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〜3〜

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 間もなくして恵理は新しい父親ができ、それと同時に奈々というかわいい妹も出来た。奈々はとても恵理に懐いていた。どこに行くでも恵理のすぐ後ろを付いて歩き、どちらかといえば塞ぎがちだった性格も変わりよく笑うようになっていた。
 そしてそんな奈々を恵理もとても可愛がった。元々面倒見の良かった恵理には頼られるという立場が心地良かった。二人は喧嘩するような事も無く本当の姉妹以上に仲の良い姉妹になっていた。
 
 そんなある日の出来事。いつもと変わらず仲の良い姉妹は庭のブランコで二人乗りをして遊んでいた。恵理が立ち漕ぎで勢い良くブランコを揺らしていると、その下で座っている奈々は興奮してはしゃいでいる。奈々をもっと喜ばせたくてブランコの振りを更に大きく揺らす恵理。青い空へと少しずつ少しずつ近づいていく。何度も何度もブランコは大きく揺れる。
そして二人は、そのまま大空へと吸い込まれた。
 ブランコの支点になる留め金がはずれたのである。斜め上へと向かう力のベクトルは振り子運動というしがらみから解き放たれた。空中へと放りだされる恵理と奈々。
 つかの間の気持ちの悪い浮遊感に包まれた後、二人は地面に叩きつけられる。あちこちがひどく痛み身体を動かせない恵理。意識が薄れていく中、少し離れた場所で奈々の泣き声が聞こえていた。
 その事故により奈々は右腕を骨折し、恵理は額に3針を縫う切り傷を負った。
「あなた、お姉ちゃんなのに何をしてるの!」 
 母親は恵理の事をひどく叱った。恵理も奈々を怪我させてしまい申し訳ない気持ちはあったが、私だって顔に消えない傷を負ってしまったのにと思っていた。そんな気持ちを察したのか奈々は包帯の巻かれた姉の額に手を当てて「痛いの?」と聞いてきた。だが心配をしてくれない母親への不満がその手を払いのける。
「ごめんなさい」
 泣きそうになって謝る奈々に対し何も言う事が出来ず自己嫌悪に陥る恵理だった。
 
 それからというもの奈々は前と変わりなく恵理に懐いていたのだが、恵理の方はというと少し距離を置くようになっていた。あの事故があってから母親の「お姉ちゃんなんだから――」といった言葉がやたらと耳について回ったからである。
 全ての事において妹の方が優遇され、自分は母親にとってどうでもいい存在なんだと思い始めると、あんなに懐いてきて可愛かった奈々の事が疎ましく感じるようになっていった。
 やがて恵理が中学に入学すると新しく出来た友達と遊ぶ事が多くなり、奈々と顔を合わせる時間も少なくなった。放課後はクラブ活動にも参加し夜遅くなることも多くなり、家族と一緒に食事をとることさえも少なくなっていった。
 こうして恵理は少しずつ家族との絆を遠ざけていき、3年後、家族の反対を押し切り寮が完備されている地方の高校へと進学した。
 恵理には家族と過ごす事よりも寮の友達と過ごす事の方が安らげて楽しかった。多感な思春期の高校生が持つ悩み等も友達に相談したり、時には母親代わりになっている寮母にも相談して乗り越えていった。
 だがそんな楽しい寮生活にも年に2回ほど寂しい思いをする時期があった。お盆と正月である。仲の良い友達はみんな実家に帰ってしまっていた。恵理はというと一度も帰ることは無かった。3年目の正月。食堂でぽつんとひとり、テレビを見ながら座っている恵理がいた。それを見かねた寮母は恵理に声をかけた。
「今年も帰らないのかい?」
 恵理は黙って頷く。
「あなたの家の事情の事は正直知らないよ。もしも私が的外れなこと言っていたら、何を言ってんだこのおばちゃんと思ってちょうだい」
 隣に座り寮母は言った。
「私にもね、ひとり娘が居るの。もう結婚して可愛い子供もいるんだけどね。今じゃ遠い所に住んでるから滅多に会えないの。だから会えるときはとても嬉しいわ」
 俯いたまま話を聞いている恵理。
「でもね、昔はそんな風に思うなんて考えられないほど仲が悪かったのよ。くそばばぁ~死んじまえなんて言われた事もあった。私もこんな性格だからね。売り言葉に買い言葉で、お前なんてもううちの子じゃないよ、出て行け~!なんて言っちゃったりしてね。そうしたら本当に出て行っちゃったの。何年も音沙汰無しでね」
 恵理は組んだ両手をじっと見つめながら、聞いているのか聞いていないのか分からない様子で寮母の隣で座っている。寮母は構わず続ける。
「でもね、ずっと心配だったわよ。自分のお腹を痛めて生んだ子供だからね。どんなに悪態をつかれても、それで私が頭に来ても、やっぱりかけがえの無い娘なのよ。ある日突然娘が帰ってきたわ。男の人を連れてね。結婚するんだって言いに。幸せそうに言う娘見た時にね、今までのわだかまりなんかどこかに消えちゃって泣いちゃったわよ。おめでとうってね。そうしたら娘ももらい泣きしちゃって抱き合って二人でワーワー泣いちゃってね……あら、あなたにはまだ早い話だったわね。あははは」
 確かに結婚なんて話はまだまだ先の話だと恵理は思った。だが、寮母の話を聞いて羨ましいなぁと感じたのも確かであった。心の底では母親と仲よくなりたいという気持ちがあった。それを気づかせてくれた寮母に感謝をした。
 しかし、恵理は実家に帰る事はできなかった。もし自分が久しぶりに帰っても母親に変わらぬ無関心な態度をとられたら。そう思うとあと一歩が踏み出せなかったのだ。

 恵理が卒業式の日、奇しくも奈々の中学の卒業式と重なっていた。恵理は両親が見守る事のない旅立ちの日をひとりで迎える。そして自分に家族はいないと心に刻む恵理であった。


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 間もなくして恵理は新しい父親ができ、それと同時に奈々というかわいい妹も出来た。奈々はとても恵理に懐いていた。どこに行くでも恵理のすぐ後ろを付いて歩き、どちらかといえば塞ぎがちだった性格も変わりよく笑うようになっていた。 そしてそんな奈々を恵理もとても可愛がった。元々面倒見の良かった恵理には頼られるという立場が心地良かった。二人は喧嘩するような事も無く本当の姉妹以上に仲の良い姉妹になっていた。
 そんなある日の出来事。いつもと変わらず仲の良い姉妹は庭のブランコで二人乗りをして遊んでいた。恵理が立ち漕ぎで勢い良くブランコを揺らしていると、その下で座っている奈々は興奮してはしゃいでいる。奈々をもっと喜ばせたくてブランコの振りを更に大きく揺らす恵理。青い空へと少しずつ少しずつ近づいていく。何度も何度もブランコは大きく揺れる。
そして二人は、そのまま大空へと吸い込まれた。
 ブランコの支点になる留め金がはずれたのである。斜め上へと向かう力のベクトルは振り子運動というしがらみから解き放たれた。空中へと放りだされる恵理と奈々。
 つかの間の気持ちの悪い浮遊感に包まれた後、二人は地面に叩きつけられる。あちこちがひどく痛み身体を動かせない恵理。意識が薄れていく中、少し離れた場所で奈々の泣き声が聞こえていた。
 その事故により奈々は右腕を骨折し、恵理は額に3針を縫う切り傷を負った。
「あなた、お姉ちゃんなのに何をしてるの!」 
 母親は恵理の事をひどく叱った。恵理も奈々を怪我させてしまい申し訳ない気持ちはあったが、私だって顔に消えない傷を負ってしまったのにと思っていた。そんな気持ちを察したのか奈々は包帯の巻かれた姉の額に手を当てて「痛いの?」と聞いてきた。だが心配をしてくれない母親への不満がその手を払いのける。
「ごめんなさい」
 泣きそうになって謝る奈々に対し何も言う事が出来ず自己嫌悪に陥る恵理だった。
 それからというもの奈々は前と変わりなく恵理に懐いていたのだが、恵理の方はというと少し距離を置くようになっていた。あの事故があってから母親の「お姉ちゃんなんだから――」といった言葉がやたらと耳について回ったからである。
 全ての事において妹の方が優遇され、自分は母親にとってどうでもいい存在なんだと思い始めると、あんなに懐いてきて可愛かった奈々の事が疎ましく感じるようになっていった。
 やがて恵理が中学に入学すると新しく出来た友達と遊ぶ事が多くなり、奈々と顔を合わせる時間も少なくなった。放課後はクラブ活動にも参加し夜遅くなることも多くなり、家族と一緒に食事をとることさえも少なくなっていった。
 こうして恵理は少しずつ家族との絆を遠ざけていき、3年後、家族の反対を押し切り寮が完備されている地方の高校へと進学した。
 恵理には家族と過ごす事よりも寮の友達と過ごす事の方が安らげて楽しかった。多感な思春期の高校生が持つ悩み等も友達に相談したり、時には母親代わりになっている寮母にも相談して乗り越えていった。
 だがそんな楽しい寮生活にも年に2回ほど寂しい思いをする時期があった。お盆と正月である。仲の良い友達はみんな実家に帰ってしまっていた。恵理はというと一度も帰ることは無かった。3年目の正月。食堂でぽつんとひとり、テレビを見ながら座っている恵理がいた。それを見かねた寮母は恵理に声をかけた。
「今年も帰らないのかい?」
 恵理は黙って頷く。
「あなたの家の事情の事は正直知らないよ。もしも私が的外れなこと言っていたら、何を言ってんだこのおばちゃんと思ってちょうだい」
 隣に座り寮母は言った。
「私にもね、ひとり娘が居るの。もう結婚して可愛い子供もいるんだけどね。今じゃ遠い所に住んでるから滅多に会えないの。だから会えるときはとても嬉しいわ」
 俯いたまま話を聞いている恵理。
「でもね、昔はそんな風に思うなんて考えられないほど仲が悪かったのよ。くそばばぁ~死んじまえなんて言われた事もあった。私もこんな性格だからね。売り言葉に買い言葉で、お前なんてもううちの子じゃないよ、出て行け~!なんて言っちゃったりしてね。そうしたら本当に出て行っちゃったの。何年も音沙汰無しでね」
 恵理は組んだ両手をじっと見つめながら、聞いているのか聞いていないのか分からない様子で寮母の隣で座っている。寮母は構わず続ける。
「でもね、ずっと心配だったわよ。自分のお腹を痛めて生んだ子供だからね。どんなに悪態をつかれても、それで私が頭に来ても、やっぱりかけがえの無い娘なのよ。ある日突然娘が帰ってきたわ。男の人を連れてね。結婚するんだって言いに。幸せそうに言う娘見た時にね、今までのわだかまりなんかどこかに消えちゃって泣いちゃったわよ。おめでとうってね。そうしたら娘ももらい泣きしちゃって抱き合って二人でワーワー泣いちゃってね……あら、あなたにはまだ早い話だったわね。あははは」
 確かに結婚なんて話はまだまだ先の話だと恵理は思った。だが、寮母の話を聞いて羨ましいなぁと感じたのも確かであった。心の底では母親と仲よくなりたいという気持ちがあった。それを気づかせてくれた寮母に感謝をした。
 しかし、恵理は実家に帰る事はできなかった。もし自分が久しぶりに帰っても母親に変わらぬ無関心な態度をとられたら。そう思うとあと一歩が踏み出せなかったのだ。
 恵理が卒業式の日、奇しくも奈々の中学の卒業式と重なっていた。恵理は両親が見守る事のない旅立ちの日をひとりで迎える。そして自分に家族はいないと心に刻む恵理であった。