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第25話

ー/ー



「休憩するよ!」
 林先生がホイッスルを吹き鳴らすと、チア部の部員たちが長机の前に並ぶ。
 いつものように長机とホワイトボードの間に立ち、タオルとマイボトルを配る。
 週末に控えたサッカー部の初戦を控えているということもあって、今日は衣装合わせだ。
 ユニフォームを見ていると、見学の日のことを思い出す。
 あれからいろいろあったものの、今は当たり前の光景として受け入れている。もっとも、まだ不慣れなところはあるが。
「よし、僕も……」
 しんみりしながらマイボトルなどを配り終えると、床に腰を下ろす。立ちっぱなしだったせいもあって、冷たい床が心地良い。
「優人君、お疲れ様!」
 見上げると、ひなたちゃんが僕のことを心配そうな目で見つめていた。
 青と白を組み合わせたユニフォーム姿があまりにもまぶしくて、つい見とれてしまう。
「どうしたの、優人君。ペットボトルはどうしたの?」
「ごめん、忘れたよ。僕のことは気にしないで」
 ハッと気づいたかのようにして答える。
 考えごとをしていると、どこか抜けてしまう。昔からの悪い癖だ。
「優人君、無理は禁物だよ。はい、これ」
 僕のことを心配しているのか、風香ちゃんが脇からペットボトルを差し出してきた。
 風香ちゃんの練習で流した汗がライトに照らされてまぶしく光り、胸が脈を打ちそうになる。
「ありがとう」
 風香ちゃんからペットボトルを受け取ると、ふたを開けて一気に飲んだ。冷たい水が喉を潤し、疲れが一瞬のうちに吹き飛ぶ。
「お隣、失礼するね」
「どうぞ」
 少し距離を置いて、ユニフォーム姿の二人が円を作るようにして座る。フローラルとシトラス、そして汗の香りが鼻をくすぐる。
「そういえば、明日はサッカー部の応援ね」
「そうだね。去年のことを思い出すなあ」
「どうして一回戦なのに私たちが出るんだろうな、ってつぶやいてたこと?」
「そうそう! 出るとしても準々決勝に進んでからと思ったら、初戦からだなんて思わなかったよ」
「サッカー部と私たちは切っても切れない縁があるから、当然だけどね」
 いつの間にか、二人はチア部の成り立ちの話で盛り上がっていた。
 サッカー部の女子マネージャーの遊び心がいつしか本気になり、愛好会から部活へ……。
 二人の話を聞いていると、そのマネージャーを改めて尊敬する。
 それはともかく、気になるのはカイの話だ。
 インターハイの予選会には県内の高校生が集う。いわんや杜英もだ。もしそいつが紛れ込んでも、不思議ではないだろう。
 ためらう必要はない。二人の笑顔を守るために、ひいては部員たちのために問題となっている男のことを話そう。今すぐにだ。
「ちょっと、二人ともいいかな」
「えっ?」「えっ……」
 じゃれ合っていた風香ちゃんたちが僕の顔をじっと見つめる。
「実はね……」
 二人をすぐそばに寄せて、誰にも聞かれないように例の話を伝える。
「本当?」「本当なの?」
 顔を上げると、二人の顔には冷や汗が浮かぶ。
「本当だよ。先週の金曜日に聞いてから、ずっと話そうか迷ってたんだ」
「どうして言わなかったの?」
 ひなたちゃんがこの前と同じように真剣な表情で問い詰める。
「まだ対戦することが決まったわけでもないし、二人に余計な心配をさせたくなかったからだよ」
「でも、杜英とは必ず当たるんじゃない? サッカーでも、男女のバスケでも……」
 風香ちゃんが心配そうな表情で話す。
 仮に杜英に当たったとしたら、観客の中に例の人物が紛れ込むことだってあるだろう。
「だからこそ、ここで話そうと思ったんだ」
「そっか……教えてくれてありがとう」
「まだ決まっていない段階で不安になっても、仕方ないよね」
 浮かない表情を浮かべるひなたちゃん、それに対して冷静な風香ちゃん。性格が違う二人なのに、長年一緒にチアをやり続けているのが不思議だ。
 心配ごとを打ち明けられるのは、正直に言ってうらやましい。果たして、僕もカイや広瀬と深い絆を築けているのだろうか。
「二人とも、休憩時間が過ぎてるよ」
「部長!」「菅原さん……」
 考えごとをしていると、僕たちの前にユニフォーム姿の菅原先輩が姿を見せた。
 いつもの大きなリボンはなく、結った髪が色っぽさを演出している。
 額からは汗が光って見え、ユニフォームからはスポーツブラが透けて見えた。
「優人君から話を聞いていたら、つい……」
「何はともあれ、練習をすっぽかしていい理由にはならないわ。あたしが話を聞くから、二人は練習に戻って!」
「ハイッ!」「はい!」
 二人が同時に返事をするとひなたちゃんはマットへ、高橋さんはステージへと向かう。
 さすが、二十人近くの部員をまとめているだけはある。
「さて……」
 二人の姿を見送ると、菅原先輩が鋭い目を光らせて僕を見つめた。
「葛西君、三人で何を話していたか教えてくれる?」
 そう言いながら、菅原先輩が僕の隣に座る。途端に、汗と甘いフルーツの香りがツンと鼻をくすぐる。
「実は、杜英の友達から先週金曜日にある話を聞きました……」
 それから僕は、ひなたちゃんたちに伝えた話を菅原先輩に伝えた。
「ふーん……あなたたちがそんなに心配しても、何になるの?」
 しかし、先輩はまるで関心がなさそうな表情のままだった。ひなたちゃんたちのことを心配しているのに、無関心でいられるわけにはいかないだろう。
「どうしてそう結論づけるんですか」
「だって、杜英のことでしょ? 向こうの先生が対処してくれるから、心配はいらないわよ」
 菅原先輩は例の男子のことを楽観的に構えている。しかし、僕はそう思わない。
 向こうの学校は生徒数が多い上に、スポーツの強豪校としてのプライドがある。簡単なことでは動かないだろう。
「念のために警戒した方がいいですよ。もし何かあったら、僕も対処しますから」
 先輩にそう伝えると、菅原先輩がマイボトルにふたをしてから立ち上がる。
「わかったわ。葛西君はタオルの替えを用意してちょうだい。それが終わったら、風香と一年生のサポートをお願いするわ」
「使ったタオルはどうします?」
「各自持ち帰るから、心配ないわ。さっ、早く!」
「は、ハイ!」
 先輩の後ろ姿を見送りながら、立ち上がって長机へと向かう。
 明日の試合は、チア部にとってはサッカー部に対して恩を返すための試合だ。
 仮にその場に例の人物が現れようが、自分のやることだけをやれば良い。タオルを用意しながら、自分に言い聞かせた。



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みんなのリアクション

「休憩するよ!」
 林先生がホイッスルを吹き鳴らすと、チア部の部員たちが長机の前に並ぶ。
 いつものように長机とホワイトボードの間に立ち、タオルとマイボトルを配る。
 週末に控えたサッカー部の初戦を控えているということもあって、今日は衣装合わせだ。
 ユニフォームを見ていると、見学の日のことを思い出す。
 あれからいろいろあったものの、今は当たり前の光景として受け入れている。もっとも、まだ不慣れなところはあるが。
「よし、僕も……」
 しんみりしながらマイボトルなどを配り終えると、床に腰を下ろす。立ちっぱなしだったせいもあって、冷たい床が心地良い。
「優人君、お疲れ様!」
 見上げると、ひなたちゃんが僕のことを心配そうな目で見つめていた。
 青と白を組み合わせたユニフォーム姿があまりにもまぶしくて、つい見とれてしまう。
「どうしたの、優人君。ペットボトルはどうしたの?」
「ごめん、忘れたよ。僕のことは気にしないで」
 ハッと気づいたかのようにして答える。
 考えごとをしていると、どこか抜けてしまう。昔からの悪い癖だ。
「優人君、無理は禁物だよ。はい、これ」
 僕のことを心配しているのか、風香ちゃんが脇からペットボトルを差し出してきた。
 風香ちゃんの練習で流した汗がライトに照らされてまぶしく光り、胸が脈を打ちそうになる。
「ありがとう」
 風香ちゃんからペットボトルを受け取ると、ふたを開けて一気に飲んだ。冷たい水が喉を潤し、疲れが一瞬のうちに吹き飛ぶ。
「お隣、失礼するね」
「どうぞ」
 少し距離を置いて、ユニフォーム姿の二人が円を作るようにして座る。フローラルとシトラス、そして汗の香りが鼻をくすぐる。
「そういえば、明日はサッカー部の応援ね」
「そうだね。去年のことを思い出すなあ」
「どうして一回戦なのに私たちが出るんだろうな、ってつぶやいてたこと?」
「そうそう! 出るとしても準々決勝に進んでからと思ったら、初戦からだなんて思わなかったよ」
「サッカー部と私たちは切っても切れない縁があるから、当然だけどね」
 いつの間にか、二人はチア部の成り立ちの話で盛り上がっていた。
 サッカー部の女子マネージャーの遊び心がいつしか本気になり、愛好会から部活へ……。
 二人の話を聞いていると、そのマネージャーを改めて尊敬する。
 それはともかく、気になるのはカイの話だ。
 インターハイの予選会には県内の高校生が集う。いわんや杜英もだ。もしそいつが紛れ込んでも、不思議ではないだろう。
 ためらう必要はない。二人の笑顔を守るために、ひいては部員たちのために問題となっている男のことを話そう。今すぐにだ。
「ちょっと、二人ともいいかな」
「えっ?」「えっ……」
 じゃれ合っていた風香ちゃんたちが僕の顔をじっと見つめる。
「実はね……」
 二人をすぐそばに寄せて、誰にも聞かれないように例の話を伝える。
「本当?」「本当なの?」
 顔を上げると、二人の顔には冷や汗が浮かぶ。
「本当だよ。先週の金曜日に聞いてから、ずっと話そうか迷ってたんだ」
「どうして言わなかったの?」
 ひなたちゃんがこの前と同じように真剣な表情で問い詰める。
「まだ対戦することが決まったわけでもないし、二人に余計な心配をさせたくなかったからだよ」
「でも、杜英とは必ず当たるんじゃない? サッカーでも、男女のバスケでも……」
 風香ちゃんが心配そうな表情で話す。
 仮に杜英に当たったとしたら、観客の中に例の人物が紛れ込むことだってあるだろう。
「だからこそ、ここで話そうと思ったんだ」
「そっか……教えてくれてありがとう」
「まだ決まっていない段階で不安になっても、仕方ないよね」
 浮かない表情を浮かべるひなたちゃん、それに対して冷静な風香ちゃん。性格が違う二人なのに、長年一緒にチアをやり続けているのが不思議だ。
 心配ごとを打ち明けられるのは、正直に言ってうらやましい。果たして、僕もカイや広瀬と深い絆を築けているのだろうか。
「二人とも、休憩時間が過ぎてるよ」
「部長!」「菅原さん……」
 考えごとをしていると、僕たちの前にユニフォーム姿の菅原先輩が姿を見せた。
 いつもの大きなリボンはなく、結った髪が色っぽさを演出している。
 額からは汗が光って見え、ユニフォームからはスポーツブラが透けて見えた。
「優人君から話を聞いていたら、つい……」
「何はともあれ、練習をすっぽかしていい理由にはならないわ。あたしが話を聞くから、二人は練習に戻って!」
「ハイッ!」「はい!」
 二人が同時に返事をするとひなたちゃんはマットへ、高橋さんはステージへと向かう。
 さすが、二十人近くの部員をまとめているだけはある。
「さて……」
 二人の姿を見送ると、菅原先輩が鋭い目を光らせて僕を見つめた。
「葛西君、三人で何を話していたか教えてくれる?」
 そう言いながら、菅原先輩が僕の隣に座る。途端に、汗と甘いフルーツの香りがツンと鼻をくすぐる。
「実は、杜英の友達から先週金曜日にある話を聞きました……」
 それから僕は、ひなたちゃんたちに伝えた話を菅原先輩に伝えた。
「ふーん……あなたたちがそんなに心配しても、何になるの?」
 しかし、先輩はまるで関心がなさそうな表情のままだった。ひなたちゃんたちのことを心配しているのに、無関心でいられるわけにはいかないだろう。
「どうしてそう結論づけるんですか」
「だって、杜英のことでしょ? 向こうの先生が対処してくれるから、心配はいらないわよ」
 菅原先輩は例の男子のことを楽観的に構えている。しかし、僕はそう思わない。
 向こうの学校は生徒数が多い上に、スポーツの強豪校としてのプライドがある。簡単なことでは動かないだろう。
「念のために警戒した方がいいですよ。もし何かあったら、僕も対処しますから」
 先輩にそう伝えると、菅原先輩がマイボトルにふたをしてから立ち上がる。
「わかったわ。葛西君はタオルの替えを用意してちょうだい。それが終わったら、風香と一年生のサポートをお願いするわ」
「使ったタオルはどうします?」
「各自持ち帰るから、心配ないわ。さっ、早く!」
「は、ハイ!」
 先輩の後ろ姿を見送りながら、立ち上がって長机へと向かう。
 明日の試合は、チア部にとってはサッカー部に対して恩を返すための試合だ。
 仮にその場に例の人物が現れようが、自分のやることだけをやれば良い。タオルを用意しながら、自分に言い聞かせた。