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第三百十六話

ー/ー



『あ、あああああああああああああっ』
 加賀美の新鮮な返り血を浴びながら、そして自分のしでかしてしまった過ちを抱えながら、静かに後退り、その血を自分の手で顔面に塗り広げてしまう。それが、余計に心に傷を負わせる事態になるとしても、無意識にそうなってしまったのだ。
 礼安を庇い、心臓部から多量に出血し、膝から崩れ落ちる加賀美を、無理やり埋め込まれた壁から脱出しながら、すんでのところで抱きかかえる。
「加賀美ちゃん!! 駄目だよ、加賀美ちゃん意識を保って!!」
 頭部装甲を霧散させ、激しく感情を露わにする礼安。以前も大粒の涙を流し叫ぶことはあったが、今の礼安はそれ以上であった。付き合いはそれなりに長く、一緒にいた時間は最近だとかなり長い。エヴァたち以外に初めてできた、武器科の友達という特別感が、余計に付き合いを深くさせた。
 さらに、お互い不思議と惹かれていたのだ。これは決して『友達』の域を超える何かに発展する、だなんてことは無いのだが、共にいて安らぐような、そんなものを感じていたのだ。
 それこそが、加賀美の判断をそうさせるに至ったのだが。
「駄目……死んじゃ駄目だよ!! これから……いっぱい色んな所に行こうって、約束したじゃん!!」
 礼安の必死の呼びかけに、多量の喀血と共に薄目を開き目覚める加賀美。しかし、残された時間が少ないことは、お互い重々承知の上であった。こうして叫ぶことに、何ら意味は無い。そして無理やり目覚めたことにも、何ら意味は無い。ただ、最後の語らいをしたい、という共通の意志が、ほんの少しの奇跡を起こしているのだ。
「――礼安、ちゃん。ごめんね……私……エヴァちゃんと比べて、弱いからさ」
「そんなこと、そんなことないよ」
 礼安は、ぼろぼろと涙を当人に溢す。しかし、それがきっかけで治るだなんて奇跡(メルヒェン)は存在しない。奇跡が許されているのは、会話と礼安の知らない『あること』だけである。
 鮮血だけでなく、人体にご丁寧に収納されている臓物すら、手で押さえていないとあふれ出てしまうほどに、状況は最悪の一途を辿っている。血がどんどん抜けていく加賀美は当然のごとく青ざめてはいたものの、静かに聖母のような優しい笑みを湛えていたのだ。
「……本当は、因子を打ち明けたかった。でも……私……最初、そこまでの勇気が無かったの。だから……私の中にいる英雄も……意思を尊重こそしてくれていたけれど、多分呆れてた」
 加賀美が手にしたものは、何も書かれていないライセンス、『ブランクライセンス』。通常ならば、聖遺物とそれを掛け合わせることで、願いなど無しにライセンスが作り出せる、かなりの代物である。しかし、礼安にとっては今それを取り出す意味が理解できなかったのだ。あくまで、『今』の話であるが。
「――私たち、武器科には……二つの進路があるんだ。一つは……武器科で学んだことを生かす仕事に就く。そしてもう一つは――――英雄の助けになること」
「え……?」
 何を言われているか、理解できていない様子の礼安に、加賀美はそのもう一つの選択肢がどのように起こるかをやって見せるのだった。
「英雄の助けになるには……それ相応の覚悟が必要なんだ。ただ、痛みは無いよ。今こうしている間にも……死に近づいているんだなあ、って実感があるけれど……それともおさらばできるんだ。優れモノだよ、本当に」
 そしてその瞬間、礼安は再び悟った。加賀美が良からぬことを考えているのではないか、と。明言化こそしていないものの、ブランクライセンスを手にした加賀美という構図は、一つの簡単な仮説を生み出す。
「――駄目、駄目だよ」
「ううん、これは私がしたくてやっていることだから。礼安ちゃんの支えになりたい……心の底からそう思える相手がいるだなんて……入学時の私に教えてあげたらきっとびっくりするよ」
 すると、これまで弱々しかった加賀美が、光の粒子に包まれながら宙に浮かび始める。その過程で、傷が見る見るうちに治っていき、礼安の前で完全に浮遊しきった時には一切の手傷を負っていない状況にまで回復した。
 絶望の表情を浮かべる礼安に対し、加賀美は頬に優しく手を添える。まるで、陽だまりのような温もりを感じ取り、そのまま礼安の涙を指で拭って見せる。しかし、それが出来るのも時間の問題、と言わんばかりに、指がどんどんと消失していくのだった。

「もう一つの選択肢は――――ライセンスになること。ライセンス自体、壊されない限り半永久的に……傍にいられる。その代わり……私、加賀美陽という存在は消えるの。でも……森、信之……くんだったかな。その子みたいに……概念が消える訳じゃあないの。生きた証として、ライセンスと遺留品は残るの」

 もう片方の手で静かに握り締められている、ブランクライセンス。次第に、そのライセンスに光の粒子となった加賀美が徐々に吸収されていく。
「完全なお別れじゃあ、ないんだ。私たちは……これからもずっと一緒。一緒に……戦えるんだ。その代わり……一緒にご飯食べたりは出来ないだろうけれど」
「加賀美、ちゃん……」
「――でも、嬉しいんだ。そうやって……悲しんでくれる人がいるってこと。それって……本当に素晴らしいことだと思うんだ、私」
 この世から、ほぼ概念が消失した森信之。それに対しても言っているような気がして、信玄は思わずチーティングドライバーをオフにする。服がぼろぼろかつ、トレードマークであるまるサングラスを完全に壊してしまった人間の姿に戻っても、絶望した表情は変わらないが。
 記憶はない。だが、それでも加賀美は歩み寄った。誰かの大切を嗤うことなく、自分の命を対価にして教え込んだのだ。
「私は、いずれこうなるかな、って思ってた。礼安ちゃんのために、ライセンスになるんだなあ、って。礼安ちゃんには……因子が何なのかは伝えてなかったけれど……そのタイミングがちょっとだけ早まった、ってだけだよ。信玄くんも――悪くない」
 痛いほどの優しさが、信玄の心に突き刺さる。不本意とはいえ、疑似的な殺人行為をしてしまったからこそ、その言葉は深く、深く染み入り突き刺さるのだ。
『――だからさ、礼安ちゃん。最後に信玄くんの目を、覚まさせてあげて。大丈夫、私も……ううん、私のライセンスも一緒だから、ね』
 ブランクライセンスが、色を得始める。それは、礼安が普段から用いているライセンスの色である、青色そのもの。そして絵柄を見た瞬間に、礼安は涙が止まらなくなっていたのだ。

『最後にネタバラシ。私は――『午前の騎士・ガウェイン』の因子継承者だったの。彼の剣、ガラティーンは……取り回ししやすいよう私が改造(カスタム)を加えたけれど……午前中だったり日の当たる場所だったりしたら、私……結構強いんだ』

「待って、まだ行かないで――ッ……!!」
 しかし、そんな礼安の呼びかけに、静かに首を振る加賀美。もはや人間の体の形ではなく、そこに存在するオーラのようなものにまで、明確な姿が無くなっていたのだ。触れることは容易でない中で、最後の贈り物と言わんばかりに――加賀美は礼安に優しい(フレンチ)キスをする。
『――英雄が、因子が惹かれ合ったのは何となく理解していたけれど……それでも、私のこのキスは、最後の置手紙としては……十分なんじゃあないかな』
 最後に加賀美だったものも、一筋の光の筋を流しながら、ライセンスに全て収まっていく。『アーサー王伝説』の系譜が、三枚揃った瞬間であったが、それを素直に喜べるほどに……礼安は正義に狂っている訳でもなく、壊れてもいなかった。

 礼安は、言葉にならないほどの、大声で泣いた。もうこの世に存在してはいないが、まだそこに居る気がして、少しでもこの感情を伝えたかったのだ。
 その要因を作り出してしまった信玄も、声を押し殺して泣いていた。自分のせいだという良心の呵責ゆえに、そしてこのような惨劇を生み出してしまった罪悪感ゆえに。



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『あ、あああああああああああああっ』
 加賀美の新鮮な返り血を浴びながら、そして自分のしでかしてしまった過ちを抱えながら、静かに後退り、その血を自分の手で顔面に塗り広げてしまう。それが、余計に心に傷を負わせる事態になるとしても、無意識にそうなってしまったのだ。
 礼安を庇い、心臓部から多量に出血し、膝から崩れ落ちる加賀美を、無理やり埋め込まれた壁から脱出しながら、すんでのところで抱きかかえる。
「加賀美ちゃん!! 駄目だよ、加賀美ちゃん意識を保って!!」
 頭部装甲を霧散させ、激しく感情を露わにする礼安。以前も大粒の涙を流し叫ぶことはあったが、今の礼安はそれ以上であった。付き合いはそれなりに長く、一緒にいた時間は最近だとかなり長い。エヴァたち以外に初めてできた、武器科の友達という特別感が、余計に付き合いを深くさせた。
 さらに、お互い不思議と惹かれていたのだ。これは決して『友達』の域を超える何かに発展する、だなんてことは無いのだが、共にいて安らぐような、そんなものを感じていたのだ。
 それこそが、加賀美の判断をそうさせるに至ったのだが。
「駄目……死んじゃ駄目だよ!! これから……いっぱい色んな所に行こうって、約束したじゃん!!」
 礼安の必死の呼びかけに、多量の喀血と共に薄目を開き目覚める加賀美。しかし、残された時間が少ないことは、お互い重々承知の上であった。こうして叫ぶことに、何ら意味は無い。そして無理やり目覚めたことにも、何ら意味は無い。ただ、最後の語らいをしたい、という共通の意志が、ほんの少しの奇跡を起こしているのだ。
「――礼安、ちゃん。ごめんね……私……エヴァちゃんと比べて、弱いからさ」
「そんなこと、そんなことないよ」
 礼安は、ぼろぼろと涙を当人に溢す。しかし、それがきっかけで治るだなんて|奇跡《メルヒェン》は存在しない。奇跡が許されているのは、会話と礼安の知らない『あること』だけである。
 鮮血だけでなく、人体にご丁寧に収納されている臓物すら、手で押さえていないとあふれ出てしまうほどに、状況は最悪の一途を辿っている。血がどんどん抜けていく加賀美は当然のごとく青ざめてはいたものの、静かに聖母のような優しい笑みを湛えていたのだ。
「……本当は、因子を打ち明けたかった。でも……私……最初、そこまでの勇気が無かったの。だから……私の中にいる英雄も……意思を尊重こそしてくれていたけれど、多分呆れてた」
 加賀美が手にしたものは、何も書かれていないライセンス、『ブランクライセンス』。通常ならば、聖遺物とそれを掛け合わせることで、願いなど無しにライセンスが作り出せる、かなりの代物である。しかし、礼安にとっては今それを取り出す意味が理解できなかったのだ。あくまで、『今』の話であるが。
「――私たち、武器科には……二つの進路があるんだ。一つは……武器科で学んだことを生かす仕事に就く。そしてもう一つは――――英雄の助けになること」
「え……?」
 何を言われているか、理解できていない様子の礼安に、加賀美はそのもう一つの選択肢がどのように起こるかをやって見せるのだった。
「英雄の助けになるには……それ相応の覚悟が必要なんだ。ただ、痛みは無いよ。今こうしている間にも……死に近づいているんだなあ、って実感があるけれど……それともおさらばできるんだ。優れモノだよ、本当に」
 そしてその瞬間、礼安は再び悟った。加賀美が良からぬことを考えているのではないか、と。明言化こそしていないものの、ブランクライセンスを手にした加賀美という構図は、一つの簡単な仮説を生み出す。
「――駄目、駄目だよ」
「ううん、これは私がしたくてやっていることだから。礼安ちゃんの支えになりたい……心の底からそう思える相手がいるだなんて……入学時の私に教えてあげたらきっとびっくりするよ」
 すると、これまで弱々しかった加賀美が、光の粒子に包まれながら宙に浮かび始める。その過程で、傷が見る見るうちに治っていき、礼安の前で完全に浮遊しきった時には一切の手傷を負っていない状況にまで回復した。
 絶望の表情を浮かべる礼安に対し、加賀美は頬に優しく手を添える。まるで、陽だまりのような温もりを感じ取り、そのまま礼安の涙を指で拭って見せる。しかし、それが出来るのも時間の問題、と言わんばかりに、指がどんどんと消失していくのだった。
「もう一つの選択肢は――――ライセンスになること。ライセンス自体、壊されない限り半永久的に……傍にいられる。その代わり……私、加賀美陽という存在は消えるの。でも……森、信之……くんだったかな。その子みたいに……概念が消える訳じゃあないの。生きた証として、ライセンスと遺留品は残るの」
 もう片方の手で静かに握り締められている、ブランクライセンス。次第に、そのライセンスに光の粒子となった加賀美が徐々に吸収されていく。
「完全なお別れじゃあ、ないんだ。私たちは……これからもずっと一緒。一緒に……戦えるんだ。その代わり……一緒にご飯食べたりは出来ないだろうけれど」
「加賀美、ちゃん……」
「――でも、嬉しいんだ。そうやって……悲しんでくれる人がいるってこと。それって……本当に素晴らしいことだと思うんだ、私」
 この世から、ほぼ概念が消失した森信之。それに対しても言っているような気がして、信玄は思わずチーティングドライバーをオフにする。服がぼろぼろかつ、トレードマークであるまるサングラスを完全に壊してしまった人間の姿に戻っても、絶望した表情は変わらないが。
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「私は、いずれこうなるかな、って思ってた。礼安ちゃんのために、ライセンスになるんだなあ、って。礼安ちゃんには……因子が何なのかは伝えてなかったけれど……そのタイミングがちょっとだけ早まった、ってだけだよ。信玄くんも――悪くない」
 痛いほどの優しさが、信玄の心に突き刺さる。不本意とはいえ、疑似的な殺人行為をしてしまったからこそ、その言葉は深く、深く染み入り突き刺さるのだ。
『――だからさ、礼安ちゃん。最後に信玄くんの目を、覚まさせてあげて。大丈夫、私も……ううん、私のライセンスも一緒だから、ね』
 ブランクライセンスが、色を得始める。それは、礼安が普段から用いているライセンスの色である、青色そのもの。そして絵柄を見た瞬間に、礼安は涙が止まらなくなっていたのだ。
『最後にネタバラシ。私は――『午前の騎士・ガウェイン』の因子継承者だったの。彼の剣、ガラティーンは……取り回ししやすいよう私が|改造《カスタム》を加えたけれど……午前中だったり日の当たる場所だったりしたら、私……結構強いんだ』
「待って、まだ行かないで――ッ……!!」
 しかし、そんな礼安の呼びかけに、静かに首を振る加賀美。もはや人間の体の形ではなく、そこに存在するオーラのようなものにまで、明確な姿が無くなっていたのだ。触れることは容易でない中で、最後の贈り物と言わんばかりに――加賀美は礼安に|優しい《フレンチ》キスをする。
『――英雄が、因子が惹かれ合ったのは何となく理解していたけれど……それでも、私のこのキスは、最後の置手紙としては……十分なんじゃあないかな』
 最後に加賀美だったものも、一筋の光の筋を流しながら、ライセンスに全て収まっていく。『アーサー王伝説』の系譜が、三枚揃った瞬間であったが、それを素直に喜べるほどに……礼安は正義に狂っている訳でもなく、壊れてもいなかった。
 礼安は、言葉にならないほどの、大声で泣いた。もうこの世に存在してはいないが、まだそこに居る気がして、少しでもこの感情を伝えたかったのだ。
 その要因を作り出してしまった信玄も、声を押し殺して泣いていた。自分のせいだという良心の呵責ゆえに、そしてこのような惨劇を生み出してしまった罪悪感ゆえに。