表示設定
表示設定
目次 目次




第19話

ー/ー



 次の日。
「ふあ……」
 昨日と同じように、大きなあくびをしながら学校へと向かう。
「鹿島さん、寝る前にメッセージを送らないでくれよ……」
 朝一番で不満を漏らすのも無理はない。なにせ、鹿島さんから部活のことで着信があったのは昨日の夜の十時半頃だ。
 話し合いの後で体育館へと向かい、やる気を見せたおかげで林先生から前向きな返事がもらえた、とのことだった。
 鹿島さんのことが解決した一方で、気になることがある。ひなたちゃんのことだ。
 もし鹿島さんと林先生が話しているところを見ていたら、どう思うだろう。
 恋したことがない僕にとって、女の子のことなんて未知の世界だ。
「おはよ~」
 考えごとをしていると、ひなたちゃんが教室の中に入ってきた。
「おはよう。今日はゆっくりだね」
「うん。練習が休みの日だからね」
 いつものようにカバンを机にかけ、荷物を取り出す。
 表情も五月晴れのような爽やかな表情で、特に変わった様子は見られない。
 果たして、昨日の放課後のことを何も言わない方が良いのだろうか。
 鹿島さんからひなたちゃんとの関係について問いただされたこと、広瀬と一緒になって相談に乗ったこと、全てだ。
 ふいにシトラスの香りが鼻をくすぐる。振り向いた先には、ひなたちゃんが僕の顔をじっと見つめていた。
「そういえば……」
「?」
「昨日体育館に鹿島さんが来てたけど、どういうこと?」
「知ってたの?」
「うん。スタンツの練習をしてたら、鹿島さんが入り口でキョロキョロしてるのを見たの。優人君、もしかして……」
 ひなたちゃんの目つきが鋭く突き刺さる。僕のことを疑っているのか?
「ちっ、違うよ! 最初は席替えの話になって、それから……」
「それから? 何?」
「それから……」
 言葉に詰まりながらも、前の席に視線を移す。しかし、席の主である広瀬はまだ来ていない。
 いや、何を冷静に分析をしているのだろう。まずはひなたちゃんの質問に答えるのが先だ。
「……鹿島さんの悩み事を聞いてあげたんだ」
「悩み事?」
「うん。実は茶道部で問題があって、辞めたいって相談されたんだ。それで昨日の放課後に話し合ったんだけど……」
 慎重に言葉を選びながら、昨日のことを話す。
 しかし、聞いているひなたちゃんの顔に笑顔は見られない。声色も低く、嫉妬しているような印象を受ける。
「……」
「どうして何も言わないの?」
 ひなたちゃんの声のトーンがさらに冷たくなる。
 誰もが目を覚ますような声にはトゲが加わり、僕の胸に容赦なく突き刺さる。
「言えないようなことがあったってこと?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
 僕がうろたえていると、しびれを切らしたひなたちゃんは「もう、知らない!」と膨れっ面をしながらそっぽを向いた。
 覆水盆に返らず。自分のやっていたことが裏目に出てしまった。
「本当なの? 葛西君と鹿島さんって……」
「昨日、二人きりで教室にいるところを見たって話よ」
「鹿島さんが葛西君を口説いてたって……」
「鹿島さんって、隣町の市議会議員の娘でしょ? 葛西君もやるわね……」
 予鈴前になって人が集まってきたからか、視線が僕とひなたちゃんに向けられる。
 広瀬と一緒になって鹿島さんの相談に乗っただけなのに、どういうことか僕と鹿島さんは付き合っていることになっている。
 誤解を解きたくても解けそうにない。
 広瀬に助けを求めようとしたが、本に夢中で気づく様子もない。
 しかも、その本は一癖ある仲間たちとのロードノベルだ。自分の好きな物語をじっくり読む暇があったら、何とか言ってくれよ。
 すっかり焦燥していると、ホームルームを知らせるチャイムが鳴る。
「おはよ~」
 それに合わせるかのように、林先生が教室へと入ってくる。
 雑談していた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにして自分たちの席に戻っていく。
「さて……あれ? 葛西君とひなたちゃん、どうしたの?」
 先生が僕の顔をじっと見つめる。
「……何でもないです」「何でもありません」
 お互い顔を合わせないようにして、僕たちは先生の問いかけに答えた。
「ふ~ん……」
 林先生は一瞬だけつまらなそうな顔をする。
 それもつかの間で、「それはともかく、今日の連絡事項ね~……」と変わらぬ表情でホームルームを始めた。
 世は全てこともなし。ホッとひと息ついて先生の話を耳にする。
「では、ホームルームは以上ね。……それと、葛西君」
「は、はい?」
 教卓から去ろうとした林先生が呼び止める。どういうことだろう。
「弁当箱、しまい忘れているよ。罰として、今日のお昼は私と一緒に食べない?」
「えっ……?」
 机の上を見ると、弁当箱の一式が残っていた。
「葛西君、うっかりしすぎ」
「何をボーッとしてるのかしら」
 教室から笑い声が響く。
 ひなたちゃんのことを考えすぎていたのか、弁当箱をロッカーの中にしまうのをすっかり忘れていた。穴があったら入りたい。
「葛西君、お昼休みになったら職員室で待っててね♡」
「は、はい……」
 笑顔を浮かべながら去って行く先生の後ろ姿を追うように、ロッカーへと向かう。
 ひなたちゃんに冷たくされ、林先生に呼び出され……今日は大変な一日になりそうだ。



次のエピソードへ進む 第20話


みんなのリアクション

 次の日。
「ふあ……」
 昨日と同じように、大きなあくびをしながら学校へと向かう。
「鹿島さん、寝る前にメッセージを送らないでくれよ……」
 朝一番で不満を漏らすのも無理はない。なにせ、鹿島さんから部活のことで着信があったのは昨日の夜の十時半頃だ。
 話し合いの後で体育館へと向かい、やる気を見せたおかげで林先生から前向きな返事がもらえた、とのことだった。
 鹿島さんのことが解決した一方で、気になることがある。ひなたちゃんのことだ。
 もし鹿島さんと林先生が話しているところを見ていたら、どう思うだろう。
 恋したことがない僕にとって、女の子のことなんて未知の世界だ。
「おはよ~」
 考えごとをしていると、ひなたちゃんが教室の中に入ってきた。
「おはよう。今日はゆっくりだね」
「うん。練習が休みの日だからね」
 いつものようにカバンを机にかけ、荷物を取り出す。
 表情も五月晴れのような爽やかな表情で、特に変わった様子は見られない。
 果たして、昨日の放課後のことを何も言わない方が良いのだろうか。
 鹿島さんからひなたちゃんとの関係について問いただされたこと、広瀬と一緒になって相談に乗ったこと、全てだ。
 ふいにシトラスの香りが鼻をくすぐる。振り向いた先には、ひなたちゃんが僕の顔をじっと見つめていた。
「そういえば……」
「?」
「昨日体育館に鹿島さんが来てたけど、どういうこと?」
「知ってたの?」
「うん。スタンツの練習をしてたら、鹿島さんが入り口でキョロキョロしてるのを見たの。優人君、もしかして……」
 ひなたちゃんの目つきが鋭く突き刺さる。僕のことを疑っているのか?
「ちっ、違うよ! 最初は席替えの話になって、それから……」
「それから? 何?」
「それから……」
 言葉に詰まりながらも、前の席に視線を移す。しかし、席の主である広瀬はまだ来ていない。
 いや、何を冷静に分析をしているのだろう。まずはひなたちゃんの質問に答えるのが先だ。
「……鹿島さんの悩み事を聞いてあげたんだ」
「悩み事?」
「うん。実は茶道部で問題があって、辞めたいって相談されたんだ。それで昨日の放課後に話し合ったんだけど……」
 慎重に言葉を選びながら、昨日のことを話す。
 しかし、聞いているひなたちゃんの顔に笑顔は見られない。声色も低く、嫉妬しているような印象を受ける。
「……」
「どうして何も言わないの?」
 ひなたちゃんの声のトーンがさらに冷たくなる。
 誰もが目を覚ますような声にはトゲが加わり、僕の胸に容赦なく突き刺さる。
「言えないようなことがあったってこと?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
 僕がうろたえていると、しびれを切らしたひなたちゃんは「もう、知らない!」と膨れっ面をしながらそっぽを向いた。
 覆水盆に返らず。自分のやっていたことが裏目に出てしまった。
「本当なの? 葛西君と鹿島さんって……」
「昨日、二人きりで教室にいるところを見たって話よ」
「鹿島さんが葛西君を口説いてたって……」
「鹿島さんって、隣町の市議会議員の娘でしょ? 葛西君もやるわね……」
 予鈴前になって人が集まってきたからか、視線が僕とひなたちゃんに向けられる。
 広瀬と一緒になって鹿島さんの相談に乗っただけなのに、どういうことか僕と鹿島さんは付き合っていることになっている。
 誤解を解きたくても解けそうにない。
 広瀬に助けを求めようとしたが、本に夢中で気づく様子もない。
 しかも、その本は一癖ある仲間たちとのロードノベルだ。自分の好きな物語をじっくり読む暇があったら、何とか言ってくれよ。
 すっかり焦燥していると、ホームルームを知らせるチャイムが鳴る。
「おはよ~」
 それに合わせるかのように、林先生が教室へと入ってくる。
 雑談していた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにして自分たちの席に戻っていく。
「さて……あれ? 葛西君とひなたちゃん、どうしたの?」
 先生が僕の顔をじっと見つめる。
「……何でもないです」「何でもありません」
 お互い顔を合わせないようにして、僕たちは先生の問いかけに答えた。
「ふ~ん……」
 林先生は一瞬だけつまらなそうな顔をする。
 それもつかの間で、「それはともかく、今日の連絡事項ね~……」と変わらぬ表情でホームルームを始めた。
 世は全てこともなし。ホッとひと息ついて先生の話を耳にする。
「では、ホームルームは以上ね。……それと、葛西君」
「は、はい?」
 教卓から去ろうとした林先生が呼び止める。どういうことだろう。
「弁当箱、しまい忘れているよ。罰として、今日のお昼は私と一緒に食べない?」
「えっ……?」
 机の上を見ると、弁当箱の一式が残っていた。
「葛西君、うっかりしすぎ」
「何をボーッとしてるのかしら」
 教室から笑い声が響く。
 ひなたちゃんのことを考えすぎていたのか、弁当箱をロッカーの中にしまうのをすっかり忘れていた。穴があったら入りたい。
「葛西君、お昼休みになったら職員室で待っててね♡」
「は、はい……」
 笑顔を浮かべながら去って行く先生の後ろ姿を追うように、ロッカーへと向かう。
 ひなたちゃんに冷たくされ、林先生に呼び出され……今日は大変な一日になりそうだ。