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第18話

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 グラウンドのかけ声と吹奏楽部の演奏が二年二組の教室に響く中、僕たちはそれぞれの席に着いた。
 僕と広瀬は窓際にある自分たちの席に、席替えで廊下側の席に移った鹿島さんはひなたちゃんの席を借りて座っている。
「本当にただ転んだだけなの。決してやましいことはしてないから、信じてくれる?」
 落ち着いたところで先に口を開いたのは鹿島さんだ。顔がほんのり赤く、まだ動揺を隠しきれていない。
「うーん……」
 一部始終を聞いた広瀬が腕を組んだままうなり声を上げた。
「本当にごめんね、広瀬!」
「鹿島が謝ることはない。俺だってびっくりしたぞ。まさか、鹿島が葛西を襲うなんてな」
 笑いを堪えている広瀬の顔を見ていると、本当に驚いていたことがよくわかる。
「笑うなよ。こっちは恥ずかしくて死にそうだよ」
「悪い、悪い。ところで、お前らは何を話してたんだ? 俺にも聞かせろよ」
 広瀬が真顔になると、少しだけ前に身を乗り出した。
「ねえ優人、広瀬に話してもいいの?」
「心配しなくてもいいよ。見た目は厳しそうだけれど、いいヤツだから」
 僕が優しく諭すと、鹿島さんはホッとしたような表情を見せてから広瀬の顔を見て話しはじめる。
「実はね、優人と秋山さんがどういう関係なのか気になって尋ねたの。ここ最近ずっと避けられてたから……」
「それで?」
「昨日の夜にメッセージを送ったの。それでも反応がなかったから……」
 そこで言葉を詰まらせる鹿島さん。しかし、広瀬は鹿島さんのことをわかりきった上で答えを出す。
「ああ、それか。お前が心配するほどではないと思うぞ」
「どうして?」
「葛西の性格を考えてみろよ。俺と同じように平穏第一だからな」
 広瀬が僕の顔をチラリと見る。
「葛西がお前を避けたかったのは、どう接していいかわからなかっただけじゃないか? それに、葛西が秋山さんと親しいのは隣の席になったから仲良くしてもらってる程度だと思うぞ」
 確かに、広瀬の言うことにも一理ある。
 逆に、ひなたちゃんのことをどう思っているのか、自分でもよくわからない。ただ、一緒に過ごしていると楽しいことだけは確かだ。
「良かった。てっきり優人が私のことを嫌いかと思ってたわ」
 何もなかったかのように鹿島さんが笑顔を見せる。それもつかの間、広瀬が思い出したように口を開く。
「そういえば鹿島、最近茶道部はどうした?」
 広瀬に問いただされると、鹿島さんの顔が曇る。
「実はね、茶道部を辞めようか考えているの」
「えっ……」
 一瞬だけ教室内が静寂に包まれる。
「詳しく話してくれるか?」
 冷静な表情のまま問いかける広瀬に対して、鹿島さんは黙ってうなずく。
「これから話すことは、他の人には内緒にしてくれる?」
 鹿島さんの顔が急に真剣になった。
「もちろんだよ」「もちろんさ」
 視線を合わせながらうなずく僕と広瀬。一瞬だけホッとした表情を浮かべると、鹿島さんは歯を食いしばるようにしてから口を開く。
「……モエのせいよ」
 それから、鹿島さんは茶道部で何があったのかを話してくれた。
 吉村さんとの出会い、彼女が茶道部を隠れ蓑にして不純異性交遊をしていたこと、鹿島さんの父親の名を出すこと……全てだ。
「興味がある」と口にしたのは、からかい半分ではない。鹿島さんは本気だ。
「お前の父さんも大変だろうな。よりによって、吉村に利用されるなんてな」
「でしょ? パパは学校に相談の電話を入れるし、顧問の先生も『これ以上はかばいきれない』って言うから……」
 そう話している鹿島さんの目からは、涙がこぼれ落ちた。
 吉村さんから逃げたい彼女の切実な想いが僕たちに伝わってくる。
「鹿島さん、さっきチア部に興味があるって話してたよね」
 ハンカチで顔を覆いながら、鹿島さんが僕の問いかけに「そうよ」と答える。目元の化粧が崩れたのを見られたくないのだろうか。
「それなら、チア部の練習を見に行ったらどうだ? 確か今日は練習日だったはずだが」
「昨日の見学が終わった後に、ひな……秋山さんから直接聞いたんだ。チア部は週三回、火・水・金に練習しているから、今日はやっているはずだよ」
 広瀬が身を乗り出すついでに、割って入るように僕もアドバイスをする。
 危なかった。あと一歩でいつもの呼び方をしそうになったよ。
「本当?」
 僕たちの話を聞くやいなや、鹿島さんの顔がパッと明るくなる。
 ギャルメイクに隠れた素顔は高橋さんとほぼ同じ、もしくはそれ以上だ。
「もちろん。林先生に相談してみてからでも遅くはないよ」
 和やかな笑顔でそう話す。
 授業中は別として、林先生は良い先生だ。突然訪問しても問題ないだろう。
「それなら、今すぐにでも行ってみるわ」
 鹿島さんが急に立ち上がり、廊下側にある自分の席へと歩みを進める。
「ありがとう、二人とも。何かわかったら教えるね」
 憑き物が落ちたかのような表情を浮かべながら軽くお辞儀をすると、鹿島さんは教室を去った。
 鹿島さんの後ろ姿を見送ると、僕たちはホッとした表情を浮かべる。
「行動が早いな、鹿島は」
「そうだね。本当に困っていたのかな」
「違いないな」
 しきりにうなずきながら、広瀬が立ち上がる。
「さて、俺はまた見回りに戻るぞ。お前はどうする?」
「遅くなると大変だから、このまま家に戻るよ」
 広瀬にそう話すと、僕もカバンを取って立ち上がる。
 後ろ姿を見送ると、後を追うようにして昇降口へと向かった。

 帰り道の間、僕の頭の中にあったのは鹿島さんのことだ。
 前の席ではちょっかいを出してばかりの彼女が、部活のことで悩んでいた。
 昨年の春に吉村さんと出会ったこと、吉村さんに利用されて身動きが取れなかったこと……。
 僕にちょっかいを出していたのは、決してからかい半分ではなかったということか。
 一番悩ましいのは、ひなたちゃんとの関係だ。
 もし部活動中のひなたちゃんが鹿島さんの姿を見たら、どう思うだろうか……。
(……いや、そんなことを考えるな! 自分のことだけを考えろ!)
 自分に言い聞かせながら、青信号になった横断歩道を渡る。
 これから押し寄せてくる困難から避けるように、ひたすら走りながら……。



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みんなのリアクション

 グラウンドのかけ声と吹奏楽部の演奏が二年二組の教室に響く中、僕たちはそれぞれの席に着いた。
 僕と広瀬は窓際にある自分たちの席に、席替えで廊下側の席に移った鹿島さんはひなたちゃんの席を借りて座っている。
「本当にただ転んだだけなの。決してやましいことはしてないから、信じてくれる?」
 落ち着いたところで先に口を開いたのは鹿島さんだ。顔がほんのり赤く、まだ動揺を隠しきれていない。
「うーん……」
 一部始終を聞いた広瀬が腕を組んだままうなり声を上げた。
「本当にごめんね、広瀬!」
「鹿島が謝ることはない。俺だってびっくりしたぞ。まさか、鹿島が葛西を襲うなんてな」
 笑いを堪えている広瀬の顔を見ていると、本当に驚いていたことがよくわかる。
「笑うなよ。こっちは恥ずかしくて死にそうだよ」
「悪い、悪い。ところで、お前らは何を話してたんだ? 俺にも聞かせろよ」
 広瀬が真顔になると、少しだけ前に身を乗り出した。
「ねえ優人、広瀬に話してもいいの?」
「心配しなくてもいいよ。見た目は厳しそうだけれど、いいヤツだから」
 僕が優しく諭すと、鹿島さんはホッとしたような表情を見せてから広瀬の顔を見て話しはじめる。
「実はね、優人と秋山さんがどういう関係なのか気になって尋ねたの。ここ最近ずっと避けられてたから……」
「それで?」
「昨日の夜にメッセージを送ったの。それでも反応がなかったから……」
 そこで言葉を詰まらせる鹿島さん。しかし、広瀬は鹿島さんのことをわかりきった上で答えを出す。
「ああ、それか。お前が心配するほどではないと思うぞ」
「どうして?」
「葛西の性格を考えてみろよ。俺と同じように平穏第一だからな」
 広瀬が僕の顔をチラリと見る。
「葛西がお前を避けたかったのは、どう接していいかわからなかっただけじゃないか? それに、葛西が秋山さんと親しいのは隣の席になったから仲良くしてもらってる程度だと思うぞ」
 確かに、広瀬の言うことにも一理ある。
 逆に、ひなたちゃんのことをどう思っているのか、自分でもよくわからない。ただ、一緒に過ごしていると楽しいことだけは確かだ。
「良かった。てっきり優人が私のことを嫌いかと思ってたわ」
 何もなかったかのように鹿島さんが笑顔を見せる。それもつかの間、広瀬が思い出したように口を開く。
「そういえば鹿島、最近茶道部はどうした?」
 広瀬に問いただされると、鹿島さんの顔が曇る。
「実はね、茶道部を辞めようか考えているの」
「えっ……」
 一瞬だけ教室内が静寂に包まれる。
「詳しく話してくれるか?」
 冷静な表情のまま問いかける広瀬に対して、鹿島さんは黙ってうなずく。
「これから話すことは、他の人には内緒にしてくれる?」
 鹿島さんの顔が急に真剣になった。
「もちろんだよ」「もちろんさ」
 視線を合わせながらうなずく僕と広瀬。一瞬だけホッとした表情を浮かべると、鹿島さんは歯を食いしばるようにしてから口を開く。
「……モエのせいよ」
 それから、鹿島さんは茶道部で何があったのかを話してくれた。
 吉村さんとの出会い、彼女が茶道部を隠れ蓑にして不純異性交遊をしていたこと、鹿島さんの父親の名を出すこと……全てだ。
「興味がある」と口にしたのは、からかい半分ではない。鹿島さんは本気だ。
「お前の父さんも大変だろうな。よりによって、吉村に利用されるなんてな」
「でしょ? パパは学校に相談の電話を入れるし、顧問の先生も『これ以上はかばいきれない』って言うから……」
 そう話している鹿島さんの目からは、涙がこぼれ落ちた。
 吉村さんから逃げたい彼女の切実な想いが僕たちに伝わってくる。
「鹿島さん、さっきチア部に興味があるって話してたよね」
 ハンカチで顔を覆いながら、鹿島さんが僕の問いかけに「そうよ」と答える。目元の化粧が崩れたのを見られたくないのだろうか。
「それなら、チア部の練習を見に行ったらどうだ? 確か今日は練習日だったはずだが」
「昨日の見学が終わった後に、ひな……秋山さんから直接聞いたんだ。チア部は週三回、火・水・金に練習しているから、今日はやっているはずだよ」
 広瀬が身を乗り出すついでに、割って入るように僕もアドバイスをする。
 危なかった。あと一歩でいつもの呼び方をしそうになったよ。
「本当?」
 僕たちの話を聞くやいなや、鹿島さんの顔がパッと明るくなる。
 ギャルメイクに隠れた素顔は高橋さんとほぼ同じ、もしくはそれ以上だ。
「もちろん。林先生に相談してみてからでも遅くはないよ」
 和やかな笑顔でそう話す。
 授業中は別として、林先生は良い先生だ。突然訪問しても問題ないだろう。
「それなら、今すぐにでも行ってみるわ」
 鹿島さんが急に立ち上がり、廊下側にある自分の席へと歩みを進める。
「ありがとう、二人とも。何かわかったら教えるね」
 憑き物が落ちたかのような表情を浮かべながら軽くお辞儀をすると、鹿島さんは教室を去った。
 鹿島さんの後ろ姿を見送ると、僕たちはホッとした表情を浮かべる。
「行動が早いな、鹿島は」
「そうだね。本当に困っていたのかな」
「違いないな」
 しきりにうなずきながら、広瀬が立ち上がる。
「さて、俺はまた見回りに戻るぞ。お前はどうする?」
「遅くなると大変だから、このまま家に戻るよ」
 広瀬にそう話すと、僕もカバンを取って立ち上がる。
 後ろ姿を見送ると、後を追うようにして昇降口へと向かった。
 帰り道の間、僕の頭の中にあったのは鹿島さんのことだ。
 前の席ではちょっかいを出してばかりの彼女が、部活のことで悩んでいた。
 昨年の春に吉村さんと出会ったこと、吉村さんに利用されて身動きが取れなかったこと……。
 僕にちょっかいを出していたのは、決してからかい半分ではなかったということか。
 一番悩ましいのは、ひなたちゃんとの関係だ。
 もし部活動中のひなたちゃんが鹿島さんの姿を見たら、どう思うだろうか……。
(……いや、そんなことを考えるな! 自分のことだけを考えろ!)
 自分に言い聞かせながら、青信号になった横断歩道を渡る。
 これから押し寄せてくる困難から避けるように、ひたすら走りながら……。