表示設定
表示設定
目次 目次




第五十二話 魁選抜・一次試験〔上〕

ー/ー



 六月二十日、水無月。
 帝を始めとする幹部一同が内裏の紫宸殿(ししんでん)に招集され、(さきがけ)選抜試験が幕を開けた。ただし彼らには陰陽や心力(しんりょく)に関する知識が当然ながら薄いため、主な進行および監査は陰陽連所属・陰陽頭(おんみょうのかみ)である私、嘉納雅章(かのうのまさあき)が仕切ることになっている。

 案ずるな、こんなところで不正を働くほど私は愚かではない。
 ……今のところはな。

 参加する陰陽師は全部で五十名。
 この中からたった一人に、陰陽第一人者〝魁〟の称号が与えられる。

 これほど多くの部下たちが参加するとは思っていなかった。恐らくは「安曇拓磨(あずみのたくま)はこの試験に不参加である」といった情報が彼らの背を押したのであろう。
 一応、我が息子である蒼士(そうし)も参加するのだが、そこは彼らの気に留めるところではなかったらしい。あの子も見くびられたものよ。

 お気づきのとおり、私は彼らに言っていないことがある。
 彼らが警戒を払う安曇拓磨は、その期待を他所に〝試験に参加する〟のだ。

 知らせる機会はいくらでもあったが、試験を受けると決めた子たちはあれから日々より修行や鍛錬に励むようになった。〝もしかしたら自分にも好機が訪れるのでは〟という淡い期待が彼らの士気を上げたのである。
 これは陰陽連を束ねる私にとってもありがたいことであり、彼らには申し訳ないが拓磨が試験に参加することは黙っておくことにしたのだ。

 相変わらずズル賢い、とな? しかし、これは不正ではなかろう。
 私とて陰陽の未来を憂いておるのだ、利用しない手はない。

「雅章殿、ご苦労である。お主も難儀であるな」
「そう言えば花見で頂いた酒、実に美味であった。どちらで手に入れられたのか?」

 定期的に行われる朝廷議会では物々しい空気に世間話どころではないが、賑やかな祭のような雰囲気に普段はできない会話に花が咲いた。しかし帝の側近の者が「控えよ」と発すると一斉に口を紡ぎ、試験開始の合図である囃子の音が鳴り響いた。

「これより魁選抜の一次試験を開始する。一組目の受験者五名、入場せよ」

 進行役である私の一声により、門に控えている兵士が五名の陰陽師を引き連れてきた。見よ、あの受験者たちの自信に満ちあふれた爛々と輝く目を。あの闘志を試験前から削いでしまっては可愛そうであろう?
 ……まぁ、この一次試験で大半がその出鼻をくじかれるであろうが。

 なお一次試験は五名の組を一日二組、十名ずつに分け五日に渡って行われる。帝はお忙しい身だ、一日の全てを試験に費やすわけにはいかないのである。
 それに、そうしなければ試験に携わる私の心力も持たない。

「一次試験では其方たちの精神力を見せてもらう」
「精神力、でございますか……?」

 実は、試験内容は一切彼らに知らされていない。
 恐らく今日までに心力の最大値を上げたり術の精度を高めたりしたであろうが、それはの大前提だ。魁に求めるのはそんな生温いものではない。

「左様。第一人者ともあれば、いかなる状況でも冷静に判断することが求められる。其方たちにその度量があるか(とく)と見せてもらうぞ」

 受験生たちの目が少し不安に揺れる。それに心の中で嘲笑しつつ、私はまず彼らを五角形の頂点になるように立ち並ばせると、簡易式神を一体ずつ出現してもらった。この式神は心力の安定性を、帝たちにも見て分かるようにするためのものだ。
 式神たちは受験生たちの外側に、同じように五角形の頂点に立たせた。五角形は結び方を変えれば星形……陰陽の象徴、五芒星の形になる。別に五芒星である意味はないが、一応陰陽師だからな。

「今から小時間、私が出現させる敵の襲撃から、その場より一歩も動かずに耐えてみよ。ただし今出現させている式神は、使用することなくのが条件だ。それ以外は術でも何でも好きに対処するが良い」

 精神力の試験と言われ少し不安がっていた受験生たちだが、内容を聞くや否や安堵したように表情を和らげた。一定期間、敵から身を守れば良いのだ。しかも術の使用も可能である。

「何だ、思ったより簡単そうだな」
「動かなければ良いのだな。私の腕をお上に見ていただく貴重な機会だ」

 受験生たちは皆それぞれ構えの体勢を取った。
 私はそんな彼らの様子を横目に、小鬼の姿をした式神を三十体前後出現させた。受験生たちの周りを取り囲み、にじり寄るように彼らに今こそ飛びかからんとする。

「それでは、始め!」

 私の号令を合図に、小鬼の式神たちは受験者たちに襲いかかった。
 彼らは待っていましたとばかりに護符を取り出し、術展開の準備に入る。

 私は油断にしてかかるその隙を狙った。

急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)結界壁(けっかいへき)(いん)仕様……!」

 瞬間、真っ黒に染まる結界が彼らの簡易式神だけを残し、彼らと小鬼たちを完全に包み込んだのだ。この陰仕様の結界壁には通常より更に心力を上乗せし、中はほぼ暗闇の状態にしている。
 突然視界が閉ざされて彼らは困惑の最中にいるであろう。

 帝や幹部には試験内容を知らせていたものの、実際に目にするのは初めての者が殆どで、会場は(どよ)めいていた。

「おぉ……これはどうなっておる」
「中の様子は分からぬのか、雅章殿」

 状況が見たいと口々に騒ぎ出す幹部たちだが、今回我々が確認するのはあくまで〝精神力〟である。小鬼との戦いなどどうでも良い。

「申し訳ございません、中の様子はご覧頂けませぬ。しかし、そろそろ変化が表れる頃で――」

 噂をすれば、なんとやら。
 結界の外に残された式神が、一体、また一体と姿を消し始めた。

 これは主である中の受験者が、錯乱を引き起こして式神にまで意識が向いていない、もしくは心力が切れてしまった証拠である。幹部たちは「何も見えん」と不満がっているが、私には手に取るように分かる。
 もう元のに立っている者は誰もいない。暗闇に包まれた瞬間、全員が動揺し一人は術を無作法に振りまき、それに驚いた一人が恐怖に発狂し、伝染するように恐慌をきたしていったのだ。

 予期せぬ変化にも動じぬ精神力がなければ、この試験は攻略できない。

 私にはこの組の結果は見えていた。
 この中には、討伐任務に携わる陰陽師は一人もいない。

 だから残る者はいないであろう、と。

「全ての式神が消えた。試験はこれまでとする」

 予定していた時刻よりもかなり早いが、私はそう宣言すると結界壁と小鬼の出現を同時に解除した。幹部一同は固唾を飲み、受験者たちの様子を伺う。
 露わになった内部ではわけも分からず術を振りまく者や、恐怖のあまり隅で膝を抱えて震える者、お互いの術で取っ組み合いになっている者たちもおり、想定どおり誰一人として元の位置から動かぬ者はいなかった。

「皆、ご苦労。残念だが君たちは一次試験不合格だ。もう帰って良い」

 空の下に放り出された彼らは落ち着きを取り戻すが、同時に〝不合格〟という言葉を耳にし落胆した。そんな彼らを兵士たちがまた門の外へと連れていく。

 おっと、言い忘れたことがあった。

「待て。お前たち、試験内容は口外禁止だ。すれば罪として朝廷より懲罰が下る、努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ」

 自信を砕かれて落ち込んでいる上に懲罰と聞かされ、彼らは震え上がっていた。

 続いて二組目が入場する。この組にも討伐班の者はいない。
 また合格者なしか……、今日はつまらぬ試験であるな。と、実践する前から私は退屈で仕方がなかった。

 そうであろう?
 祭祀や祓などの祈祷、卜占……中には暦を作るなどの庶務を行う者もいるが、彼らは基本人々の日常に寄り添う任務に携わるのみ。修行の一環として術を扱うが、を積んだことはないのだ。

 討伐任務を担う者と彼らには雲泥の差がある。
 それは〝生命を賭けている〟かどうか。この経験の有無は大きく変わる。

 死を覚悟する極限状態の中で戦う陰陽師たちには、彼らにはない不動の精神力が備わっている。そうでなければとっくにあの世行きである。
 この一次試験は五十名もいる受験者を数人に絞るための行程だ。残るのは討伐経験のある者と、強いて言えば暗闇に強い者だけ。

 何度も言わせるな? 決して不正はしておらぬ。

 しかし自ら考えた試験内容であるものの、心力を酷使して疲労感がたまらない。
 やはり一日二組が限界であったな。

「さて、君たちにも見せてもらおうか。魁に相応しい精神力があるかどうか」


 そうして更に五名の受験者が不合格に散っていった。
 明日は息子の蒼士が登場する。少しは面白い展開が見られそうである。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 六月二十日、水無月。
 帝を始めとする幹部一同が内裏の|紫宸殿《ししんでん》に招集され、|魁《さきがけ》選抜試験が幕を開けた。ただし彼らには陰陽や|心力《しんりょく》に関する知識が当然ながら薄いため、主な進行および監査は陰陽連所属・|陰陽頭《おんみょうのかみ》である私、|嘉納雅章《かのうのまさあき》が仕切ることになっている。
 案ずるな、こんなところで不正を働くほど私は愚かではない。
 ……今のところはな。
 参加する陰陽師は全部で五十名。
 この中からたった一人に、陰陽第一人者〝魁〟の称号が与えられる。
 これほど多くの部下たちが参加するとは思っていなかった。恐らくは「|安曇拓磨《あずみのたくま》はこの試験に不参加である」といった情報が彼らの背を押したのであろう。
 一応、我が息子である|蒼士《そうし》も参加するのだが、そこは彼らの気に留めるところではなかったらしい。あの子も見くびられたものよ。
 お気づきのとおり、私は彼らに言っていないことがある。
 彼らが警戒を払う安曇拓磨は、その期待を他所に〝試験に参加する〟のだ。
 知らせる機会はいくらでもあったが、試験を受けると決めた子たちはあれから日々より修行や鍛錬に励むようになった。〝もしかしたら自分にも好機が訪れるのでは〟という淡い期待が彼らの士気を上げたのである。
 これは陰陽連を束ねる私にとってもありがたいことであり、彼らには申し訳ないが拓磨が試験に参加することは黙っておくことにしたのだ。
 相変わらずズル賢い、とな? しかし、これは不正ではなかろう。
 私とて陰陽の未来を憂いておるのだ、利用しない手はない。
「雅章殿、ご苦労である。お主も難儀であるな」
「そう言えば花見で頂いた酒、実に美味であった。どちらで手に入れられたのか?」
 定期的に行われる朝廷議会では物々しい空気に世間話どころではないが、賑やかな祭のような雰囲気に普段はできない会話に花が咲いた。しかし帝の側近の者が「控えよ」と発すると一斉に口を紡ぎ、試験開始の合図である囃子の音が鳴り響いた。
「これより魁選抜の一次試験を開始する。一組目の受験者五名、入場せよ」
 進行役である私の一声により、門に控えている兵士が五名の陰陽師を引き連れてきた。見よ、あの受験者たちの自信に満ちあふれた爛々と輝く目を。あの闘志を試験前から削いでしまっては可愛そうであろう?
 ……まぁ、この一次試験で大半がその出鼻をくじかれるであろうが。
 なお一次試験は五名の組を一日二組、十名ずつに分け五日に渡って行われる。帝はお忙しい身だ、一日の全てを試験に費やすわけにはいかないのである。
 それに、そうしなければ試験に携わる私の心力も持たない。
「一次試験では其方たちの精神力を見せてもらう」
「精神力、でございますか……?」
 実は、試験内容は一切彼らに知らされていない。
 恐らく今日までに心力の最大値を上げたり術の精度を高めたりしたであろうが、それは《《できて当たり前》》の大前提だ。魁に求めるのはそんな生温いものではない。
「左様。第一人者ともあれば、いかなる状況でも冷静に判断することが求められる。其方たちにその度量があるか|篤《とく》と見せてもらうぞ」
 受験生たちの目が少し不安に揺れる。それに心の中で嘲笑しつつ、私はまず彼らを五角形の頂点になるように立ち並ばせると、簡易式神を一体ずつ出現してもらった。この式神は心力の安定性を、帝たちにも見て分かるようにするためのものだ。
 式神たちは受験生たちの外側に、同じように五角形の頂点に立たせた。五角形は結び方を変えれば星形……陰陽の象徴、五芒星の形になる。別に五芒星である意味はないが、一応陰陽師だからな。
「今から小時間、私が出現させる敵の襲撃から、その場より一歩も動かずに耐えてみよ。ただし今出現させている式神は、使用することなく《《持続させる》》のが条件だ。それ以外は術でも何でも好きに対処するが良い」
 精神力の試験と言われ少し不安がっていた受験生たちだが、内容を聞くや否や安堵したように表情を和らげた。一定期間、敵から身を守れば良いのだ。しかも術の使用も可能である。
「何だ、思ったより簡単そうだな」
「動かなければ良いのだな。私の腕をお上に見ていただく貴重な機会だ」
 受験生たちは皆それぞれ構えの体勢を取った。
 私はそんな彼らの様子を横目に、小鬼の姿をした式神を三十体前後出現させた。受験生たちの周りを取り囲み、にじり寄るように彼らに今こそ飛びかからんとする。
「それでは、始め!」
 私の号令を合図に、小鬼の式神たちは受験者たちに襲いかかった。
 彼らは待っていましたとばかりに護符を取り出し、術展開の準備に入る。
 私は油断にしてかかるその隙を狙った。
「|急々如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》、|結界壁《けっかいへき》・|陰《いん》仕様……!」
 瞬間、真っ黒に染まる結界が彼らの簡易式神だけを残し、彼らと小鬼たちを完全に包み込んだのだ。この陰仕様の結界壁には通常より更に心力を上乗せし、中はほぼ暗闇の状態にしている。
 突然視界が閉ざされて彼らは困惑の最中にいるであろう。
 帝や幹部には試験内容を知らせていたものの、実際に目にするのは初めての者が殆どで、会場は|響《どよ》めいていた。
「おぉ……これはどうなっておる」
「中の様子は分からぬのか、雅章殿」
 状況が見たいと口々に騒ぎ出す幹部たちだが、今回我々が確認するのはあくまで〝精神力〟である。小鬼との戦いなどどうでも良い。
「申し訳ございません、中の様子はご覧頂けませぬ。しかし、そろそろ変化が表れる頃で――」
 噂をすれば、なんとやら。
 結界の外に残された式神が、一体、また一体と姿を消し始めた。
 これは主である中の受験者が、錯乱を引き起こして式神にまで意識が向いていない、もしくは心力が切れてしまった証拠である。幹部たちは「何も見えん」と不満がっているが、私には手に取るように分かる。
 もう元の《《点》》に立っている者は誰もいない。暗闇に包まれた瞬間、全員が動揺し一人は術を無作法に振りまき、それに驚いた一人が恐怖に発狂し、伝染するように恐慌をきたしていったのだ。
 予期せぬ変化にも動じぬ精神力がなければ、この試験は攻略できない。
 私にはこの組の結果は見えていた。
 この中には、討伐任務に携わる陰陽師は一人もいない。
 だから残る者はいないであろう、と。
「全ての式神が消えた。試験はこれまでとする」
 予定していた時刻よりもかなり早いが、私はそう宣言すると結界壁と小鬼の出現を同時に解除した。幹部一同は固唾を飲み、受験者たちの様子を伺う。
 露わになった内部ではわけも分からず術を振りまく者や、恐怖のあまり隅で膝を抱えて震える者、お互いの術で取っ組み合いになっている者たちもおり、想定どおり誰一人として元の位置から動かぬ者はいなかった。
「皆、ご苦労。残念だが君たちは一次試験不合格だ。もう帰って良い」
 空の下に放り出された彼らは落ち着きを取り戻すが、同時に〝不合格〟という言葉を耳にし落胆した。そんな彼らを兵士たちがまた門の外へと連れていく。
 おっと、言い忘れたことがあった。
「待て。お前たち、試験内容は口外禁止だ。すれば罪として朝廷より懲罰が下る、|努々《ゆめゆめ》忘れるでないぞ」
 自信を砕かれて落ち込んでいる上に懲罰と聞かされ、彼らは震え上がっていた。
 続いて二組目が入場する。この組にも討伐班の者はいない。
 また合格者なしか……、今日はつまらぬ試験であるな。と、実践する前から私は退屈で仕方がなかった。
 そうであろう?
 祭祀や祓などの祈祷、卜占……中には暦を作るなどの庶務を行う者もいるが、彼らは基本人々の日常に寄り添う任務に携わるのみ。修行の一環として術を扱うが、《《実戦》》を積んだことはないのだ。
 討伐任務を担う者と彼らには雲泥の差がある。
 それは〝生命を賭けている〟かどうか。この経験の有無は大きく変わる。
 死を覚悟する極限状態の中で戦う陰陽師たちには、彼らにはない不動の精神力が備わっている。そうでなければとっくにあの世行きである。
 この一次試験は五十名もいる受験者を数人に絞るための行程だ。残るのは討伐経験のある者と、強いて言えば暗闇に強い者だけ。
 何度も言わせるな? 決して不正はしておらぬ。
 しかし自ら考えた試験内容であるものの、心力を酷使して疲労感がたまらない。
 やはり一日二組が限界であったな。
「さて、君たちにも見せてもらおうか。魁に相応しい精神力があるかどうか」
 そうして更に五名の受験者が不合格に散っていった。
 明日は息子の蒼士が登場する。少しは面白い展開が見られそうである。