新薬を投与されたサイとバギンの目まぐるしいほどの活躍は直ぐさま表彰された。その試験的に結成された小部隊は正式に戦虎隊の名をもらい、局所的な戦況を変えるにまで至った。
だが、戦虎隊に実践投与されている新薬に耐えられない者が多く、少数精鋭と呼ぶにも敵国の圧倒的な数の前では勢力としては弱かった。戦場で活躍しているとは言っても、やはり全体的な戦況で見れば微々たる成果。
期待されていた新薬も適合できる者が少ないのだから、未だなお戦虎隊は敵の兵力差には敵わなかった。そんな状況下にも苛まれるように、日に日に投与されている新薬の量も増しているようだった。
結果として、実績を束ねているサイとバギンの二人は戦場に赴く度に大量の新薬を投与される日々が続くこととなった。
「ぐっ、ぐうぅっ! ぐるぅ……!」
注射器の針が抜かれて間もなく、サイは獣のような唸り声をあげる。
おそらくは、新薬の過剰摂取オーバードーズによる副作用なのかもしれない。
「サイ、大丈夫か? 先の戦場での無理がたたったんじゃないのか?」
「いや、何の問題もない。それを言うならバギン、キミもだ」
お互いに、まだ不明な点も多く残されている新薬を大量に投与されている身。体への不調がないかどうかは何よりも懸念すべきだった。
ふと、サイは捲った裾を戻そうとして引っ掛かりを覚えた。どうにも着ている服のサイズがあっていないらしい。見るからにピチピチだ。
「おかしいな。新しいサイズに替えたばかりなのに」
「私には以前にも増してサイの肉体が大きく見える。これも副作用なのか」
そう言い放つバギンも、随分と巨体だった。元よりバギンは男と見間違うくらいには長身で筋肉質なスタイルだったが、今はそれ以上だ。
いくら若いとはいえ、二十代半ばの二人は成長期などとうに超えている。それは異常ともいえる成長といえた。
「あまり言いたくないことだが、サイ。この前のあなたは異常だった。以前なら敵兵を必要以上に攻撃することがなかったはずなのに、あまりに暴力的だった」
「それはキミに感化されただけじゃないかな」
サイは茶化して言うが、そんな言葉にバギンもムッとする。
ただ、言い返す言葉もなかった。
敵地に率先して飛び込んでいくのがバギンも役目。その荒々しさは戦虎隊の中でも恐れられているほど。だからといって、サイの異常さには目を瞑れなかった。
狙撃を得意とするサイは敵の観察眼に優れ、無益な殺生を好まなかった。必要最低限の弾丸で敵を無力化し、鎮圧するのが彼のやり方だったはずだ。
それがここのところ、致命傷を避けることもなくなってきていた。意図して狙った獲物を仕留める狩人のごとく、攻める。まさに虎のよう。
お互いにお互いの変化には気付きつつはあったのだ。
そして、それがおそらく新薬の副作用によるものであることにも。
人間的な考え、理性的な考えが次第に薄れていき、獣の狩猟本能にかき乱されていることも当然、少しずつ自覚してきていた。このままではいずれ、本能に支配されてしまうかもしれない。そんな考えも過ぎるくらいに。
ルブンナ共和国では件の新薬を強化変身の兵器トランスアームズと称して持て囃し始めている。戦虎隊を国の救世主と認識するようになってきている。
だが、サイもバギンも国民の期待に応えられる自信はなかった。
戦況は依然として変わらないままなのにも関わらず、二人の活躍を過剰に持ち上げているだけに過ぎない。現状は、まさにその新薬が二人の体を蝕み、いつ潰えるかも分からない。
「これはあなたには見せまいと思っていたが……」
徐に、バギンは周囲にサイ以外の誰もいないことを確認し、重装備をとく。頭にかぶっていた分厚いヘルムも脱ぎ、何重にも重ねていた防具をはぎ取り、しまいには腕や脚も露出させた。
「……ッ!」
言葉を失うとはまさにこのことで、サイは何も言えなかった。
ザギンの露出した素肌には虎のような毛皮が生えており、頭にも小さくはあるが猫耳らしきものも生え、お尻の方には尻尾まで見えていた。
「あの新薬は人の細胞に虎の遺伝子を植え付け、身体能力を向上させる。だが、それは言い換えれば身も心も動物に汚染させるということだ。あなたにも心当たり、ないとは言わせない」
強気にまくしたてるバギンの言葉に、サイは観念したかのように自分の服をはぎ取るように引きちぎる。
すると、見えていなかった箇所にうっすらと虎の毛皮が生えていた。
かなり乱暴に剃った痕も残っており、かなりの頻度、毛皮を悟られないように手入れしていたのが分かった。
「キミの言う通りだバギン。日に日に自分の理性が消えていくのを実感しているよ。ひょっとすると限界も近いのかもしれない。そうなったらどうなるか……」
サイもバギンも国のために努める軍人だ。国のために死ぬことは名誉でもある。
そう思って今日まで戦場を駆けずり回ってきた。
だが、これは負け戦とまで言えないにしても、あまりにも状況的に不利であり、光明も見えていない。何せ一筋の光明となりうるのが自分たちであり、その自分たちこそが今まさに、限界を迎えようとしているのだから。
「こんなことをあなたに言うのは、馬鹿者と思われても仕方ないが……恥を忍んで言わせてくれ、サイ」
意を決して、バギンはサイに向かってその言葉を言い放った。
※ ※ ※
そこは複雑な地形の入り組んだ大自然の要塞のようだった。
土地勘のないものが立ち入ろうものなら遭難することもありうる。
そんな場所に、堅牢な城のごとく存在感を主張するのは、ルブンナ共和国にとって敵対国となる軍事基地だ。
敷地の広さもさることながら、空も陸も並々ならぬ厳戒態勢で、それこそまさに本物の要塞。その前でタップダンスでも踊ろうものならば、たちまち蜂の巣だろう。
ただでさえ、その基地に到達するのには複雑な道のりがあり、その途中途中までもいくつかの関門により厳重に守られている。
仮に戦車が数千台あったとしてもその狭い地形では機動力を活かせまい。
数万の軍勢を同時に送り込んでも、地形に翻弄されるだけに留まらず、軍事基地からの空撃に圧倒されることだろう。
ならば遥か上空から爆弾を投下するが手っ取り早いかと思えば、レーダーに引っ掛かり、対空ミサイルで迎撃されるだけだ。
攻め込むという発想自体が愚かだと認識されるであろう、その巨大な敵要塞に、果敢に立ち向かおうとしていたのは、戦虎隊だ。
その基地を叩くことができれば、ルブンナ共和国の優位性はグンと上がることが約束されているためだ。もちろん、それはその基地にそれだけの軍事力が集約されているという意味であり、可能かどうかは考慮されていない。
あまりにも無謀な作戦ではあったが、戦虎隊の要望と聞いて許可はあっさりと下りた。逆を言えば、戦虎隊でなければ却下されていたに違いない。
「手筈通りに」
サイが小さく合図を送る。ギリースーツに身を包み、自然と一体化した軍勢が移動を開始する。あたかも、森が蠢いているかのように錯覚するその光景は、何も知らない者が見たら超常現象か何かと思うことだろう。
敵の軍事基地まではまだ途方もなく距離がある。敵に感づかれては本末転倒のため、全てが一斉に動くこともできない。
こんな鈍行では何夜野宿するのか分かったものではない。そうでなくとも、高低差も激しい複雑な地形を陸路だけで進むのは尋常ではない体力も要する。それでも、この作戦を決行したことには意味があった。
「いくぞ、サイ」
「ああ」
先陣を切って、二人だけが大胆に森を突き切る。
大きく迂回した一陣の風が、敵基地までの警備地点の一つへと走る。
小さな砦のような関所だが、かなりの人数が配備されているのが目視できるほど。
二人の気配が気付かれるのは存外、早かった。それだけ大胆に移動しているのだから目立って当然ともいえる。
距離にして数十メートル。サイもバギンもとうに捕捉されており、警備兵数人が頑強な壁の覗き穴越しに銃も構えている。二人からは狙撃することも困難だが、警備兵からは一方的に銃撃が可能な状態だ。
ここは一時引くのが賢明な判断だが、あろうことか、二人はその状態から警備地点へと距離を詰める。無謀を通り越して、蛮勇としか言いようのない行動だ。
当然、警備兵たちは一斉に攻撃を開始する。嵐のような銃撃音が、サイとバギンに襲い掛かる。装甲を固めた戦車でもない限り、ひとたまりもないはずだったが、これを生身の二人は華麗に避けていくばかりか、警備地点にたどり着く。
あまりにも理解しがたい戦術だ。それは蜂の巣を素手で殴る行為に等しい。
その大胆不敵さに唖然とする間も惜しみ、武装した警備兵たちが飛び出してきた。
たかだか本拠地の道中に点在している警備地点のひとつだと侮ってはいけないくらいの厳重さだ。もう土下座して裸で許しを乞うても遅い段階まで来ている。
もちろん、二人は引く気など毛頭もなかった。重装備する無数の警備兵を相手に、攻め込み、徒手空拳で挑む。呆れ果ててしまうほどの単純な肉弾戦ではあったが、ここまであっさりと距離を詰められてしまうと、敵も安易に銃を使えなかった。
いや、そもそもおかしい。どうしてその時点で無傷のままここに踏み入れたのか。
二人の異常性を認知し始める。これだけ厳重な警備をすり抜けるなんて尋常ではない。そうこうしているうちにも、無数の警備兵たちは次々にぶっ飛ばされていく。
重火器でもぶち破るのには苦労しそうな堅牢なゲートの前に、易々と二人が近づいていく。次の瞬間には、そのゲートに大きな亀裂が入り、通過するのに十分な隙間が生まれる。
「行きましょう、サイ」
「ああ」
文字通り、ただの通過点にすぎないと言わんばかりに、二人は破壊したゲートを潜り抜けて、敵の本拠地へと歩を進めていく。
これ以上侵略を許すわけにはいかない。誰もがそう思っていた矢先に警備地点に銃弾の雨が降り注ぐ。その場にいたものは意表を突かれたことだろう。
見計らったように後続が攻め込んできていた。二人が大暴れして注意を引き付けている間に、迷彩で姿をくらませた軍勢がここまで距離を詰めてきていたのだ。
陽動作戦と呼ぶにはお粗末なやり方だったが、あの二人の異常な戦闘力があったからこその作戦といえる。何よりも効果的だったのは、すでに二人の圧倒的な制圧力を理解してしまっていたからこそ、その増援は脅威だった。
実際に、サイとバギンほどの実力を兼ね備えている兵士などいなかったが、そんなことを敵兵が知る由もない。あの二人に匹敵する兵士が束になって押し寄せてきたとしか思えなかったことだろう。
すぐさま混乱も入り混じった無線が飛び交い、警戒態勢がより強まっていく。
そうもなってくると、本拠地にも応援要請が届き、ヘリも出動し始める。
地上から、上空から、進撃する二人の姿は捕捉され、位置の特定まで時間はそう要さなかった。
多勢に無勢。敵の勢力差を理解しているサイとバギンは、進行ルートを変更していくが、それすらもコントロールされているかのように、二人は追い詰められていた。
気付いた時には、サイもバギンも切り立った崖の上、断崖絶壁に立たされ、陸路は敵兵の軍勢、空にも武装ヘリが飛び交っていた。
たった二人を追い詰めるには過剰すぎるくらいの迎撃態勢といえたが、二人の脅威については無数の無線による報告を受けている。疑問の余地もなかっただろう。
数えきれないほどの銃口が二人に向けられる。
一瞬の油断もできない、緊迫感の中、四方八方から銃撃が迸った。
まともに直撃すれば肉塊になるであろう銃弾の嵐の中、二人が選んだ道は――――崖から飛び降りることだった。
パラシュートなどという装備もない。あったところで、銃撃に遭って使い物にならなかったことだろう。
下は川や泉ですらなく、またそうであったとしても崖の高さからいっていずれにせよ即死を免れないことは目に見えていた。
数十メートルをゆうに超える落下を見届け、敵の軍勢は撤退した。
また、戦虎隊に所属していた味方兵たちも、銃弾の嵐の中、崖を落下していく二人の姿を確認し、見間違うことのない戦死であると確信を抱いた。
※ ※ ※