第6話
ー/ー 大型連休があっという間に終わった。今日から僕は高校で授業、姉さんは大学の講義だ。
「ひなたちゃん、おはよう」
僕に遅れて、ひなたちゃんが教室に入ってくる。
「おはよう、優人君!」
明るい声で挨拶を返してくるひなたちゃん。
「連休前に貸した本は読み終わった?」
あの日の甘い記憶を振り払うように、連休前に貸した本のことについて尋ねた。
「読んだよ。半年間で全国大会まで出場するところが最高だったよ!」
「そうだね。僕も連休中に姉さんから本を借りて、実家で読んだよ」
実は父さんの元へ向かう前の晩、姉さんからハードカバー版を借りた。ひなたちゃんが読んでいるなら僕も、と思ったのだろう。
実家へ向かう高速バスの中で、読んで眠くなったところの続きから最後まで一気に読み通した。
今までつまらない意地を張っていた僕は何だったのだろう、読み終えての感想は、そのひとことに尽きる。
「えっ、優人君も読んだの?」
「そうだね。小学校の頃に漫画版を読んで……、ね」
曖昧に答えてしまった。
小説では、漫画では省かれている大会のルールやメンバーたちとの交流が事細かに描かれていた。ひなたちゃんの友達にも、感動を伝えたい。
「ありがとう。返すね」
「こちらこそ」
ひなたちゃんから文庫本を受け取ると、自分のカバンの中に入れる。
「ところで、お昼休みだけど……」
何か言いかけると、教室の引き戸が勢いよく開いた。
「みんな、おはよ~♪ ホームルームを始めるよ~」
林先生だ。今日はやたらと上機嫌だ。
「先生が来たね」
クラスメイトと歩調を合わせるようにして、ひなたちゃんも急いで自分の席へと戻る。
「お昼休み、楽しみだね」
小声でひなたちゃんがそう話すと、軽く目配せをする。
胸をときめかせていると、林先生が教卓に手をついてから口を開いた。
「みんな、大型連休はどう過ごした? 私はね、昔のミュージカル映画を見たよ!」
そう話しながら、林先生が英語で唄を歌いながら教壇で軽くダンスを踊ってみせる。
「センセー、連絡事項は?」
しかし、先生のダンスを遮るようにして生徒がすかさずツッコミを入れる。
あっという間に、教室からは笑い声であふれかえった。
先生の慌て振りに、僕も笑顔になる。
「……ごめんね。あさっては壮行式なので、六時間目は体育館に集合してね。チア部のダンスもあるから……」
先生が我に返って、教壇の前に立って話を進める。
ふと、先月の対面式で人間櫓の上からひなたちゃんが立っていたような気がする。
それだけではない。去年の対面式や文化祭、姉さんに連れて行かれた区民祭りでも、ひなたちゃんたちの演技をまともに見ていなかった。
今度こそは、しっかりとこの目で見届けよう。心の中で決意を固めると、教室が慌ただしくなる。
今日もまた、忙しい一日の始まりだ。
そして、お昼休み。
「あっ、優人君!」
弁当を取りに行っている間に、ひなたちゃんたちが机をL字型に並べていた。
「あっ……」
広瀬の席を引きずっていたのは、見たことのない女の子だ。
背丈はひなたちゃんとほぼ同じで、落ち着いた見た目をしている。
整った目鼻立ちに、ふさふさしたまつ毛。薄桃色の唇は鮮やかで、ひなたちゃんに比べると少しだけ小振りだ。
背筋もピンと伸びているし、何よりポニーテールが似合っている。
「ひなたちゃん、この子って……」
僕が首をかしげると、ひなたちゃんが彼女を指す。
「紹介するね。私の幼なじみで、隣のクラスの高橋風香ちゃんだよ」
「はじめまして、高橋です。ひなたとは幼稚園の頃からずっと一緒です。よろしくお願いしますね」
深々とお辞儀をすると、机を丁寧に並べてから椅子に座る。礼儀正しくて、しっかりしている人だ。
「まずはお弁当を食べながらお話をしましょうか」
高橋さんの提案で、それぞれの席で弁当箱を広げる。
ひなたちゃんのパステルカラー、高橋さんの上品なネイビーカラー、そして僕のシンプルな弁当箱。三人それぞれだ。
高橋さんの弁当箱の形を見て、僕の頭にふとした疑問が思い浮かぶ。
上品な見た目をしているのに、どうして使い勝手が良い弁当箱を持ち歩いているのだろうか。
もしかして彼女も、何かのスポーツをやっているのかも……。
「ひなたちゃん、高橋さんの部活ってどこ?」
弁当のおかずを口に入れようとしたひなたちゃんに問いかける。
毎日体を動かしているだけあって、ひなたちゃんの弁当箱にはおかずがぎっしりと詰め込まれている。本当に食べきれるのだろうか。
「フーカ? チア部だよ」
口に何かをくわえながら、ひなたちゃんが当然のように答える。
ああ、やはりチア部か。楽しそうに語るひなたちゃんを見ていると、複雑な気持ちになる。
僕の家族といい、ひなたちゃんといい、高橋さんといい、どうして僕の周りにはチアに関わる人ばかりなのだろうか。
「高橋さんって、どうしてチアを始めたんですか?」
不思議な気持ちを抱えながら高橋さんに問いかける。
ちなみに今日の僕の弁当は、姉さんが前日に仕込んでおいたサンドイッチ弁当だ。
「ひなたと私は小さい頃から近所同士で、ひなたがチアをやると言い出して私も……」
途中まで言いかけると、高橋さんの箸の手が止まる。
「あっ、見学したときにコーチの方が教えてくださって、それでひなたと一緒に始めました。親切な方でしたよ」
「コーチの先生の名前はわかりますか?」
「確か、葛西って名字だった気がするのですが……」
サンドイッチをつまむ手が宙で止まった。もしかして、母さんのことだろうか。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
大型連休があっという間に終わった。今日から僕は高校で授業、姉さんは大学の講義だ。
「ひなたちゃん、おはよう」
僕に遅れて、ひなたちゃんが教室に入ってくる。
「おはよう、優人君!」
明るい声で挨拶を返してくるひなたちゃん。
「連休前に貸した本は読み終わった?」
あの日の甘い記憶を振り払うように、連休前に貸した本のことについて尋ねた。
「読んだよ。半年間で全国大会まで出場するところが最高だったよ!」
「そうだね。僕も連休中に姉さんから本を借りて、実家で読んだよ」
実は父さんの元へ向かう前の晩、姉さんからハードカバー版を借りた。ひなたちゃんが読んでいるなら僕も、と思ったのだろう。
実家へ向かう高速バスの中で、読んで眠くなったところの続きから最後まで一気に読み通した。
今までつまらない意地を張っていた僕は何だったのだろう、読み終えての感想は、そのひとことに尽きる。
「えっ、優人君も読んだの?」
「そうだね。小学校の頃に漫画版を読んで……、ね」
曖昧に答えてしまった。
小説では、漫画では省かれている大会のルールやメンバーたちとの交流が事細かに描かれていた。ひなたちゃんの友達にも、感動を伝えたい。
「ありがとう。返すね」
「こちらこそ」
ひなたちゃんから文庫本を受け取ると、自分のカバンの中に入れる。
「ところで、お昼休みだけど……」
何か言いかけると、教室の引き戸が勢いよく開いた。
「みんな、おはよ~♪ ホームルームを始めるよ~」
林先生だ。今日はやたらと上機嫌だ。
「先生が来たね」
クラスメイトと歩調を合わせるようにして、ひなたちゃんも急いで自分の席へと戻る。
「お昼休み、楽しみだね」
小声でひなたちゃんがそう話すと、軽く目配せをする。
胸をときめかせていると、林先生が教卓に手をついてから口を開いた。
「みんな、大型連休はどう過ごした? 私はね、昔のミュージカル映画を見たよ!」
そう話しながら、林先生が英語で唄を歌いながら教壇で軽くダンスを踊ってみせる。
「センセー、連絡事項は?」
しかし、先生のダンスを遮るようにして生徒がすかさずツッコミを入れる。
あっという間に、教室からは笑い声であふれかえった。
先生の慌て振りに、僕も笑顔になる。
「……ごめんね。あさっては壮行式なので、六時間目は体育館に集合してね。チア部のダンスもあるから……」
先生が我に返って、教壇の前に立って話を進める。
ふと、先月の対面式で人間櫓の上からひなたちゃんが立っていたような気がする。
それだけではない。去年の対面式や文化祭、姉さんに連れて行かれた区民祭りでも、ひなたちゃんたちの演技をまともに見ていなかった。
今度こそは、しっかりとこの目で見届けよう。心の中で決意を固めると、教室が慌ただしくなる。
今日もまた、忙しい一日の始まりだ。
そして、お昼休み。
「あっ、優人君!」
弁当を取りに行っている間に、ひなたちゃんたちが机をL字型に並べていた。
「あっ……」
広瀬の席を引きずっていたのは、見たことのない女の子だ。
背丈はひなたちゃんとほぼ同じで、落ち着いた見た目をしている。
整った目鼻立ちに、ふさふさしたまつ毛。薄桃色の唇は鮮やかで、ひなたちゃんに比べると少しだけ小振りだ。
背筋もピンと伸びているし、何よりポニーテールが似合っている。
「ひなたちゃん、この子って……」
僕が首をかしげると、ひなたちゃんが彼女を指す。
「紹介するね。私の幼なじみで、隣のクラスの高橋風香ちゃんだよ」
「はじめまして、高橋です。ひなたとは幼稚園の頃からずっと一緒です。よろしくお願いしますね」
深々とお辞儀をすると、机を丁寧に並べてから椅子に座る。礼儀正しくて、しっかりしている人だ。
「まずはお弁当を食べながらお話をしましょうか」
高橋さんの提案で、それぞれの席で弁当箱を広げる。
ひなたちゃんのパステルカラー、高橋さんの上品なネイビーカラー、そして僕のシンプルな弁当箱。三人それぞれだ。
高橋さんの弁当箱の形を見て、僕の頭にふとした疑問が思い浮かぶ。
上品な見た目をしているのに、どうして使い勝手が良い弁当箱を持ち歩いているのだろうか。
もしかして彼女も、何かのスポーツをやっているのかも……。
「ひなたちゃん、高橋さんの部活ってどこ?」
弁当のおかずを口に入れようとしたひなたちゃんに問いかける。
毎日体を動かしているだけあって、ひなたちゃんの弁当箱にはおかずがぎっしりと詰め込まれている。本当に食べきれるのだろうか。
「フーカ? チア部だよ」
口に何かをくわえながら、ひなたちゃんが当然のように答える。
ああ、やはりチア部か。楽しそうに語るひなたちゃんを見ていると、複雑な気持ちになる。
僕の家族といい、ひなたちゃんといい、高橋さんといい、どうして僕の周りにはチアに関わる人ばかりなのだろうか。
「高橋さんって、どうしてチアを始めたんですか?」
不思議な気持ちを抱えながら高橋さんに問いかける。
ちなみに今日の僕の弁当は、姉さんが前日に仕込んでおいたサンドイッチ弁当だ。
「ひなたと私は小さい頃から近所同士で、ひなたがチアをやると言い出して私も……」
途中まで言いかけると、高橋さんの箸の手が止まる。
「あっ、見学したときにコーチの方が教えてくださって、それでひなたと一緒に始めました。親切な方でしたよ」
「コーチの先生の名前はわかりますか?」
「確か、葛西って名字だった気がするのですが……」
サンドイッチをつまむ手が宙で止まった。もしかして、母さんのことだろうか。