表示設定
表示設定
目次 目次




第7話

ー/ー



「カサイミホ、だよね?」
 ひなたちゃんが弁当をつつきながら、何気なく母さんのフルネームを口にした。
 漢字で書くと『葛西美穂』となる。間違いない。
「それ、僕の母さんだよ」
「えっ?」「本当ですか?」
 思わず声に出すと、二人がパッと顔を上げて驚きの声を上げた。
「それじゃあ、君たちは……」
「私、サニーウイングスにいたんだ。フーカと一緒にね」
 また、サンドイッチをつまむ箸が宙で止まる。
 二人が母さんと繋がっているのは意外だった。
 席替えで隣同士になったのも何かの縁、まずは話を聞いてみよう。
「連休前にひなたから葛西君のことを聞いたときから気になっていました。隣の席の男の子から本を借りた、ってはしゃいで……」
「『誰なの?』ってフーカが聞いたら、優人君のことを話したんだよ」
「それで、コーチの先生と同じ名字だなって。『是非会いたい』って話したのも、もしかしてと思ったからです」
 ひなたちゃんが箸の手を止めて、何度もうなずく。東は太平洋、西は蔵王まで広がるこの街は広いように見えて、実は狭い。
「そうそう! フーカ、意味深な表情をしてたからね」
「今日実際にお目にかかって、やはり葛西先生に雰囲気が似てるかなって感じました」
「ビンゴだったね!」
 二人が笑顔を浮かべながら答える。
 僕の顔は、母さんに似ているのだろうか。後で自分の顔をじっくりと見てみよう。
「ところで、葛西君の家族ってどうなってますか?」
「父さんと母さん、姉さん、僕の四人です」
「お姉さんもチアをしてるのですか?」
「母さんがサニーウイングスでコーチをしてたから、姉さんも入ってました。それに……」
 突如、昔のことがフラッシュバックする。
 野球の試合に出られないと聞いた途端に目を輝かせた母さん、運動会になるとサニーウイングスのユニフォームでやってくる姉さん……。
 思い出しただけでも、頭が痛くなる。
「どうしたの、優人君?」
「ちょっと昔のことを思い出してね……」
「言わなくてもわかりますよ。お母さんがチア推しだと、葛西君も大変ですね」
 僕のことを察したのか、高橋さんがフォローしてくれる。見た目どおりの優しい人で良かった。
「でも、大学生がチアに打ち込む小説を読んだ今なら、母さんの気持ちが少しだけわかる気がします」
「葛西君も読みましたか?」
 高橋さんが興味深そうに尋ねる。
「もちろんです。姉さんが文庫版とハードカバーを持っていて、連休中に全部読み通しました」
「どこが良かったですか?」
「やはり、全国大会で全力を出し切るところですね。ところで、その本をひなたちゃんに薦めたのは高橋さんですか?」
「はい。実は私、青春小説が大好きです」
「それで、その本を勧めたのですか」
 笑顔を浮かべながら高橋さんがうなずく。隣に座っているひなたちゃんの顔が実に愛らしい。
「勧めた後で読み返したら、体の鍛え方などが書いてありました。後輩の指導をしていたから、読み返すには絶好のタイミングでしたね」
 なるほど、高橋さんは後輩の指導をしているのか。お弁当をおいしそうに食べているひなたちゃんも同じなのだろうか。
「ひなたちゃんも後輩の指導をしてるの?」
「うん。一年生の子たちに、ダンスやスタンツを教えてるよ」
 力強くうなずくひなたちゃん。
「スタンツ?」
 頭の中に大きな疑問符が浮かぶ。
 何かが道をふさいでいるのだろうか、専門用語はまったくわからない。
「それって、組体操みたいなもの?」
「そうだよ」とうなずくひなたちゃん。
「高いところに上って、危なくない?」
 僕の心配をよそに、ひなたちゃんは首を横に振りながら「慣れれば大丈夫だよ」と答える。
「私も最初はひなたと同じでした。今では高いところに登るくらい、何ともありません」
 心配は不要だと二人が笑顔を見せる。二人とも心の底からチアのことが好きなのだろう。
 去年の対面式、文化祭、姉さんに連れて行かれた区民祭り、そしてこの前の対面式……。
 しっかりと見ていなかったのは、僕と姉さんたちとの間に壁を作っていたからだ。
 その壁を壊すために、彼女たちの世界をもう少し深く知りたい。表側だけでなく、裏側もだ。
 壁の向こう側には、文芸部の部長が僕に求めている「人間関係の深み」も、きっとあるはずだ。
「優人君、何を考えてるの?」
「ちょっとね。……ところで、高橋さん」
 心配そうに見つめるひなたちゃんの顔を見てから、高橋さんに視線を合わせる。
「あさっては壮行式ですよね」
「そうですね。それがどうかしましたか?」
「その後で構わないので、チア部を見学したいです。お願いします!」
 気がつくと、椅子から立ち上がって高橋さんに向かって頭を下げていた。
「えっ、そんなことを急に言われても……」
「大歓迎だよ! ねっ、フーカ?」
「う、うん。……どうしよう、部長に聞いてみないと……」
 弁当をまだ食べている高橋さんが周りを見渡している。その一方で、先に食べ終えたひなたちゃんは嬉しそうな目で僕を見ている。
 見ていて面白いけれども、僕は本気だ。いつも厳しい目で見ている部長を見返したい。
「優人君、まずは座ろうよ」
 ひなたちゃんの言うとおりにすると、高橋さんは弁当箱を片付ける。
「それなら、まずは壮行式の演技をちゃんと見てからにしない? 私、頑張るから」
「もちろんさ」
 なだめるひなたちゃんの前で、決意を固める。
 曇りなき眼で見よう、ひなたちゃんたちの世界を。
 この縁がどこまで続くのかわからない。しかし、この縁を大切にしていれば、きっと良いことが待っているだろう。



次のエピソードへ進む 第8話


みんなのリアクション

「カサイミホ、だよね?」
 ひなたちゃんが弁当をつつきながら、何気なく母さんのフルネームを口にした。
 漢字で書くと『葛西美穂』となる。間違いない。
「それ、僕の母さんだよ」
「えっ?」「本当ですか?」
 思わず声に出すと、二人がパッと顔を上げて驚きの声を上げた。
「それじゃあ、君たちは……」
「私、サニーウイングスにいたんだ。フーカと一緒にね」
 また、サンドイッチをつまむ箸が宙で止まる。
 二人が母さんと繋がっているのは意外だった。
 席替えで隣同士になったのも何かの縁、まずは話を聞いてみよう。
「連休前にひなたから葛西君のことを聞いたときから気になっていました。隣の席の男の子から本を借りた、ってはしゃいで……」
「『誰なの?』ってフーカが聞いたら、優人君のことを話したんだよ」
「それで、コーチの先生と同じ名字だなって。『是非会いたい』って話したのも、もしかしてと思ったからです」
 ひなたちゃんが箸の手を止めて、何度もうなずく。東は太平洋、西は蔵王まで広がるこの街は広いように見えて、実は狭い。
「そうそう! フーカ、意味深な表情をしてたからね」
「今日実際にお目にかかって、やはり葛西先生に雰囲気が似てるかなって感じました」
「ビンゴだったね!」
 二人が笑顔を浮かべながら答える。
 僕の顔は、母さんに似ているのだろうか。後で自分の顔をじっくりと見てみよう。
「ところで、葛西君の家族ってどうなってますか?」
「父さんと母さん、姉さん、僕の四人です」
「お姉さんもチアをしてるのですか?」
「母さんがサニーウイングスでコーチをしてたから、姉さんも入ってました。それに……」
 突如、昔のことがフラッシュバックする。
 野球の試合に出られないと聞いた途端に目を輝かせた母さん、運動会になるとサニーウイングスのユニフォームでやってくる姉さん……。
 思い出しただけでも、頭が痛くなる。
「どうしたの、優人君?」
「ちょっと昔のことを思い出してね……」
「言わなくてもわかりますよ。お母さんがチア推しだと、葛西君も大変ですね」
 僕のことを察したのか、高橋さんがフォローしてくれる。見た目どおりの優しい人で良かった。
「でも、大学生がチアに打ち込む小説を読んだ今なら、母さんの気持ちが少しだけわかる気がします」
「葛西君も読みましたか?」
 高橋さんが興味深そうに尋ねる。
「もちろんです。姉さんが文庫版とハードカバーを持っていて、連休中に全部読み通しました」
「どこが良かったですか?」
「やはり、全国大会で全力を出し切るところですね。ところで、その本をひなたちゃんに薦めたのは高橋さんですか?」
「はい。実は私、青春小説が大好きです」
「それで、その本を勧めたのですか」
 笑顔を浮かべながら高橋さんがうなずく。隣に座っているひなたちゃんの顔が実に愛らしい。
「勧めた後で読み返したら、体の鍛え方などが書いてありました。後輩の指導をしていたから、読み返すには絶好のタイミングでしたね」
 なるほど、高橋さんは後輩の指導をしているのか。お弁当をおいしそうに食べているひなたちゃんも同じなのだろうか。
「ひなたちゃんも後輩の指導をしてるの?」
「うん。一年生の子たちに、ダンスやスタンツを教えてるよ」
 力強くうなずくひなたちゃん。
「スタンツ?」
 頭の中に大きな疑問符が浮かぶ。
 何かが道をふさいでいるのだろうか、専門用語はまったくわからない。
「それって、組体操みたいなもの?」
「そうだよ」とうなずくひなたちゃん。
「高いところに上って、危なくない?」
 僕の心配をよそに、ひなたちゃんは首を横に振りながら「慣れれば大丈夫だよ」と答える。
「私も最初はひなたと同じでした。今では高いところに登るくらい、何ともありません」
 心配は不要だと二人が笑顔を見せる。二人とも心の底からチアのことが好きなのだろう。
 去年の対面式、文化祭、姉さんに連れて行かれた区民祭り、そしてこの前の対面式……。
 しっかりと見ていなかったのは、僕と姉さんたちとの間に壁を作っていたからだ。
 その壁を壊すために、彼女たちの世界をもう少し深く知りたい。表側だけでなく、裏側もだ。
 壁の向こう側には、文芸部の部長が僕に求めている「人間関係の深み」も、きっとあるはずだ。
「優人君、何を考えてるの?」
「ちょっとね。……ところで、高橋さん」
 心配そうに見つめるひなたちゃんの顔を見てから、高橋さんに視線を合わせる。
「あさっては壮行式ですよね」
「そうですね。それがどうかしましたか?」
「その後で構わないので、チア部を見学したいです。お願いします!」
 気がつくと、椅子から立ち上がって高橋さんに向かって頭を下げていた。
「えっ、そんなことを急に言われても……」
「大歓迎だよ! ねっ、フーカ?」
「う、うん。……どうしよう、部長に聞いてみないと……」
 弁当をまだ食べている高橋さんが周りを見渡している。その一方で、先に食べ終えたひなたちゃんは嬉しそうな目で僕を見ている。
 見ていて面白いけれども、僕は本気だ。いつも厳しい目で見ている部長を見返したい。
「優人君、まずは座ろうよ」
 ひなたちゃんの言うとおりにすると、高橋さんは弁当箱を片付ける。
「それなら、まずは壮行式の演技をちゃんと見てからにしない? 私、頑張るから」
「もちろんさ」
 なだめるひなたちゃんの前で、決意を固める。
 曇りなき眼で見よう、ひなたちゃんたちの世界を。
 この縁がどこまで続くのかわからない。しかし、この縁を大切にしていれば、きっと良いことが待っているだろう。