本文2
ー/ー 目を覚ますと俺は身支度を済ませて自転車に乗り、かかりつけ医の佐藤医院に行った。小さい頃から何度も来ている内科。
佐藤医院の医院長は、ケンタッキーのじいさんに似た、愛想と恰幅の良いじいさんだ。
「問診票には、『時間の感覚がおかしい』と書いてありますが」
佐藤じいさんはメガネを直して、手元のバインダーを鼻にくっつきそうなほど近づけた。
症状および来院理由の欄にどう書いていいか分からなかったので、俺がそう書いたわけだが。
「こんなこと言うとバカみたいだとか、ふざけてるとか思われるかもしれないですが、俺、八月三十一日をずっとずっと繰り返しているんです。何千回、いや何万回も。なぜか九月一日が来なくて、だからといって特別に困っているというわけでもないんですけど、いい加減、もう夏休みも終わってくれていいかなっていう気がして。母は俺のこと、変だって言うし、そういうわけで来ました」
「なるほどねえ」
佐藤じいさんはそう言ってカルテにメモをとった。
……このじいさん、本当に分かったのか?
「君、ループしてるんだ」
「そうです。それです、たぶん」
「じゃあ飲み薬を出しておくから、寝る前に一錠飲んでね」
「あー、はい」
何か言ったほうがいいような気がしたけれど、なんと言ったらいいか分からない。
「ええと、ありがとうございました」
とりあえずお礼を言って、診察室を出た。
処方されたのは白くて丸い錠剤がひとつ。
「これで、長かった夏も終わりか」
寂しいような、嬉しいような、なんとも言いがたい気持ちだった。
俺は言われた通り、それを麦茶で飲み下してから眠りについた。
***
「ああ、ようやく終わったんだな」
カーテンを開けると、空は遠くのほうがかすかに明るみ始めている。綺麗だった。
机の上のデジタル時計の 9/1 05:19 という表示を見て、俺は安堵した。
念のためスマホを見ると、こちらも日時が九月一日に変わっていた。
人生で初めて迎える、高校二年の九月一日。二学期の始まりの朝。
なんてすがすがしい気分だろう。
俺は窓を開けて、まだ寝静まっている町の、静謐な空気を吸い込んだ。
「かかりつけ医、すげえ」
実際のところ、これが薬の効果なのかただの偶然なのか俺には分からない。
だけど長すぎる八月三十一日が終わったことは確かだ。
「決めた。医学部に入ろう」
今日もわくわくする一日が始まる。
おわり
佐藤医院の医院長は、ケンタッキーのじいさんに似た、愛想と恰幅の良いじいさんだ。
「問診票には、『時間の感覚がおかしい』と書いてありますが」
佐藤じいさんはメガネを直して、手元のバインダーを鼻にくっつきそうなほど近づけた。
症状および来院理由の欄にどう書いていいか分からなかったので、俺がそう書いたわけだが。
「こんなこと言うとバカみたいだとか、ふざけてるとか思われるかもしれないですが、俺、八月三十一日をずっとずっと繰り返しているんです。何千回、いや何万回も。なぜか九月一日が来なくて、だからといって特別に困っているというわけでもないんですけど、いい加減、もう夏休みも終わってくれていいかなっていう気がして。母は俺のこと、変だって言うし、そういうわけで来ました」
「なるほどねえ」
佐藤じいさんはそう言ってカルテにメモをとった。
……このじいさん、本当に分かったのか?
「君、ループしてるんだ」
「そうです。それです、たぶん」
「じゃあ飲み薬を出しておくから、寝る前に一錠飲んでね」
「あー、はい」
何か言ったほうがいいような気がしたけれど、なんと言ったらいいか分からない。
「ええと、ありがとうございました」
とりあえずお礼を言って、診察室を出た。
処方されたのは白くて丸い錠剤がひとつ。
「これで、長かった夏も終わりか」
寂しいような、嬉しいような、なんとも言いがたい気持ちだった。
俺は言われた通り、それを麦茶で飲み下してから眠りについた。
***
「ああ、ようやく終わったんだな」
カーテンを開けると、空は遠くのほうがかすかに明るみ始めている。綺麗だった。
机の上のデジタル時計の 9/1 05:19 という表示を見て、俺は安堵した。
念のためスマホを見ると、こちらも日時が九月一日に変わっていた。
人生で初めて迎える、高校二年の九月一日。二学期の始まりの朝。
なんてすがすがしい気分だろう。
俺は窓を開けて、まだ寝静まっている町の、静謐な空気を吸い込んだ。
「かかりつけ医、すげえ」
実際のところ、これが薬の効果なのかただの偶然なのか俺には分からない。
だけど長すぎる八月三十一日が終わったことは確かだ。
「決めた。医学部に入ろう」
今日もわくわくする一日が始まる。
おわり
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目を覚ますと俺は身支度を済ませて自転車に乗り、かかりつけ医の佐藤医院に行った。小さい頃から何度も来ている内科。
佐藤医院の医院長は、ケンタッキーのじいさんに似た、愛想と恰幅の良いじいさんだ。
「問診票には、『時間の感覚がおかしい』と書いてありますが」
佐藤じいさんはメガネを直して、手元のバインダーを鼻にくっつきそうなほど近づけた。
症状および来院理由の欄にどう書いていいか分からなかったので、俺がそう書いたわけだが。
「こんなこと言うとバカみたいだとか、ふざけてるとか思われるかもしれないですが、俺、八月三十一日をずっとずっと繰り返しているんです。何千回、いや何万回も。なぜか九月一日が来なくて、だからといって特別に困っているというわけでもないんですけど、いい加減、もう夏休みも終わってくれていいかなっていう気がして。母は俺のこと、変だって言うし、そういうわけで来ました」
「なるほどねえ」
佐藤じいさんはそう言ってカルテにメモをとった。
……このじいさん、本当に分かったのか?
「君、ループしてるんだ」
「そうです。それです、たぶん」
「じゃあ飲み薬を出しておくから、寝る前に一錠飲んでね」
「あー、はい」
何か言ったほうがいいような気がしたけれど、なんと言ったらいいか分からない。
「ええと、ありがとうございました」
とりあえずお礼を言って、診察室を出た。
処方されたのは白くて丸い錠剤がひとつ。
「これで、長かった夏も終わりか」
寂しいような、嬉しいような、なんとも言いがたい気持ちだった。
俺は言われた通り、それを麦茶で飲み下してから眠りについた。
佐藤医院の医院長は、ケンタッキーのじいさんに似た、愛想と恰幅の良いじいさんだ。
「問診票には、『時間の感覚がおかしい』と書いてありますが」
佐藤じいさんはメガネを直して、手元のバインダーを鼻にくっつきそうなほど近づけた。
症状および来院理由の欄にどう書いていいか分からなかったので、俺がそう書いたわけだが。
「こんなこと言うとバカみたいだとか、ふざけてるとか思われるかもしれないですが、俺、八月三十一日をずっとずっと繰り返しているんです。何千回、いや何万回も。なぜか九月一日が来なくて、だからといって特別に困っているというわけでもないんですけど、いい加減、もう夏休みも終わってくれていいかなっていう気がして。母は俺のこと、変だって言うし、そういうわけで来ました」
「なるほどねえ」
佐藤じいさんはそう言ってカルテにメモをとった。
……このじいさん、本当に分かったのか?
「君、ループしてるんだ」
「そうです。それです、たぶん」
「じゃあ飲み薬を出しておくから、寝る前に一錠飲んでね」
「あー、はい」
何か言ったほうがいいような気がしたけれど、なんと言ったらいいか分からない。
「ええと、ありがとうございました」
とりあえずお礼を言って、診察室を出た。
処方されたのは白くて丸い錠剤がひとつ。
「これで、長かった夏も終わりか」
寂しいような、嬉しいような、なんとも言いがたい気持ちだった。
俺は言われた通り、それを麦茶で飲み下してから眠りについた。
***
「ああ、ようやく終わったんだな」
カーテンを開けると、空は遠くのほうがかすかに明るみ始めている。綺麗だった。
机の上のデジタル時計の 9/1 05:19 という表示を見て、俺は安堵した。
念のためスマホを見ると、こちらも日時が九月一日に変わっていた。
人生で初めて迎える、高校二年の九月一日。二学期の始まりの朝。
なんてすがすがしい気分だろう。
俺は窓を開けて、まだ寝静まっている町の、静謐な空気を吸い込んだ。
「かかりつけ医、すげえ」
実際のところ、これが薬の効果なのかただの偶然なのか俺には分からない。
だけど長すぎる八月三十一日が終わったことは確かだ。
「決めた。医学部に入ろう」
今日もわくわくする一日が始まる。
カーテンを開けると、空は遠くのほうがかすかに明るみ始めている。綺麗だった。
机の上のデジタル時計の 9/1 05:19 という表示を見て、俺は安堵した。
念のためスマホを見ると、こちらも日時が九月一日に変わっていた。
人生で初めて迎える、高校二年の九月一日。二学期の始まりの朝。
なんてすがすがしい気分だろう。
俺は窓を開けて、まだ寝静まっている町の、静謐な空気を吸い込んだ。
「かかりつけ医、すげえ」
実際のところ、これが薬の効果なのかただの偶然なのか俺には分からない。
だけど長すぎる八月三十一日が終わったことは確かだ。
「決めた。医学部に入ろう」
今日もわくわくする一日が始まる。
おわり