第20話
ー/ー ひなたちゃんの冷たい視線に耐えながら午前中の授業を終えると、僕はその足で職員室へ向かった。
「行こうか」
「は、はい……」
入り口で弁当箱を携えた林先生と顔を合わせ、一緒に中庭へと足を進める。
罰とはいえ、同じ背丈の男子生徒と女性教師が歩く様は……正直、恥ずかしい。
昇降口付近で別れてから靴を履き替え、中庭へと向かう。
「ここに座ろうよ」
ベンチに腰掛けると、林先生は空いているスペースを指差した。
「失礼します……」
身をすくめながら林先生の隣に座ると、キンモクセイのようなフルーティーな香りが漂う。
もしかして、林先生は僕たちより年下なのだろうか。
(そんなことはないか)
心の中でツッコミを入れながら、周りを見渡す。
爽やかな五月晴れとはいかない空の下、生徒たちが談笑しながらお昼のひとときを過ごしている。
仮に僕がラノベの主人公だったら、「爆発しろ」と呪いの言葉を投げかけそうだ。
「思ったよりもいい天気だね」
「そっ、そうですね……」
「こんなに綺麗な中庭だったら、フェスティバルをしても楽しそうだね」
「ええ……」
ぎこちない笑顔を浮かべて林先生に答える。
ひなたちゃんと高橋さんとこうして弁当を食べたかったのに、どうしてこうなったのだろう。
「ところで……」
「は、はい! なんでしょうか?」
「今朝何があったのか、先生に教えてくれる?」
天使のような笑顔を浮かべながら林先生が問いかける。純粋な瞳で見つめられたら、隠しようがない。
「実は……」
それから僕は、昨日の放課後から今朝までの出来事を全て話した。
「ふーん、そうだったの。正直に話してくれてありがとう」
林先生は戸惑いながらも、僕の話を真剣に聞いてくれた。
先生が親身になってくれて、僕もひと安心だ。
「ところで、葛西君って何か新しいものでも書いている?」
「新しいもの、ですか?」
「そう。君って文芸部じゃない。部長に認められないと干される、って聞いたことがあるよ」
「そうですね……」
空になった弁当箱をしまいながら考える。
実を言うと、おとといの夜から部誌に載せるための小説を書きはじめた。タイトルは「席替え」で、席替えを機に知り合った二人の男女の話だ。
昨日の晩、話の筋を文芸部のグループチャットで伝えたところ、部長の冷淡な反応が返ってきた。
『どこかのラノベの真似じゃないか』
『もう少し芸術的な視点はないのか』
ああ、また始まった。指導者の振りをして、楽しいのか?
優しい先生が顧問を務めていた中学校の文芸部と違って、この学校の文芸部は僕にとって苦痛でしかない。
「書けるところまで書いて部長に見せたのですが、多分厳しいかと……」
肩を落とし、ため息をつきながら答える。
「……そう……」
林先生が僕の顔を見つめる。
「葛西君、もしかして行き場がどこにもないの?」
「はい。文芸部にも居場所がありませんし、この際だから……」
本音を言いかけた途端に口ごもる。
今の僕だったら、鹿島さんの気持ちがわかる。彼女と同じように、文芸部を去るしかないのだろうか。
「それなら、いいタイミングかもしれないね」
「えっ?」
落ち込んでいる僕を見て、林先生が天使のような笑顔を浮かべた。
「昨日鹿島さんにも話したけれど、チア部って部員が多いようで少ないの。話は変わるけど、チアの大会で必要な人数って知ってる?」
「八人以上、十六人以下ですね。それが何か?」
昨日ひなたちゃんから教わったとおりに答えると、先生が重い口を開く。
「今、うちの部員は二十人いるけど、三年生がミコちゃんを含めて七人もいるの。三年生が引退したら、何人になる?」
「二十人だから……十三人ですね」
指折り数えながら、先生に答える。
「仮に大会に出るとして、もう少し部員が欲しいのよね。チアって、華やかに見えてハードだから……」
マイボトルを手にしながら、ため息交じりで林先生が事情を話す。
林先生の表情に天使の輝きは見られず、くたびれた大人のようだ。
「ところで、葛西君ってチアに興味ある?」
「ぼっ、僕ですか?」
「おととい熱心に見学したよね。男子がチアをやるのも珍しくないし、葛西君なら部員たちを支えられると思うんだ」
「うっ……」
先生に見つめられると、一瞬にして顔が赤くなる。
今までチアを避けてきた僕が、チアをやれということなのだろうか。頭の中で迷いが生じる。
「イヤなの?」
「そっ、そういうわけじゃありません! 第一、僕は運動が苦手です!」
先生のまっすぐな視線を振り払うようにしながら答える。
少年野球をやっていた頃はずっと補欠で、試合に出たことは一度もない。バスケやバレーをやったら足を引っ張るし、ダンスも全然無理だ。
「そんなの気にしないよ。高橋さんたちが優しく教えてくれるから、心配しなくていいよ」
僕のことを知ってか知らずか、林先生が笑顔を浮かべる。
「いえ、そういうわけには……」
目を合わせないようにして声を振り絞りながら答える。
それに、チアが盛んなこの街で男性がチアリーダーをやるなんて聞いたことがない。
たとえ小説の中で男女混合のチアリーディングチームが強いと書かれていても、だ。
「う~ん……」
林先生が腕を組みながら考えると、何かを思いついたように手をポンと叩く。
「それなら最初はマネージャーからスタートして、様子を見てから正式な部員になるというのはどうかな?」
「マネージャー、ですか」
オウム返しに問いかける僕。
「そう。最近、他校で部活中の女子生徒に不審者が声をかけるトラブルがあったって聞いたの。男子が一人いてくれるだけでも、心強いんだよね」
途端に胸騒ぎがする。
もしかして、林先生は本当に僕を必要としているのだろうか。
「わかりました。少し考えさせてください」
即答を避けるようにしてベンチから立ち上がり、昇降口へと向かう。
「いい返事を期待しているよ、か・さ・い・君♡」
去り際、林先生は甘くてフワっとした声とともに投げキスを飛ばしてきた。
一瞬だけ姉さんのことを思い出して、心臓が跳ね上がった。
林先生の意外な一面に戸惑いを隠せない反面、僕の心は今の空模様とまったく変わらない。
重い足取りのまま、午後の授業のために僕は生徒たちと一緒に校舎へ向かった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
ひなたちゃんの冷たい視線に耐えながら午前中の授業を終えると、僕はその足で職員室へ向かった。
「行こうか」
「は、はい……」
入り口で弁当箱を携えた林先生と顔を合わせ、一緒に中庭へと足を進める。
罰とはいえ、同じ背丈の男子生徒と女性教師が歩く様は……正直、恥ずかしい。
昇降口付近で別れてから靴を履き替え、中庭へと向かう。
「ここに座ろうよ」
ベンチに腰掛けると、林先生は空いているスペースを指差した。
「失礼します……」
身をすくめながら林先生の隣に座ると、キンモクセイのようなフルーティーな香りが漂う。
もしかして、林先生は僕たちより年下なのだろうか。
(そんなことはないか)
心の中でツッコミを入れながら、周りを見渡す。
爽やかな五月晴れとはいかない空の下、生徒たちが談笑しながらお昼のひとときを過ごしている。
仮に僕がラノベの主人公だったら、「爆発しろ」と呪いの言葉を投げかけそうだ。
「思ったよりもいい天気だね」
「そっ、そうですね……」
「こんなに綺麗な中庭だったら、フェスティバルをしても楽しそうだね」
「ええ……」
ぎこちない笑顔を浮かべて林先生に答える。
ひなたちゃんと高橋さんとこうして弁当を食べたかったのに、どうしてこうなったのだろう。
「ところで……」
「は、はい! なんでしょうか?」
「今朝何があったのか、先生に教えてくれる?」
天使のような笑顔を浮かべながら林先生が問いかける。純粋な瞳で見つめられたら、隠しようがない。
「実は……」
それから僕は、昨日の放課後から今朝までの出来事を全て話した。
「ふーん、そうだったの。正直に話してくれてありがとう」
林先生は戸惑いながらも、僕の話を真剣に聞いてくれた。
先生が親身になってくれて、僕もひと安心だ。
「ところで、葛西君って何か新しいものでも書いている?」
「新しいもの、ですか?」
「そう。君って文芸部じゃない。部長に認められないと干される、って聞いたことがあるよ」
「そうですね……」
空になった弁当箱をしまいながら考える。
実を言うと、おとといの夜から部誌に載せるための小説を書きはじめた。タイトルは「席替え」で、席替えを機に知り合った二人の男女の話だ。
昨日の晩、話の筋を文芸部のグループチャットで伝えたところ、部長の冷淡な反応が返ってきた。
『どこかのラノベの真似じゃないか』
『もう少し芸術的な視点はないのか』
ああ、また始まった。指導者の振りをして、楽しいのか?
優しい先生が顧問を務めていた中学校の文芸部と違って、この学校の文芸部は僕にとって苦痛でしかない。
「書けるところまで書いて部長に見せたのですが、多分厳しいかと……」
肩を落とし、ため息をつきながら答える。
「……そう……」
林先生が僕の顔を見つめる。
「葛西君、もしかして行き場がどこにもないの?」
「はい。文芸部にも居場所がありませんし、この際だから……」
本音を言いかけた途端に口ごもる。
今の僕だったら、鹿島さんの気持ちがわかる。彼女と同じように、文芸部を去るしかないのだろうか。
「それなら、いいタイミングかもしれないね」
「えっ?」
落ち込んでいる僕を見て、林先生が天使のような笑顔を浮かべた。
「昨日鹿島さんにも話したけれど、チア部って部員が多いようで少ないの。話は変わるけど、チアの大会で必要な人数って知ってる?」
「八人以上、十六人以下ですね。それが何か?」
昨日ひなたちゃんから教わったとおりに答えると、先生が重い口を開く。
「今、うちの部員は二十人いるけど、三年生がミコちゃんを含めて七人もいるの。三年生が引退したら、何人になる?」
「二十人だから……十三人ですね」
指折り数えながら、先生に答える。
「仮に大会に出るとして、もう少し部員が欲しいのよね。チアって、華やかに見えてハードだから……」
マイボトルを手にしながら、ため息交じりで林先生が事情を話す。
林先生の表情に天使の輝きは見られず、くたびれた大人のようだ。
「ところで、葛西君ってチアに興味ある?」
「ぼっ、僕ですか?」
「おととい熱心に見学したよね。男子がチアをやるのも珍しくないし、葛西君なら部員たちを支えられると思うんだ」
「うっ……」
先生に見つめられると、一瞬にして顔が赤くなる。
今までチアを避けてきた僕が、チアをやれということなのだろうか。頭の中で迷いが生じる。
「イヤなの?」
「そっ、そういうわけじゃありません! 第一、僕は運動が苦手です!」
先生のまっすぐな視線を振り払うようにしながら答える。
少年野球をやっていた頃はずっと補欠で、試合に出たことは一度もない。バスケやバレーをやったら足を引っ張るし、ダンスも全然無理だ。
「そんなの気にしないよ。高橋さんたちが優しく教えてくれるから、心配しなくていいよ」
僕のことを知ってか知らずか、林先生が笑顔を浮かべる。
「いえ、そういうわけには……」
目を合わせないようにして声を振り絞りながら答える。
それに、チアが盛んなこの街で男性がチアリーダーをやるなんて聞いたことがない。
たとえ小説の中で男女混合のチアリーディングチームが強いと書かれていても、だ。
「う~ん……」
林先生が腕を組みながら考えると、何かを思いついたように手をポンと叩く。
「それなら最初はマネージャーからスタートして、様子を見てから正式な部員になるというのはどうかな?」
「マネージャー、ですか」
オウム返しに問いかける僕。
「そう。最近、他校で部活中の女子生徒に不審者が声をかけるトラブルがあったって聞いたの。男子が一人いてくれるだけでも、心強いんだよね」
途端に胸騒ぎがする。
もしかして、林先生は本当に僕を必要としているのだろうか。
「わかりました。少し考えさせてください」
即答を避けるようにしてベンチから立ち上がり、昇降口へと向かう。
「いい返事を期待しているよ、か・さ・い・君♡」
去り際、林先生は甘くてフワっとした声とともに投げキスを飛ばしてきた。
一瞬だけ姉さんのことを思い出して、心臓が跳ね上がった。
林先生の意外な一面に戸惑いを隠せない反面、僕の心は今の空模様とまったく変わらない。
重い足取りのまま、午後の授業のために僕は生徒たちと一緒に校舎へ向かった。