生の男子生徒の姿があった。
「キミさぁ、今日の昼休みに現実のオンナなんて興味ないって言ったね? ホントかなぁ?」
「え、ええ、そうです……」
 加茂円香は釣り目をしていて胸が大きく、肩甲骨の辺りまで伸びている髪をツインテールにしている。
 栗色に染めた髪の毛は、所々にピンク色のメッシュを入れている。
 制服の上着は全てボタンを外していて、スカートは太腿が見えるくらいに短い。生活指導の先生が見たら卒倒しそうだ。
 その美貌は他校の生徒も羨むほどで、噂はこの学校だけでなく近隣の公立高校や市立高校にまで伝わっている。
 彼女は昨年の夏頃から不純異性交遊の噂が絶えず、風紀委員や生活指導の教師からは常に目を付けられていた。
 そして今、とある男子生徒が加茂に食われようとしていた。
 男子生徒の名は諏訪《すわ》聡太《そうた》。加茂と同じ高校に通う一年生だ。
 どうしてそうなったのか。
 それは、夏休みの始まりに遡る――。
 ★
 諏訪には幼馴染が居た。
 彼女とは中学校までは一緒だったが、この春から彼女は仙台名育学園高校に通うようになった。
 その彼女が同じ学校に通っているチャラ男の手に堕ちたのは、夏休みが始まって間もない頃だった。
 その日諏訪は彼女をデートに誘ったが、待ち合わせ時間になっても一向に来る気配がなかった。
 それからしばらくして、諏訪のLINEに彼女からメッセージが送られてきた。
 メッセージは『ごめんね』のたった一言で、その後には動画が添えられていた。
 動画の中に現れた男性は仙台英明のサッカー部に所属していること、そして彼女がその男性を選んだことを告白する内容だった。
 いわゆる寝取られラブレターだった。
 動画を見た諏訪は深く傷つき、女性不信に陥った。
 隣の家に住んでいる高田《たかだ》美礼《みゆき》は何度も諏訪の家に足を運んだものの、女性に対する不信感からか諏訪は彼女を部屋に入れようとはしなかった。
 それから間もなくして、諏訪は知人からとあるスマホゲーを紹介してもらった。
 知人から紹介してもらったゲームは擬人化した艦船――しかも少女――を指揮するゲームで、始めた途端諏訪は寝食を忘れて遊び惚けた。諏訪は友人と同様に、二次元にどっぷりと入れ込んだ。
 二次元は裏切らない――それが諏訪にとっての信念となった。
 二次元があれば未婚でも構わない。
 もし女を抱きたければ、社会人になってから貯金して大金をはたいてラブドールを買えばいい――、そこまで思い詰めた。
 たった一度の裏切りが、少年の心に深い傷を残したのだ。
 そんな彼に、さらに深い傷を負わせようとする狩人《ハンター》が待ち受けているとも知らずに――。
 11月12日の昼休み、いつものように一年六組の教室にて知人と一緒にスマホゲーをプレイしていた時の事だった。
「いや、ホントお前もうちょっと武器を揃えておいたほうが良いぜ? これからの海域は厳しくなるからよ」
「やっぱり周回しなきゃダメか?」
「当たり前だ。それに、もうちょっと先になるかもしれないけど、開発艦を手に入れるとなれば相当レベルを稼がないと厳しいぞ? 何せとある声優さんが入手方法を知って絶叫したくらいだからな。それにしても――」
「?」
「ゲームの中に居る女の子って最高だな。現実の女なんて喧しいし、口を開けば男の事ばかりでうんざりだぜ。そう思わないか?」
「そ、そうだな」
 諏訪はここ二ヶ月、お昼休みは談笑しながらゲームを楽しむことが多くなった。
 向かいの席に座っている知人はこのゲームにやたらと詳しく、聞くところによれば中学二年の頃に漫画を見てハマった口だった。
 諏訪の身近に居る女は陽キャで目つきがキツイか、口調がキツイか、性格がキツイかのいずれかばかりで、ゲームが好きな女なんて一人も居ない。
 友達が居て良かった――、そう思いながら遠征させていた艦船を迎えに行こうとしたときに――。
「ねぇ、君ぃ」
 諏訪は見知らぬ誰かに肩を叩かれた。
 慌てて振り向くと、そこには二年の加茂ともう一人の女子生徒が立っていた。
「君、ちょっといいかなぁ」
 加茂はニヤつきながら、男子生徒の顔を見つめていた。
「ぼ、僕ですか?」
 諏訪は慌てて正面を向くと、諏訪の友人は忽然と姿を消していた。
 改めて声を掛けられた方向を向くと、加茂が諏訪をじろじろと見つめていた。
「そこの君ぃ、二次元にしか興味ないの?」
「え、ええ。実を言うと……、そうです」
「ふーん」
 突然現れた二年生に、加茂は不安ばかり募らせた。
 先程まで友人とゲームをしていた諏訪だったが、その話を見知らぬ第三者立ち聞きされた可能性は高い。
 諏訪は頭を振り絞って、クラスで駆け巡っている噂話を思い出した。
(どうして僕がこんな奴に声を掛けられるんだ? もうちょっとカッコいい男を狙うはずなのに!)
 諏訪が不安そうな表情を浮かべていると、脇に居る二年の女子が「そろそろ教室に戻らないと」と加茂に話しかけた。
「ちょっと先に行ってて、彼と少しだけ話するから。良い子を見つけたから。……キミってさぁ、そんなに現実の女の子が嫌いなの?」
「え、ええ……」
「それじゃあ、放課後に室内練習場に来てくれる? 大丈夫、悪い話じゃないから」
 そう話すと、加茂はもう一人の先輩と一緒に忽然と姿を消していた。
 放課後、諏訪はそこで加茂との約束を思い出し、室内練習場に出向いた。
 そこで待ち受けていた彼女に壁ドンをされて――。
 ★
「ねえ、どうしてかなぁ?」
 今に至っている。
「夏休みのはじめに付き合っている子をチャラ男に取られたばかりでして、それで二次元に……。僕にとっては現実よりも二次元の方が最高ですよ」
 諏訪は彼女から逃れようとするが、彼女はそうはさせまいと諏訪に詰め寄った。
 お互いの顔はかなり近く、キスしてそのまま押し倒されてもおかしくはなかった。
「おーおー、そんなことを言っちゃってぇ〜、本当は女の子にまだ興味あるんじゃないの〜?」
「いや、ないですよ。もう僕には二次元しか興味がありません……」
 諏訪は狼狽えながらも彼女の顔を見まいと顔を逸らした。
 そんな諏訪に対して追い打ちをかけるように加茂は「そんなこと言っちゃって~、君、可愛いね~」と囁くと、加茂の息は次第に荒くなった。
 考えていることはただ一つだ。
 この男子生徒と《《仲良くなりたい》》、ただそれだけだった。
 加茂は普段から着崩しているブラウスの第三ボタンを外すと、舌を舐めずりまわしながらわずかにできた隙間からレースの下着を見せつけた。
「そんな君にぃ、二次元とは全く違う現実の女の子の魅力をふんだんに教えてア・ゲ・ル♡」
 付き合っていた彼女が居たにも拘らず寝取られた末に二次元に退避したばかりの諏訪にとって、加茂の誘惑は耐えられなかった。
 諏訪は誘惑に負けるや否や、加茂に抱きつかれて唇を奪われた。
 諏訪にとってはこれがファーストキスとなった。
 相手が長年付き合っていた元恋人ではなかったのは不本意だったが、その恋人は既に他の誰かの胸に抱かれていた。
 加茂のキスはいつしか舌を入れた過激なものとなり、諏訪は身も心も蕩けた。
 諏訪はキスされてからの出来事は覚えていない。
 ただただ、彼女の手練手管に任せたということしか分からなかった――。
 ◆
 どれくらい時間が経ったのだろうか。
 室内練習場のベンチには、精根尽き果てた諏訪が横たわっていた。
 生気を絞られたためか、諏訪は立ち上がろうにも立ち上がる気力はなかった。
 加茂は上着を着直してから諏訪の顔を見ると左手の指を口に這わせ、妖艶な笑みを浮かべた。
「どうだった、三次元の女の子とした感想はぁ? 二次元の女の子だとこんなことできないよ。アタシで良ければ、いつでも相手するからね」
 加茂は別の場所に座ると鞄から愛用のビジネス手帳を取り出し、今日のことを事細かに記した。
 今日の出来事を一通り記すと、加茂は満足そうな表情を浮かべた。
「これで現実に絶望した男の子を抱いたのはぁ……、何人だったかなぁ? 忘れちゃったよ」
 そう、加茂は現実に失望した男を抱くのが好きだった。
 何を隠そう、初体験の相手は……失恋したばかりの男子大学生だった。
 その男子大学生と加茂は、昨年の夏休みにドラッグストアでアルバイトをした時に知り合った。
 彼は折角付き合い始めた恋人を他の男性に取られたばかりで、やることが無くなった。それで仕方なくアルバイトをしていた。
 彼女に振られたばかりで辛い思いをしていた男子大学生は加茂を魅力的に感じたためか、加茂をデートに誘った。
 彼女は男子大学生の話を聞き、彼を慰めるために自らの純潔を捧げた。
 その時、加茂は何かに目覚めた。
 女性に裏切られた男を愛することは、何と心地よいのかということを――。
 それから加茂は校内では失恋した男子生徒を見つけて声を掛け、逢瀬を重ねた。
 街に出れば経験不足の男子大学生を狙って逢瀬を重ねた。
 その結果、加茂の友人で男の噂が絶えない西條《さいじょう》夏希《なつき》ともども『誰とでも寝る女』と呼ばれるようになった。
「ここら辺で女の子に振られた男は食い尽くしちゃったかなぁ。同じような境遇の男の子って居ないかなぁ……。同年代の子でも良いし、大学生でも……」
 ふと加茂は西條から聞いた噂を思い出した。
 進学校で有名な長町高校に、英明の男子生徒に彼女を寝取られた男子生徒が通っているとのことだった。
 その男子生徒は今でも彼女を奪われて絶望に打ちひしがれていることだろう。
 今日喰った少年と同じように、もう二度と現実を見たくないと思っているだろう。
 それならば好都合だ。
 彼女と結ばれず、それどころか第三者によって奪われて絶望している男の貞操は、加茂にとっては何物にも代えがたい夕餉《ディナー》となる。
 もし彼が好みに合うのであれば、骨の髄までしゃぶりつくすまでだ。
「もしその男の子が孤独のオーラを背負っているならば、アタシが包んであげようかなぁ~。ウフフ♡」
 例の男子は西條の隣の部屋に住んでいると聞く。
 それならば、成績が似たり寄ったりの西條の家に中間試験の勉強名目で遊びに行けば――。
 加茂は妖しげな微笑みを浮かべて舌を舐めずると、上着と薄手のコートを羽織り、鞄を手にして室内練習場を後にした。
 ◇
 同日同時刻、長町高校の図書室にて――。
 ゾクゾクッ!
 いつものメンツ――朋恵、愛未、そして僕――で中間試験に向けて勉強していた時に、僕は背中から寒気を感じた。
 何だろう、その……、背中をなぞられる感覚は。
 ひょっとして、誰かが僕の噂をしているのではないだろうか?
「どうした、ヤス君」
「いや、ちょっとね」
 愛未が僕を不安そうに見ている。
 僕は不安を避けるように、首を横に振った。
「何があったのかな?」
「なんか悪寒を感じて……ね」
「ふぅん、誰か噂しているかもよ、君のことを」
「そ、そんなことはないさ! 僕のことを知っているのは黒須さんと朋恵、愛未くらいだから」
 僕は慌てて否定すると、愛未が僕の方をじっと見つめた。
「ヤス君、女子のネットワークを舐めないほうが良いよ」
「そうそう、君の噂は下手すれば他校に広まっているかもよ?」
「そんなものなのかな」
「そうだよ。さ、勉強に戻るぞ」
「ヤス、今は勉強に集中しよう?」
「う、うん」
 朋恵の一言で我に返ると、二人一緒になって迫る中間試験の準備に明け暮れた。
 ああ、早く中間試験が終わらないかな。
 e-Sports愛好会に居る先輩達とGYAROLANTやPORTLIGHTがしたい!
 ただ、この時の僕は気がつかなかった。
 僕のことが他校に知れ渡っていること、そしてそれが新たな波乱を呼ぶことを――。