第12話
ー/ー ミーティングが終わると、部員たちがステージやマットを敷いたところへと向かう。
「まずは、どこから見て回ろうか?」
菅原先輩が腰に手を当てて僕の顔をじっと見つめる。
どこからと言われても、知識がない状況では頭に入らない。先に簡単な説明をしてもらった方がわかりやすいだろう。
「先輩、その前にチアについて簡単に説明してもらっていいですか」
「もちろん! どこから知りたい?」
得意げな顔をして、先輩が軽く胸を叩く。
「チアって、何がきっかけで始まったんですか?」
「アメフトの応援よ。それに、最初は男性だけだったのよ」
「応援団と同じように、ですか」
声が裏返りながらも答える。母さんたちに反発していた自分が恥ずかしい。
「今とは正反対ね。四十年くらい前から大会が開かれるようになって、今では世界大会もあるのよ」
先輩のひと言で思い出した。
母さんの実家で見た塗り絵帳に描かれていたヒロインもチアリーダーだったような気がする。長い歴史があるのか。
「最初はステージね。ついてきて」
感心していると、先輩が長い髪を揺らしながらステージに向かって歩き出す。
脇の階段からステージに上がると奥行きもそれなりにあって、舞台袖も見える。一年生たちが練習するには十分な広さだ。
「そこ、動きが乱れてるよ」
ステージの上に立つと、ポニーテール姿の高橋さんがスマホを構えていた。
彼女の向かい側では、一年生が一列に並んで同じ動きをしている。
「何を練習してるんですか?」
「チアダンスよ」
菅原先輩がさらっと答える。
「チアダンス? それって……」
「私が説明しますね。菅原先輩、私のスマホを預かってもらえますか」
「お安いご用よ」
練習の様子を確認していた高橋さんが自分のスマホを菅原先輩に渡す。
先輩と入れ替わりに、汗ひとつ見せない高橋さんが僕の目の前に立つ。少しかがむと彼女に抱きしめられそうだ。
「葛西君って、こういった動きを見たことがありますか?」
高橋さんが床にあるポンポンを手に取り、鼻歌を歌いはじめながら軽やかな動きを見せる。それから思い立ったようにして、「かっとばせー、ネ・ギ・コウ!」と腕を交差してから両手を腰に挙げる。
「……どうです?」
ひととおり踊り終えると、高橋さんは笑顔を浮かべながら問いかける。今の動きはどこかで見たことがあるな。
「あっ、甲子園の中継で見たことがあります」
「よく知ってましたね」
高橋さんが軽く手を叩いてニコッと笑う。
「チアダンスは様々な要素の組み合わせです。ポン、ラインダンス、ヒップホップ、ジャズダンス……最低でも四つありますね」
ポンポンを置いてから、高橋さんが指折り数えながら説明する。
中学校の頃に体育の授業でヒップホップのダンスをやったことはあるから、少しはわかる。それ以外のダンスも覚えなければならないということか。
「覚えることが多すぎて難しそうですね」
「そんなことはありませんよ。実際にやってみると楽しいですから」
率直な感想を話すと、高橋さんはまた笑顔を浮かべる。さすがに経験者ということか。
「ありがとう、風香」と、高橋さんと入れ替わるようにして菅原先輩が前に出てくる。
「さて、ここまでの説明でわからないことはあるかしら?」
「大丈夫です」
うなずきながら答えると、先輩が優しげな笑顔を見せる。
「次はスタンツとタンブリングね。ついてきて」
「はい!」
先輩の後を追って、舞台袖からコートへと向かう。
マットの上では、二組の人間櫓が組まれていた。その一組の真上には、ひなたちゃんの姿があった。
「大丈夫?」
「任せてください!」
ひなたちゃんが人間櫓の上に立つと片足立ちからサソリのポーズを見せ、空中で華麗に三回転してから鮮やかに着地をする。
流れるような動きに、思わず言葉を失った。
「相変わらず、ひなたはすごいわね」
菅原先輩が感心しながら手を叩く。この前の壮行式でも流れるような動きを見せたのに、今日は一段と輝いて見える。
「あれ? 優人君、来てたんだ」
着地したばかりのひなたちゃんが僕を見るなり、こちらへ向かってきた。
「ひなたちゃん、お疲れ様」
「ありがとう、優人君」
親しげに会話していると、背後から怪しげな視線が突き刺さる。
振り返ると、そこには得意げな顔をした菅原先輩が立っていた。
「二人とも知り合いのようね。それなら、スタンツとタンブリングはひなたが説明してくれるかしら?」
「わかりました! ……さて、優人君に見せた技はいくつある?」
片足立ち、サソリのポーズ、空中での三回転……だったかな。
「三つかな」と答えると、ひなたちゃんが不満そうな顔を見せる。
「はずれ! 正解は五種類だよ!」
「五種類って……あの短時間で?」
驚きの声を上げると、ひなたちゃんが嬉しそうにうなずく。
「驚くのも無理はないよ。スタンツは様々な技の組み合わせだからね」
「ひとつひとつの技を組み合わせるということか」
そう話すとひなたちゃんが軽くうなずき、視線をもうひとつのマットへと向ける。
そこには、全身をバネのようにして跳び上がる菅原先輩の姿があった。流れるような動きは、小説の登場人物を思わせるかのようだ。
「今部長が見せたのって、バク転?」
「そうだね。チアでは『タンブリング』といって、躍動感を演出するためにやるんだ。ダンス、タンブリング、そしてスタンツ。これらを組み合わせたのがチアリーディングだよ」
なるほど、と相づちを打つ。壮行式ではこの三つを全てやったということか。
感心する間もなく、菅原先輩がタオルを片手にこちらへと向かう。
「説明ありがとう、ひなた。さて、今まで練習の様子を見て回ったけれど、どうかしら?」
得意げな顔をして菅原先輩が問いかける。
「一年生から三年生まで真剣に取り組んでいて、すごかったです。それで、ひとつだけわがままを言ってもいいですか」
「いいわよ」
わがままといえば、ひとつしかない。
あのとき、僕はひなたちゃんたちの踊っている姿を後ろからしか見ていなかった。
今度は正面から見てみたい。彼女たちの汗を、やる気を。その全てを、この身で感じたい。
「壮行式のあの演技を正面から見てみたいです。お願いします!」
頭を下げてお願いする僕。
僕の顔を見た菅原先輩が腕を組んで少し考えてから、口を真一文字に引き締める。
「そうね。準備に時間が少しかかるかもしれないけれど、みんなはどうかな?」
「いいですね!」「私、やりたいです!」
菅原先輩の問いかけに一、二年生が声を上げる。
上級生たちからは「まあ、仕方ないな」「ミコちゃんだからね」といった声が聞かれる。
「みんなもこう言っていることだし、特別にやってみようか。先生、準備できますか?」
先輩の視線が林先生に注がれる。
「もちろん! 私が見ているから、頑張ってね」
「はいっ!」
黄色い声が体育館にこだまする。
彼女たちの汗、やる気……。ついに、全てを感じるときがやってきた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
ミーティングが終わると、部員たちがステージやマットを敷いたところへと向かう。
「まずは、どこから見て回ろうか?」
菅原先輩が腰に手を当てて僕の顔をじっと見つめる。
どこからと言われても、知識がない状況では頭に入らない。先に簡単な説明をしてもらった方がわかりやすいだろう。
「先輩、その前にチアについて簡単に説明してもらっていいですか」
「もちろん! どこから知りたい?」
得意げな顔をして、先輩が軽く胸を叩く。
「チアって、何がきっかけで始まったんですか?」
「アメフトの応援よ。それに、最初は男性だけだったのよ」
「応援団と同じように、ですか」
声が裏返りながらも答える。母さんたちに反発していた自分が恥ずかしい。
「今とは正反対ね。四十年くらい前から大会が開かれるようになって、今では世界大会もあるのよ」
先輩のひと言で思い出した。
母さんの実家で見た塗り絵帳に描かれていたヒロインもチアリーダーだったような気がする。長い歴史があるのか。
「最初はステージね。ついてきて」
感心していると、先輩が長い髪を揺らしながらステージに向かって歩き出す。
脇の階段からステージに上がると奥行きもそれなりにあって、舞台袖も見える。一年生たちが練習するには十分な広さだ。
「そこ、動きが乱れてるよ」
ステージの上に立つと、ポニーテール姿の高橋さんがスマホを構えていた。
彼女の向かい側では、一年生が一列に並んで同じ動きをしている。
「何を練習してるんですか?」
「チアダンスよ」
菅原先輩がさらっと答える。
「チアダンス? それって……」
「私が説明しますね。菅原先輩、私のスマホを預かってもらえますか」
「お安いご用よ」
練習の様子を確認していた高橋さんが自分のスマホを菅原先輩に渡す。
先輩と入れ替わりに、汗ひとつ見せない高橋さんが僕の目の前に立つ。少しかがむと彼女に抱きしめられそうだ。
「葛西君って、こういった動きを見たことがありますか?」
高橋さんが床にあるポンポンを手に取り、鼻歌を歌いはじめながら軽やかな動きを見せる。それから思い立ったようにして、「かっとばせー、ネ・ギ・コウ!」と腕を交差してから両手を腰に挙げる。
「……どうです?」
ひととおり踊り終えると、高橋さんは笑顔を浮かべながら問いかける。今の動きはどこかで見たことがあるな。
「あっ、甲子園の中継で見たことがあります」
「よく知ってましたね」
高橋さんが軽く手を叩いてニコッと笑う。
「チアダンスは様々な要素の組み合わせです。ポン、ラインダンス、ヒップホップ、ジャズダンス……最低でも四つありますね」
ポンポンを置いてから、高橋さんが指折り数えながら説明する。
中学校の頃に体育の授業でヒップホップのダンスをやったことはあるから、少しはわかる。それ以外のダンスも覚えなければならないということか。
「覚えることが多すぎて難しそうですね」
「そんなことはありませんよ。実際にやってみると楽しいですから」
率直な感想を話すと、高橋さんはまた笑顔を浮かべる。さすがに経験者ということか。
「ありがとう、風香」と、高橋さんと入れ替わるようにして菅原先輩が前に出てくる。
「さて、ここまでの説明でわからないことはあるかしら?」
「大丈夫です」
うなずきながら答えると、先輩が優しげな笑顔を見せる。
「次はスタンツとタンブリングね。ついてきて」
「はい!」
先輩の後を追って、舞台袖からコートへと向かう。
マットの上では、二組の人間櫓が組まれていた。その一組の真上には、ひなたちゃんの姿があった。
「大丈夫?」
「任せてください!」
ひなたちゃんが人間櫓の上に立つと片足立ちからサソリのポーズを見せ、空中で華麗に三回転してから鮮やかに着地をする。
流れるような動きに、思わず言葉を失った。
「相変わらず、ひなたはすごいわね」
菅原先輩が感心しながら手を叩く。この前の壮行式でも流れるような動きを見せたのに、今日は一段と輝いて見える。
「あれ? 優人君、来てたんだ」
着地したばかりのひなたちゃんが僕を見るなり、こちらへ向かってきた。
「ひなたちゃん、お疲れ様」
「ありがとう、優人君」
親しげに会話していると、背後から怪しげな視線が突き刺さる。
振り返ると、そこには得意げな顔をした菅原先輩が立っていた。
「二人とも知り合いのようね。それなら、スタンツとタンブリングはひなたが説明してくれるかしら?」
「わかりました! ……さて、優人君に見せた技はいくつある?」
片足立ち、サソリのポーズ、空中での三回転……だったかな。
「三つかな」と答えると、ひなたちゃんが不満そうな顔を見せる。
「はずれ! 正解は五種類だよ!」
「五種類って……あの短時間で?」
驚きの声を上げると、ひなたちゃんが嬉しそうにうなずく。
「驚くのも無理はないよ。スタンツは様々な技の組み合わせだからね」
「ひとつひとつの技を組み合わせるということか」
そう話すとひなたちゃんが軽くうなずき、視線をもうひとつのマットへと向ける。
そこには、全身をバネのようにして跳び上がる菅原先輩の姿があった。流れるような動きは、小説の登場人物を思わせるかのようだ。
「今部長が見せたのって、バク転?」
「そうだね。チアでは『タンブリング』といって、躍動感を演出するためにやるんだ。ダンス、タンブリング、そしてスタンツ。これらを組み合わせたのがチアリーディングだよ」
なるほど、と相づちを打つ。壮行式ではこの三つを全てやったということか。
感心する間もなく、菅原先輩がタオルを片手にこちらへと向かう。
「説明ありがとう、ひなた。さて、今まで練習の様子を見て回ったけれど、どうかしら?」
得意げな顔をして菅原先輩が問いかける。
「一年生から三年生まで真剣に取り組んでいて、すごかったです。それで、ひとつだけわがままを言ってもいいですか」
「いいわよ」
わがままといえば、ひとつしかない。
あのとき、僕はひなたちゃんたちの踊っている姿を後ろからしか見ていなかった。
今度は正面から見てみたい。彼女たちの汗を、やる気を。その全てを、この身で感じたい。
「壮行式のあの演技を正面から見てみたいです。お願いします!」
頭を下げてお願いする僕。
僕の顔を見た菅原先輩が腕を組んで少し考えてから、口を真一文字に引き締める。
「そうね。準備に時間が少しかかるかもしれないけれど、みんなはどうかな?」
「いいですね!」「私、やりたいです!」
菅原先輩の問いかけに一、二年生が声を上げる。
上級生たちからは「まあ、仕方ないな」「ミコちゃんだからね」といった声が聞かれる。
「みんなもこう言っていることだし、特別にやってみようか。先生、準備できますか?」
先輩の視線が林先生に注がれる。
「もちろん! 私が見ているから、頑張ってね」
「はいっ!」
黄色い声が体育館にこだまする。
彼女たちの汗、やる気……。ついに、全てを感じるときがやってきた。