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第9話

ー/ー



 週末を挟んで、新しい週の月曜日。
「行ってくるね」
 昼休みになると、ひなたちゃんは高橋さんと一緒に教室を後にした。
「一緒に弁当食べない?」
「賛成! 席をくっつけよ!」
「いいね、それ!」
 うらやましそうな視線で机を並べる女子生徒たちを見る。
 僕たちの学校は、男子よりも女子の比率が多い。そのため、昼休みになると賑やかな女子の会話が教室内に響き渡る。
 先週はひなたちゃんたちと一緒に食べていたのに、今日は僕だけだ。
「いただきます」
 手を合わせてから、弁当に手をつける。今日のメニューは、冷食の一口カツと昨日の残り物のポテトサラダとプチトマトの詰め合わせだ。
 姉さんが大学に入ってから、一緒に料理をする機会が増えた。最近では料理の腕も姉さんに負けないくらいに上達している。
 たとえひとりで食べる弁当でも、自分で作ったのであれば格別だ。
 隣の主不在の席を見て思う。
 そういえば、今朝のひなたちゃんは弁当箱を持ってこなかった。
 もしかすると、ひなたちゃんは今頃生徒会館でお昼を食べているのだろうか。
 先週の水曜から金曜にかけて、高橋さんを交えながらお昼を食べていたことを思い出す。
 他愛のない会話をしながら食べるお昼は、何よりも楽しかった。
 弁当を食べ終えてカバンから本を取り出そうとすると、ふいにムスクの香りが鼻をくすぐる。
「優人、今日はひとりなの?」
 やけに落ち着いた声が耳に響く。
 振り返ると、そこにはこの前まで後ろの席に座っていた鹿島結姫が立っていた。
 明らかに多めに外されたブラウスのボタン、だらしなく結ばれたリボン、腰に巻かれた上着。
 胸元まで伸びた明るくサラサラとした髪、バッチリと決まったメイク、そしてグラビアモデルのような体型が目を引く。
 ギャルと違ってだらしなく見えないのは、持って生まれた美貌のおかげだ。
 鹿島さんは遊んでいる身なりをしている割には家柄が良く、父親は隣町の市議会議員をしている。しかも成績優秀で、学年末試験では高橋さんと良い勝負だった。体育が原因で足を引っ張った僕としては、正直羨ましい限りだ。
 席替えまでの間、鹿島さんは様々な口実でグイグイと迫ってきた。姉さんで免疫があるつもりだったが、女性経験がゼロの僕には刺激が強すぎる。
「……なんだ、鹿島さんか」
 彼女の視線を振り切って、また本へと向かう。
「なんだ、はないでしょ。優人、最近は秋山さんたちとずっと一緒だったのに」
「どうしてわかるんだよ」
「私が気づかないとでも思ったの?」
 当然のことだと口にしながら、鹿島さんが僕と向かい合うようにして座る。
「優人、今あなたが手にしてるのって、最近出たばかりの本でしょ」
「まあ、そうだけど」
「面白いの?」
「もちろんさ。何でもありだからね」
 持っている本のことについてさらっと答える。
 昨日買った本はボーイミーツガール、アクション、逃避行、ありとあらゆるものが揃った極上のエンターテインメント小説だ。
 大賞を受賞するだけあって、さすがと言わざるを得ない。惜しむらくは、作者にファンレターを送っても届かないことだが。
「ふうん。その本って、文芸部とは関係がないの?」
「ないに決まってるよ。部長が知ったら大目玉だからね」
「あの部長さんだから、仕方ないわよ。こないだも聞いたけど、優人って頭脳戦を繰り広げる話は読んだことがある?」
「ないけど、面白いの?」
「もちろん! ラブコメやファンタジーものもいいけど、シビアな現実を見るのも良いわよ。優人も読んだら?」
「考えとくよ」
 そう言いながら、机の中に本をしまった。鹿島さんがそこまで熱心に勧めるなら、読んでみたい気もする。
「話を戻すけど、優人って最近秋山さんと楽しそうに話してるじゃない」
「それがどうかしたんだ?」
「席替え前は私とずっと一緒だったでしょ。なのに、優人ったら不満ばかりだったじゃない」
「それは……」
 言葉に詰まる。
 席替え前は鹿島さんに振り回されていたのに、今になって「不満ばかり」と言われても答えようがない。
 鹿島さんに気を遣うよりも、ひなたちゃんたちと楽しくおしゃべりする方が僕には似合っている。しかし、それをそのまま言うのは失礼だろう。
「答えられないの?」
「いや、その……」
「答えられないなら、それでもいいけどね」
 そう言いながら、鹿島さんはまた軽くため息をつく。
 見た目良し、成績良し、家柄良しの鹿島さんに言い寄られるのは、周りからしてみればうらやましいと感じるだろう。
 僕はそう思わない。ここで自分の本音を話したら、かえって逆効果になりそうだ。
「ところで、秋山さんって……」
 鹿島さんが何か言おうとしかけた、まさにそのときだった。
「あれ? 鹿島さん、どうして広瀬君の席に座ってるの?」
 クラスメイトたちと一緒になって戻ってきたひなたちゃんが、僕に声をかけてきた。太陽のような笑顔を見ていると、心が安らぐ。
 その両手には、自販機で買ってきたペットボトルがチラリと顔を見せた。
「ちょっと、ね」
 鹿島さんが一瞬申し訳なさそうな表情をして、立ち去るそぶりを見せた。
 助かった。これでプレッシャーから逃れられる。
「……ところで、秋山さん」
「あっ、はい!」
「優人と秋山さんって、知り合い?」
 ホッとした次の瞬間、 鹿島さんの視線が自分の席に座ろうとしていたひなたちゃんに注がれた。
 救世主は現れたものの、鹿島さんがこのまま素直に引き下がるとは思えない。むしろ、ここからが本番だろう。



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みんなのリアクション

 週末を挟んで、新しい週の月曜日。
「行ってくるね」
 昼休みになると、ひなたちゃんは高橋さんと一緒に教室を後にした。
「一緒に弁当食べない?」
「賛成! 席をくっつけよ!」
「いいね、それ!」
 うらやましそうな視線で机を並べる女子生徒たちを見る。
 僕たちの学校は、男子よりも女子の比率が多い。そのため、昼休みになると賑やかな女子の会話が教室内に響き渡る。
 先週はひなたちゃんたちと一緒に食べていたのに、今日は僕だけだ。
「いただきます」
 手を合わせてから、弁当に手をつける。今日のメニューは、冷食の一口カツと昨日の残り物のポテトサラダとプチトマトの詰め合わせだ。
 姉さんが大学に入ってから、一緒に料理をする機会が増えた。最近では料理の腕も姉さんに負けないくらいに上達している。
 たとえひとりで食べる弁当でも、自分で作ったのであれば格別だ。
 隣の主不在の席を見て思う。
 そういえば、今朝のひなたちゃんは弁当箱を持ってこなかった。
 もしかすると、ひなたちゃんは今頃生徒会館でお昼を食べているのだろうか。
 先週の水曜から金曜にかけて、高橋さんを交えながらお昼を食べていたことを思い出す。
 他愛のない会話をしながら食べるお昼は、何よりも楽しかった。
 弁当を食べ終えてカバンから本を取り出そうとすると、ふいにムスクの香りが鼻をくすぐる。
「優人、今日はひとりなの?」
 やけに落ち着いた声が耳に響く。
 振り返ると、そこにはこの前まで後ろの席に座っていた鹿島結姫が立っていた。
 明らかに多めに外されたブラウスのボタン、だらしなく結ばれたリボン、腰に巻かれた上着。
 胸元まで伸びた明るくサラサラとした髪、バッチリと決まったメイク、そしてグラビアモデルのような体型が目を引く。
 ギャルと違ってだらしなく見えないのは、持って生まれた美貌のおかげだ。
 鹿島さんは遊んでいる身なりをしている割には家柄が良く、父親は隣町の市議会議員をしている。しかも成績優秀で、学年末試験では高橋さんと良い勝負だった。体育が原因で足を引っ張った僕としては、正直羨ましい限りだ。
 席替えまでの間、鹿島さんは様々な口実でグイグイと迫ってきた。姉さんで免疫があるつもりだったが、女性経験がゼロの僕には刺激が強すぎる。
「……なんだ、鹿島さんか」
 彼女の視線を振り切って、また本へと向かう。
「なんだ、はないでしょ。優人、最近は秋山さんたちとずっと一緒だったのに」
「どうしてわかるんだよ」
「私が気づかないとでも思ったの?」
 当然のことだと口にしながら、鹿島さんが僕と向かい合うようにして座る。
「優人、今あなたが手にしてるのって、最近出たばかりの本でしょ」
「まあ、そうだけど」
「面白いの?」
「もちろんさ。何でもありだからね」
 持っている本のことについてさらっと答える。
 昨日買った本はボーイミーツガール、アクション、逃避行、ありとあらゆるものが揃った極上のエンターテインメント小説だ。
 大賞を受賞するだけあって、さすがと言わざるを得ない。惜しむらくは、作者にファンレターを送っても届かないことだが。
「ふうん。その本って、文芸部とは関係がないの?」
「ないに決まってるよ。部長が知ったら大目玉だからね」
「あの部長さんだから、仕方ないわよ。こないだも聞いたけど、優人って頭脳戦を繰り広げる話は読んだことがある?」
「ないけど、面白いの?」
「もちろん! ラブコメやファンタジーものもいいけど、シビアな現実を見るのも良いわよ。優人も読んだら?」
「考えとくよ」
 そう言いながら、机の中に本をしまった。鹿島さんがそこまで熱心に勧めるなら、読んでみたい気もする。
「話を戻すけど、優人って最近秋山さんと楽しそうに話してるじゃない」
「それがどうかしたんだ?」
「席替え前は私とずっと一緒だったでしょ。なのに、優人ったら不満ばかりだったじゃない」
「それは……」
 言葉に詰まる。
 席替え前は鹿島さんに振り回されていたのに、今になって「不満ばかり」と言われても答えようがない。
 鹿島さんに気を遣うよりも、ひなたちゃんたちと楽しくおしゃべりする方が僕には似合っている。しかし、それをそのまま言うのは失礼だろう。
「答えられないの?」
「いや、その……」
「答えられないなら、それでもいいけどね」
 そう言いながら、鹿島さんはまた軽くため息をつく。
 見た目良し、成績良し、家柄良しの鹿島さんに言い寄られるのは、周りからしてみればうらやましいと感じるだろう。
 僕はそう思わない。ここで自分の本音を話したら、かえって逆効果になりそうだ。
「ところで、秋山さんって……」
 鹿島さんが何か言おうとしかけた、まさにそのときだった。
「あれ? 鹿島さん、どうして広瀬君の席に座ってるの?」
 クラスメイトたちと一緒になって戻ってきたひなたちゃんが、僕に声をかけてきた。太陽のような笑顔を見ていると、心が安らぐ。
 その両手には、自販機で買ってきたペットボトルがチラリと顔を見せた。
「ちょっと、ね」
 鹿島さんが一瞬申し訳なさそうな表情をして、立ち去るそぶりを見せた。
 助かった。これでプレッシャーから逃れられる。
「……ところで、秋山さん」
「あっ、はい!」
「優人と秋山さんって、知り合い?」
 ホッとした次の瞬間、 鹿島さんの視線が自分の席に座ろうとしていたひなたちゃんに注がれた。
 救世主は現れたものの、鹿島さんがこのまま素直に引き下がるとは思えない。むしろ、ここからが本番だろう。