第三百二十二話
ー/ー 礼安に壊されたはずの眼鏡は、新たなものに新調され、その表情のあくどさを際立たせていた。静かに片手でその眼鏡を正しながら、机の上に大量に置かれている大量のホログラムデータを一振りでどこかへ追いやる。
礼安の表情は、実に芳しくはない。表情だけでなく、『色』を察知したがため。漆黒ばかりが渦巻く心象風景の中に、たった一滴の水混じりの紅が、その海に落ちていくような、その際にほんの少しだけ、局所的に色が変わっていくような感覚。しかし、それを言語化する前に、善吉はこれまでの振る舞いを取り戻していたのだった。
「しかし……これはこれで奇妙な縁ですね。最初に私がこの千葉県の土地でお会いしたお二人が……今こうして私の目の前に立っているだなんて。正直……運命を感じてしまいますね」
「誰がアンタなんかに運命を感じるか。私は……アンタに殺されたレイジーのために、個人的な恨み含め鋒を向けているだけ。ただの身勝手で、大勢見殺しにしたアンタを……全力で叩き潰す」
それに対し、礼安はこれまでにないほど底冷えするような声で、そしてこれまでにないほどの冷ややかな表情で、善吉を詰ったのだ。これまでの礼安しか見ていない存在だったら、思わず冷や汗を掻き、生み出される唾を飲み込むほどに、威圧感とこれまでにないほどの怒りを感じられるだろう。
「――ただ個人的な欲望のために、大勢の犠牲を出して……それでいて、罪悪感の欠片もないだなんて、貴方は人以下の外道。私たちが……貴方を殴り飛ばしてでも、全ての計画を止める」
そんな礼安の侮蔑の言葉と表情を聞いて、思わず善吉は笑ってしまった。同じく、能天気な彼女のデータばかりを保有していた善吉にとって、このような表情を見せることが可能なのだと、自分の前提知識を嗤ったのだ。
「本当に面白いな、瀧本礼安。これまで経験してきた様々な案件によって、これまで欠落していた感情を取り戻していき、今となっては相手に、感情論を振りかざし愚者のように歩み寄る以外の選択肢を保有することになろうとは! やはり、百聞は一見に如かずだな!」
そう高らかに喜ぶと、二人の前にあるホログラムデータを提示した。そこに記されていたのは、英雄学園卒業生徒の大量雇用予定についてだった。
「――私はこの世において、何より無能が嫌いです。それに加えて、『約束』を守らない存在も嫌いです。さらに、あらかじめ設計していた自分の予定を身勝手に崩されることも嫌いです。この手で嬲り殺したいほどに大嫌いです。ただ権利ばかりを主張して、大した能力もないようなただ飯食らいが嫌いなんです。この国に、いや……この世界中に最も多い存在こそ、そう言った存在です。それらの完全統制……それが私の最終目標なんですよ」
この世に完全な存在は、とてもじゃあないが存在しない。誰かしら、形を変えた欠点を保有している。しかし、善吉が目論むものは、それらの完全平均化であり、無個性へと変える手段であった。
だが、その全人類有能化計画の礎となるためには、盤石な土台が必要不可欠。そのために、善吉はまず心の弱みに付け込むべく、単なる気まぐれで森信之を殺害、心のぼろが出た信玄を引き入れたのだ。
ホログラムデータは次々に切り替わり、彼の言葉に深みを持たせる。ただの外道ではない、確固たる意志のある外道であることを示していたのだ。
英雄学園は有能の宝庫。そもそも因子という人類を超越した、人類が積み重ねてきた歴史や物語の産物をその身に継承し、超越した力を振るい困り果てた愚かなる傲慢な人類を助く存在……であるはず。しかし、合同演習会や日頃の鬱憤などが溜まった結果、もはや英雄学園の上澄みである一組や二組の生徒以外は、世に出たところで大した活躍も出来ない。
特に、この流れが顕著となったのは、礼安やエヴァ、それらの他世代からしてみれば頭抜けた天才の台頭であった。通常ならば、十年に一度……否、百年に一度排出されればいいレベルの超次元的存在が、ものの二、三年の間に入学しその才覚を伸ばし続けている。
これは通常で考えるならば異常事態そのものであり、通常の人類からしても最大級の喜ばしい事態であることは火を見るよりも明らかである。だが、それはあくまで一般人目線での話。
そんな奇跡の世代が固まったことは、他の生徒にとっては地獄そのものであった。いつだってそんな抜きんでた存在と比べられ続けるのだから、たまったものではない。自分たちだって、『普通』を考えるならば、一般人を守れるほどの才覚は存在する。
しかし、世間は礼安たちのような超常的な強さを望む。しまいにはその心は折れ、英雄業ではなく一般職に就くかどうかの選択を余儀なくされることになる。
そこで善吉が考え付いたのは、礼安たち以外の一組や二組生徒、あるいは卒業生の引き抜き。県から伝播していき、ほぼ全ての県を言いなりにさせた後は――国家反逆、無力な国へ別れを告げる時である。
最終的には、礼安たちを精神面肉体面両方で屈服させ、自分の配下として従える、そんな計画であったのだ。
多少の手間すら惜しんでいては、世の改革を成し遂げることは不可能。下の人間ばかりにやらせて、自分だけは甘い汁を吸う、だなんて現代の政治家野郎に近しいことを行うことだけは許せなかった善吉は、最初からある程度前線に立ち、山梨の一件も千葉の一件も元締めとして荒らして周った。
その結果、着の身着のままで出てきたのにも拘らず、かつての善吉自身を評価し、善吉の元に付いた存在は数多く。一部を除き、善吉の望むような自己完結型の天才はいなかったが、手駒としては十分。だからこそ、山梨支部としての肩書を捨て、穏健派として存在する千葉支部を掌握する存在……教会云々が一切関係ない『新生山梨支部』の旗揚げとなったのだ。
『天才』を欲する善吉のお眼鏡にかなった存在は、今のところ大幹部の二名のみ。うち一人、五斂子社時代からの事実上の側近である愛田は、善吉が最もこの支部で評価する存在であった。
元々天賦の才を持った彼女を他社から引き抜いて以降、他の社員では成し遂げられないほどに、多くの金を善吉に齎してきた。それにより出来ることの幅が広がったからこそ、彼女自身の契約内容に明記された、『五斂子社の用意している、盤石な福利厚生を受けずに、義務的な肉体関係を持つこと』を唯一許されている。
さらには因子のない彼女に、善吉の増幅した魔力によってフリップブッカーを生成、譲渡。そうしたことで、あらゆる邪魔者を合法、非合法の手段問わず、排除できる存在として格上げさせた。それもこれも、これまでの働きを正当に評価しての物だった。
だが、善吉の心にはほんの少しの靄が存在する。それが何なのかは、一切形容できない。これまで味わったことのない新たな感情が、彼の中に巣食っている。その根本に存在するのは、何なのか。
だが基本的には、誰にも平等の成果を求めるが、期待は一切しない。愛は大してない。ただ、求める分の成果を提出できたのなら、ビジネスパーソンとして正当な評価と報酬を与えるのみ。実にドライに思えるが、それが救いになる存在は少なからず存在する。
この世は、不条理に満ちている。ありとあらゆるハラスメント問題が横行する、不健全な社会構造をそのままにしたがる最低最悪の経営陣が台頭しているために、結果として日本経済の停滞にまでつながる。それは、国力の強化を目論む善吉にとって不利益でしかなかった。
「――世の中は、非常に非情。天才を蹴落とそうと、無能が必死に枷を付けたがる。しかし……そんな正しくない世界とはおさらばです。教会を足掛かりにしたのも、圧倒的影響力を考えてのもの。よりクリーンで、より真っ当な、より国力を上げ、より優れた日本人を! 覚えが無いとは言わせません、貴女がた究極の天才たちが、どれほど虐げられてきたかを!」
合同演習会にて、日頃の恨みと言わんばかりに、フェイクニュースに踊らされた存在が礼安たちを襲った。憎みやっかみとは縁深い存在だからこそ、少しは思うところがあるだろう。
「多くを淘汰するのは仕方のないこと。多くの犠牲が出るのは仕方のないこと。それは、貴女たち至高の天才を傷モノにしないためには、必要な犠牲だった。ならば――私が頂点に立ち、全ての天才を統率しようじゃあないですか。正当な評価を、正当な報酬を与えよう。全てが平等である中で、自分たちを虐げてきた無能共を鏖殺しようではありませんか」
そのための、山梨県民を実験台にした『生命の流転』の実権を行った。元々心理学を専攻していた者として、その際に当人の心境の変化や感覚の違い等を全てサンプリング。要らなくなった精神異常者は、あらゆる『もの』を抜いて、世のためになるよう仕立て上げてから完全におさらば。
過去の経験から積み重ねられた、『優等種保存計画』。
それこそが、来栖善吉という男の理念、理想、目的そのものであった。
礼安の表情は、実に芳しくはない。表情だけでなく、『色』を察知したがため。漆黒ばかりが渦巻く心象風景の中に、たった一滴の水混じりの紅が、その海に落ちていくような、その際にほんの少しだけ、局所的に色が変わっていくような感覚。しかし、それを言語化する前に、善吉はこれまでの振る舞いを取り戻していたのだった。
「しかし……これはこれで奇妙な縁ですね。最初に私がこの千葉県の土地でお会いしたお二人が……今こうして私の目の前に立っているだなんて。正直……運命を感じてしまいますね」
「誰がアンタなんかに運命を感じるか。私は……アンタに殺されたレイジーのために、個人的な恨み含め鋒を向けているだけ。ただの身勝手で、大勢見殺しにしたアンタを……全力で叩き潰す」
それに対し、礼安はこれまでにないほど底冷えするような声で、そしてこれまでにないほどの冷ややかな表情で、善吉を詰ったのだ。これまでの礼安しか見ていない存在だったら、思わず冷や汗を掻き、生み出される唾を飲み込むほどに、威圧感とこれまでにないほどの怒りを感じられるだろう。
「――ただ個人的な欲望のために、大勢の犠牲を出して……それでいて、罪悪感の欠片もないだなんて、貴方は人以下の外道。私たちが……貴方を殴り飛ばしてでも、全ての計画を止める」
そんな礼安の侮蔑の言葉と表情を聞いて、思わず善吉は笑ってしまった。同じく、能天気な彼女のデータばかりを保有していた善吉にとって、このような表情を見せることが可能なのだと、自分の前提知識を嗤ったのだ。
「本当に面白いな、瀧本礼安。これまで経験してきた様々な案件によって、これまで欠落していた感情を取り戻していき、今となっては相手に、感情論を振りかざし愚者のように歩み寄る以外の選択肢を保有することになろうとは! やはり、百聞は一見に如かずだな!」
そう高らかに喜ぶと、二人の前にあるホログラムデータを提示した。そこに記されていたのは、英雄学園卒業生徒の大量雇用予定についてだった。
「――私はこの世において、何より無能が嫌いです。それに加えて、『約束』を守らない存在も嫌いです。さらに、あらかじめ設計していた自分の予定を身勝手に崩されることも嫌いです。この手で嬲り殺したいほどに大嫌いです。ただ権利ばかりを主張して、大した能力もないようなただ飯食らいが嫌いなんです。この国に、いや……この世界中に最も多い存在こそ、そう言った存在です。それらの完全統制……それが私の最終目標なんですよ」
この世に完全な存在は、とてもじゃあないが存在しない。誰かしら、形を変えた欠点を保有している。しかし、善吉が目論むものは、それらの完全平均化であり、無個性へと変える手段であった。
だが、その全人類有能化計画の礎となるためには、盤石な土台が必要不可欠。そのために、善吉はまず心の弱みに付け込むべく、単なる気まぐれで森信之を殺害、心のぼろが出た信玄を引き入れたのだ。
ホログラムデータは次々に切り替わり、彼の言葉に深みを持たせる。ただの外道ではない、確固たる意志のある外道であることを示していたのだ。
英雄学園は有能の宝庫。そもそも因子という人類を超越した、人類が積み重ねてきた歴史や物語の産物をその身に継承し、超越した力を振るい困り果てた愚かなる傲慢な人類を助く存在……であるはず。しかし、合同演習会や日頃の鬱憤などが溜まった結果、もはや英雄学園の上澄みである一組や二組の生徒以外は、世に出たところで大した活躍も出来ない。
特に、この流れが顕著となったのは、礼安やエヴァ、それらの他世代からしてみれば頭抜けた天才の台頭であった。通常ならば、十年に一度……否、百年に一度排出されればいいレベルの超次元的存在が、ものの二、三年の間に入学しその才覚を伸ばし続けている。
これは通常で考えるならば異常事態そのものであり、通常の人類からしても最大級の喜ばしい事態であることは火を見るよりも明らかである。だが、それはあくまで一般人目線での話。
そんな奇跡の世代が固まったことは、他の生徒にとっては地獄そのものであった。いつだってそんな抜きんでた存在と比べられ続けるのだから、たまったものではない。自分たちだって、『普通』を考えるならば、一般人を守れるほどの才覚は存在する。
しかし、世間は礼安たちのような超常的な強さを望む。しまいにはその心は折れ、英雄業ではなく一般職に就くかどうかの選択を余儀なくされることになる。
そこで善吉が考え付いたのは、礼安たち以外の一組や二組生徒、あるいは卒業生の引き抜き。県から伝播していき、ほぼ全ての県を言いなりにさせた後は――国家反逆、無力な国へ別れを告げる時である。
最終的には、礼安たちを精神面肉体面両方で屈服させ、自分の配下として従える、そんな計画であったのだ。
多少の手間すら惜しんでいては、世の改革を成し遂げることは不可能。下の人間ばかりにやらせて、自分だけは甘い汁を吸う、だなんて現代の政治家野郎に近しいことを行うことだけは許せなかった善吉は、最初からある程度前線に立ち、山梨の一件も千葉の一件も元締めとして荒らして周った。
その結果、着の身着のままで出てきたのにも拘らず、かつての善吉自身を評価し、善吉の元に付いた存在は数多く。一部を除き、善吉の望むような自己完結型の天才はいなかったが、手駒としては十分。だからこそ、山梨支部としての肩書を捨て、穏健派として存在する千葉支部を掌握する存在……教会云々が一切関係ない『新生山梨支部』の旗揚げとなったのだ。
『天才』を欲する善吉のお眼鏡にかなった存在は、今のところ大幹部の二名のみ。うち一人、五斂子社時代からの事実上の側近である愛田は、善吉が最もこの支部で評価する存在であった。
元々天賦の才を持った彼女を他社から引き抜いて以降、他の社員では成し遂げられないほどに、多くの金を善吉に齎してきた。それにより出来ることの幅が広がったからこそ、彼女自身の契約内容に明記された、『五斂子社の用意している、盤石な福利厚生を受けずに、義務的な肉体関係を持つこと』を唯一許されている。
さらには因子のない彼女に、善吉の増幅した魔力によってフリップブッカーを生成、譲渡。そうしたことで、あらゆる邪魔者を合法、非合法の手段問わず、排除できる存在として格上げさせた。それもこれも、これまでの働きを正当に評価しての物だった。
だが、善吉の心にはほんの少しの靄が存在する。それが何なのかは、一切形容できない。これまで味わったことのない新たな感情が、彼の中に巣食っている。その根本に存在するのは、何なのか。
だが基本的には、誰にも平等の成果を求めるが、期待は一切しない。愛は大してない。ただ、求める分の成果を提出できたのなら、ビジネスパーソンとして正当な評価と報酬を与えるのみ。実にドライに思えるが、それが救いになる存在は少なからず存在する。
この世は、不条理に満ちている。ありとあらゆるハラスメント問題が横行する、不健全な社会構造をそのままにしたがる最低最悪の経営陣が台頭しているために、結果として日本経済の停滞にまでつながる。それは、国力の強化を目論む善吉にとって不利益でしかなかった。
「――世の中は、非常に非情。天才を蹴落とそうと、無能が必死に枷を付けたがる。しかし……そんな正しくない世界とはおさらばです。教会を足掛かりにしたのも、圧倒的影響力を考えてのもの。よりクリーンで、より真っ当な、より国力を上げ、より優れた日本人を! 覚えが無いとは言わせません、貴女がた究極の天才たちが、どれほど虐げられてきたかを!」
合同演習会にて、日頃の恨みと言わんばかりに、フェイクニュースに踊らされた存在が礼安たちを襲った。憎みやっかみとは縁深い存在だからこそ、少しは思うところがあるだろう。
「多くを淘汰するのは仕方のないこと。多くの犠牲が出るのは仕方のないこと。それは、貴女たち至高の天才を傷モノにしないためには、必要な犠牲だった。ならば――私が頂点に立ち、全ての天才を統率しようじゃあないですか。正当な評価を、正当な報酬を与えよう。全てが平等である中で、自分たちを虐げてきた無能共を鏖殺しようではありませんか」
そのための、山梨県民を実験台にした『生命の流転』の実権を行った。元々心理学を専攻していた者として、その際に当人の心境の変化や感覚の違い等を全てサンプリング。要らなくなった精神異常者は、あらゆる『もの』を抜いて、世のためになるよう仕立て上げてから完全におさらば。
過去の経験から積み重ねられた、『優等種保存計画』。
それこそが、来栖善吉という男の理念、理想、目的そのものであった。
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