第26話
ー/ー そして迎えた土曜日。
「みんな、降りて~!」
林先生の甘ったるい声がバスの中に響く。
ネギ高からバスに揺られること三十分、僕を含むチア部一行は近隣の街にあるサッカー場へやって来た。
豊かな自然に囲まれた敷地にはピッチが二つある。僕たちが戦うのは、スタンドのある第一ピッチだ。
対戦相手は、同じ区内にある西多賀高校だ。風香ちゃんの話だと、去年の新人戦ではベスト8まで進んだらしい。
「私たちも降りましょうか」
「そうだね」
背後から、菅原先輩と風香ちゃん以上に落ち着いた女性の声を耳にした。
振り返った先には、涼しげな見た目をした美女がベルトを外して立ち上がろうとしている。僕たちの学校の生徒会長だ。
バスの中での菅原先輩の話だと、向こうの学校は生徒会が応援団を兼ねているそうだ。
そのため、今日は生徒会の執行部も一緒に応援するとのことらしい。
見た目が麗しいから、サッカー部の部員たちも頑張るだろう。
執行部員と一緒に歩く生徒会長を見ていると、右隣の席から背伸びをする声が漏れ聞こえた。
「長かったぁ~!」
ひなたちゃんだ。長旅で疲れている様子もなく、むしろ元気そうだ。
彼女に視線を向けると、服の下からうっすらとチアのユニフォームが見える。
「優人君、昨日の夜はよく眠れた?」
バスを降りる途中で、ひなたちゃんが心配そうな表情をして僕に話しかけてくる。
「うん。でも、あまり眠れなくて」
「どうして眠れなかったの?」
「えーっと……」
寝不足になったのはいろいろある。
まず、今日はマネージャーとして初の大仕事だ。
ハーフタイムを挟んで、ひなたちゃんたちは七十分以上もの間声援を送り続ける。PK戦があればそれ以上となる。
脱落者を出さずに、チア部の部員たちを最後まで支えられるだろうか。
次に、カイから聞いた港町の男子生徒のことも気になって仕方がない。
杜英との対戦はまだ先だが、もし今日会場に現れたらどうしよう。
果たしてひなたちゃんたちを守れるだろうか、不安だ。
「いろいろ考えてね……」
本当のことを言おうとしたけれども、混乱しそうなので止めた。
ここは無難に答えるのが一番だ。この前の二の舞を演じることだけは勘弁願いたい。
「くすっ、優人君らしいね」
ひなたちゃんが肩を震わせながら笑う。
「心配しなくても大丈夫だよ! 私たちがついてるからね」
「優人君なら、いつもどおりで問題ないよ」
太陽のような笑顔を浮かべるひなたちゃんに続いて、前の席に座っていた風香ちゃんも優しくほほ笑む。
二人を見ていると、不思議にモヤモヤとした心が晴れ渡った。
ひなたちゃんが観客席で舞うことだけを想像すると、胸がドキドキする。
「ここで待ってて!」
更衣室のある建物の前にたどり着くと、ひなたちゃんをはじめとしたチア部の部員たちはあっという間に奥の方へと消えていった。
「お待たせ!」
更衣室の外で待つこと数分、ひなたちゃんたちがチアのユニフォームでお出迎えしてくれた。
ノースリーブのシャツと箱ひだのスカート、青をベースとして入り交じる白のストライプがまぶしく見える。
「ねえ、優人君。どうかな?」
ツートンカラーのポンポンを手にして、鼻歌を歌いながらひなたちゃんが軽く踊る。
動くたびに、ハーフアップにまとめた髪とスカートがゆらゆらと揺れた。季節は初夏なのに、春の妖精が舞い降りて踊っているようだ。
「かわいいね。とても似合ってるよ」
「ありがとう。優人君に褒められると、頑張れそうな気がするよ」
試合前の緊張はどこへやら、ひなたちゃんはかわいく笑ってみせる。
不安を紛らわせるのに精一杯な一年生たちと違って、経験と実績が詰まった笑顔に感じられた。
「ひなたは相変わらずね」
ひなたちゃんの横では、風香ちゃんが軽くほほ笑む。
とはいえ、風香ちゃんのユニフォームに合わせた髪留めのリボンも実にかわいらしい。
「風香ちゃん、その髪留め、素敵だよ」
「ありがとう。ひなただけでなく、私のことももう少し見てもいいのよ?」
頬をほんのり染めながら、風香ちゃんがひなたちゃんにも負けない笑顔を見せる。
さすが、サニーウイングスから長年連れ添ってきた二人といったところだ。
「三人とも、そろそろピッチへ向かうわよ!」
感心していると、少し離れたところからユニフォームに着替えた菅原先輩の声が響き渡る。
「はい!」「今、行きます!」
ひなたちゃんたちが菅原先輩に返事をすると、彼女の後を追う。もちろん、荷物を抱えている僕もだ。
「サッカー部のみんな! タオルの用意はできている?」
「はーい!」「オッケーです!」
観客席では、菅原部長がサッカー部員たちに声をかけていた。
ここから見下ろすピッチは思っていたよりも遠く感じる。土の匂いと風のささやきが心地よい。
ほかのチア部員も全員一列に並び、ポンポンを手に今かと待ち構えている。
もちろん、タオルとメガホンを手にしているサッカー部の控えの部員たちもだ。
隣の西多賀サイドを眺めると、向こうのサッカー部の部員たちがスタンドに座っている。僕たちにも彼らの気迫が伝わってくる。
「相手は西多賀、油断はしないで最後まで声を出してね! みんな、あたしについてきて!」
「はい!」
先頭に立った菅原部長が檄を飛ばす。
それに負けじと控えの部員たちと生徒会執行部が大声を張り上げる。気合いは十分だ。
「これより県総体一回戦、杜都根岸高校と西多賀高校の試合を開始いたします」
カメラを準備している間に、音響機器からアナウンスが流れた。
三脚にセットしたカメラの設定を確認する。動くひなたちゃんを捉えるためのものだ。
SDカードは入っているし、バッテリーも十分の量を確保している。
録画を始めると、ネギ高と西多賀のサッカー部員たちがピッチの中へと降り立つ。まるでアニメ映画の試合のシーンそのものだ。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
最前列で一列に並んだチア部部員たちが選手たちを出迎える。もちろん、西多賀の生徒たちも声援を飛ばしている。
さあ、本番だ。僕も自分の仕事を全うしよう。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
そして迎えた土曜日。
「みんな、降りて~!」
林先生の甘ったるい声がバスの中に響く。
ネギ高からバスに揺られること三十分、僕を含むチア部一行は近隣の街にあるサッカー場へやって来た。
豊かな自然に囲まれた敷地にはピッチが二つある。僕たちが戦うのは、スタンドのある第一ピッチだ。
対戦相手は、同じ区内にある西多賀高校だ。風香ちゃんの話だと、去年の新人戦ではベスト8まで進んだらしい。
「私たちも降りましょうか」
「そうだね」
背後から、菅原先輩と風香ちゃん以上に落ち着いた女性の声を耳にした。
振り返った先には、涼しげな見た目をした美女がベルトを外して立ち上がろうとしている。僕たちの学校の生徒会長だ。
バスの中での菅原先輩の話だと、向こうの学校は生徒会が応援団を兼ねているそうだ。
そのため、今日は生徒会の執行部も一緒に応援するとのことらしい。
見た目が麗しいから、サッカー部の部員たちも頑張るだろう。
執行部員と一緒に歩く生徒会長を見ていると、右隣の席から背伸びをする声が漏れ聞こえた。
「長かったぁ~!」
ひなたちゃんだ。長旅で疲れている様子もなく、むしろ元気そうだ。
彼女に視線を向けると、服の下からうっすらとチアのユニフォームが見える。
「優人君、昨日の夜はよく眠れた?」
バスを降りる途中で、ひなたちゃんが心配そうな表情をして僕に話しかけてくる。
「うん。でも、あまり眠れなくて」
「どうして眠れなかったの?」
「えーっと……」
寝不足になったのはいろいろある。
まず、今日はマネージャーとして初の大仕事だ。
ハーフタイムを挟んで、ひなたちゃんたちは七十分以上もの間声援を送り続ける。PK戦があればそれ以上となる。
脱落者を出さずに、チア部の部員たちを最後まで支えられるだろうか。
次に、カイから聞いた港町の男子生徒のことも気になって仕方がない。
杜英との対戦はまだ先だが、もし今日会場に現れたらどうしよう。
果たしてひなたちゃんたちを守れるだろうか、不安だ。
「いろいろ考えてね……」
本当のことを言おうとしたけれども、混乱しそうなので止めた。
ここは無難に答えるのが一番だ。この前の二の舞を演じることだけは勘弁願いたい。
「くすっ、優人君らしいね」
ひなたちゃんが肩を震わせながら笑う。
「心配しなくても大丈夫だよ! 私たちがついてるからね」
「優人君なら、いつもどおりで問題ないよ」
太陽のような笑顔を浮かべるひなたちゃんに続いて、前の席に座っていた風香ちゃんも優しくほほ笑む。
二人を見ていると、不思議にモヤモヤとした心が晴れ渡った。
ひなたちゃんが観客席で舞うことだけを想像すると、胸がドキドキする。
「ここで待ってて!」
更衣室のある建物の前にたどり着くと、ひなたちゃんをはじめとしたチア部の部員たちはあっという間に奥の方へと消えていった。
「お待たせ!」
更衣室の外で待つこと数分、ひなたちゃんたちがチアのユニフォームでお出迎えしてくれた。
ノースリーブのシャツと箱ひだのスカート、青をベースとして入り交じる白のストライプがまぶしく見える。
「ねえ、優人君。どうかな?」
ツートンカラーのポンポンを手にして、鼻歌を歌いながらひなたちゃんが軽く踊る。
動くたびに、ハーフアップにまとめた髪とスカートがゆらゆらと揺れた。季節は初夏なのに、春の妖精が舞い降りて踊っているようだ。
「かわいいね。とても似合ってるよ」
「ありがとう。優人君に褒められると、頑張れそうな気がするよ」
試合前の緊張はどこへやら、ひなたちゃんはかわいく笑ってみせる。
不安を紛らわせるのに精一杯な一年生たちと違って、経験と実績が詰まった笑顔に感じられた。
「ひなたは相変わらずね」
ひなたちゃんの横では、風香ちゃんが軽くほほ笑む。
とはいえ、風香ちゃんのユニフォームに合わせた髪留めのリボンも実にかわいらしい。
「風香ちゃん、その髪留め、素敵だよ」
「ありがとう。ひなただけでなく、私のことももう少し見てもいいのよ?」
頬をほんのり染めながら、風香ちゃんがひなたちゃんにも負けない笑顔を見せる。
さすが、サニーウイングスから長年連れ添ってきた二人といったところだ。
「三人とも、そろそろピッチへ向かうわよ!」
感心していると、少し離れたところからユニフォームに着替えた菅原先輩の声が響き渡る。
「はい!」「今、行きます!」
ひなたちゃんたちが菅原先輩に返事をすると、彼女の後を追う。もちろん、荷物を抱えている僕もだ。
「サッカー部のみんな! タオルの用意はできている?」
「はーい!」「オッケーです!」
観客席では、菅原部長がサッカー部員たちに声をかけていた。
ここから見下ろすピッチは思っていたよりも遠く感じる。土の匂いと風のささやきが心地よい。
ほかのチア部員も全員一列に並び、ポンポンを手に今かと待ち構えている。
もちろん、タオルとメガホンを手にしているサッカー部の控えの部員たちもだ。
隣の西多賀サイドを眺めると、向こうのサッカー部の部員たちがスタンドに座っている。僕たちにも彼らの気迫が伝わってくる。
「相手は西多賀、油断はしないで最後まで声を出してね! みんな、あたしについてきて!」
「はい!」
先頭に立った菅原部長が檄を飛ばす。
それに負けじと控えの部員たちと生徒会執行部が大声を張り上げる。気合いは十分だ。
「これより県総体一回戦、杜都根岸高校と西多賀高校の試合を開始いたします」
カメラを準備している間に、音響機器からアナウンスが流れた。
三脚にセットしたカメラの設定を確認する。動くひなたちゃんを捉えるためのものだ。
SDカードは入っているし、バッテリーも十分の量を確保している。
録画を始めると、ネギ高と西多賀のサッカー部員たちがピッチの中へと降り立つ。まるでアニメ映画の試合のシーンそのものだ。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
最前列で一列に並んだチア部部員たちが選手たちを出迎える。もちろん、西多賀の生徒たちも声援を飛ばしている。
さあ、本番だ。僕も自分の仕事を全うしよう。