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ー/ー



 秋が恋しいと言い始めた人たちは、今の気候変動をどう思うのだろう。
 考えたくないことを赤、黄、茶でマスキングするように、必死で山を登る。

 どうせなら紅葉狩りしてみたい、と言い出したのはどちらからだっただろうか。
 しわしわになっていく木々に、色づきを求めるのは、その先にある冬を考えてしまうからかもしれない。

「やっと寒くなってきたな? 今週どう?」

 木曜日の昼休み。
 彼に告げる内容は、決めていた。何度も口の中で唱えて、つぶやいて、やっと届けられる音量になった。
 校舎の窓から見える山々も、心なしか色あせていたように思う。
 ふーん、の「ふ」の字もないような彼に、俺はさらに続けて言った。

「今年暑かったから、結構まだ青々してるらしいけど」
「ええ……マジ?」
「マジ。だから今週末は無理だな」
「ああ……そうだな」

 大学に来て、地元よりもそれなりの都会に出て。
 好きなやつも、友人も、当たり障りなく増えていって。ちょっと茶色に染めてみたりしたことを、地元の友達にからかわれたりして。

 それで大人になれていた気がしていた。

 サークルの夏合宿中、寝ていた彼の額に触れたのが、運の尽きだ。
 直接的にふれたわけではない。
 触れようとしたら、目が合った。

 起きた、んだ、と、気づいた。
 朝日が壁を白く染めていて、カラスがうるさいくらいに鳴いていた。セミは暑すぎて、鳴いていなかったと思う。

「え……っと?」

 彼は一重だと思っていたが、どうやら奥二重だったらしい。重なり合う皮膚の厚みを観察していると自覚するまで、おそらく数秒も経っていなかったのだと思う。

 おまえさ、と彼は言った。

「うん」
「どういうアレ」
「どう……いう?」
「まあいいか、どいて」
「お、う……」

 しどろもどろになりながら、うたた寝してた夢のせいにした。
 それからは、ちゃんと、友人同士の距離だ。
 お互いサークルは辞めてないけど、バイトだ就活だと言っているうちに共通科目でしか会わなくなった。

 たまに昼に一緒にはなるが、まあ、この程度の距離感が悪くないと思うことにしている。

 結局来ない連絡を待ちながら、俺はひとり山に登ることにした。これは準備だ。そう言い聞かせて。

 俺は、物理的に連絡を取れないようにしたほうがいいと判断した。決して、どこかに旅立とうとしているわけではない。

 環境のせいにして。
 疲労のせいにして。
 彼から離れる口実を、探していた。

 道すがらに見える木々は確かにまだ青かったが、その移ろいかけの姿も美しいと思った。けれど、そこに共有するだれかはいない。

 風が吹いても吹かなくても、ハラハラと落ちる木の葉。
 足元でカサカサ暴れるそれらを、自分のだるくなった足で踏みしめる。

 ――逃げてるわけじゃない。

 茶けてボロボロだったけれど、光に透けて、だれかの肥やしになって。いつか、の昔になって。
 いつかきれいに花開けるように。
 眼の前を過ぎた葉は、穴は空いていたものの、きれいな茜に染まっていた。
 きっと、いまの俺はこんなひとひらよりもくすんでいる。

 俺は下山するべく来た道をゆったりと歩き始める。
 疲労はいつしか快を呼んで、弾んだ息すらも、なにか「まだ、生きている」と思わせてくれた。

 翌日、彼から連絡が来た。

「もう、昨日登ったけど」

 同じ時間帯であれば、すれ違うこともあっただろう。登山道は一方通行だった。
では、なにが。

「お前、きっと登ると思ったから」
「だいぶ早い時間に行ったし、まだぼんやりしてる空もいいよな」
「山登りなんていくもんじゃないな」

 ポンポンポンと、続けて送られてきた感想は、果たして本物だったのだろうか。
 黒い画面に踊る緑。
 その嘘を、俺は、自分の指先で無機質にブロックしてしまっていた。




みんなのリアクション

 秋が恋しいと言い始めた人たちは、今の気候変動をどう思うのだろう。
 考えたくないことを赤、黄、茶でマスキングするように、必死で山を登る。
 どうせなら紅葉狩りしてみたい、と言い出したのはどちらからだっただろうか。
 しわしわになっていく木々に、色づきを求めるのは、その先にある冬を考えてしまうからかもしれない。
「やっと寒くなってきたな? 今週どう?」
 木曜日の昼休み。
 彼に告げる内容は、決めていた。何度も口の中で唱えて、つぶやいて、やっと届けられる音量になった。
 校舎の窓から見える山々も、心なしか色あせていたように思う。
 ふーん、の「ふ」の字もないような彼に、俺はさらに続けて言った。
「今年暑かったから、結構まだ青々してるらしいけど」
「ええ……マジ?」
「マジ。だから今週末は無理だな」
「ああ……そうだな」
 大学に来て、地元よりもそれなりの都会に出て。
 好きなやつも、友人も、当たり障りなく増えていって。ちょっと茶色に染めてみたりしたことを、地元の友達にからかわれたりして。
 それで大人になれていた気がしていた。
 サークルの夏合宿中、寝ていた彼の額に触れたのが、運の尽きだ。
 直接的にふれたわけではない。
 触れようとしたら、目が合った。
 起きた、んだ、と、気づいた。
 朝日が壁を白く染めていて、カラスがうるさいくらいに鳴いていた。セミは暑すぎて、鳴いていなかったと思う。
「え……っと?」
 彼は一重だと思っていたが、どうやら奥二重だったらしい。重なり合う皮膚の厚みを観察していると自覚するまで、おそらく数秒も経っていなかったのだと思う。
 おまえさ、と彼は言った。
「うん」
「どういうアレ」
「どう……いう?」
「まあいいか、どいて」
「お、う……」
 しどろもどろになりながら、うたた寝してた夢のせいにした。
 それからは、ちゃんと、友人同士の距離だ。
 お互いサークルは辞めてないけど、バイトだ就活だと言っているうちに共通科目でしか会わなくなった。
 たまに昼に一緒にはなるが、まあ、この程度の距離感が悪くないと思うことにしている。
 結局来ない連絡を待ちながら、俺はひとり山に登ることにした。これは準備だ。そう言い聞かせて。
 俺は、物理的に連絡を取れないようにしたほうがいいと判断した。決して、どこかに旅立とうとしているわけではない。
 環境のせいにして。
 疲労のせいにして。
 彼から離れる口実を、探していた。
 道すがらに見える木々は確かにまだ青かったが、その移ろいかけの姿も美しいと思った。けれど、そこに共有するだれかはいない。
 風が吹いても吹かなくても、ハラハラと落ちる木の葉。
 足元でカサカサ暴れるそれらを、自分のだるくなった足で踏みしめる。
 ――逃げてるわけじゃない。
 茶けてボロボロだったけれど、光に透けて、だれかの肥やしになって。いつか、の昔になって。
 いつかきれいに花開けるように。
 眼の前を過ぎた葉は、穴は空いていたものの、きれいな茜に染まっていた。
 きっと、いまの俺はこんなひとひらよりもくすんでいる。
 俺は下山するべく来た道をゆったりと歩き始める。
 疲労はいつしか快を呼んで、弾んだ息すらも、なにか「まだ、生きている」と思わせてくれた。
 翌日、彼から連絡が来た。
「もう、昨日登ったけど」
 同じ時間帯であれば、すれ違うこともあっただろう。登山道は一方通行だった。
では、なにが。
「お前、きっと登ると思ったから」
「だいぶ早い時間に行ったし、まだぼんやりしてる空もいいよな」
「山登りなんていくもんじゃないな」
 ポンポンポンと、続けて送られてきた感想は、果たして本物だったのだろうか。
 黒い画面に踊る緑。
 その嘘を、俺は、自分の指先で無機質にブロックしてしまっていた。


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