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第23話

ー/ー



「休憩!」
 林先生のホイッスルとともに部員たちが長机の前に集まる。
 マネージャーを務めている僕は机とホワイトボードの間に立ち、部員たちにマイボトルとタオルを配る。
「うっ……」
 汗とデオドラントスプレーの香りが鼻に否応なく立ち込めると、あっという間に顔が歪む。
 高校時代の姉さんで慣れたと思っていたのに、全然慣れていない。
「ふう……」
 ひととおり配り終えるとペットボトルのふたを開けてから床に座り込み、スポーツドリンクを一口だけ飲む。
 床のひんやりとした感触と冷たい喉ごしが心地よい。
 目を閉じると、火曜日のパフォーマンスが頭に浮かんだ。
 次の日の放課後のこと、そして昨日の仲違いと文芸部からのサヨナラ……。
「いろいろあったな……」
 ため息をつきながら天井を見上げる。
 成り行きでチア部に入部したのは良いものの、ひなたちゃんとの仲はこのままなのだろうか……。
 不安を感じていると、甘いシトラスの香りが鼻をくすぐった。
「あの……」
 香りとともに、後ろから聞き覚えのある声がささやく。
「……ひなた、ちゃん?」
 振り返ると、練習で汗まみれになったひなたちゃんが立っていた。
 熱心に練習をしたせいもあって、運動着からはスポーツブラがうっすらと透けて見える。
 いつもの笑顔は見られず、歯を食いしばって顔を歪めている。何か言いたそうだ。
「ごめんなさい!」
「えっ……?」
 刹那、部員たちが見ている前でひなたちゃんが頭を下げた。
「?」
 後ろを振り返ると、隣のコートで練習をしているバスケ部が僕たちを見ている。
「ひなたちゃん、こんなところで謝らないでよ。みっ、みんなが見てるし……」
 慌てふためきながらひなたちゃんをなだめる。
「でも、私……優人君に冷たくして、話も聞かずに……」
 ひなたちゃんの声は嗚咽まみれで、目からはうっすらと涙を浮かべていた。
 チアリーダーとしての彼女の姿はなく、どこにでもいる女子高生のようだ。
「昨日のことをちゃんと説明しなかった僕が悪かったんだ。だから……」
「……それなら、本当のこと……教えてよ……」
「もちろんだよ。だから……」
 運動着のポケットからハンカチを取り出し、ひなたちゃんに差し出す。
「ほら、これで涙を拭いて」
「ありがとう……」
 ひなたちゃんはハンカチで涙を拭くと、僕の隣に腰を下ろした。
「ふ~、冷たくて気持ちいい~!」
 床の感触を味わいながら、ひなたちゃんがホッと息をつく。夏の太陽のようなまぶしい笑顔がようやく戻ってきた。
 彼女の笑顔を見ながら、僕もその隣に座る。
「昨日は何を話そうとしたの?」
「実は……」
 ペットボトルを片手に、ひなたちゃんに水曜日の放課後の出来事を全て話した。
「鹿島さん、悩んでたんだ……。こないだのことを思い出したよ」
「うん。それに、チア部に興味があることも話してたよ。ごめん、うまく言えなくて」
「私こそごめんね。最後まで聞かずに怒っちゃって……」
 ひなたちゃんが申し訳なさそうな表情を浮かべながらうつむく。
「気にしなくていいよ」
 僕がそう言うと、ひなたちゃんはまた「ありがとう」とつぶやく。
「優人君は名前どおりの人だね。私ってダメだね……。昨日、西校舎に向かう途中でフーカに『葛西君はまじめな人だよ』と言われたのに……」
「高橋さんが?」
「うん。見学のときも真剣に見ていたって話してたよ」
 火曜日のことを思い出した。
 高橋さんのダンス、ひなたちゃんの人間櫓上での演技、菅原先輩のバク転、そして『できっこないを やらなくちゃ』に合わせたダンスとスタンツ……。
 まぶたを閉じただけでも、すぐに思い浮かぶ。
「でも、昨日は部室の前まで来たら朝のことが気になって……」
「それでそのまま帰ったのか」
 顔を真っ赤にしながらひなたちゃんがうなずく。
「それにね、さっきダンスの練習をしてた一年生の子に声をかけられたの」
「それで?」
「葛西先輩は名前のとおり優しい人だって話してくれて、やっとわかったの。私が意地を張っていただけだって」
「ホント?」
「本当だよ。さっきも難しいダンスができなくて肩を落としてた一年生に優しく声をかけてたじゃない。私、高いところから見てたよ」
 先ほどダンスの練習の様子を見ていたときにコートを見ていたら、ひなたちゃんが人間櫓から飛び立とうとしていた。僕のことをしっかりと見ていたのか。
「さっきマイボトルに手をつけようとしたら後輩たちの話を聞いて、やっと素直になれたの。ごめんね!」
 また頭を下げるひなたちゃん。本当に素直な子だな。
「大丈夫だよ。でも、ひとつだけ約束してくれるかな」
「何?」
「今度から最後まで話を聞いてくれる?」
「もちろん! 約束するよ!」
 ひなたちゃんが頭を上げる。彼女の丸くてかわいらしい瞳に、いつもの輝きが戻ってきた。
「ありがとう。優人君って優しいんだね」
「そんなことはないよ」
 照れながら話していると、後ろからジトッとした気配がする。
「ほら、ひなた! さっさと練習に戻って!」
 後ろを振り返ると、菅原先輩が仁王立ちでこちらを見ていた。
「今、行きます!」
 タオルとマイボトルをその場に置くと、ひなたちゃんはマットのあるところへと向かう。
 腕時計を見ると、休憩が始まってから十分が過ぎていた。
「……葛西君」
 怯えた子猫のように顔を見上げると、先輩は自信に満ちた笑みを浮かべていた。僕のことは全部お見通しということか。
「風香のアシストに戻って。それが終わったら、ひなたたちのアシストね」
「はい!」
 菅原先輩に促され、マネージャーとしての仕事に戻る。
 ひなたちゃんとの関係が元通りになったことだし、一歩ずつ前に進んでいこう。



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みんなのリアクション

「休憩!」
 林先生のホイッスルとともに部員たちが長机の前に集まる。
 マネージャーを務めている僕は机とホワイトボードの間に立ち、部員たちにマイボトルとタオルを配る。
「うっ……」
 汗とデオドラントスプレーの香りが鼻に否応なく立ち込めると、あっという間に顔が歪む。
 高校時代の姉さんで慣れたと思っていたのに、全然慣れていない。
「ふう……」
 ひととおり配り終えるとペットボトルのふたを開けてから床に座り込み、スポーツドリンクを一口だけ飲む。
 床のひんやりとした感触と冷たい喉ごしが心地よい。
 目を閉じると、火曜日のパフォーマンスが頭に浮かんだ。
 次の日の放課後のこと、そして昨日の仲違いと文芸部からのサヨナラ……。
「いろいろあったな……」
 ため息をつきながら天井を見上げる。
 成り行きでチア部に入部したのは良いものの、ひなたちゃんとの仲はこのままなのだろうか……。
 不安を感じていると、甘いシトラスの香りが鼻をくすぐった。
「あの……」
 香りとともに、後ろから聞き覚えのある声がささやく。
「……ひなた、ちゃん?」
 振り返ると、練習で汗まみれになったひなたちゃんが立っていた。
 熱心に練習をしたせいもあって、運動着からはスポーツブラがうっすらと透けて見える。
 いつもの笑顔は見られず、歯を食いしばって顔を歪めている。何か言いたそうだ。
「ごめんなさい!」
「えっ……?」
 刹那、部員たちが見ている前でひなたちゃんが頭を下げた。
「?」
 後ろを振り返ると、隣のコートで練習をしているバスケ部が僕たちを見ている。
「ひなたちゃん、こんなところで謝らないでよ。みっ、みんなが見てるし……」
 慌てふためきながらひなたちゃんをなだめる。
「でも、私……優人君に冷たくして、話も聞かずに……」
 ひなたちゃんの声は嗚咽まみれで、目からはうっすらと涙を浮かべていた。
 チアリーダーとしての彼女の姿はなく、どこにでもいる女子高生のようだ。
「昨日のことをちゃんと説明しなかった僕が悪かったんだ。だから……」
「……それなら、本当のこと……教えてよ……」
「もちろんだよ。だから……」
 運動着のポケットからハンカチを取り出し、ひなたちゃんに差し出す。
「ほら、これで涙を拭いて」
「ありがとう……」
 ひなたちゃんはハンカチで涙を拭くと、僕の隣に腰を下ろした。
「ふ~、冷たくて気持ちいい~!」
 床の感触を味わいながら、ひなたちゃんがホッと息をつく。夏の太陽のようなまぶしい笑顔がようやく戻ってきた。
 彼女の笑顔を見ながら、僕もその隣に座る。
「昨日は何を話そうとしたの?」
「実は……」
 ペットボトルを片手に、ひなたちゃんに水曜日の放課後の出来事を全て話した。
「鹿島さん、悩んでたんだ……。こないだのことを思い出したよ」
「うん。それに、チア部に興味があることも話してたよ。ごめん、うまく言えなくて」
「私こそごめんね。最後まで聞かずに怒っちゃって……」
 ひなたちゃんが申し訳なさそうな表情を浮かべながらうつむく。
「気にしなくていいよ」
 僕がそう言うと、ひなたちゃんはまた「ありがとう」とつぶやく。
「優人君は名前どおりの人だね。私ってダメだね……。昨日、西校舎に向かう途中でフーカに『葛西君はまじめな人だよ』と言われたのに……」
「高橋さんが?」
「うん。見学のときも真剣に見ていたって話してたよ」
 火曜日のことを思い出した。
 高橋さんのダンス、ひなたちゃんの人間櫓上での演技、菅原先輩のバク転、そして『できっこないを やらなくちゃ』に合わせたダンスとスタンツ……。
 まぶたを閉じただけでも、すぐに思い浮かぶ。
「でも、昨日は部室の前まで来たら朝のことが気になって……」
「それでそのまま帰ったのか」
 顔を真っ赤にしながらひなたちゃんがうなずく。
「それにね、さっきダンスの練習をしてた一年生の子に声をかけられたの」
「それで?」
「葛西先輩は名前のとおり優しい人だって話してくれて、やっとわかったの。私が意地を張っていただけだって」
「ホント?」
「本当だよ。さっきも難しいダンスができなくて肩を落としてた一年生に優しく声をかけてたじゃない。私、高いところから見てたよ」
 先ほどダンスの練習の様子を見ていたときにコートを見ていたら、ひなたちゃんが人間櫓から飛び立とうとしていた。僕のことをしっかりと見ていたのか。
「さっきマイボトルに手をつけようとしたら後輩たちの話を聞いて、やっと素直になれたの。ごめんね!」
 また頭を下げるひなたちゃん。本当に素直な子だな。
「大丈夫だよ。でも、ひとつだけ約束してくれるかな」
「何?」
「今度から最後まで話を聞いてくれる?」
「もちろん! 約束するよ!」
 ひなたちゃんが頭を上げる。彼女の丸くてかわいらしい瞳に、いつもの輝きが戻ってきた。
「ありがとう。優人君って優しいんだね」
「そんなことはないよ」
 照れながら話していると、後ろからジトッとした気配がする。
「ほら、ひなた! さっさと練習に戻って!」
 後ろを振り返ると、菅原先輩が仁王立ちでこちらを見ていた。
「今、行きます!」
 タオルとマイボトルをその場に置くと、ひなたちゃんはマットのあるところへと向かう。
 腕時計を見ると、休憩が始まってから十分が過ぎていた。
「……葛西君」
 怯えた子猫のように顔を見上げると、先輩は自信に満ちた笑みを浮かべていた。僕のことは全部お見通しということか。
「風香のアシストに戻って。それが終わったら、ひなたたちのアシストね」
「はい!」
 菅原先輩に促され、マネージャーとしての仕事に戻る。
 ひなたちゃんとの関係が元通りになったことだし、一歩ずつ前に進んでいこう。