第30話
ー/ー「やるじゃない、葛西君」「先輩、さすがです!」
迷惑な男を追い払ったことを話すと、全員からあっという間に褒めちぎられる。
ひなたちゃんが抱きついたことは……さすがに見て見ぬふりをしてくれた。
「先輩って、杜英に友達がいるんですか?」
「そうだね。野球部にいるけど……」
杜英の友達のことを話すと、後輩のうちのひとりが目を輝かせた。
「ぜひ会ってみたいです!」
「そのうち、ね」
ごまかすようにして答える。カイが向こうの学校でどうしているかは、内緒にしておこう。
チア部の部員たちと会話しながら駐車場へ向かうと、林先生が僕たちを待ち受けていた。
「もう、遅いよ! 今日はサッカー部が主役なのに、君が主役になってどうするの?」
バスの昇降口の前で腕を組みながら、林先生は膨れっ面をしながら僕たちを睨むような目つきで見ている。
時すでに遅し。先生のふわふわとした声にはとげとげしさが感じられる。
誰の目から見ても、怒っていることは明白だ。
「仕方がなかったんです。部外者を追い払うのに精一杯でしたから……」
「言い訳しないで。西多賀の生徒たちはもう帰ったよ!」
周りを見回すと、対戦相手の高校のバスはもうすでに駐車場を離れていた。サッカー場に残っているのは僕たちだけだ。
「罰として、葛西君たちは全員先生の目の届くところにいてもらわないとね~♪」
林先生が僕たちをじろりと見てから天使の笑顔を浮かべる。
いつもだったら胸がキュンとなるのに、寒気しか感じない。
「は、はい……」
生きた心地がしないまま、僕たちは先生の前で深く頭を下げた。もちろん、生徒会長もだ。
「それじゃあ、バスに乗って!」
林先生に先導される形で「根岸高校チア部・生徒会ご一行」と掲げられた大型バスに乗り込み、後部座席へと向かう。
後部座席の中央に僕が、両側はひなたちゃんと風香ちゃん、さらにその外側に菅原先輩と生徒会長が座る。
そして、担任でありチア部の顧問である林先生はひなたちゃんの前の席だ。
「出発するよ! ……五人とも、バスの中では変なことをしないでね」
「は~い……」
林先生に叱られ、部長らしからぬだらしない声で答える菅原先輩。
「はい」「はい……」
沈みがちな声で答えるひなたちゃんと僕。
「はい」
冷静な面持ちをしている生徒会長。
「私も……ですか?」
「連帯責任!」
「はあ……」
巻き添えを食らった風香ちゃんも、僕と同じように沈みがちな声を上げる。
バスの出入り口が閉まるとエンジン音が鳴り響き、ゆっくりとバスが動き出す。サッカー場ともこれでお別れだ。
「会長って、菅原先輩と同じ中学校でしたか」
「ええ。中学時代は一緒に新体操をしていました。高橋さんと秋山さんはどうですか?」
「ひなたとはサニーウイングス時代からずっと一緒でした。幼なじみというよりは、長年連れ添った仲間といった感じですね」
バスが出発すると、左隣の席に座っている風香ちゃんと会長が親しげに会話を交わしていた。雄弁な話し方は僕と出会った頃とまったく変わらない。
「ふん、ふ~ん、ふん、ふ~ん……♪」
一番右端の席に座っている菅原先輩は鼻歌で歌いながら窓の景色を眺めている。
クールでありながら何事も全力で楽しむ彼女らしさを感じる。
そして、臼井に狙われるところだったひなたちゃんは……。
「く~……」
何事もなかったかのように安らかな寝息を立てて眠っている。休憩を挟みながら踊り続けていたのが嘘のようだ。
ひなたちゃんと出会ってもうすぐ一ヶ月が経つ。その間に様々なことがあった。
本を通じてひなたちゃんたちと出会い、チア部を見学し、ひなたちゃんとすれ違い……。
一ヶ月の出来事を通して、チアに対する苦手意識はあっという間に消え去った。
「……ん……」
バスの振動でひなたちゃんが目を覚ます。
「ごめん、起こしちゃった?」
慌ててひなたちゃんに問いかけると、彼女は首を横に振る。
「少しだけ寝たから大丈夫だよ」
そう言いながら、柔らかな春の日差しを思わせるような笑顔を浮かべる。危機的な状況にあったのに、それすら感じさせない。
「今日のひなたちゃんが踊っているところ、すごく良かったよ」
「本当?」
「もちろんさ」
笑顔を浮かべながら答える僕。
ここ一週間、ひなたちゃんたちはスタンツだけでなく、ダンスの練習もしていた。
風香ちゃんと比べると安定感に欠けているものの、一年生の経験者を上回る出来映えだ。
日誌にも今日のことは書いておこう。もちろん、動画も添えてだ。
「それにしても……」
「どうしたの?」
「小説を書こうとしてた僕が、こうしてチア部に関わるなんて思わなかったよ」
天井を眺めながら語りかける。
最初、僕はひなたちゃんとの出会いを元にした小説を書こうとしていた。しかし、その願いは文芸部長の冷淡なひとことによって潰された。
今思えば、これで良かったのだろう。
姉さんと母さんが勧めたチアの世界。そこに飛び込むためには少しの勇気が必要だった。その勇気を与えたきっかけは……。
「そうだね」
そう、ひなたちゃんだ。
読書で繋がり、いつの間にか彼女と親しくなった。
応援したいという純粋な気持ちを持ちながら、授業中でも積極的に手を挙げる。まさにクレバーさを兼ね備えている天使だ。
「ちいかわの新しいぬいぐるみ、持ってますよ」
「本当ですか?」
そして、ぬいぐるみのことで生徒会長と仲睦まじく話している風香ちゃんも僕を支えてくれる。
中学校の頃からの居場所を失い、奈落の底に叩き落とされた僕の心に希望の炎を灯した。
菅原先輩も、そして担任でありチア部の林先生も……。様々な人の出会いがあるからこそ、今の僕がいる。
「優人君」
今までのことを思い出すと、ひなたちゃんが優しく声をかける。
「何?」
不思議がりながら問いかける僕。
「……大好きだよ」
ひなたちゃんの唇から漏れたひとことに胸がときめく。
そして、ひなたちゃんは僕に寄り掛かりながら寝息を立てる。
この出会いを大切にしたい。そして、いつかひなたちゃんに告白したい。
僕の思いを乗せて、バスはネギ高への道を歩む。ああ、このまま時が止まれば最高なのに……。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「やるじゃない、葛西君」「先輩、さすがです!」
迷惑な男を追い払ったことを話すと、全員からあっという間に褒めちぎられる。
ひなたちゃんが抱きついたことは……さすがに見て見ぬふりをしてくれた。
「先輩って、杜英に友達がいるんですか?」
「そうだね。野球部にいるけど……」
杜英の友達のことを話すと、後輩のうちのひとりが目を輝かせた。
「ぜひ会ってみたいです!」
「そのうち、ね」
ごまかすようにして答える。カイが向こうの学校でどうしているかは、内緒にしておこう。
チア部の部員たちと会話しながら駐車場へ向かうと、林先生が僕たちを待ち受けていた。
「もう、遅いよ! 今日はサッカー部が主役なのに、君が主役になってどうするの?」
バスの昇降口の前で腕を組みながら、林先生は膨れっ面をしながら僕たちを睨むような目つきで見ている。
時すでに遅し。先生のふわふわとした声にはとげとげしさが感じられる。
誰の目から見ても、怒っていることは明白だ。
「仕方がなかったんです。部外者を追い払うのに精一杯でしたから……」
「言い訳しないで。西多賀の生徒たちはもう帰ったよ!」
周りを見回すと、対戦相手の高校のバスはもうすでに駐車場を離れていた。サッカー場に残っているのは僕たちだけだ。
「罰として、葛西君たちは全員先生の目の届くところにいてもらわないとね~♪」
林先生が僕たちをじろりと見てから天使の笑顔を浮かべる。
いつもだったら胸がキュンとなるのに、寒気しか感じない。
「は、はい……」
生きた心地がしないまま、僕たちは先生の前で深く頭を下げた。もちろん、生徒会長もだ。
「それじゃあ、バスに乗って!」
林先生に先導される形で「根岸高校チア部・生徒会ご一行」と掲げられた大型バスに乗り込み、後部座席へと向かう。
後部座席の中央に僕が、両側はひなたちゃんと風香ちゃん、さらにその外側に菅原先輩と生徒会長が座る。
そして、担任でありチア部の顧問である林先生はひなたちゃんの前の席だ。
「出発するよ! ……五人とも、バスの中では変なことをしないでね」
「は~い……」
林先生に叱られ、部長らしからぬだらしない声で答える菅原先輩。
「はい」「はい……」
沈みがちな声で答えるひなたちゃんと僕。
「はい」
冷静な面持ちをしている生徒会長。
「私も……ですか?」
「連帯責任!」
「はあ……」
巻き添えを食らった風香ちゃんも、僕と同じように沈みがちな声を上げる。
バスの出入り口が閉まるとエンジン音が鳴り響き、ゆっくりとバスが動き出す。サッカー場ともこれでお別れだ。
「会長って、菅原先輩と同じ中学校でしたか」
「ええ。中学時代は一緒に新体操をしていました。高橋さんと秋山さんはどうですか?」
「ひなたとはサニーウイングス時代からずっと一緒でした。幼なじみというよりは、長年連れ添った仲間といった感じですね」
バスが出発すると、左隣の席に座っている風香ちゃんと会長が親しげに会話を交わしていた。雄弁な話し方は僕と出会った頃とまったく変わらない。
「ふん、ふ~ん、ふん、ふ~ん……♪」
一番右端の席に座っている菅原先輩は鼻歌で歌いながら窓の景色を眺めている。
クールでありながら何事も全力で楽しむ彼女らしさを感じる。
そして、臼井に狙われるところだったひなたちゃんは……。
「く~……」
何事もなかったかのように安らかな寝息を立てて眠っている。休憩を挟みながら踊り続けていたのが嘘のようだ。
ひなたちゃんと出会ってもうすぐ一ヶ月が経つ。その間に様々なことがあった。
本を通じてひなたちゃんたちと出会い、チア部を見学し、ひなたちゃんとすれ違い……。
一ヶ月の出来事を通して、チアに対する苦手意識はあっという間に消え去った。
「……ん……」
バスの振動でひなたちゃんが目を覚ます。
「ごめん、起こしちゃった?」
慌ててひなたちゃんに問いかけると、彼女は首を横に振る。
「少しだけ寝たから大丈夫だよ」
そう言いながら、柔らかな春の日差しを思わせるような笑顔を浮かべる。危機的な状況にあったのに、それすら感じさせない。
「今日のひなたちゃんが踊っているところ、すごく良かったよ」
「本当?」
「もちろんさ」
笑顔を浮かべながら答える僕。
ここ一週間、ひなたちゃんたちはスタンツだけでなく、ダンスの練習もしていた。
風香ちゃんと比べると安定感に欠けているものの、一年生の経験者を上回る出来映えだ。
日誌にも今日のことは書いておこう。もちろん、動画も添えてだ。
「それにしても……」
「どうしたの?」
「小説を書こうとしてた僕が、こうしてチア部に関わるなんて思わなかったよ」
天井を眺めながら語りかける。
最初、僕はひなたちゃんとの出会いを元にした小説を書こうとしていた。しかし、その願いは文芸部長の冷淡なひとことによって潰された。
今思えば、これで良かったのだろう。
姉さんと母さんが勧めたチアの世界。そこに飛び込むためには少しの勇気が必要だった。その勇気を与えたきっかけは……。
「そうだね」
そう、ひなたちゃんだ。
読書で繋がり、いつの間にか彼女と親しくなった。
応援したいという純粋な気持ちを持ちながら、授業中でも積極的に手を挙げる。まさにクレバーさを兼ね備えている天使だ。
「ちいかわの新しいぬいぐるみ、持ってますよ」
「本当ですか?」
そして、ぬいぐるみのことで生徒会長と仲睦まじく話している風香ちゃんも僕を支えてくれる。
中学校の頃からの居場所を失い、奈落の底に叩き落とされた僕の心に希望の炎を灯した。
菅原先輩も、そして担任でありチア部の林先生も……。様々な人の出会いがあるからこそ、今の僕がいる。
「優人君」
今までのことを思い出すと、ひなたちゃんが優しく声をかける。
「何?」
不思議がりながら問いかける僕。
「……大好きだよ」
ひなたちゃんの唇から漏れたひとことに胸がときめく。
そして、ひなたちゃんは僕に寄り掛かりながら寝息を立てる。
この出会いを大切にしたい。そして、いつかひなたちゃんに告白したい。
僕の思いを乗せて、バスはネギ高への道を歩む。ああ、このまま時が止まれば最高なのに……。