第13話
ー/ー「ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん♪」
パイプ椅子に座る僕の横で、林先生が鼻歌を歌いながら機材のセッティングをしている。
「先生、本当に大丈夫ですか?」
「練習の一環だから気にしなくてもいいよ。ところで、壮行式で流した曲は覚えてる?」
ふと、先週の金曜日のことを思い出す。
ハスキーかつウィスパーな歌声、ギターとリズム隊だけのシンプルな伴奏。そして、励みになる歌詞……。
「お隣の県出身の三人組のバンドの曲ですね」
「正解! この前はCDを流したけれど、今日はこの動画を流そうかなって」
笑顔を浮かべながら林先生がタブレットを見せる。
画面の中には、特徴的なハスキーボイスのボーカル兼ギターの男性が映っていた。
「もしかして、一発撮りの動画チャンネルですか?」
「そうだよ。コールの練習にもなるし」
「コール?」
また知らない単語が出てきた。
「声出しと同じだね。この動画だとボーカルがタイミング良く声をかけるから、練習にはもってこいだよ」
わかりやすい説明をしながら天使のような笑顔を浮かべる林先生。なるほど、これもまた指導の一環か。
納得しながらコートに目を移すと、菅原先輩をはじめ部員たちが均等に並んでいる。
先頭は三年生で、その次に二年生だ。一番後ろに控えている一年生は緊張しているせいか、顔がこわばっている。
全員が、青と白から成るツートンカラーのポンポンを手にしている。
「みんな、準備はできた?」
林先生が立ち上がって声をかけると、全員が無言で手を上げた。
体育館じゅうにカサカサとポンポンの音が鳴る。
「ここの彼を選手代表だと思って、最後までやり抜いてね」
「はい!」
黄色い声がこだまする。
「スリー、ツー、ワン……スタート!」
合図とともに林先生がタブレットをタップする。
床に置いてあるワイヤレススピーカーから、ボーカルのハスキーな叫び声が響き渡る。
「レッツゴー!」
曲の前奏が始まると部員たちの声が体育館内にこだまし、一斉に踊り出した。
一年生から三年生まで全員が腕を高く上げて交差させる。一糸乱れぬ動きに僕の目は釘付けとなった。
後ろから見ていた壮行式と違って、部員全員の表情がはっきりと見える。
菅原部長、高橋さん、そしてひなたちゃんまでも笑顔だ。
みんなの顔を見ていると、中一の春の日のことを思い出す。
野球を諦めざるを得なくなったあの春の日、姉さんが部屋に入ってきた。
『チアをやってると自然に笑顔になるのよ』
そう言いながら、姉さんは僕の肩を優しく叩いた。
当時の僕には押しつけがましいと感じた。しかし今、このようにして新しい世界を目にしている。
コートに目を向けると、全員が高く足を掲げた。
その滑らかな動きに、僕は言葉を失う。
「先生、この振り付けって……」
「葛西君はこの映画を見たことがある?」
先生がニコッと笑いながらスマホを見せる。
「もちろん。実話を元にした映画ですよね」
「そう。今から四年前に、舞台のモデルとなった学校のチームとこの曲を作ったバンドが共演したの。葛西君が見ているのは、その演技をアレンジしたものだよ」
なるほど、と感心しながら再び部員たちの動きを目にした。
目の前で踊っている一年生をはじめ、ひなたちゃんたち、菅原部長……全員心から楽しんでいる。
できっこないことをやる。まさに曲のタイトルのとおりだ。
サビからギターソロへ向かうと、次から次へと人間櫓が組まれていった。
ボーカルの叫びと合わせるように、ギターが唸りをあげる。
曲に合わせるかのように、土台になっている女子が上に立つ女子を放り投げ、完璧に受け止めた。
舞い上がる女子の中には、ハーフアップの髪を揺らすひなたちゃんの姿があった。
後奏へと向かうとまた踊り、跳び、受け止める……。
音楽と汗と息づかいが溶け合う姿に、僕は圧倒された。
ここまで魂が揺さぶられるのはなぜだろう。
僕にとって、チアは目を背けていた世界だった。
しかし、目の前でひなたちゃんたちの演技を見ていると、僕の偏見なんてどうでもよくなる。
これはただの応援じゃない。笑顔の真剣勝負だ。
去年の対面式、文化祭、そして姉さんに連れて行かれた区民祭り……しっかり見ていなかった自分を恥じるばかりだ。
「お疲れ様! 全員、見事だったよ!」
曲が鳴り終わると、林先生が拍手で部員たちを出迎える。
四分間踊り続けた彼女たちの顔は満足げで、心の底から楽しんでいることを感じさせた。
「優人君!」
聞き慣れた声がする。ひなたちゃんだ。
「ちょっと、葛西君……」
先生の制止を振り切り、パイプ椅子から立ち上がってコートへと向かう。
部員たちの中に、高橋さんたちと一緒にいるひなたちゃんの姿を捉える。
ひなたちゃんの頬は赤く、ほのかな汗と香料の匂いが鼻をくすぐった。
「今の演技、どうだった? 私たち、君のために頑張ったよ!」
ひなたちゃんが興奮気味に語りかける。
何を言えばいいのかわからない。僕が言えるのはこれだけだ。
「もちろんさ。十分に伝わってたよ」
「良かった! 優人君、大好きだよ!」
次の瞬間、みんなが見ている中でひなたちゃんが僕に抱きついた。
汗まみれの肌からは彼女の温もりが感じられる。そして、誰にも負けない太陽のような笑顔。
ああ、そうか。これがひなたちゃんの世界だ。そして、僕もその一部になった。
後のことなんてどうでもいい。今はただこの幸せに浸っていたい。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん♪」
パイプ椅子に座る僕の横で、林先生が鼻歌を歌いながら機材のセッティングをしている。
「先生、本当に大丈夫ですか?」
「練習の一環だから気にしなくてもいいよ。ところで、壮行式で流した曲は覚えてる?」
ふと、先週の金曜日のことを思い出す。
ハスキーかつウィスパーな歌声、ギターとリズム隊だけのシンプルな伴奏。そして、励みになる歌詞……。
「お隣の県出身の三人組のバンドの曲ですね」
「正解! この前はCDを流したけれど、今日はこの動画を流そうかなって」
笑顔を浮かべながら林先生がタブレットを見せる。
画面の中には、特徴的なハスキーボイスのボーカル兼ギターの男性が映っていた。
「もしかして、一発撮りの動画チャンネルですか?」
「そうだよ。コールの練習にもなるし」
「コール?」
また知らない単語が出てきた。
「声出しと同じだね。この動画だとボーカルがタイミング良く声をかけるから、練習にはもってこいだよ」
わかりやすい説明をしながら天使のような笑顔を浮かべる林先生。なるほど、これもまた指導の一環か。
納得しながらコートに目を移すと、菅原先輩をはじめ部員たちが均等に並んでいる。
先頭は三年生で、その次に二年生だ。一番後ろに控えている一年生は緊張しているせいか、顔がこわばっている。
全員が、青と白から成るツートンカラーのポンポンを手にしている。
「みんな、準備はできた?」
林先生が立ち上がって声をかけると、全員が無言で手を上げた。
体育館じゅうにカサカサとポンポンの音が鳴る。
「ここの彼を選手代表だと思って、最後までやり抜いてね」
「はい!」
黄色い声がこだまする。
「スリー、ツー、ワン……スタート!」
合図とともに林先生がタブレットをタップする。
床に置いてあるワイヤレススピーカーから、ボーカルのハスキーな叫び声が響き渡る。
「レッツゴー!」
曲の前奏が始まると部員たちの声が体育館内にこだまし、一斉に踊り出した。
一年生から三年生まで全員が腕を高く上げて交差させる。一糸乱れぬ動きに僕の目は釘付けとなった。
後ろから見ていた壮行式と違って、部員全員の表情がはっきりと見える。
菅原部長、高橋さん、そしてひなたちゃんまでも笑顔だ。
みんなの顔を見ていると、中一の春の日のことを思い出す。
野球を諦めざるを得なくなったあの春の日、姉さんが部屋に入ってきた。
『チアをやってると自然に笑顔になるのよ』
そう言いながら、姉さんは僕の肩を優しく叩いた。
当時の僕には押しつけがましいと感じた。しかし今、このようにして新しい世界を目にしている。
コートに目を向けると、全員が高く足を掲げた。
その滑らかな動きに、僕は言葉を失う。
「先生、この振り付けって……」
「葛西君はこの映画を見たことがある?」
先生がニコッと笑いながらスマホを見せる。
「もちろん。実話を元にした映画ですよね」
「そう。今から四年前に、舞台のモデルとなった学校のチームとこの曲を作ったバンドが共演したの。葛西君が見ているのは、その演技をアレンジしたものだよ」
なるほど、と感心しながら再び部員たちの動きを目にした。
目の前で踊っている一年生をはじめ、ひなたちゃんたち、菅原部長……全員心から楽しんでいる。
できっこないことをやる。まさに曲のタイトルのとおりだ。
サビからギターソロへ向かうと、次から次へと人間櫓が組まれていった。
ボーカルの叫びと合わせるように、ギターが唸りをあげる。
曲に合わせるかのように、土台になっている女子が上に立つ女子を放り投げ、完璧に受け止めた。
舞い上がる女子の中には、ハーフアップの髪を揺らすひなたちゃんの姿があった。
後奏へと向かうとまた踊り、跳び、受け止める……。
音楽と汗と息づかいが溶け合う姿に、僕は圧倒された。
ここまで魂が揺さぶられるのはなぜだろう。
僕にとって、チアは目を背けていた世界だった。
しかし、目の前でひなたちゃんたちの演技を見ていると、僕の偏見なんてどうでもよくなる。
これはただの応援じゃない。笑顔の真剣勝負だ。
去年の対面式、文化祭、そして姉さんに連れて行かれた区民祭り……しっかり見ていなかった自分を恥じるばかりだ。
「お疲れ様! 全員、見事だったよ!」
曲が鳴り終わると、林先生が拍手で部員たちを出迎える。
四分間踊り続けた彼女たちの顔は満足げで、心の底から楽しんでいることを感じさせた。
「優人君!」
聞き慣れた声がする。ひなたちゃんだ。
「ちょっと、葛西君……」
先生の制止を振り切り、パイプ椅子から立ち上がってコートへと向かう。
部員たちの中に、高橋さんたちと一緒にいるひなたちゃんの姿を捉える。
ひなたちゃんの頬は赤く、ほのかな汗と香料の匂いが鼻をくすぐった。
「今の演技、どうだった? 私たち、君のために頑張ったよ!」
ひなたちゃんが興奮気味に語りかける。
何を言えばいいのかわからない。僕が言えるのはこれだけだ。
「もちろんさ。十分に伝わってたよ」
「良かった! 優人君、大好きだよ!」
次の瞬間、みんなが見ている中でひなたちゃんが僕に抱きついた。
汗まみれの肌からは彼女の温もりが感じられる。そして、誰にも負けない太陽のような笑顔。
ああ、そうか。これがひなたちゃんの世界だ。そして、僕もその一部になった。
後のことなんてどうでもいい。今はただこの幸せに浸っていたい。