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第24話

ー/ー



「チア部入部おめでとう!」
 家に帰ると、仕事が休みの母さんたちが大喜びしながら出迎えてくれた。
「はあ……」
 思わず、ため息が漏れる。
 これが母さんの理想だったのだろうと考えると、素直に喜べない。
 僕の事情は別にして、無事ひなたちゃんと仲直りを果たせた。それだけで十分だ。
 前向きな気分で月曜日の予習をしていると、充電中のスマホが光り出す。
 画面には、見覚えのある名前が表示されていた。
「近藤翔生……、ああ、カイか」
 急いで充電ケーブルを抜いてから、通話ボタンをタップする。
「優人、久しぶりだなぁ。元気か」
 電話口から特徴的なイケボが耳に響く。
「元気だよ。カイは?」
「ぼちぼちってところさ」
 変わらない様子に安心したのか、ハキハキした声で答える。
 カイは少年野球をやっていた頃からの友人で、今は杜英こと杜都英才学園高校に通っている。
 小、中学校を通して野球でめざましい活躍を遂げ、杜英にもスポーツ推薦で入った。
 努力の甲斐あって野球の名門校に入れたことは、正直に言ってうらやましい。
 普段はテキストチャットでのやりとりをしているが、今日のように音声通話をすることもある。
 しかし、ここ半年は野球の話をまったくしない。話すことといえば近況報告くらいだ。その理由は僕も知らない。
「ところでお前、今日はやたら声が弾んでるな。何か良いことでもあっただろ」
「いや、別に」
「教えろよ。俺とお前の仲だろ?」
 カイがしつこく絡み出す。あったとしても、席替えでかわいい女の子と親しくなっただけだ。
「席替えでかわいい女の子の隣になったんだよ。それで十分か?」
 ため息をついて、あきれた口ぶりで答える。
「それじゃあ、次は俺の番だな。実は……」
 後はカイのターンだ。
 たまに通話したと思ったら、僕の知らない杜英の話題を延々と垂れ流す。
 ラジオ代わりに聞こうといつものように机に向き直ろうとした、そのときだった。
「……同じクラスの臼井ってヤツでな、そいつが気仙沼から来てるんだ」
「気仙沼?」
 聞き覚えのある地名を聞いて、一瞬身動きが取れなくなった。
 ひとりきりになったばあちゃんのためを思って、父さんが単身赴任をしている街だ。
「しかもそいつ、連休中に学校をサボって泉区の高校の対抗戦に潜り込んだらしいぜ」
「本当か?」
「残念ながらな」
 今度はめまいがした。
 サッカー、バスケ、バレー……県総体となれば、杜英と対戦する可能性は十分にある。
 ひなたちゃんのことを考えると、心配でたまらない。話を聞くだけでも聞いてみよう。
 冷静さを装い、いったん机の上に置いたスマホを手に取る。
「どうして潜り込んだんだよ」
「田舎じゃ彼女ができないから、都会の女の子を見に行きたい、だとさ。うちの学校にもいるのにな」
 思わずため息が漏れる。
「しかもそいつには慈徳と陸前に同じ故郷の友人がいて、どっちも彼女持ちらしい。幸せかどうかは知らんが」
 僕をよそにして、カイが話の続きをする。
 慈徳学園と陸前高校は、県内では杜英と並んで有名な私立高校だ。
 友達への対抗心から、見境がなくなってしまったのだろう。
「それで、どうなった?」
「向こうの応援団長に見つかって追い出されたらしい。いい気味だぜ」
 全て話し終えると、電話越しでカイが大笑いした。
 一方の僕は不安が募るばかりだ。
「もしそいつを見かけたら、今日俺が言ったことを臼井に伝えろよ」
 気を取られているうちに、カイは「じゃあな」と言って通話を終わらせた。
「はあ……」
 仲直りはしたものの、新たな脅威が僕を待ち受けている。
 カイの話をひなたちゃんたちに伝えるべきか、否か……。

 迷っているうちに一週間近くが過ぎた。
「優人、国語のノートを見せてあげようか?」
 鹿島さんが得意そうな顔でノートをちらつかせる。また僕をからかっているのか。
 席替え前と同じように「遠慮するよ」と答えると、隣から鋭い視線が突き刺さる。
「優人君、鹿島さんに冷たい態度を取らないの!」
 まぶしい太陽のような笑顔をしているひなたちゃんの顔は、子どものような膨れっ面をしていた。
「ひなたの言うとおりよ。そんなこと言う優人には、ノートは見せてあげない!」
「優人君はそこで反省して!」
「ぐっ……」
 二人に問い詰められてしまうと、ぐうの音も出ない。
「ユイちゃん、ノートを見せてもらってもいいかな? 私、さっきの授業でちょっと居眠りしちゃって……」
「オッケー。ちょっと待ってね」
 肩を落とす僕を横目に、ひなたちゃんは鹿島さんとノートのやりとりを始めた。
(調子が良いんだから……でも、変わったな)
 先ほどとは正反対の心温まるやりとりを聞いていると、先ほどまでの不満があっという間に吹き飛んでしまう。
 ひなたちゃんのことはさておき、仲直りした後のことを振り返る。
 まず、月曜日の夜に鹿島さんから一連のことについてメッセージで報告があった。
 それによると、林先生と相談した結果、鹿島さんは条件付きでチア部へ入部することが認められたらしい。
 一方、吉村さんは定時制の高校へ転校することとなった。自由な校風とはいえ、さすがに部室を秘め事の場に使っていてはアウトだろう。
 次に、鹿島さんの見た目が大幅に変わった。
 ブラウスは今までより余裕があり、スカートの丈も少し長めだ。
 ボタンは外したままだが、上着を身にまとっている。化粧も自然で、ひなたちゃんに引けを取らない。風紀委員の広瀬が納得するのも当然だろう。
 チア部に入部することが決まったこともあり、鹿島さんはひなたちゃんと親しくなった。今では互いに下の名前で呼び合っている。
 時折ひなたちゃんが鹿島さんの味方につくこともあるが、それはそれだ。
 もうひとつだけ変わったことがある。高橋さん……もとい、風香ちゃんとの関係だ。
 月曜日のお昼休み、彼女から「葛西さんさえ良ければ、私のことも名前で呼んでほしいです」と提案された。
 風香ちゃんとも親しくなりたいと考えた結果、了承したのは言うまでもない。
 それなのに、カイの話が頭をよぎる。
「優人君、どうしたの?」
「えっ?」
 ひなたちゃんの声で我に返る。
「もう、しっかりしてよ! 最近の優人君、元気がないよ!」
「ごめん、ひなたちゃん。ちょっと考えごとをしてね」
「……何か心配なことでもあるの?」
 先ほどの膨れっ面から一転して浮かない顔を見せる。
 カイの話を聞いてから、うわの空になることが多くなった。
 ひなたちゃんに伝えていいのか、悩みは尽きない。
「……とりあえず、次の授業の準備をしよう」
「そうだね!」
 ひなたちゃんがほほ笑む。
 腕時計を見ると、あと少しでチャイムが鳴るところだ。
 幸いなことに今日は部活がある。カイの話をするのは、その時だ。



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みんなのリアクション

「チア部入部おめでとう!」
 家に帰ると、仕事が休みの母さんたちが大喜びしながら出迎えてくれた。
「はあ……」
 思わず、ため息が漏れる。
 これが母さんの理想だったのだろうと考えると、素直に喜べない。
 僕の事情は別にして、無事ひなたちゃんと仲直りを果たせた。それだけで十分だ。
 前向きな気分で月曜日の予習をしていると、充電中のスマホが光り出す。
 画面には、見覚えのある名前が表示されていた。
「近藤翔生……、ああ、カイか」
 急いで充電ケーブルを抜いてから、通話ボタンをタップする。
「優人、久しぶりだなぁ。元気か」
 電話口から特徴的なイケボが耳に響く。
「元気だよ。カイは?」
「ぼちぼちってところさ」
 変わらない様子に安心したのか、ハキハキした声で答える。
 カイは少年野球をやっていた頃からの友人で、今は杜英こと杜都英才学園高校に通っている。
 小、中学校を通して野球でめざましい活躍を遂げ、杜英にもスポーツ推薦で入った。
 努力の甲斐あって野球の名門校に入れたことは、正直に言ってうらやましい。
 普段はテキストチャットでのやりとりをしているが、今日のように音声通話をすることもある。
 しかし、ここ半年は野球の話をまったくしない。話すことといえば近況報告くらいだ。その理由は僕も知らない。
「ところでお前、今日はやたら声が弾んでるな。何か良いことでもあっただろ」
「いや、別に」
「教えろよ。俺とお前の仲だろ?」
 カイがしつこく絡み出す。あったとしても、席替えでかわいい女の子と親しくなっただけだ。
「席替えでかわいい女の子の隣になったんだよ。それで十分か?」
 ため息をついて、あきれた口ぶりで答える。
「それじゃあ、次は俺の番だな。実は……」
 後はカイのターンだ。
 たまに通話したと思ったら、僕の知らない杜英の話題を延々と垂れ流す。
 ラジオ代わりに聞こうといつものように机に向き直ろうとした、そのときだった。
「……同じクラスの臼井ってヤツでな、そいつが気仙沼から来てるんだ」
「気仙沼?」
 聞き覚えのある地名を聞いて、一瞬身動きが取れなくなった。
 ひとりきりになったばあちゃんのためを思って、父さんが単身赴任をしている街だ。
「しかもそいつ、連休中に学校をサボって泉区の高校の対抗戦に潜り込んだらしいぜ」
「本当か?」
「残念ながらな」
 今度はめまいがした。
 サッカー、バスケ、バレー……県総体となれば、杜英と対戦する可能性は十分にある。
 ひなたちゃんのことを考えると、心配でたまらない。話を聞くだけでも聞いてみよう。
 冷静さを装い、いったん机の上に置いたスマホを手に取る。
「どうして潜り込んだんだよ」
「田舎じゃ彼女ができないから、都会の女の子を見に行きたい、だとさ。うちの学校にもいるのにな」
 思わずため息が漏れる。
「しかもそいつには慈徳と陸前に同じ故郷の友人がいて、どっちも彼女持ちらしい。幸せかどうかは知らんが」
 僕をよそにして、カイが話の続きをする。
 慈徳学園と陸前高校は、県内では杜英と並んで有名な私立高校だ。
 友達への対抗心から、見境がなくなってしまったのだろう。
「それで、どうなった?」
「向こうの応援団長に見つかって追い出されたらしい。いい気味だぜ」
 全て話し終えると、電話越しでカイが大笑いした。
 一方の僕は不安が募るばかりだ。
「もしそいつを見かけたら、今日俺が言ったことを臼井に伝えろよ」
 気を取られているうちに、カイは「じゃあな」と言って通話を終わらせた。
「はあ……」
 仲直りはしたものの、新たな脅威が僕を待ち受けている。
 カイの話をひなたちゃんたちに伝えるべきか、否か……。
 迷っているうちに一週間近くが過ぎた。
「優人、国語のノートを見せてあげようか?」
 鹿島さんが得意そうな顔でノートをちらつかせる。また僕をからかっているのか。
 席替え前と同じように「遠慮するよ」と答えると、隣から鋭い視線が突き刺さる。
「優人君、鹿島さんに冷たい態度を取らないの!」
 まぶしい太陽のような笑顔をしているひなたちゃんの顔は、子どものような膨れっ面をしていた。
「ひなたの言うとおりよ。そんなこと言う優人には、ノートは見せてあげない!」
「優人君はそこで反省して!」
「ぐっ……」
 二人に問い詰められてしまうと、ぐうの音も出ない。
「ユイちゃん、ノートを見せてもらってもいいかな? 私、さっきの授業でちょっと居眠りしちゃって……」
「オッケー。ちょっと待ってね」
 肩を落とす僕を横目に、ひなたちゃんは鹿島さんとノートのやりとりを始めた。
(調子が良いんだから……でも、変わったな)
 先ほどとは正反対の心温まるやりとりを聞いていると、先ほどまでの不満があっという間に吹き飛んでしまう。
 ひなたちゃんのことはさておき、仲直りした後のことを振り返る。
 まず、月曜日の夜に鹿島さんから一連のことについてメッセージで報告があった。
 それによると、林先生と相談した結果、鹿島さんは条件付きでチア部へ入部することが認められたらしい。
 一方、吉村さんは定時制の高校へ転校することとなった。自由な校風とはいえ、さすがに部室を秘め事の場に使っていてはアウトだろう。
 次に、鹿島さんの見た目が大幅に変わった。
 ブラウスは今までより余裕があり、スカートの丈も少し長めだ。
 ボタンは外したままだが、上着を身にまとっている。化粧も自然で、ひなたちゃんに引けを取らない。風紀委員の広瀬が納得するのも当然だろう。
 チア部に入部することが決まったこともあり、鹿島さんはひなたちゃんと親しくなった。今では互いに下の名前で呼び合っている。
 時折ひなたちゃんが鹿島さんの味方につくこともあるが、それはそれだ。
 もうひとつだけ変わったことがある。高橋さん……もとい、風香ちゃんとの関係だ。
 月曜日のお昼休み、彼女から「葛西さんさえ良ければ、私のことも名前で呼んでほしいです」と提案された。
 風香ちゃんとも親しくなりたいと考えた結果、了承したのは言うまでもない。
 それなのに、カイの話が頭をよぎる。
「優人君、どうしたの?」
「えっ?」
 ひなたちゃんの声で我に返る。
「もう、しっかりしてよ! 最近の優人君、元気がないよ!」
「ごめん、ひなたちゃん。ちょっと考えごとをしてね」
「……何か心配なことでもあるの?」
 先ほどの膨れっ面から一転して浮かない顔を見せる。
 カイの話を聞いてから、うわの空になることが多くなった。
 ひなたちゃんに伝えていいのか、悩みは尽きない。
「……とりあえず、次の授業の準備をしよう」
「そうだね!」
 ひなたちゃんがほほ笑む。
 腕時計を見ると、あと少しでチャイムが鳴るところだ。
 幸いなことに今日は部活がある。カイの話をするのは、その時だ。