第三百十九話
ー/ー その表情に、呆れなど微塵もない。まだこの戦いを心の底から楽しみたい、常軌を逸する狂気的思考を持った礼安が、湿度を感じる笑みを浮かべていたのだ。
一瞬だけ、信玄の表情が絶望に染まったのを確認した瞬間に、礼安は目を伏せ、口惜しそうにしていた。それは戦いを楽しめないためか、それとも自分のせいでそうなってしまったことを認識してしまったか。
「――ししょーはさ、私が本当に信之くんを殺した、って……今も思ってる?」
「……もう、分からねえんだよ……俺を取り巻く環境も、それによって死んだ血縁関係者らしき男も、そして……一切底が見えねえ瀧本礼安という女も」
度重なる絶望、不運、真実と嘘の応酬、感情の濁流。全てに揉まれるには、信玄は若過ぎた。過敏な思春期の人間に、その苦難に満ちた人生は苦痛でしかなかったのだ。
「神は乗り越えられる試練しか与えない」とは言ったもので、それは無責任に全ての可能性をケアしきれていない勝利者の言葉である。それは合同演習会で寝返った英雄科や武器科の生徒に言える話でも、信玄自身にいえる話でもある。
それが、今。これが乗り越えられる試練なのだとしたら、神の目は腐り果てている。そんな神は実在していたとしても誰も救えやしない木偶の坊同然であるう。
「俺の中の俺が……お前を殺せと叫ぶ……でも――もう一人の俺は……殺すなと叫ぶッ……!! いったい何が正解で、何が間違いなんだよ……!?」
善吉か、礼安か。自分の上に立つ者か、自分を信じてくれる者かの違いであるが、どちらも今の信玄にとっては大切な存在である。
酷い頭痛に見舞われ、頭を押さえ膝をつく信玄。本物と偽物の記憶が混濁し、もう何が何だか分からなくなってしまった。
「……じゃあさ、最後私と全力でぶつかろうよ。私には……ししょーのようなベース能力は無いし、ただ拳と言葉で語らうことしかできない。しかも……私正直そこまで頭が良くないから、きっと拙い言葉ばかりになっちゃう。だから――一番手っ取り早い手段を取りがちになっちゃうし」
しかし、それはただの謙遜である。礼安は「拙い」と自分を表したが、入学前にいち支部の支部長の説得に成功している。大勢の人間を殺してきて、挙句の果てに仕事人として働く存在を、説いて諭すことに成功しているのだ。
さらには、今の信玄の記憶に欠片も残っていないものの、信之の心を少しでも解きほぐすことに成功している。信玄との決闘が済んだ後、信之は教会側として戦えなくなった。その後、自死するかのように敵陣に単独突入しようと思案していた信之を、慈母のような優しさで英雄学園陣営に迎え入れた。
礼安とこうして接している信玄の脳内は、次第にクリアな状態へと変わっていく。不思議と、これまでのごみ屋敷のように煩雑したような脳内が、礼安とこうして語り合っているだけで整理されていくような。
「――悲しいかな。ウチの支部長よりも……真実しか口にしてねェ気がするよ」
頭部装甲を霧散させ、ぼろぼろと涙を流す信玄。歯を食いしばりながら、消去されていない礼安のこれまでの記憶がフラッシュバックしていく。その中で、純朴でありながら天性の才覚を持つ彼女の、嫌味が欠片もない性格に、不思議と笑顔になったかつての記憶。
どれほど逆境に立とうとも、強い瞳で前を見据え続ける彼女は、信玄にとって一年次の希望の星そのもの。今後は彼女ら一年次筆頭三人衆が、一年次全体を支えていくのだという確信が芽生えるほどに、意欲と勇気に満ち溢れた存在であった。
「……知らねえ奴には付いて行っちゃあだめだ、なんて。ガキの頃に口酸っぱく言われてきたはずなのによ。十年くらい年食ってからその文言の重みを知ることになるなんて……数奇な人生送ってやがる」
だが、あと一押し。最後の一押しが、信玄の中で要った。ある意味、言うことを聞かない子供への躾、と言わんばかりの、拳骨紛いの一撃が、現状の彼にとって最も欲するものであった。
静かに手を使わずに念剣を引き寄せると、スイッチを切り替えた後にトリガーを三度引いて、念県全体に、そして信玄自身に膨大な魔力を帯びさせる。
「――最後に、本当のフルパワーをぶつけてみろ。加減してんのは……分かってんだよ」
「!!」
そうすれば、どうなるか。最悪の場合、信玄は死に至る。それを良しとするほどに、礼安の心は死んでいなかった。異を唱えようとする礼安であったが、信玄が何も語ることは無く、静かに首を横に振った。
男の覚悟に、口を挟まない。実際にそう言われた試しは無いが、礼安は心で理解した。誰かの意思決定をこちらがどうこうするだなんて、そんな野暮はあってはならない。それは男女関係なしに存在する、暗黙の了解。
「――分かったよ、それでししょーが納得するのなら……込めるよ、力」
ドライバー両端を深く押し込んで、両者必殺の体勢に入ったのだ。
『『超必殺承認!!』』
「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」
二人とも急激に高く飛び上がり、礼安は飛び蹴り、信玄は宙にて念剣を横に構える。信之の技の体勢を、無意識に取っていたのだ。当人にその記憶は無くとも、体がそうさせたのだ。
『ご照覧あれ、無数の蘭は絢爛に乱れ咲く!!』
『遍く悪を浄化する、円卓の轟雷!!』
信玄の背後に、有り余る念力で生成した、無数の不動行光レプリカが集う。本来ならば、それである程度ダメージを与えてからフルパワーの念剣でぶった斬るのだが、最初から念剣に全てを集約。文字通り、最初からクライマックスの状態であったのだ。
そこに轟雷纏う全力の飛び蹴りにて衝突する。次元の違う魔力の奔流が、その場に生まれるのだった。全力の雷と、全力の念。それらが複雑怪奇に混ざり合った結果、とても学生同士が魂を込めぶつかり合っているとは思えないほどの威力が生じていたのだ。
お互いに雄叫びをあげながら、純粋な力比べの構図と相成る。どこまでも限りのない、お互いの力だけではない、意地と意地の根比べである。
どこまで数による力を束ねようと、元から優れた力の勢いに圧され始めたのだ。しかし、信玄はどこかで諦めがついていた。全力で向かっていることに変わりは無いが、その全力で敵わない相手に負けるのなら、それはある種の定めであり、戦士としては本望そのものである。
超火力と超火力のせめぎあいにより、信之の遺品である念剣が、遂に悲鳴を上げ命を落とす。根元から完全に圧し折れたのだ。
「――そうか、これが……結末か」
「お終いだよ、森ししょー」
礼安の全力は、そのまま胸部装甲に直接着弾。これまで以上の純粋な火力が、圧倒的魔力による電流が、信玄を内外から蹂躙したのだ。
あまりにもの威力は、船の壁で殺しきることは出来ずに轟音を上げながら盛大に破壊され、意識を失った状態で完全に眠っている灰崎が思わず目を覚ました。
「んうぇ……!? な、何があった!?」
涎を乱暴に拭く灰崎と、何が起こったか理解が出来ていない様子の千尋。しかし、眼前にて意識を失った上裸の信玄を横抱きにした彼女を目の当たりにして、不思議と納得がいった。あれだけ英雄陣営が持て囃していた、装甲を纏った礼安の英雄としての姿。あらゆる巨悪を、何度も打倒してきた存在が、今目の前にいたのだから。
やたら豪華な装甲含め、「これほどの猛者ならば当然」と、思わず声もなく笑ってしまうくらいであった。
「――その人は……新生山梨支部の大幹部様じゃん。何でそんな人を大切そうに……」
「……森ししょーは、大切な人だから。殺すだなんて出来やしないよ。私は……森ししょーを助けるために、今回戦っているんだから」
千尋は、姿の見えなくなっていた先遣隊同然である丙良、そして礼安と行動を共にしていた加賀美を、何も言わず探す。丙良は満身創痍の状態でようやく目覚めたものの、どれほど探しても居やしない。
何となく、彼女の行動の理由に察しがついた礼安は、静かに変身を解除して、ガウェインのライセンスを手渡す。おそるおそるそれを手にした千尋は、本人はよく分からないといった様子で、涙を流し始めたのだ。別に、カルマの干渉によってその者の概念が消されたわけではないため、関係者各自に加賀美の記憶は残っている。
それが、余計に心に傷を負わせるのだ。
「加賀美ちゃんは、私を庇って……ライセンスになった。だから私は……加賀美ちゃんの分も生きてみせるって、誓ったんだ」
これまでの道中で、二人でいることが多かったために、彼女への思いは一入。だからこそ、どれほどの猛者だろうと、若くして命を落としてしまう可能性が付きまとう――その無常観が彼女の内に広がっていたのだ。
これにより、英雄学園東京本校英雄科一年一組所属・『瀧本礼安』と二年一組所属・『丙良慎介』、武器科二年一組所属・『加賀美陽』VS新生山梨支部大幹部兼、英雄学園東京本校英雄科二年一組所属・『森信玄』の勝負は、互いの主義主張をぶつけ合いながら、悲しい別れを経由しながらも、互いにこれまで以上の力を発揮。
その結果、常軌を逸した闘争と化した本気のぶつかり合いにまで発展し、加賀美の力を新たなライセンスという形で継承した礼安が、偽りの記憶を植え付けられた信玄を圧倒して終了したのだった。
一瞬だけ、信玄の表情が絶望に染まったのを確認した瞬間に、礼安は目を伏せ、口惜しそうにしていた。それは戦いを楽しめないためか、それとも自分のせいでそうなってしまったことを認識してしまったか。
「――ししょーはさ、私が本当に信之くんを殺した、って……今も思ってる?」
「……もう、分からねえんだよ……俺を取り巻く環境も、それによって死んだ血縁関係者らしき男も、そして……一切底が見えねえ瀧本礼安という女も」
度重なる絶望、不運、真実と嘘の応酬、感情の濁流。全てに揉まれるには、信玄は若過ぎた。過敏な思春期の人間に、その苦難に満ちた人生は苦痛でしかなかったのだ。
「神は乗り越えられる試練しか与えない」とは言ったもので、それは無責任に全ての可能性をケアしきれていない勝利者の言葉である。それは合同演習会で寝返った英雄科や武器科の生徒に言える話でも、信玄自身にいえる話でもある。
それが、今。これが乗り越えられる試練なのだとしたら、神の目は腐り果てている。そんな神は実在していたとしても誰も救えやしない木偶の坊同然であるう。
「俺の中の俺が……お前を殺せと叫ぶ……でも――もう一人の俺は……殺すなと叫ぶッ……!! いったい何が正解で、何が間違いなんだよ……!?」
善吉か、礼安か。自分の上に立つ者か、自分を信じてくれる者かの違いであるが、どちらも今の信玄にとっては大切な存在である。
酷い頭痛に見舞われ、頭を押さえ膝をつく信玄。本物と偽物の記憶が混濁し、もう何が何だか分からなくなってしまった。
「……じゃあさ、最後私と全力でぶつかろうよ。私には……ししょーのようなベース能力は無いし、ただ拳と言葉で語らうことしかできない。しかも……私正直そこまで頭が良くないから、きっと拙い言葉ばかりになっちゃう。だから――一番手っ取り早い手段を取りがちになっちゃうし」
しかし、それはただの謙遜である。礼安は「拙い」と自分を表したが、入学前にいち支部の支部長の説得に成功している。大勢の人間を殺してきて、挙句の果てに仕事人として働く存在を、説いて諭すことに成功しているのだ。
さらには、今の信玄の記憶に欠片も残っていないものの、信之の心を少しでも解きほぐすことに成功している。信玄との決闘が済んだ後、信之は教会側として戦えなくなった。その後、自死するかのように敵陣に単独突入しようと思案していた信之を、慈母のような優しさで英雄学園陣営に迎え入れた。
礼安とこうして接している信玄の脳内は、次第にクリアな状態へと変わっていく。不思議と、これまでのごみ屋敷のように煩雑したような脳内が、礼安とこうして語り合っているだけで整理されていくような。
「――悲しいかな。ウチの支部長よりも……真実しか口にしてねェ気がするよ」
頭部装甲を霧散させ、ぼろぼろと涙を流す信玄。歯を食いしばりながら、消去されていない礼安のこれまでの記憶がフラッシュバックしていく。その中で、純朴でありながら天性の才覚を持つ彼女の、嫌味が欠片もない性格に、不思議と笑顔になったかつての記憶。
どれほど逆境に立とうとも、強い瞳で前を見据え続ける彼女は、信玄にとって一年次の希望の星そのもの。今後は彼女ら一年次筆頭三人衆が、一年次全体を支えていくのだという確信が芽生えるほどに、意欲と勇気に満ち溢れた存在であった。
「……知らねえ奴には付いて行っちゃあだめだ、なんて。ガキの頃に口酸っぱく言われてきたはずなのによ。十年くらい年食ってからその文言の重みを知ることになるなんて……数奇な人生送ってやがる」
だが、あと一押し。最後の一押しが、信玄の中で要った。ある意味、言うことを聞かない子供への躾、と言わんばかりの、拳骨紛いの一撃が、現状の彼にとって最も欲するものであった。
静かに手を使わずに念剣を引き寄せると、スイッチを切り替えた後にトリガーを三度引いて、念県全体に、そして信玄自身に膨大な魔力を帯びさせる。
「――最後に、本当のフルパワーをぶつけてみろ。加減してんのは……分かってんだよ」
「!!」
そうすれば、どうなるか。最悪の場合、信玄は死に至る。それを良しとするほどに、礼安の心は死んでいなかった。異を唱えようとする礼安であったが、信玄が何も語ることは無く、静かに首を横に振った。
男の覚悟に、口を挟まない。実際にそう言われた試しは無いが、礼安は心で理解した。誰かの意思決定をこちらがどうこうするだなんて、そんな野暮はあってはならない。それは男女関係なしに存在する、暗黙の了解。
「――分かったよ、それでししょーが納得するのなら……込めるよ、力」
ドライバー両端を深く押し込んで、両者必殺の体勢に入ったのだ。
『『超必殺承認!!』』
「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」
二人とも急激に高く飛び上がり、礼安は飛び蹴り、信玄は宙にて念剣を横に構える。信之の技の体勢を、無意識に取っていたのだ。当人にその記憶は無くとも、体がそうさせたのだ。
『ご照覧あれ、無数の蘭は絢爛に乱れ咲く!!』
『遍く悪を浄化する、円卓の轟雷!!』
信玄の背後に、有り余る念力で生成した、無数の不動行光レプリカが集う。本来ならば、それである程度ダメージを与えてからフルパワーの念剣でぶった斬るのだが、最初から念剣に全てを集約。文字通り、最初からクライマックスの状態であったのだ。
そこに轟雷纏う全力の飛び蹴りにて衝突する。次元の違う魔力の奔流が、その場に生まれるのだった。全力の雷と、全力の念。それらが複雑怪奇に混ざり合った結果、とても学生同士が魂を込めぶつかり合っているとは思えないほどの威力が生じていたのだ。
お互いに雄叫びをあげながら、純粋な力比べの構図と相成る。どこまでも限りのない、お互いの力だけではない、意地と意地の根比べである。
どこまで数による力を束ねようと、元から優れた力の勢いに圧され始めたのだ。しかし、信玄はどこかで諦めがついていた。全力で向かっていることに変わりは無いが、その全力で敵わない相手に負けるのなら、それはある種の定めであり、戦士としては本望そのものである。
超火力と超火力のせめぎあいにより、信之の遺品である念剣が、遂に悲鳴を上げ命を落とす。根元から完全に圧し折れたのだ。
「――そうか、これが……結末か」
「お終いだよ、森ししょー」
礼安の全力は、そのまま胸部装甲に直接着弾。これまで以上の純粋な火力が、圧倒的魔力による電流が、信玄を内外から蹂躙したのだ。
あまりにもの威力は、船の壁で殺しきることは出来ずに轟音を上げながら盛大に破壊され、意識を失った状態で完全に眠っている灰崎が思わず目を覚ました。
「んうぇ……!? な、何があった!?」
涎を乱暴に拭く灰崎と、何が起こったか理解が出来ていない様子の千尋。しかし、眼前にて意識を失った上裸の信玄を横抱きにした彼女を目の当たりにして、不思議と納得がいった。あれだけ英雄陣営が持て囃していた、装甲を纏った礼安の英雄としての姿。あらゆる巨悪を、何度も打倒してきた存在が、今目の前にいたのだから。
やたら豪華な装甲含め、「これほどの猛者ならば当然」と、思わず声もなく笑ってしまうくらいであった。
「――その人は……新生山梨支部の大幹部様じゃん。何でそんな人を大切そうに……」
「……森ししょーは、大切な人だから。殺すだなんて出来やしないよ。私は……森ししょーを助けるために、今回戦っているんだから」
千尋は、姿の見えなくなっていた先遣隊同然である丙良、そして礼安と行動を共にしていた加賀美を、何も言わず探す。丙良は満身創痍の状態でようやく目覚めたものの、どれほど探しても居やしない。
何となく、彼女の行動の理由に察しがついた礼安は、静かに変身を解除して、ガウェインのライセンスを手渡す。おそるおそるそれを手にした千尋は、本人はよく分からないといった様子で、涙を流し始めたのだ。別に、カルマの干渉によってその者の概念が消されたわけではないため、関係者各自に加賀美の記憶は残っている。
それが、余計に心に傷を負わせるのだ。
「加賀美ちゃんは、私を庇って……ライセンスになった。だから私は……加賀美ちゃんの分も生きてみせるって、誓ったんだ」
これまでの道中で、二人でいることが多かったために、彼女への思いは一入。だからこそ、どれほどの猛者だろうと、若くして命を落としてしまう可能性が付きまとう――その無常観が彼女の内に広がっていたのだ。
これにより、英雄学園東京本校英雄科一年一組所属・『瀧本礼安』と二年一組所属・『丙良慎介』、武器科二年一組所属・『加賀美陽』VS新生山梨支部大幹部兼、英雄学園東京本校英雄科二年一組所属・『森信玄』の勝負は、互いの主義主張をぶつけ合いながら、悲しい別れを経由しながらも、互いにこれまで以上の力を発揮。
その結果、常軌を逸した闘争と化した本気のぶつかり合いにまで発展し、加賀美の力を新たなライセンスという形で継承した礼安が、偽りの記憶を植え付けられた信玄を圧倒して終了したのだった。
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