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第三百二十七話

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 男は、闇ばかりが広がっている空間で、外の世界を眺めながらただ無力感を味わっていた。どこまで行っても、結局自分以上の存在ばかりが、世には掃いて捨てるほどいる。自分のやってきたことが無意味であると、卑屈な思考に陥ってしまいそうなほどである。

(俺は、結局何が出来たんだろう)

 自問自答のように、鏡に映る自分に問いかける。無論だが、答えは返ってこない。ただその空間の中で問いが反響し、自分の耳に入ってくるだけ。この様子を哀れと思うか、あるいは共感するかで抱くものは変わる。
 そこに現れるは、男の内に眠る英雄。これまで長いこと彼を最も近い位置で見つめ続けた存在が、胡坐をかいて鏡の奥にて男を見つめる。

『――案外、自分の精一杯、っていうのをその場その場でやり続けた、お前さんは正しかったのかもしれないな。辿る道は――頂けないものだったかもしれないがな』
(――その声は)

 藁にも縋る思いで、彼に泣きつきたかった。でも、自分はもうそこまで幼稚な存在ではない。だからこそ、目を背けてしまった。自分の肩を少しでも持ってくれた存在なのにも拘らず、ばつが悪いと心で逃げてしまったのだ。
『……儂に取っちゃあ、お前さんは小僧同然じゃ。うつけとは思わんが……頼ることをせん。実に、昔の儂を思い出す。絶対に家臣たちには「アイツ性格クソキッツい、クソジジィだよ全く」とか思われていただろうな』
 徐々に、その英雄の姿が、以前観た時よりも若くなっていく。有名な肖像画よりも若くなっていき、その見た目は眼前の男――『森信玄(モリ ノブハル)』にそっくりな見た目に変わっていく。
『どうじゃ、少しくらい儂の若い頃に戻れたかの? そっちで言う……『いけめん?』や『はんさむ?』と言われるような顔にまで若返ったぞ!』
「――一体、何がしてえんだよ、『(ノブ)ちゃん』。俺今……色々あって、大分センチな気分になってんのよ。罪悪感も、本人から気にすんなとか言われても……結局かなりのものだしよ」
『なァに、少しくらい気分を和ませてやるのと、未公開情報の開示、ってのをやってみたかったんじゃ』
 丸サングラスをかけておらず、サムライヘアをしていないだけの信玄と言えるような、若い信長は鏡の世界から抜け出し、信玄と共に歩き始めた。
『――正直、儂も……大勢手に掛けてきた。それは同業者だけじゃあない、儂にとって気に食わん存在すら……問答無用でな。じゃから一部の人間からは、畏怖の存在として恐れられてきた。ある種の自業自得、って奴じゃな』
「……そりゃあ、あれだけ暴れん坊やってたら、それは怖がられるだろ。まあその生き方はだいぶ格好いいけどよ」
『そうか? もっと言ってくれんか?』
「――今ので褒めるの嫌になったわ」
 時代がそうだった、と言われればそうなのかもしれない。だから特段咎められることは無いのかもしれない。だが、現代社会において日本国憲法が存在する以上、殺しは罪に問われる。過失、故意関係なしに。正当防衛や情状酌量の余地があるのなら、罪は軽くなるだろうが。
 きっと、信玄の背には罪の十字架が圧し掛かり続ける。本人が許したから、十字架が消える訳ではない。これは、信玄自身の問題なのだ。殺しを容認しつつ信玄を超えようとした信之と、殺しがそもそも教会関係者以外許されない信玄では、問題の度合いが違う。
『……でも、そんだけちゃんと故人(かこ)のことを考えているのは、殊勝なことだ。殺した人間の顔なんぞ、あまりにも殺めすぎた儂、一切覚えとらんぞ。ちゃんとした『名有り』はしっかりと記憶に残っておるが』
「――殺すことに、慣れたくはねえんだ。今回の一件だって……陽も礼安も「善吉が悪い」と言ってくれたが、俺はそう思わねえ。なんせ……俺の手で殺したも同然なんだからよ」
 そんな信玄の肩を、静かに抱く信長。いつもならこの至近距離で酒臭い彼のはずが、信玄を心配してか一切酒の気を感じさせていない。
『なら、だ。儂、良いこと思いついたんじゃが……どうかな?』
「何だよ、出頭か? 別に構いやしねえよ、罪自白して……しばらくの間英雄学園に戻れねェくらいだ」
『違う、儂が尊重したいのは――その死んだ加賀美陽の気持ちじゃ』
 信長がそう微笑すると、虚空に手をかざしてある古風な宝箱を生成する。よくRPGのダンジョンに置かれているような洋風のものでは無く、信長などが生きてきた日本古来の仕掛け箱。信長は慣れた手つきで開錠すると、その中から出でたのはガウェインの魔力の残滓であった。
 それが姿形を変え、やがて信玄も見覚えのある見た目へ変貌する。他でもない、信玄自身が引導を渡した相手である、加賀美であった。
「――――ァ」
 思わず、すぐさま膝を折り、その場で地面に額を当て土下座する信玄。大粒の涙もぼろぼろと流し、心から詫びる気持ちを精一杯彼女にぶつけたのだ。
「本当に……本当に済まなかった……ッ!! 謝って済むとは思ってねえし、俺は一生を掛けて償い続ける……!! だから――」
 そう語る信玄の顔を、両手で無理やり上げる加賀美。頬を膨らませ、あからさまに怒っていたのだ。しかし、信玄が想定していたよりも、圧倒的にコミカルな怒り方であったために、拍子抜けしてしまう。
『――あのね、信玄くん。私はあの場でも言ったように……いずれ礼安ちゃんのライセンスとして天寿を全うする考えだったの。今回の千葉県の旅は……私の覚悟を決めるための旅でもあった。いろいろな出会いや交流、そして別れを経験して……私の覚悟が決まったからこそ、信玄くんに引導を渡してほしかったんだ。それが、君があの闇から救い出せる、唯一の策だと信じたのもあるけれど、ね』
 暴走する怪人体と成り果てた信玄を、礼安と丙良はそれでも救おうとしていた。明確な策などない中で、何とか突破口が無いものか、と思案していた。その中で、加賀美は自分の身を犠牲にすることで、少しでも意識が回復するのなら、そして礼安の力の礎になれるのなら、と、喜んで犠牲になったのだ。武器科としての誇り、喜びを胸に。
『……正直、その策は認められない、って二人に突っぱねられそうだったから……私が独断で決めた。ガウェインさんも、私の自爆特攻を認めてくれなかったから……本当に私だけで決めた策。でも――こうして今、信玄くんは戻った。あとは記憶をどうにかするだけ。私も――森信之って人に関する記憶はないけれど、それでも仇を討ちたいほどに大きな存在ってことだから……その手助けができたと、私は思ってる』
 だから、加賀美は信玄に笑って見せた。これまで見せた、どの笑みよりも溌溂に笑って見せたのだ。恐らくこの笑顔は、彼女が生前最も親しかった、英雄(ヒーロー)科にて現在猛威を振るっている存在。今もなお、巨悪に立ち向かうために暗闇の荒野を進み続ける、勇敢な雷の騎士を宿した蒼の少女が元となっている。
『前に進んでほしい、っていうのは……礼安ちゃんだけじゃあないよ。無論、信玄くんもその中に入ってる。もし……それでも心に引っ掛かるものがあるなら……簡単なものでいいから――お墓、立ててほしいな。それですべてチャラにしてあげるからさ。そして……少しでも幸せに生きてほしいな』
 自分のことを顧みることなく、誰かの幸せを望む生き方もまた、傍にいた英雄(ヒーロー)科の少女由来。そんな優しさに、堪えきれずに涙してしまう信玄。慌てふためく加賀美の幻影は、何とかして泣き止ませようとしていたのだが、何かしらのアクションをするたびに余計泣いてしまうと考えた若き信長は、それを制止。幻影の元で、詫びながらも涙していた。
 しかし、時は無常であり、加賀美の方の制限時間(タイムリミット)が来てしまったがために、信玄の頭を撫でながら優しい声で信玄に呼びかける。
『――ごめんね、そろそろ時間みたい。礼安ちゃんの優しさで、ようやくこうして来れたようなものだからさ……信長さんにも助力してもらって、ようやく今に至るの。だから――』
 消えゆく中、加賀美は何かを語り、無邪気にウインクし舌を出すものの、時すでに遅し。声が届くことは無く、そのまま消滅していったのだ。泣き腫らしたままの信玄が宙を見上げ、その幻影にそっと手を伸ばすも、無論何も掴めずに終わる。
 だが信玄の中で、一つの区切りがついたのか、静かに(こうべ)を垂れていた。
『――あの女子(おなご)は、随分強い。元々積極的に戦う存在じゃあないと語っていたが、それだけでは計れない『心の強さ』というものがある。戦国時代にも……強い女子(おなご)は星の数ほど存在したが……あれらと同等かそれ以上と言っていいだろうな』
 信玄の傍に座る信長は、優しく背中をさする。
『さて、そろそろ覚醒(めざ)める時間かもな。儂も……その罪悪感の十字架、背負ってやろうじゃあないか。儂は殺しの十字架、背負いすぎてぎっくり腰にでもなってしまいそうじゃが……所詮元々千本背負って負ったのが千一本になる程度じゃ、お前さんのを共に背負うくらい、訳はない。お前さんが律儀に抱え込む分、手伝ってやろうじゃあないか』
「……(ノブ)ちゃん……ああ」
 涙を乱暴に拭きながら、強がりの笑顔を見せる信玄。きっと、本人から「気にしなくてもいい」と言われたところで余計に気にする真面目な性格だということは、とっくのとうにバレている。

「――信ちゃん、墓のいい形っての、帰ったら一緒に考えてくれるか?」
『無論だ。金の許す限り、立派なものをこさえてやらないとな』

 表情だけは情けないと、信長に見せないようにしていたが、横顔だけでも拝むことが出来た信長は、たった一言だけ残すのだった。

『――以前よりも、随分男を上げたな、信玄』



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 男は、闇ばかりが広がっている空間で、外の世界を眺めながらただ無力感を味わっていた。どこまで行っても、結局自分以上の存在ばかりが、世には掃いて捨てるほどいる。自分のやってきたことが無意味であると、卑屈な思考に陥ってしまいそうなほどである。
(俺は、結局何が出来たんだろう)
 自問自答のように、鏡に映る自分に問いかける。無論だが、答えは返ってこない。ただその空間の中で問いが反響し、自分の耳に入ってくるだけ。この様子を哀れと思うか、あるいは共感するかで抱くものは変わる。
 そこに現れるは、男の内に眠る英雄。これまで長いこと彼を最も近い位置で見つめ続けた存在が、胡坐をかいて鏡の奥にて男を見つめる。
『――案外、自分の精一杯、っていうのをその場その場でやり続けた、お前さんは正しかったのかもしれないな。辿る道は――頂けないものだったかもしれないがな』
(――その声は)
 藁にも縋る思いで、彼に泣きつきたかった。でも、自分はもうそこまで幼稚な存在ではない。だからこそ、目を背けてしまった。自分の肩を少しでも持ってくれた存在なのにも拘らず、ばつが悪いと心で逃げてしまったのだ。
『……儂に取っちゃあ、お前さんは小僧同然じゃ。うつけとは思わんが……頼ることをせん。実に、昔の儂を思い出す。絶対に家臣たちには「アイツ性格クソキッツい、クソジジィだよ全く」とか思われていただろうな』
 徐々に、その英雄の姿が、以前観た時よりも若くなっていく。有名な肖像画よりも若くなっていき、その見た目は眼前の男――『|森信玄《モリ ノブハル》』にそっくりな見た目に変わっていく。
『どうじゃ、少しくらい儂の若い頃に戻れたかの? そっちで言う……『いけめん?』や『はんさむ?』と言われるような顔にまで若返ったぞ!』
「――一体、何がしてえんだよ、『|信《ノブ》ちゃん』。俺今……色々あって、大分センチな気分になってんのよ。罪悪感も、本人から気にすんなとか言われても……結局かなりのものだしよ」
『なァに、少しくらい気分を和ませてやるのと、未公開情報の開示、ってのをやってみたかったんじゃ』
 丸サングラスをかけておらず、サムライヘアをしていないだけの信玄と言えるような、若い信長は鏡の世界から抜け出し、信玄と共に歩き始めた。
『――正直、儂も……大勢手に掛けてきた。それは同業者だけじゃあない、儂にとって気に食わん存在すら……問答無用でな。じゃから一部の人間からは、畏怖の存在として恐れられてきた。ある種の自業自得、って奴じゃな』
「……そりゃあ、あれだけ暴れん坊やってたら、それは怖がられるだろ。まあその生き方はだいぶ格好いいけどよ」
『そうか? もっと言ってくれんか?』
「――今ので褒めるの嫌になったわ」
 時代がそうだった、と言われればそうなのかもしれない。だから特段咎められることは無いのかもしれない。だが、現代社会において日本国憲法が存在する以上、殺しは罪に問われる。過失、故意関係なしに。正当防衛や情状酌量の余地があるのなら、罪は軽くなるだろうが。
 きっと、信玄の背には罪の十字架が圧し掛かり続ける。本人が許したから、十字架が消える訳ではない。これは、信玄自身の問題なのだ。殺しを容認しつつ信玄を超えようとした信之と、殺しがそもそも教会関係者以外許されない信玄では、問題の度合いが違う。
『……でも、そんだけちゃんと|故人《かこ》のことを考えているのは、殊勝なことだ。殺した人間の顔なんぞ、あまりにも殺めすぎた儂、一切覚えとらんぞ。ちゃんとした『名有り』はしっかりと記憶に残っておるが』
「――殺すことに、慣れたくはねえんだ。今回の一件だって……陽も礼安も「善吉が悪い」と言ってくれたが、俺はそう思わねえ。なんせ……俺の手で殺したも同然なんだからよ」
 そんな信玄の肩を、静かに抱く信長。いつもならこの至近距離で酒臭い彼のはずが、信玄を心配してか一切酒の気を感じさせていない。
『なら、だ。儂、良いこと思いついたんじゃが……どうかな?』
「何だよ、出頭か? 別に構いやしねえよ、罪自白して……しばらくの間英雄学園に戻れねェくらいだ」
『違う、儂が尊重したいのは――その死んだ加賀美陽の気持ちじゃ』
 信長がそう微笑すると、虚空に手をかざしてある古風な宝箱を生成する。よくRPGのダンジョンに置かれているような洋風のものでは無く、信長などが生きてきた日本古来の仕掛け箱。信長は慣れた手つきで開錠すると、その中から出でたのはガウェインの魔力の残滓であった。
 それが姿形を変え、やがて信玄も見覚えのある見た目へ変貌する。他でもない、信玄自身が引導を渡した相手である、加賀美であった。
「――――ァ」
 思わず、すぐさま膝を折り、その場で地面に額を当て土下座する信玄。大粒の涙もぼろぼろと流し、心から詫びる気持ちを精一杯彼女にぶつけたのだ。
「本当に……本当に済まなかった……ッ!! 謝って済むとは思ってねえし、俺は一生を掛けて償い続ける……!! だから――」
 そう語る信玄の顔を、両手で無理やり上げる加賀美。頬を膨らませ、あからさまに怒っていたのだ。しかし、信玄が想定していたよりも、圧倒的にコミカルな怒り方であったために、拍子抜けしてしまう。
『――あのね、信玄くん。私はあの場でも言ったように……いずれ礼安ちゃんのライセンスとして天寿を全うする考えだったの。今回の千葉県の旅は……私の覚悟を決めるための旅でもあった。いろいろな出会いや交流、そして別れを経験して……私の覚悟が決まったからこそ、信玄くんに引導を渡してほしかったんだ。それが、君があの闇から救い出せる、唯一の策だと信じたのもあるけれど、ね』
 暴走する怪人体と成り果てた信玄を、礼安と丙良はそれでも救おうとしていた。明確な策などない中で、何とか突破口が無いものか、と思案していた。その中で、加賀美は自分の身を犠牲にすることで、少しでも意識が回復するのなら、そして礼安の力の礎になれるのなら、と、喜んで犠牲になったのだ。武器科としての誇り、喜びを胸に。
『……正直、その策は認められない、って二人に突っぱねられそうだったから……私が独断で決めた。ガウェインさんも、私の自爆特攻を認めてくれなかったから……本当に私だけで決めた策。でも――こうして今、信玄くんは戻った。あとは記憶をどうにかするだけ。私も――森信之って人に関する記憶はないけれど、それでも仇を討ちたいほどに大きな存在ってことだから……その手助けができたと、私は思ってる』
 だから、加賀美は信玄に笑って見せた。これまで見せた、どの笑みよりも溌溂に笑って見せたのだ。恐らくこの笑顔は、彼女が生前最も親しかった、|英雄《ヒーロー》科にて現在猛威を振るっている存在。今もなお、巨悪に立ち向かうために暗闇の荒野を進み続ける、勇敢な雷の騎士を宿した蒼の少女が元となっている。
『前に進んでほしい、っていうのは……礼安ちゃんだけじゃあないよ。無論、信玄くんもその中に入ってる。もし……それでも心に引っ掛かるものがあるなら……簡単なものでいいから――お墓、立ててほしいな。それですべてチャラにしてあげるからさ。そして……少しでも幸せに生きてほしいな』
 自分のことを顧みることなく、誰かの幸せを望む生き方もまた、傍にいた|英雄《ヒーロー》科の少女由来。そんな優しさに、堪えきれずに涙してしまう信玄。慌てふためく加賀美の幻影は、何とかして泣き止ませようとしていたのだが、何かしらのアクションをするたびに余計泣いてしまうと考えた若き信長は、それを制止。幻影の元で、詫びながらも涙していた。
 しかし、時は無常であり、加賀美の方の|制限時間《タイムリミット》が来てしまったがために、信玄の頭を撫でながら優しい声で信玄に呼びかける。
『――ごめんね、そろそろ時間みたい。礼安ちゃんの優しさで、ようやくこうして来れたようなものだからさ……信長さんにも助力してもらって、ようやく今に至るの。だから――』
 消えゆく中、加賀美は何かを語り、無邪気にウインクし舌を出すものの、時すでに遅し。声が届くことは無く、そのまま消滅していったのだ。泣き腫らしたままの信玄が宙を見上げ、その幻影にそっと手を伸ばすも、無論何も掴めずに終わる。
 だが信玄の中で、一つの区切りがついたのか、静かに|首《こうべ》を垂れていた。
『――あの|女子《おなご》は、随分強い。元々積極的に戦う存在じゃあないと語っていたが、それだけでは計れない『心の強さ』というものがある。戦国時代にも……強い|女子《おなご》は星の数ほど存在したが……あれらと同等かそれ以上と言っていいだろうな』
 信玄の傍に座る信長は、優しく背中をさする。
『さて、そろそろ|覚醒《めざ》める時間かもな。儂も……その罪悪感の十字架、背負ってやろうじゃあないか。儂は殺しの十字架、背負いすぎてぎっくり腰にでもなってしまいそうじゃが……所詮元々千本背負って負ったのが千一本になる程度じゃ、お前さんのを共に背負うくらい、訳はない。お前さんが律儀に抱え込む分、手伝ってやろうじゃあないか』
「……|信《ノブ》ちゃん……ああ」
 涙を乱暴に拭きながら、強がりの笑顔を見せる信玄。きっと、本人から「気にしなくてもいい」と言われたところで余計に気にする真面目な性格だということは、とっくのとうにバレている。
「――信ちゃん、墓のいい形っての、帰ったら一緒に考えてくれるか?」
『無論だ。金の許す限り、立派なものをこさえてやらないとな』
 表情だけは情けないと、信長に見せないようにしていたが、横顔だけでも拝むことが出来た信長は、たった一言だけ残すのだった。
『――以前よりも、随分男を上げたな、信玄』