第21話
ー/ー「はぁ……」
放課後、誰もいない教室で僕は物思いにふける。
午後の授業は最悪だった。先生に突然指名されたかと思えば、総合学習では体育会系のノリで決める男子と組むハメになった。
それだけではない。文芸部の部室へ向かったら、部長から退部勧告だ。
曰く、「総文祭に出られるようなレベルではない」と……。
(部長は救いのない疫病神だ! もう、こんなところには居たくない!)
心の中で文句をつぶやき、文芸部の部室を後にした。
どこかの部活に入り直すとしても、僕を受け入れてくれるところはあるのだろうか。
たとえそうなったとしても、体育会系はまず無理だ。文化部に入るとしても茶道部は……。
(もう、どうでもいい。ひとりでいた方がマシだ)
言い表せない感情に身を任せていると、いつの間にか二年二組の教室へと戻ってきた。
知らないうちにカバンからスマホとワイヤレスイヤホンを取り出し、サブスク対応の音楽アプリを開いた。
唄とピアノの切ない歌い出し、横乗りのリズムにフックの強いメロディ、未来に向かって歩き出さなければならないことを伝える歌詞……。
聞き入るほどに、最近の出来事が遠い昔のように感じる。辛いときに何度も聞いて、何度も涙したことか。
「僕はひとりぼっちさ……」
ひとり言を口にしながら思わず机に突っ伏す。
姉さんたちに「チア部の女の子と親しくなれたの?」と言われたら、「ダメだった」と答えればいい。
チアなんてなくても、僕は男友達が居ればそれで構わない。この音よ、全てを包み込んでくれ……。
曲に身を任せていると、入り口の引き戸がガラッと開く音が聞こえた。
「誰だろう……」
ひとことつぶやいてから、顔を上げる。
今来たのは広瀬か? それとも鹿島さんか?
ありえないだろう。広瀬は弓道場か見回りだし、鹿島さんは噂になっている以上は顔を合わせづらい。
そうなると、菅原先輩だろうか? 第一、菅原先輩が二年生の教室に来るわけがない。
また机に突っ伏すと、足音がこちらに近づいてくる。
「あの……」
柔らかな声が耳元でささやき、フローラルの香りがする。
ワイヤレスイヤホンをケースに収め、ゆっくりと顔を上げた。
ひなたちゃんと違った清楚な見た目の美少女が僕の顔をじっと見ている。
肩まであるポニーテールは、もしかして……。
「高橋さん?」
髪を軽く揺らしながら、高橋さんがうなずく。
「隣のクラスなのに、どうして僕たちの教室に来たんですか?」
戸惑いを隠せないまま問いかけると、高橋さんは広瀬の席に座った。
「実は、林先生から葛西君への書類をお預かりしてます」
高橋さんはカバンを開くと、僕に一通の封筒を手渡す。
その中には文芸部への退部届とチア部への入部届、チアのことについてまとめた冊子が入っていた。
冊子をパラパラとめくると、林先生のわかりやすい解説と漫画のワンシーンが目に映る。
ほんの少しだが、林先生の優しさが伝わってきた。
「チア部に入れということですか」
冊子を机の上に置いてから、高橋さんに尋ねる。
「はい。本当はひなたと一緒に文芸部の部室へ向かうはずでした」
「ひなたちゃんと?」
驚きのあまりに問いかけると、高橋さんがうなずく。
「ですが、ひなたが『優人君と顔を合わせたくない』と言って帰り、文芸部では部長に追い返され……。図書室にもいなかったので、最後の望みをかけてここまで来ました」
ひなたちゃんに嫌われ、文芸部の部長からは存在を無視された。
ひとりぼっちとなったと感じるやいなや、目の奥からジワリとした感覚がする。
今の僕の心は、どんよりとした曇り空に覆われている。
「大丈夫ですか? 泣いてるようですけど」
「なっ、何でもありません」
スラックスのポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
曲を聴いているうちに、感情移入していたのだろうか。
「僕に居場所はないんですか」
「今はそう感じるかもしれませんね。でも、チア部はきっとあなたの居場所になるはずです」
優しい笑顔を浮かべながら、高橋さんが身を乗り出してきた。
(……そういえば……)
頭の中で、ふと何かを思い浮かべる。忘れもしない三年前のことだ。
あの頃は野球部がベスト8まで勝ち進んでいたらしく、姉さんは授業を休んでまで応援していた。
仮に甲子園の地方大会で三回戦に進んだ場合、チア部と吹奏楽部の応援が入る。
平日の試合となると、これまで何度も助けてもらっている広瀬に面倒をかけることになりそうだ。その点を高橋さんに聞いてみよう。
「ひとつだけ質問していいですか」
そう言いながら、少しだけ高く手を挙げる。
「どうぞ」
「地方大会で応援するとなれば、当然学校を休むことになりますよね」
「そうですね。予選会は平日に行われますし、市外の球場でも試合をしますから」
「宿題などいろいろと聞き逃しそうで、心配なのですが……」
不安なことを高橋さんにぶつけてみる。しかし、高橋さんは顔色を何ひとつ変えないままだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。仮にそうなったとしても、フォロー体制が整ってますから」
そう言いながら高橋さんがほほ笑む。成績上位者のお墨付きがあるなら、心配する必要はなさそうだ。
「本当、ですか?」
「ええ。それに、林先生も返事を待ってますよ」
もはや、迷いはない。
筆入れからペンを取り出し、二種類の書類にサインをする。
「これでいいですか?」
「はい、これで問題ありません」
書類を高橋さんに渡すと、落ち着いた手つきで封筒に収める。
「はあ……」
次の瞬間、言い表せない感情が僕の心を支配していた。
ホッとしたのか、これからのことが不安なのか、もしくは母さんの理想どおりになったということか……。
「どうしたんですか、ため息をついて。明日からひなたと一緒に活動するんでしょ?」
「それは、そうですけれど……」
「落ち込まないで、笑顔を見せてください」
そう話すと高橋さんは立ち上がって、教壇の近くへと向かう。
「ふん、ふん、ふふふん~♪」
おととい流した曲を鼻歌で歌いながら、そのままの振り付けで踊りはじめる。
止まない雨はない。降り続けても、傘を差して歩けばいい。
幸いにも僕には高橋さんが差してくれた傘がある。長い道の向こうにはひなたちゃんも笑顔で待っているはずだ。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「はぁ……」
放課後、誰もいない教室で僕は物思いにふける。
午後の授業は最悪だった。先生に突然指名されたかと思えば、総合学習では体育会系のノリで決める男子と組むハメになった。
それだけではない。文芸部の部室へ向かったら、部長から退部勧告だ。
曰く、「総文祭に出られるようなレベルではない」と……。
(部長は救いのない疫病神だ! もう、こんなところには居たくない!)
心の中で文句をつぶやき、文芸部の部室を後にした。
どこかの部活に入り直すとしても、僕を受け入れてくれるところはあるのだろうか。
たとえそうなったとしても、体育会系はまず無理だ。文化部に入るとしても茶道部は……。
(もう、どうでもいい。ひとりでいた方がマシだ)
言い表せない感情に身を任せていると、いつの間にか二年二組の教室へと戻ってきた。
知らないうちにカバンからスマホとワイヤレスイヤホンを取り出し、サブスク対応の音楽アプリを開いた。
唄とピアノの切ない歌い出し、横乗りのリズムにフックの強いメロディ、未来に向かって歩き出さなければならないことを伝える歌詞……。
聞き入るほどに、最近の出来事が遠い昔のように感じる。辛いときに何度も聞いて、何度も涙したことか。
「僕はひとりぼっちさ……」
ひとり言を口にしながら思わず机に突っ伏す。
姉さんたちに「チア部の女の子と親しくなれたの?」と言われたら、「ダメだった」と答えればいい。
チアなんてなくても、僕は男友達が居ればそれで構わない。この音よ、全てを包み込んでくれ……。
曲に身を任せていると、入り口の引き戸がガラッと開く音が聞こえた。
「誰だろう……」
ひとことつぶやいてから、顔を上げる。
今来たのは広瀬か? それとも鹿島さんか?
ありえないだろう。広瀬は弓道場か見回りだし、鹿島さんは噂になっている以上は顔を合わせづらい。
そうなると、菅原先輩だろうか? 第一、菅原先輩が二年生の教室に来るわけがない。
また机に突っ伏すと、足音がこちらに近づいてくる。
「あの……」
柔らかな声が耳元でささやき、フローラルの香りがする。
ワイヤレスイヤホンをケースに収め、ゆっくりと顔を上げた。
ひなたちゃんと違った清楚な見た目の美少女が僕の顔をじっと見ている。
肩まであるポニーテールは、もしかして……。
「高橋さん?」
髪を軽く揺らしながら、高橋さんがうなずく。
「隣のクラスなのに、どうして僕たちの教室に来たんですか?」
戸惑いを隠せないまま問いかけると、高橋さんは広瀬の席に座った。
「実は、林先生から葛西君への書類をお預かりしてます」
高橋さんはカバンを開くと、僕に一通の封筒を手渡す。
その中には文芸部への退部届とチア部への入部届、チアのことについてまとめた冊子が入っていた。
冊子をパラパラとめくると、林先生のわかりやすい解説と漫画のワンシーンが目に映る。
ほんの少しだが、林先生の優しさが伝わってきた。
「チア部に入れということですか」
冊子を机の上に置いてから、高橋さんに尋ねる。
「はい。本当はひなたと一緒に文芸部の部室へ向かうはずでした」
「ひなたちゃんと?」
驚きのあまりに問いかけると、高橋さんがうなずく。
「ですが、ひなたが『優人君と顔を合わせたくない』と言って帰り、文芸部では部長に追い返され……。図書室にもいなかったので、最後の望みをかけてここまで来ました」
ひなたちゃんに嫌われ、文芸部の部長からは存在を無視された。
ひとりぼっちとなったと感じるやいなや、目の奥からジワリとした感覚がする。
今の僕の心は、どんよりとした曇り空に覆われている。
「大丈夫ですか? 泣いてるようですけど」
「なっ、何でもありません」
スラックスのポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
曲を聴いているうちに、感情移入していたのだろうか。
「僕に居場所はないんですか」
「今はそう感じるかもしれませんね。でも、チア部はきっとあなたの居場所になるはずです」
優しい笑顔を浮かべながら、高橋さんが身を乗り出してきた。
(……そういえば……)
頭の中で、ふと何かを思い浮かべる。忘れもしない三年前のことだ。
あの頃は野球部がベスト8まで勝ち進んでいたらしく、姉さんは授業を休んでまで応援していた。
仮に甲子園の地方大会で三回戦に進んだ場合、チア部と吹奏楽部の応援が入る。
平日の試合となると、これまで何度も助けてもらっている広瀬に面倒をかけることになりそうだ。その点を高橋さんに聞いてみよう。
「ひとつだけ質問していいですか」
そう言いながら、少しだけ高く手を挙げる。
「どうぞ」
「地方大会で応援するとなれば、当然学校を休むことになりますよね」
「そうですね。予選会は平日に行われますし、市外の球場でも試合をしますから」
「宿題などいろいろと聞き逃しそうで、心配なのですが……」
不安なことを高橋さんにぶつけてみる。しかし、高橋さんは顔色を何ひとつ変えないままだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。仮にそうなったとしても、フォロー体制が整ってますから」
そう言いながら高橋さんがほほ笑む。成績上位者のお墨付きがあるなら、心配する必要はなさそうだ。
「本当、ですか?」
「ええ。それに、林先生も返事を待ってますよ」
もはや、迷いはない。
筆入れからペンを取り出し、二種類の書類にサインをする。
「これでいいですか?」
「はい、これで問題ありません」
書類を高橋さんに渡すと、落ち着いた手つきで封筒に収める。
「はあ……」
次の瞬間、言い表せない感情が僕の心を支配していた。
ホッとしたのか、これからのことが不安なのか、もしくは母さんの理想どおりになったということか……。
「どうしたんですか、ため息をついて。明日からひなたと一緒に活動するんでしょ?」
「それは、そうですけれど……」
「落ち込まないで、笑顔を見せてください」
そう話すと高橋さんは立ち上がって、教壇の近くへと向かう。
「ふん、ふん、ふふふん~♪」
おととい流した曲を鼻歌で歌いながら、そのままの振り付けで踊りはじめる。
止まない雨はない。降り続けても、傘を差して歩けばいい。
幸いにも僕には高橋さんが差してくれた傘がある。長い道の向こうにはひなたちゃんも笑顔で待っているはずだ。