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第8話

ー/ー



「葛西君って、どんな本を読んでますか?」
 金曜日のお昼休み、高橋さんが弁当を片手に問いかける。
「青春ものはいろいろ読んでますね」
「例えば、どういった作品ですか?」
「十年近く前の本ですが、タイムリープものの小説を全部読みました。この本だけは、母さんが素直に買ってくれました」
 いつもなら野球漫画を買うよう頼んでもチアが出てくる漫画を買ってくる母さんなのに、この本だけは違った。
 もしかして、このときだけは僕の本当の気持ちを理解してくれたのだろうか。
「意外ですね。その本の作者さん、私にとっては理解できない作品ばかりで……」
 高橋さんの顔が曇る。
 確かに、同じ著者のほかの作品は高橋さんたちに薦められない。
 ましてや、デビュー作となったディストピアSFや最近まで連載していた現代ファンタジーはなおさらだ。
「その作品は別でしたね。読んでいて涙がこぼれました」
「気になるなぁ。後で貸してよ、フーカ」
「わかっているわよ、そのうちね」
「やったぁ!」
 ひなたちゃんがご飯粒をつけながら両手を挙げて喜びを見せる。
 この三日間、お昼休みになると一緒に弁当を食べるようになった。誰にも気をつかうことなくお昼を過ごせるのは、夢のようだ。
 壮行式まで残り一時間半弱なのにもかかわらず、ひなたちゃんたちは誰にも負けない笑顔を見せている。
 この調子だと、壮行式で良いものが見られそうだ。

 六時間目。ついに、ひなたちゃんの出番がやって来た。
「え~、選手の皆様におかれましては……」
 そう思って浮かれていた自分を反省したい。
 いつものことだが、校長先生の話は長すぎる。睡眠誘発装置なのか。それが終わると生徒会長、そして各部の代表の挨拶だ。
「今年こそはインターハイに出場します!」
 陸上競技部、サッカー部、バスケ部……。ユニフォーム姿の三年生が登壇して地区予選に向けた意気込みを話す。
 これもいつものことだが、野球を続けていたら僕もこの場に立っていたのだろうか。
 最後の挨拶が終わると、司会がマイクを手に取った。
「次はチアリーディング部の激励の演技です。チアリーディング部の皆さん、準備をお願いします」
 僕の心臓がドクンと跳ね上がった。ひなたちゃんたちの見せ場だ。
 司会の一声とともに、ユニフォーム姿の生徒たちがステージ手前に集まる。
 青を基調としたノースリーブのシャツとプリーツスカート、リストバンド。
 リストバンドの先には、ユニフォームと同じ青と白の混じったポンポンがきらびやかに光る。
「県総体で頑張る選手の皆さん!」
 力強い声が体育館いっぱいに響くと、先ほどまでざわついていた会場が一瞬にして静まりかえった。
 マイクを握る彼女の後ろ姿からは、凛とした感じがする。
 ユニフォームに合わせた柄のリボンでまとめたポニーテールは、高校時代の姉さんを思わせる。
 彼女の背丈は僕とほぼ同じだろうか。僕の座っているところからでは、顔はよく見えない。
「私たちチアリーディング部は、これから県総体を戦い抜く皆さんを全力で応援します。私たちの思い、受け取ってください!」
 自信に満ち溢れた彼女の力強い挨拶に、拍手と歓声が巻き起こる。
「レッツゴー!」
 かけ声とともに、ギターの勢いのよいイントロとベース、ドラムの軽快なリズムが体育館にこだまする。
 音楽に乗せて、ひなたちゃんたちをはじめとした部員たちが一斉に動き出した。
 ポニーテール、お下げ、そして切り揃えた髪が揺れ、息の合ったかけ声が響く。
(ひなたちゃん、どこだろう)
 彼女の姿を目で追う。しかし、僕が座っているところからでは誰なのか見分けがつかない。かろうじて高橋さんのリボンが見える程度だ。
 もちろん、何をやっているのかさえも。
 ひなたちゃんの姿は見えないのに、熱い思いが伝わってくる。
 全員の揃った動き、魂のこもったかけ声。全てが生き物のような感覚だ。
 一瞬だけ、踊っているひなたちゃんたちと顔が合った。それもつかの間、また選手代表へと視線を移す。
 もっと近くでひなたちゃんたちの演技を見たい。感じたい。
 怒鳴り声に近い歌声のままサビを歌い上げると、前奏の繰り返しとギターソロだ。
 ポンポンが宙を舞い、体育館内に青と白の奇跡を描く。アクロバティックな動きに目が釘付けになる。
 今まで見ていないふりをしていたのに、見ていると急に胸が熱くなった。
 これがひなたちゃんの世界なのか。そして、僕が長い間避けていた世界なのか。
 呆然としていると、あっという間に演技が終わった。
「ありがとうございました!」
 挨拶とともに、割れんばかりの拍手が体育館に響く。
 僕も彼女たちへ割れんばかりの拍手を送りながらも、物足りなさを感じた。
 もし願いがかなうなら、選手たちと同じ場所で見てみたい。熱い声援を体に浴びたい。

 教室に戻り、帰りのホームルームが終わった後のこと。
「あっ、優人君!」
 掃除用具を取りにロッカーへと向かうと、ひなたちゃんに呼び止められた。
「今日、掃除当番でしょ? 私も手伝うよ。話したいことがあるんだ」
 よく見ると、ひなたちゃんが掃除道具を手にしている。その動きには無駄が見られない。
「話したいことって?」
「掃除しながら話そうよ。ねっ!」
 そう話すと、ひなたちゃん箒とちり取りを片手に所狭しと動き回る。
「ところで、話したいことって何?」
 ひなたちゃんの顔を見て問いかけると、彼女の顔が急に真剣になる。
「壮行式の演技、どうだった?」
「そっ、それは……」
 一瞬だけ言葉に詰まる。
 母さんたちのチア推しのせいで、今までチアの演技をきちんと見ていなかった。しかし、今は違う。
「すごかったよ。でも……」
「でも?」
「後ろからだと、ひなたちゃんがどこにいるかわからなくて……」
「そうなんだ……」
 ひなたちゃんが寂しい表情を浮かべる。踊っているときは、どこにいるのかすらまったく気づかなかった。
 組体操で上に立っていたのはひなたちゃんなのか、それとも別の誰かなのだろうか。
「でも、今度はしっかりと見てほしいな」
「今度は? それって……」
「秘密。ほら、一緒に掃除しようよ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
 笑顔を浮かべながら、ひなたちゃんはまた箒とちり取りを手に教室を動き回る。
 ふと、おとといのことを思い出す。
 もしかして、チア部の先輩に見学の件を伝えたのだろうか。
 掃除を終えて教室を去るとき、ひなたちゃんが振り返って僕に話しかける。
「来週を楽しみにしてね!」
 手を振る彼女の笑顔がまぶしい。果たして、来週の火曜日に何が待っているのだろうか。
 期待と不安の中、ひなたちゃんを見送ると僕はその足で昇降口へと向かった。



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「葛西君って、どんな本を読んでますか?」
 金曜日のお昼休み、高橋さんが弁当を片手に問いかける。
「青春ものはいろいろ読んでますね」
「例えば、どういった作品ですか?」
「十年近く前の本ですが、タイムリープものの小説を全部読みました。この本だけは、母さんが素直に買ってくれました」
 いつもなら野球漫画を買うよう頼んでもチアが出てくる漫画を買ってくる母さんなのに、この本だけは違った。
 もしかして、このときだけは僕の本当の気持ちを理解してくれたのだろうか。
「意外ですね。その本の作者さん、私にとっては理解できない作品ばかりで……」
 高橋さんの顔が曇る。
 確かに、同じ著者のほかの作品は高橋さんたちに薦められない。
 ましてや、デビュー作となったディストピアSFや最近まで連載していた現代ファンタジーはなおさらだ。
「その作品は別でしたね。読んでいて涙がこぼれました」
「気になるなぁ。後で貸してよ、フーカ」
「わかっているわよ、そのうちね」
「やったぁ!」
 ひなたちゃんがご飯粒をつけながら両手を挙げて喜びを見せる。
 この三日間、お昼休みになると一緒に弁当を食べるようになった。誰にも気をつかうことなくお昼を過ごせるのは、夢のようだ。
 壮行式まで残り一時間半弱なのにもかかわらず、ひなたちゃんたちは誰にも負けない笑顔を見せている。
 この調子だと、壮行式で良いものが見られそうだ。
 六時間目。ついに、ひなたちゃんの出番がやって来た。
「え~、選手の皆様におかれましては……」
 そう思って浮かれていた自分を反省したい。
 いつものことだが、校長先生の話は長すぎる。睡眠誘発装置なのか。それが終わると生徒会長、そして各部の代表の挨拶だ。
「今年こそはインターハイに出場します!」
 陸上競技部、サッカー部、バスケ部……。ユニフォーム姿の三年生が登壇して地区予選に向けた意気込みを話す。
 これもいつものことだが、野球を続けていたら僕もこの場に立っていたのだろうか。
 最後の挨拶が終わると、司会がマイクを手に取った。
「次はチアリーディング部の激励の演技です。チアリーディング部の皆さん、準備をお願いします」
 僕の心臓がドクンと跳ね上がった。ひなたちゃんたちの見せ場だ。
 司会の一声とともに、ユニフォーム姿の生徒たちがステージ手前に集まる。
 青を基調としたノースリーブのシャツとプリーツスカート、リストバンド。
 リストバンドの先には、ユニフォームと同じ青と白の混じったポンポンがきらびやかに光る。
「県総体で頑張る選手の皆さん!」
 力強い声が体育館いっぱいに響くと、先ほどまでざわついていた会場が一瞬にして静まりかえった。
 マイクを握る彼女の後ろ姿からは、凛とした感じがする。
 ユニフォームに合わせた柄のリボンでまとめたポニーテールは、高校時代の姉さんを思わせる。
 彼女の背丈は僕とほぼ同じだろうか。僕の座っているところからでは、顔はよく見えない。
「私たちチアリーディング部は、これから県総体を戦い抜く皆さんを全力で応援します。私たちの思い、受け取ってください!」
 自信に満ち溢れた彼女の力強い挨拶に、拍手と歓声が巻き起こる。
「レッツゴー!」
 かけ声とともに、ギターの勢いのよいイントロとベース、ドラムの軽快なリズムが体育館にこだまする。
 音楽に乗せて、ひなたちゃんたちをはじめとした部員たちが一斉に動き出した。
 ポニーテール、お下げ、そして切り揃えた髪が揺れ、息の合ったかけ声が響く。
(ひなたちゃん、どこだろう)
 彼女の姿を目で追う。しかし、僕が座っているところからでは誰なのか見分けがつかない。かろうじて高橋さんのリボンが見える程度だ。
 もちろん、何をやっているのかさえも。
 ひなたちゃんの姿は見えないのに、熱い思いが伝わってくる。
 全員の揃った動き、魂のこもったかけ声。全てが生き物のような感覚だ。
 一瞬だけ、踊っているひなたちゃんたちと顔が合った。それもつかの間、また選手代表へと視線を移す。
 もっと近くでひなたちゃんたちの演技を見たい。感じたい。
 怒鳴り声に近い歌声のままサビを歌い上げると、前奏の繰り返しとギターソロだ。
 ポンポンが宙を舞い、体育館内に青と白の奇跡を描く。アクロバティックな動きに目が釘付けになる。
 今まで見ていないふりをしていたのに、見ていると急に胸が熱くなった。
 これがひなたちゃんの世界なのか。そして、僕が長い間避けていた世界なのか。
 呆然としていると、あっという間に演技が終わった。
「ありがとうございました!」
 挨拶とともに、割れんばかりの拍手が体育館に響く。
 僕も彼女たちへ割れんばかりの拍手を送りながらも、物足りなさを感じた。
 もし願いがかなうなら、選手たちと同じ場所で見てみたい。熱い声援を体に浴びたい。
 教室に戻り、帰りのホームルームが終わった後のこと。
「あっ、優人君!」
 掃除用具を取りにロッカーへと向かうと、ひなたちゃんに呼び止められた。
「今日、掃除当番でしょ? 私も手伝うよ。話したいことがあるんだ」
 よく見ると、ひなたちゃんが掃除道具を手にしている。その動きには無駄が見られない。
「話したいことって?」
「掃除しながら話そうよ。ねっ!」
 そう話すと、ひなたちゃん箒とちり取りを片手に所狭しと動き回る。
「ところで、話したいことって何?」
 ひなたちゃんの顔を見て問いかけると、彼女の顔が急に真剣になる。
「壮行式の演技、どうだった?」
「そっ、それは……」
 一瞬だけ言葉に詰まる。
 母さんたちのチア推しのせいで、今までチアの演技をきちんと見ていなかった。しかし、今は違う。
「すごかったよ。でも……」
「でも?」
「後ろからだと、ひなたちゃんがどこにいるかわからなくて……」
「そうなんだ……」
 ひなたちゃんが寂しい表情を浮かべる。踊っているときは、どこにいるのかすらまったく気づかなかった。
 組体操で上に立っていたのはひなたちゃんなのか、それとも別の誰かなのだろうか。
「でも、今度はしっかりと見てほしいな」
「今度は? それって……」
「秘密。ほら、一緒に掃除しようよ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
 笑顔を浮かべながら、ひなたちゃんはまた箒とちり取りを手に教室を動き回る。
 ふと、おとといのことを思い出す。
 もしかして、チア部の先輩に見学の件を伝えたのだろうか。
 掃除を終えて教室を去るとき、ひなたちゃんが振り返って僕に話しかける。
「来週を楽しみにしてね!」
 手を振る彼女の笑顔がまぶしい。果たして、来週の火曜日に何が待っているのだろうか。
 期待と不安の中、ひなたちゃんを見送ると僕はその足で昇降口へと向かった。