〜4〜
ー/ー 卒業式の帰り、恵理は実家には戻らずそのまま就職先の街へと旅立った。一人暮らしをしている友人の部屋に上がりこみ、恵理は社会人の道を歩みだした。
それから6年の月日が流れ、恵理は24歳になった。高校の時に家を飛び出して以来、実に9年。一度たりとも家族と連絡を取ったことは無かった。
「いったい、どういうつもりなんだろう。あの子」
テーブルに顎を載せ少し前に置いてある封筒をぼんやり見ながら、恵理は再び深いため息をつく。すっかり冷めてしまったアップルティーを義務のように飲み干し、恵理は封筒を開けてみた。
中には結婚式の招待状の他に折りたたまれた画用紙と手紙のようなものが入っていた。
何だろうこれ?と思いながら開いた画用紙を見て恵理は胸が締め付けられた。
それはお世辞でも上手とは言えない、奈々が小学生の頃クレヨンで書いた絵だった。女の子が二人手をつないで立っている絵。左の女の子の身体に「おねえちゃん」比べて背の低い右側の女の子の身体には「なな」と下手くそな平仮名で書かれている。二人の表情はこれ以上にない楽しそうな笑顔で、それがとても印象的な絵だった。
恵理は鼻の奥が熱くなった。小刻みに震えながらこみ上げてくるものは目頭をも熱くさせる。口がへの字に歪むと漏れ出しそうになる嗚咽をとっさに手で押さえこむ。
絵の上のスペースには題名が大きく書かれていた。姉妹の名前と同じように下手くそな平仮名の文字で。
「わたしのたからもの」 と。
「お姉ちゃんへ。
随分とご無沙汰してしまいました。奈々です。お久しぶりです。お姉ちゃんに手紙を書くなんて初めてですよね。書くことは沢山あるのに、ありすぎて何から書いて良いのか迷っています。
そうですね、やっぱり最初は私の結婚からかな。3年間お付き合いして頂いた彼と、この度結婚することになりました。私の事をとても大事に思ってくれる素敵な人です。ふふ、何のろけてるんだよって?だってね、本当は結婚の事もそうだけど色んな事お姉ちゃんに相談とかしたかったんだもん。でも出来なかったから。だから妹を放っておいた罰~!なんてね。あ、冗談だよ。怒らないでね。
それで最近家を出るから荷物を整理してたの。押入れの中とかも色々引っ張り出してね。そうしたら懐かしいものがいっぱい出てきました。覚えてるかなぁ?お姉ちゃんに貰ったおもちゃの指輪とか、七色に光る不思議な石とか出てきたのよ。あの頃はいっぱい一緒に遊んだよね。ずっとお姉ちゃんの後ろに付いてまわってた。急に出来たお姉ちゃんがとっても嬉しかったの。
本当はね、私が結婚するって言ってもお姉ちゃんはきっと来てくれないだろうと思って諦めてた。でもやっぱり来て欲しかったの。私の門出をお姉ちゃんにも祝ってもらいたかったの。でも、お姉ちゃんにそれを言う勇気が私には無かった。そんな私の背中を押してくれたもの。それが一緒に同封した昔の絵。学校の授業で「たからもの」というテーマで描いた私の絵。すごく下手っぴで見せるの恥ずかしいんだけど、私の気持ちが正直に真っ直ぐに描かれていたから一緒に同封しました。ずっと会っていなかったけど今の私の気持ちはこの頃と変わりません。
あの頃はどうしてお姉ちゃんが急に冷たくなったのか分からなかったけど、成長するにつれて理解できるようになりました。お母さんってば、馬鹿みたいにずっと意地張ってるけど本当はお姉ちゃんのこと心配してるよ。お姉ちゃんの卒業式の日、本当はお母さん途中から行こうとしてたんだって。でも電車が事故で止まっちゃって間に合わなくて……家に帰ってきたら仲直りしようって思ってたみたい。だったら電話とかすればいいのにって言うと怒るの~。口では言うほど簡単じゃないのは分かるけどね。私も何てお姉ちゃんに連絡すればいいのか思いつかなかったから。今以上にお姉ちゃんに嫌われるのが怖かったの。ごめんなさい。
ダメだ。1回謝ったら、ごめんなさいって言葉しか頭に浮かんでこないや。
ごめんなさい、大好きなおねえちゃん。」
唐突に終わる奈々の手紙を読み終わって、恵理は流れ出る涙が止められなかった。こんなにも自分のことを妹が思っていてくれたなんて考えもしなかった。思えば奈々に悪い事など何一つ無いのである。母親の目が自分に向けられていないと感じるやきもちだったのである。それなのに、それなのに……恵理は奈々を思うと声を出して泣くのだった。
どんな気持ちで奈々は私の家まで来たんだろう。恵理は考える。今以上に亀裂が発生する事を恐れて母と会うことが出来なかった自分。奈々もきっと同じ思いで自分に会いに来たんだろう。ああ、奈々。悪いのはお姉ちゃんの方。奈々、ごめんなさい――
少し時間をおいて気持ちを落ち着かせると、恵理は携帯電話を見つめていた。電話を持ち始めてからすでに3台もの機種を変更していたが、一度もかける事はないのに登録し続けている電話番号があった。電話帳機能でその番号を呼び出す。後は通話ボタンを押すだけである。恵理の両手はコタツの中に入れたままで携帯電話を見つめる。
――何て話せばいいのよ――
頭の中でそんな疑問がぐるぐる回り続けていた。
ふと奈々の絵が視界に入る。
――そうよね、あなたは頑張ったものね。次は私の番――
今度は高校の寮母の話が思い出された。
――どうせなら、私が結婚するって連絡したかったわね――
恵理は通話ボタンを押した。呼び出し音が流れる。
1回……2回……3回……4回……
「はい、秋宮でございます」
懐かしい母の声であった。恵理は急に言葉がつまり、何も言えなくなってしまう。
「もしもし?」
何も返事の無い電話の相手に母親は悪戯かと思う。だが耳を澄まして聞いてみると泣くのを我慢しているような微かな声が感じられた。
「恵理ちゃん?」
何の根拠も無い、母親の直感であった。
自分の名前を突然呼ばれ、思わず嗚咽が漏れる。
「あなた、恵理ちゃんなんでしょ?」
「……うん」
「元気でやってるの?」
「……うん」
「ずっと連絡もよこさないで」
「……うん」
「お母さんも連絡できなかったけどね」
「……うん」
「もしかして、奈々ちゃんが来たの?」
「……うん」
「そう、あの子が」
電話の前では平静を装う母親であったが、目を真っ赤に腫らせて涙はとどまることなく流れ続けていた。
「お母さん」
「なに?」
「私も結婚式出ようかな」
母親は口を押さえて必死に声を殺す。
返事の無い母親に恵理は不安を覚えた。
「ごめん、やっぱり今更だよね」
「何言ってるの、絶対に来なきゃダメよ!」
恵理の言葉に反応して思わず強く言ってしまう母。
「……お母さん」
「恵理ちゃん、みんな待ってるからね。奈々ちゃんも。お父さんも。お母さんも」
「……うん」
「あなた、その前に。いつでもいいから遊びにいらっしゃいな。ここはあなたの家でもあるんだから」
「……うん、わかった」
恵理は母親との間に出来たわだかまりという氷が溶けていくのを身体で感じた。その溶け出した水はいつまでも恵理の両目から流れ続けるのであった。
それから6年の月日が流れ、恵理は24歳になった。高校の時に家を飛び出して以来、実に9年。一度たりとも家族と連絡を取ったことは無かった。
「いったい、どういうつもりなんだろう。あの子」
テーブルに顎を載せ少し前に置いてある封筒をぼんやり見ながら、恵理は再び深いため息をつく。すっかり冷めてしまったアップルティーを義務のように飲み干し、恵理は封筒を開けてみた。
中には結婚式の招待状の他に折りたたまれた画用紙と手紙のようなものが入っていた。
何だろうこれ?と思いながら開いた画用紙を見て恵理は胸が締め付けられた。
それはお世辞でも上手とは言えない、奈々が小学生の頃クレヨンで書いた絵だった。女の子が二人手をつないで立っている絵。左の女の子の身体に「おねえちゃん」比べて背の低い右側の女の子の身体には「なな」と下手くそな平仮名で書かれている。二人の表情はこれ以上にない楽しそうな笑顔で、それがとても印象的な絵だった。
恵理は鼻の奥が熱くなった。小刻みに震えながらこみ上げてくるものは目頭をも熱くさせる。口がへの字に歪むと漏れ出しそうになる嗚咽をとっさに手で押さえこむ。
絵の上のスペースには題名が大きく書かれていた。姉妹の名前と同じように下手くそな平仮名の文字で。
「わたしのたからもの」 と。
「お姉ちゃんへ。
随分とご無沙汰してしまいました。奈々です。お久しぶりです。お姉ちゃんに手紙を書くなんて初めてですよね。書くことは沢山あるのに、ありすぎて何から書いて良いのか迷っています。
そうですね、やっぱり最初は私の結婚からかな。3年間お付き合いして頂いた彼と、この度結婚することになりました。私の事をとても大事に思ってくれる素敵な人です。ふふ、何のろけてるんだよって?だってね、本当は結婚の事もそうだけど色んな事お姉ちゃんに相談とかしたかったんだもん。でも出来なかったから。だから妹を放っておいた罰~!なんてね。あ、冗談だよ。怒らないでね。
それで最近家を出るから荷物を整理してたの。押入れの中とかも色々引っ張り出してね。そうしたら懐かしいものがいっぱい出てきました。覚えてるかなぁ?お姉ちゃんに貰ったおもちゃの指輪とか、七色に光る不思議な石とか出てきたのよ。あの頃はいっぱい一緒に遊んだよね。ずっとお姉ちゃんの後ろに付いてまわってた。急に出来たお姉ちゃんがとっても嬉しかったの。
本当はね、私が結婚するって言ってもお姉ちゃんはきっと来てくれないだろうと思って諦めてた。でもやっぱり来て欲しかったの。私の門出をお姉ちゃんにも祝ってもらいたかったの。でも、お姉ちゃんにそれを言う勇気が私には無かった。そんな私の背中を押してくれたもの。それが一緒に同封した昔の絵。学校の授業で「たからもの」というテーマで描いた私の絵。すごく下手っぴで見せるの恥ずかしいんだけど、私の気持ちが正直に真っ直ぐに描かれていたから一緒に同封しました。ずっと会っていなかったけど今の私の気持ちはこの頃と変わりません。
あの頃はどうしてお姉ちゃんが急に冷たくなったのか分からなかったけど、成長するにつれて理解できるようになりました。お母さんってば、馬鹿みたいにずっと意地張ってるけど本当はお姉ちゃんのこと心配してるよ。お姉ちゃんの卒業式の日、本当はお母さん途中から行こうとしてたんだって。でも電車が事故で止まっちゃって間に合わなくて……家に帰ってきたら仲直りしようって思ってたみたい。だったら電話とかすればいいのにって言うと怒るの~。口では言うほど簡単じゃないのは分かるけどね。私も何てお姉ちゃんに連絡すればいいのか思いつかなかったから。今以上にお姉ちゃんに嫌われるのが怖かったの。ごめんなさい。
ダメだ。1回謝ったら、ごめんなさいって言葉しか頭に浮かんでこないや。
ごめんなさい、大好きなおねえちゃん。」
唐突に終わる奈々の手紙を読み終わって、恵理は流れ出る涙が止められなかった。こんなにも自分のことを妹が思っていてくれたなんて考えもしなかった。思えば奈々に悪い事など何一つ無いのである。母親の目が自分に向けられていないと感じるやきもちだったのである。それなのに、それなのに……恵理は奈々を思うと声を出して泣くのだった。
どんな気持ちで奈々は私の家まで来たんだろう。恵理は考える。今以上に亀裂が発生する事を恐れて母と会うことが出来なかった自分。奈々もきっと同じ思いで自分に会いに来たんだろう。ああ、奈々。悪いのはお姉ちゃんの方。奈々、ごめんなさい――
少し時間をおいて気持ちを落ち着かせると、恵理は携帯電話を見つめていた。電話を持ち始めてからすでに3台もの機種を変更していたが、一度もかける事はないのに登録し続けている電話番号があった。電話帳機能でその番号を呼び出す。後は通話ボタンを押すだけである。恵理の両手はコタツの中に入れたままで携帯電話を見つめる。
――何て話せばいいのよ――
頭の中でそんな疑問がぐるぐる回り続けていた。
ふと奈々の絵が視界に入る。
――そうよね、あなたは頑張ったものね。次は私の番――
今度は高校の寮母の話が思い出された。
――どうせなら、私が結婚するって連絡したかったわね――
恵理は通話ボタンを押した。呼び出し音が流れる。
1回……2回……3回……4回……
「はい、秋宮でございます」
懐かしい母の声であった。恵理は急に言葉がつまり、何も言えなくなってしまう。
「もしもし?」
何も返事の無い電話の相手に母親は悪戯かと思う。だが耳を澄まして聞いてみると泣くのを我慢しているような微かな声が感じられた。
「恵理ちゃん?」
何の根拠も無い、母親の直感であった。
自分の名前を突然呼ばれ、思わず嗚咽が漏れる。
「あなた、恵理ちゃんなんでしょ?」
「……うん」
「元気でやってるの?」
「……うん」
「ずっと連絡もよこさないで」
「……うん」
「お母さんも連絡できなかったけどね」
「……うん」
「もしかして、奈々ちゃんが来たの?」
「……うん」
「そう、あの子が」
電話の前では平静を装う母親であったが、目を真っ赤に腫らせて涙はとどまることなく流れ続けていた。
「お母さん」
「なに?」
「私も結婚式出ようかな」
母親は口を押さえて必死に声を殺す。
返事の無い母親に恵理は不安を覚えた。
「ごめん、やっぱり今更だよね」
「何言ってるの、絶対に来なきゃダメよ!」
恵理の言葉に反応して思わず強く言ってしまう母。
「……お母さん」
「恵理ちゃん、みんな待ってるからね。奈々ちゃんも。お父さんも。お母さんも」
「……うん」
「あなた、その前に。いつでもいいから遊びにいらっしゃいな。ここはあなたの家でもあるんだから」
「……うん、わかった」
恵理は母親との間に出来たわだかまりという氷が溶けていくのを身体で感じた。その溶け出した水はいつまでも恵理の両目から流れ続けるのであった。
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卒業式の帰り、恵理は実家には戻らずそのまま就職先の街へと旅立った。一人暮らしをしている友人の部屋に上がりこみ、恵理は社会人の道を歩みだした。
それから6年の月日が流れ、恵理は24歳になった。高校の時に家を飛び出して以来、実に9年。一度たりとも家族と連絡を取ったことは無かった。
「いったい、どういうつもりなんだろう。あの子」
テーブルに顎を載せ少し前に置いてある封筒をぼんやり見ながら、恵理は再び深いため息をつく。すっかり冷めてしまったアップルティーを義務のように飲み干し、恵理は封筒を開けてみた。
中には結婚式の招待状の他に折りたたまれた画用紙と手紙のようなものが入っていた。
何だろうこれ?と思いながら開いた画用紙を見て恵理は胸が締め付けられた。
それはお世辞でも上手とは言えない、奈々が小学生の頃クレヨンで書いた絵だった。女の子が二人手をつないで立っている絵。左の女の子の身体に「おねえちゃん」比べて背の低い右側の女の子の身体には「なな」と下手くそな平仮名で書かれている。二人の表情はこれ以上にない楽しそうな笑顔で、それがとても印象的な絵だった。
恵理は鼻の奥が熱くなった。小刻みに震えながらこみ上げてくるものは目頭をも熱くさせる。口がへの字に歪むと漏れ出しそうになる嗚咽をとっさに手で押さえこむ。
絵の上のスペースには題名が大きく書かれていた。姉妹の名前と同じように下手くそな平仮名の文字で。
それから6年の月日が流れ、恵理は24歳になった。高校の時に家を飛び出して以来、実に9年。一度たりとも家族と連絡を取ったことは無かった。
「いったい、どういうつもりなんだろう。あの子」
テーブルに顎を載せ少し前に置いてある封筒をぼんやり見ながら、恵理は再び深いため息をつく。すっかり冷めてしまったアップルティーを義務のように飲み干し、恵理は封筒を開けてみた。
中には結婚式の招待状の他に折りたたまれた画用紙と手紙のようなものが入っていた。
何だろうこれ?と思いながら開いた画用紙を見て恵理は胸が締め付けられた。
それはお世辞でも上手とは言えない、奈々が小学生の頃クレヨンで書いた絵だった。女の子が二人手をつないで立っている絵。左の女の子の身体に「おねえちゃん」比べて背の低い右側の女の子の身体には「なな」と下手くそな平仮名で書かれている。二人の表情はこれ以上にない楽しそうな笑顔で、それがとても印象的な絵だった。
恵理は鼻の奥が熱くなった。小刻みに震えながらこみ上げてくるものは目頭をも熱くさせる。口がへの字に歪むと漏れ出しそうになる嗚咽をとっさに手で押さえこむ。
絵の上のスペースには題名が大きく書かれていた。姉妹の名前と同じように下手くそな平仮名の文字で。
「わたしのたからもの」 と。
「お姉ちゃんへ。
随分とご無沙汰してしまいました。奈々です。お久しぶりです。お姉ちゃんに手紙を書くなんて初めてですよね。書くことは沢山あるのに、ありすぎて何から書いて良いのか迷っています。
そうですね、やっぱり最初は私の結婚からかな。3年間お付き合いして頂いた彼と、この度結婚することになりました。私の事をとても大事に思ってくれる素敵な人です。ふふ、何のろけてるんだよって?だってね、本当は結婚の事もそうだけど色んな事お姉ちゃんに相談とかしたかったんだもん。でも出来なかったから。だから妹を放っておいた罰~!なんてね。あ、冗談だよ。怒らないでね。
それで最近家を出るから荷物を整理してたの。押入れの中とかも色々引っ張り出してね。そうしたら懐かしいものがいっぱい出てきました。覚えてるかなぁ?お姉ちゃんに貰ったおもちゃの指輪とか、七色に光る不思議な石とか出てきたのよ。あの頃はいっぱい一緒に遊んだよね。ずっとお姉ちゃんの後ろに付いてまわってた。急に出来たお姉ちゃんがとっても嬉しかったの。
本当はね、私が結婚するって言ってもお姉ちゃんはきっと来てくれないだろうと思って諦めてた。でもやっぱり来て欲しかったの。私の門出をお姉ちゃんにも祝ってもらいたかったの。でも、お姉ちゃんにそれを言う勇気が私には無かった。そんな私の背中を押してくれたもの。それが一緒に同封した昔の絵。学校の授業で「たからもの」というテーマで描いた私の絵。すごく下手っぴで見せるの恥ずかしいんだけど、私の気持ちが正直に真っ直ぐに描かれていたから一緒に同封しました。ずっと会っていなかったけど今の私の気持ちはこの頃と変わりません。
随分とご無沙汰してしまいました。奈々です。お久しぶりです。お姉ちゃんに手紙を書くなんて初めてですよね。書くことは沢山あるのに、ありすぎて何から書いて良いのか迷っています。
そうですね、やっぱり最初は私の結婚からかな。3年間お付き合いして頂いた彼と、この度結婚することになりました。私の事をとても大事に思ってくれる素敵な人です。ふふ、何のろけてるんだよって?だってね、本当は結婚の事もそうだけど色んな事お姉ちゃんに相談とかしたかったんだもん。でも出来なかったから。だから妹を放っておいた罰~!なんてね。あ、冗談だよ。怒らないでね。
それで最近家を出るから荷物を整理してたの。押入れの中とかも色々引っ張り出してね。そうしたら懐かしいものがいっぱい出てきました。覚えてるかなぁ?お姉ちゃんに貰ったおもちゃの指輪とか、七色に光る不思議な石とか出てきたのよ。あの頃はいっぱい一緒に遊んだよね。ずっとお姉ちゃんの後ろに付いてまわってた。急に出来たお姉ちゃんがとっても嬉しかったの。
本当はね、私が結婚するって言ってもお姉ちゃんはきっと来てくれないだろうと思って諦めてた。でもやっぱり来て欲しかったの。私の門出をお姉ちゃんにも祝ってもらいたかったの。でも、お姉ちゃんにそれを言う勇気が私には無かった。そんな私の背中を押してくれたもの。それが一緒に同封した昔の絵。学校の授業で「たからもの」というテーマで描いた私の絵。すごく下手っぴで見せるの恥ずかしいんだけど、私の気持ちが正直に真っ直ぐに描かれていたから一緒に同封しました。ずっと会っていなかったけど今の私の気持ちはこの頃と変わりません。
あの頃はどうしてお姉ちゃんが急に冷たくなったのか分からなかったけど、成長するにつれて理解できるようになりました。お母さんってば、馬鹿みたいにずっと意地張ってるけど本当はお姉ちゃんのこと心配してるよ。お姉ちゃんの卒業式の日、本当はお母さん途中から行こうとしてたんだって。でも電車が事故で止まっちゃって間に合わなくて……家に帰ってきたら仲直りしようって思ってたみたい。だったら電話とかすればいいのにって言うと怒るの~。口では言うほど簡単じゃないのは分かるけどね。私も何てお姉ちゃんに連絡すればいいのか思いつかなかったから。今以上にお姉ちゃんに嫌われるのが怖かったの。ごめんなさい。
ダメだ。1回謝ったら、ごめんなさいって言葉しか頭に浮かんでこないや。
ごめんなさい、大好きなおねえちゃん。」
ダメだ。1回謝ったら、ごめんなさいって言葉しか頭に浮かんでこないや。
ごめんなさい、大好きなおねえちゃん。」
唐突に終わる奈々の手紙を読み終わって、恵理は流れ出る涙が止められなかった。こんなにも自分のことを妹が思っていてくれたなんて考えもしなかった。思えば奈々に悪い事など何一つ無いのである。母親の目が自分に向けられていないと感じるやきもちだったのである。それなのに、それなのに……恵理は奈々を思うと声を出して泣くのだった。
どんな気持ちで奈々は私の家まで来たんだろう。恵理は考える。今以上に亀裂が発生する事を恐れて母と会うことが出来なかった自分。奈々もきっと同じ思いで自分に会いに来たんだろう。ああ、奈々。悪いのはお姉ちゃんの方。奈々、ごめんなさい――
どんな気持ちで奈々は私の家まで来たんだろう。恵理は考える。今以上に亀裂が発生する事を恐れて母と会うことが出来なかった自分。奈々もきっと同じ思いで自分に会いに来たんだろう。ああ、奈々。悪いのはお姉ちゃんの方。奈々、ごめんなさい――
少し時間をおいて気持ちを落ち着かせると、恵理は携帯電話を見つめていた。電話を持ち始めてからすでに3台もの機種を変更していたが、一度もかける事はないのに登録し続けている電話番号があった。電話帳機能でその番号を呼び出す。後は通話ボタンを押すだけである。恵理の両手はコタツの中に入れたままで携帯電話を見つめる。
――何て話せばいいのよ――
頭の中でそんな疑問がぐるぐる回り続けていた。
ふと奈々の絵が視界に入る。
――そうよね、あなたは頑張ったものね。次は私の番――
今度は高校の寮母の話が思い出された。
――どうせなら、私が結婚するって連絡したかったわね――
恵理は通話ボタンを押した。呼び出し音が流れる。
1回……2回……3回……4回……
「はい、秋宮でございます」
懐かしい母の声であった。恵理は急に言葉がつまり、何も言えなくなってしまう。
「もしもし?」
何も返事の無い電話の相手に母親は悪戯かと思う。だが耳を澄まして聞いてみると泣くのを我慢しているような微かな声が感じられた。
「恵理ちゃん?」
何の根拠も無い、母親の直感であった。
自分の名前を突然呼ばれ、思わず嗚咽が漏れる。
「あなた、恵理ちゃんなんでしょ?」
「……うん」
「元気でやってるの?」
「……うん」
「ずっと連絡もよこさないで」
「……うん」
「お母さんも連絡できなかったけどね」
「……うん」
「もしかして、奈々ちゃんが来たの?」
「……うん」
「そう、あの子が」
電話の前では平静を装う母親であったが、目を真っ赤に腫らせて涙はとどまることなく流れ続けていた。
「お母さん」
「なに?」
「私も結婚式出ようかな」
母親は口を押さえて必死に声を殺す。
返事の無い母親に恵理は不安を覚えた。
「ごめん、やっぱり今更だよね」
「何言ってるの、絶対に来なきゃダメよ!」
恵理の言葉に反応して思わず強く言ってしまう母。
「……お母さん」
「恵理ちゃん、みんな待ってるからね。奈々ちゃんも。お父さんも。お母さんも」
「……うん」
「あなた、その前に。いつでもいいから遊びにいらっしゃいな。ここはあなたの家でもあるんだから」
「……うん、わかった」
恵理は母親との間に出来たわだかまりという氷が溶けていくのを身体で感じた。その溶け出した水はいつまでも恵理の両目から流れ続けるのであった。
――何て話せばいいのよ――
頭の中でそんな疑問がぐるぐる回り続けていた。
ふと奈々の絵が視界に入る。
――そうよね、あなたは頑張ったものね。次は私の番――
今度は高校の寮母の話が思い出された。
――どうせなら、私が結婚するって連絡したかったわね――
恵理は通話ボタンを押した。呼び出し音が流れる。
1回……2回……3回……4回……
「はい、秋宮でございます」
懐かしい母の声であった。恵理は急に言葉がつまり、何も言えなくなってしまう。
「もしもし?」
何も返事の無い電話の相手に母親は悪戯かと思う。だが耳を澄まして聞いてみると泣くのを我慢しているような微かな声が感じられた。
「恵理ちゃん?」
何の根拠も無い、母親の直感であった。
自分の名前を突然呼ばれ、思わず嗚咽が漏れる。
「あなた、恵理ちゃんなんでしょ?」
「……うん」
「元気でやってるの?」
「……うん」
「ずっと連絡もよこさないで」
「……うん」
「お母さんも連絡できなかったけどね」
「……うん」
「もしかして、奈々ちゃんが来たの?」
「……うん」
「そう、あの子が」
電話の前では平静を装う母親であったが、目を真っ赤に腫らせて涙はとどまることなく流れ続けていた。
「お母さん」
「なに?」
「私も結婚式出ようかな」
母親は口を押さえて必死に声を殺す。
返事の無い母親に恵理は不安を覚えた。
「ごめん、やっぱり今更だよね」
「何言ってるの、絶対に来なきゃダメよ!」
恵理の言葉に反応して思わず強く言ってしまう母。
「……お母さん」
「恵理ちゃん、みんな待ってるからね。奈々ちゃんも。お父さんも。お母さんも」
「……うん」
「あなた、その前に。いつでもいいから遊びにいらっしゃいな。ここはあなたの家でもあるんだから」
「……うん、わかった」
恵理は母親との間に出来たわだかまりという氷が溶けていくのを身体で感じた。その溶け出した水はいつまでも恵理の両目から流れ続けるのであった。