輝く数字
ー/ー起きると静かな朝だった。カーテンを開けると、柔らかな光が部屋に差し込んでくる。
それから朝食を取りながらテレビをつけるとニュースをやっていた。著名な実業家が巨額の寄付を行い、発展途上国の子供たちの教育環境を改善するというものだった。人の人生を変えられるのは、そういった影響力のある人たちだけなのだろう。私のようなOLで普通の会社員には、誰かの人生を大きく変えるような力はない。そう思い込んで生きてきた。
そんな中、窓越しに見える通りを眺めていた時、私は奇妙なものを目にした。
通勤途中らしいスーツ姿の男性の頭上に、青白く光る数字が浮かんでいる。「27」という数字が、まるで小さなホログラムのように揺らめいていた。
最初は寝ぼけているのかと思った。何度も目を擦り、顔を洗いに行った。しかし戻ってきても、通りを行き交う人々の頭上には確かに数字が浮かんでいる。若いOLには「32」、新聞配達の中年男性には「25」、登校中の高校生には「40」。
「幻覚...なのかな」
不安になって体温を測ってみたが、熱はない。頭痛もめまいもない。むしろ体調は良好だ。ただ、目の前の現実が、昨日までの現実とは明らかに違っていた。
恐る恐る外に出てみる。近所の八百屋で野菜を品定めする主婦の頭上には「28」、自転車で配達中の郵便配達員には「35」。数字は人々の動きに合わせて自然に揺れ動き、まるでその人の一部のように見える。
「おはようございます、田中さん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには山田おじいさんが立っていた。近所付き合いの長い、親しい老人だ。毎朝の散歩を日課にしている健脚な方で、町内会の行事でもいつも率先して動いてくれる。その山田おじいさんの頭上には「30」という数字が輝いていた。
「あ、おはようございます、山田さん。今日も散歩ですか?」
「ええ、この歳になると体を動かさないとね」
いつもの穏やかな笑顔。だが、その表情の上で青く光る「30」という数字が、私の目を惹きつけて離さない。
その日から、私は周囲の人々の数字を観察し始めた。すると、ある傾向に気づいた。マラソンウェア姿でジョギングする若者には「45」、フィットネスクラブから出てきた主婦には「38」。一方で、病院の前で咳き込んでいた老人は「10」、車椅子の少年は「15」。
「もしかして...この数字は寿命を表しているのかも」
その仮説を裏付けるように、数日後、山田おじいさんの様子が変化した。いつもの散歩コースで出会った時、おじいさんは明らかに体調が悪そうだった。
「どうされたんですか?具合でも...」
「ああ、昨日から少し熱っぽくてね。でも散歩の習慣は崩したくないから」
額に薄く汗を浮かべ、足取りも重そうな山田おじいさんの頭上で、数字は「25」に減っていた。私は強く心配を感じながら、おじいさんを家まで送り届けた。
それから1週間後、寝込んでしまったという山田おじいさんを見舞った。
「お邪魔します」
玄関を開けると、咳の音が聞こえてきた。布団の中で横たわる山田おじいさんの頭上には「15」という数字。その数字を見た瞬間、私の中で何かが凍りついた。
「やっぱり寿命かもしれない、数字が低いほど死期が近いのかも」
その考えが頭をよぎった瞬間から、世界の見え方が一変した。通行人の頭上に浮かぶ数字が、突如として残された時間を示す砂時計のように思えてきた。
その日から、私の行動は大きく変わっていった。スーパーのレジで並んでいると、後ろに「17」の老婦人が並んだ。すぐに私は彼女に順番を譲った。バス停では「14」の男性を優先的に座らせ、図書館では「20」の学生に席を譲った。
だが、その行動は周囲に奇妙な空気を生み出していった。
「田中さん、最近ちょっとおかしくないかい?」
隣家の木村さんが心配そうに声をかけてきた。
「私は大丈夫なのに、なぜかやたらと気を遣われるんです」
スーパーの店員、佐藤さんもそうつぶやいていた。
特に問題が顕在化したのは、ある雨の日の出来事だった。傘を忘れた「35」の高校生に傘を貸そうとした時、その横にいた「12」の老人を見つけ、急いで老人の方に傘を差し出した。高校生は困惑した表情を浮かべ、老人も戸惑いを隠せない。結局、高校生は雨の中を走って行き、老人は申し訳なさそうに傘を受け取った。
「本当にこれで良いのだろうか...」
その夜、私は長い間、天井を見つめていた。数字の小さな人を優先することが、本当に正しいのか。でも、目の前で寿命が数字として示されているのに、それを無視することなどできない...。
そんな葛藤を抱えながらも、私は「寿命」を守るための行動を続けた。周囲の理解は得られなくても、それが正しい選択だと信じていた。まだその時は気づいていなかった。この「善意」の誤解が、どれほど大きな代償を招くことになるのか...。
山田おじいさんの具合は徐々に回復し、数字も「20」まで戻った。しかし私の心配は収まらない。今では近所の評判も変わってきていた。
「田中さん、最近おかしいわよ」
「病人扱いされて迷惑なのよ」
「何か悩み事でもあるのかしら」
そんな噂が飛び交う中、私は自分の判断の正しさを信じようとしていた。人々の寿命が目に見える形で示されている。それは私に課せられた使命なのではないか。
その夜、私は長い時間窓の外を眺めていた。街灯に照らされた通りを行き交う人々の頭上で、数字が青白く光っている。
朝の通勤ラッシュ。私は普段より混雑した車内で、つり革に掴まっていた。目の前にはたくさんの人が立っていて、それぞれの頭上に青白く光る数字が浮かんでいる。サラリーマンの「33」、制服姿の学生の「42」、妊婦さんの「18」...。
私は数字の小さい妊婦さんに密かに目を配りながら、もし具合が悪そうだったらすぐに席を譲れるよう心構えをしていた。人々の残された時間——そう信じていた数字を守ることが、今の私の使命だった。
その時、突然の悲鳴が車内に響き渡った。
「きゃっ!」
前方で一人の女子高生が崩れるように倒れ込む。紺のブレザーに身を包んだ彼女は、蒼白い顔をして、額に冷や汗を浮かべていた。その頭上には「15」という数字が揺らめいている。
周囲の乗客たちが慌てて彼女から距離を取り、小さな人だかりができた。
「大丈夫ですか!」
「具合が悪いの?」
「誰か!」
「お医者様はいませんか!」
動揺した声が飛び交う中、一人の老紳士が人垣をかき分けて前に出た。グレーのスーツに身を包んだ姿は、どこか威厳を感じさせる。
「私は医者です」
穏やかだが確かな声音。深いしわの刻まれた顔には、長年の経験が滲み出ている。その老医師の頭上に「13」という数字を見て、私は一瞬戸惑いを覚えた。
(この方も...残り少ないのか)
だが、医師の立ち居振る舞いは実に確かで、年齢を感じさせない。むしろ若々しい。背筋も伸び、手の動きも正確だ。体調が悪そうな様子は微塵もない。私の中で小さな疑問が芽生えた。
(おかしいな...数字は低いのに、こんなにお元気なのは...)
考え込む間もなく、老医師は既に少女の脈を取り、てきぱきと応急処置を始めていた。
「意識はありますか?お嬢さん、聞こえますか?」
老医師は少女の瞳孔を確認し、手首の脈を取る。その動作には無駄がなく、長年の経験が滲み出ていた。
「低血糖の発作ですね。救急車を呼びましょう」
老医師は落ち着いた様子で処置を続ける。誰かが車内の非常通報ボタンを押し、車掌に連絡を取っている。その時、私は目を疑った。
医師の頭上の数字が、「13」から「12」に変化したのだ。
(どういうこと...?)
混乱する私の目の前で、少女に意識が戻り始めた。うっすらと目を開け、か細い声を発する。
「あ...ありがとう、ございます...」
救急隊が到着する頃には、彼女は自力で座れるまでに回復していた。その頭上の数字は、依然として「15」のまま。少女は深々と頭を下げ、老医師に感謝の言葉を述べる。
私の中で大きな違和感が渦巻いていた。
(もしこの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだ。なのに、なぜ...)
医師の数字は減り、少女の数字は変わらない。この現象は、私のこれまでの仮説では説明がつかなかった。
(少女を助けた瞬間に医師の数字が変化した...この数字は、私が思っていたのとは全く違う意味を持つのかもしれない)
電車が次の駅に停車する頃には、騒ぎは収まっていた。救急隊に付き添われて少女が降りていく姿を見送りながら 、私の心の中の疑問は大きくなるばかりだった。
窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、私は考え続けた。目の前で起きた出来事は、これまでの私の考えを根底から覆すような何かを示唆していた。だが、その真実にはまだ手が届かない。
ふと視線を上げると、駅の外で何か騒ぎが起きているのが見えた。人だかりができ始めている。私は思わず、その方向に足を向けていた。
駅の外へ降りると、異様な空気が肌を刺した。警笛の音が耳を貫き、人々の悲鳴や叫び声が入り混じる。視線の先の駅前交差点で、大型トラックが横転し、複数の乗用車を巻き込んだ大事故が発生していた。
「危ない!ガソリンが漏れてる!」
「誰か助けて!子供が...子供が中にいるの!」
「消防車はまだか!」
黒煙が立ち昇る中、パニックに陥った人々の声が交錯する。折り重なった車両の間から、か細い泣き声が聞こえてくる。見物人が集まり始め、スマートフォンを向ける者もいる。その全員の頭上に、様々な数字が浮かんでいた。
そこへ、待ちわびた消防車のサイレンが轟き始めた。真っ赤な車体が猛スピードで現場に到着すると、完全装備の消防士たちが素早く飛び出してきた。
その中の一人、隊長らしき男性の頭上に、私は目を奪われた。
「50」
これまで見てきた中で最も大きな数字だった。威厳のある声で指示を飛ばす隊長の背後で、その数字が青白く輝いている。
「第一分隊、車両の安全確保!第二分隊、救助準備!」
「漏洩したガソリンの処理を急げ!引火の危険がある!」
「この車両から優先して!中に子供が!」
隊長の声が響く度に、消防士たちは完璧な連携で動き出す。横転したワゴン車の運転席。閉じ込められた若い母親が、後部座席で泣く幼児に向かって必死に声をかけている。
「お母さん、もうすぐ助けますからね!」
隊長自ら声をかけ、救助活動を指揮する。
油圧カッターの音が鋭く響き、変形したドアが切断されていく。母子が無事に救出された瞬間、私は息を呑んだ。
隊長の頭上の数字が、「50」から「49」に変化したのだ。
(また...数字が変わった)
次は別の車両に向かう。若いカップルが後部座席に挟まれていた。消防士たちが協力して救出作業を行う。二人が安全な場所に運ばれた瞬間、再び数字が変化する。
「48」...「47」
一人救助するごとに、確実に数字が減っていく。その光景に釘付けになっていた私の中で、散りばめられたピースが一つずつ繋がり始めた。
朝の電車での出来事が蘇る。老医師の「13」という数字。少女を助けた後に「12」に変わったあの瞬間。
(まさか...この数字は...)
目の前では救助活動が続いている。重傷を負った運転手、シートベルトに阻まれて動けない学生、パニックに陥った高齢者...。隊長は一人一人に声をかけ、冷静に、しかし迅速に救助を進めていく。
「46」...「45」...「44」...
そして、その時、私の中で全てが繋がった。
これまでの全ての出来事が、一瞬で腑に落ちた。電車での出来事を思い返す。
(もしあの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだが変化がなかった。けれど理由が分かった。それはこの数字は...その人が死から救える人数なんだ)
あの老医師の「13」という数字は、彼があと13人の命を救えることを示していた。そして女子高生を救ったことで数字が「12」になった。
山田おじいさんの「20」は、20人もの人を救える可能性を持っていたということ。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
これまでの自分の行動が、恥ずかしくなった。数字の小さな人を過度に気遣い、必要以上に心配し、かえって迷惑をかけていた。その全ては、自分の思い込みから来る誤った親切だった。
(それでこの数字は固定されているわけじゃない。医師も消防士も、人を救うことで数字が変化した。これは...変えられるものなんだ)
私は自分の頭上を見上げた。「25」という数字が、かすかに青白く光っている。これまで気づかなかったが、鏡や窓ガラスに映る自分の姿を見ると、確かにその数字が見えた。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
私は決意した。もう二度と、間違った思い込みで人々に迷惑をかけることはしない。代わりに、自分にも何かできることがあるはずだ。この数字の真の意味を知った今、新たな一歩を踏み出すときが来たのだと。
その時、遠くから新たなサイレンの音が響いてきた。まだ救助を待つ人々がいる。私は立ち尽くしながら、消防士たちの懸命な救助活動を見守り続けた。今、この瞬間にも、誰かの命が救われ、誰かの数字が変化している。それは決して悲しいことではなく、むしろ誇るべき証なのだと、私は理解し始めていた。
それから、あの駅前の事故から三ヶ月が過ぎていた。数字の真の意味を知ってからというもの、私は救命救急の講習を受け、応急手当の資格も取得し、少しずつだが確実に自分の頭上の数字を増やしていくことができた。今では「48」という数字が、私の頭上で静かに輝いている。
しかしある朝、出勤途中で奇妙な現象に気づいた。通勤電車の中で、人々の頭上の数字が突然一斉に「0」に変化したのだ。
駅に降り立つと、そこでも同じ光景が広がっていた。通勤客、駅員、店員、全ての人々の頭上で「0」が青白く輝いている。街頭の大型ビジョンに映る政治家たちも、世界中のニュース映像に映る人々も、例外なく全員が「0」を示していた。
(何かが...何か大変なことが起ころうとしている)
オフィスビルの12階、私の職場の休憩室。コーヒーを飲もうとした時、その不安が的中するかのように、程なくしてスマートフォンが一斉に鳴り響いた。
「緊急速報」
同僚たちと共に、壁掛けのテレビ画面に釘付けになっていた。
「本日10時より、宇宙機関による緊急共同記者会見が行われます」
アナウンサーの声が、重苦しい空気の中に響く。画面には「臨時ニュース」の文字が点滅し続けている。
「なんか、ただ事じゃないわね...」
田中さんが不安そうにつぶやく。彼女の頭上でも「0」が輝いている。
「まさか戦争とか...?」
新入社員の佐藤君も、頭上に「0」を示したまま、声を震わせている。
10時。世界各国の科学者たちが登壇する。その表情は、今までにないほど深刻なものだった。
「我々は、重大な発表をしなければなりません」
世界の主要宇宙機関の代表者たちが並ぶ。冒頭の発言は、事態の深刻さを物語っていた。
「地球に巨大隕石が接近しています。現在の予測では、約2週間後に地球に衝突する可能性が100%以上となっています。隕石の直径は推定10キロメートル。これは、約6500万年前に恐竜を絶滅させた隕石と同等のサイズです」
発表が進むにつれ、会社中がざわめきに包まれていく。人々は携帯電話を手に取り、家族や友人に連絡を取り始めた。
その時、私の中で全てが繋がった。今朝から見ていた「0」の意味が、突如として鮮明になる。この数字は、人が人を救える数を示している。だから今、全世界の人々の数字が「0」になったのは、このままだと人類全員がいなくなってしまい誰も誰かを救えない状況に置かれているからなのだ。
(人類に残された時間が、あまりにも少なすぎる)
その意味を理解した瞬間、世界は混乱に包まれ始めた。
スーパーマーケットには食料品を求める長蛇の列ができ、店内は略奪寸前の状態。ガソリンスタンドには車が溢れ、怒号が飛び交う。銀行のATMの前には現金を引き出そうとする人々が押し寄せ、警察は暴徒化を防ぐため必死の説得を続けていた。
私は会社を早退することにした。電車は既に運休。バスも道路の大渋滞で身動きが取れない。しばらく歩いて、いつも気分転換で訪れる裏山に向かった。ここなら、少しは冷静に考えられるかもしれない。
夕暮れ時の山道を登っていく。普段なら心地よい鳥のさえずりも、今日は異様に静かだ。葉擦れの音だけが響く空間で、私は立ち止まっては空を見上げ、また歩を進める。
そんな時、異様な光が目に飛び込んできた。
「あれは...?」
木々の間から青白い光が漏れている。注意深く近づいてみると、そこには小型の円盤状の物体が不時着したように横たわっていた。直径5メートルほどの艶のある銀色の機体。周囲の木々が倒れ、地面には深い溝が刻まれている。
(まさか、本当にUFO...?)
恐る恐る近づくと、機体の一部が開いていた。そこから、か細い呻き声が聞こえてくる。
中を覗き込むと、人型ではあるものの明らかに地球の生命体とは異なる存在が、苦しそうに横たわっていた。銀色の肌と大きな瞳、細長い四肢。身長は人間より30センチほど高く、指は6本。その存在は、紛れもなく宇宙人だった。
「助けて…」
宇宙人が話す声はどこか機械的な響きを持つ声で、よく見ると宇宙人の胸元に着けられた小さな装置が青く光っており、装置が高度な翻訳機として機能しているようだった。
「私の...船が故障して...制御不能に...」
宇宙人は苦しそうに言葉を絞り出す。体の各所に傷を負い、銀色の体表からは青みがかった液体―おそらく血液―が滲み出ている。私は迷わず、リュックから常備していた救急箱を取り出した。
「動かないでください。応急処置をしますから」
幸い、基本的な体の構造は人間と似ている。傷口を消毒し、出血を止め、包帯を巻いていく。人間用の医療用品が通用するのか不安だったが、宇宙人は時折苦痛の表情を見せながらも、私の処置に従った。
そのことに一瞬、驚いたがその言葉に手を止めることなく、私は必死に応急処置を続けた。
人類が絶望的な状況に陥っているこの時に、まさか宇宙人の命を救うことになるとは。
「ありがとう...あなたは...驚くほど...優しい」
そして、最後の包帯を巻き終えようとしたその時、驚くべき変化が起きた。
私の頭上で輝いていた「0」という数字が、まばゆい光に包まれ、激しく変化し始めた。それは、まるで電子掲示板のように数字が次々と切り替わっていく。1、10、100、1000...そして最後に落ち着いた数値に、私は言葉を失った。
「80億...」
人類の総人口に匹敵する数字。その意味を理解した瞬間、全身に電流が走ったような衝撃を覚え指先が震えている。
それから宇宙人は苦しそうに息を整えながら、胸元の装置を操作し始めた。装置からは、かすかな振動音が漏れている。
「通信装置が...まだ機能している。母船に...連絡を...」
青白い光が瞬く中、宇宙人は複雑な操作を続けた。装置から発せられた信号は、夕暮れの空へと吸い込まれていった。
私は不安な面持ちで空を見上げる。数分が経過し...。
突如として空が明るく輝いた。巨大な円盤型の物体が、まるで空間を引き裂くように出現する。雲が渦を巻き、風が激しく吹き荒れる中、母船が姿を現した。
直径は優に1キロメートルを超える。銀色に輝く表面には、複雑な文様が刻まれている。その存在感は圧倒的で、地球の技術レベルをはるかに超えていることは一目瞭然だった。
母船からの光線が私たちを包み込む。一瞬の浮遊感。気がつくと、私たちは広大な医療施設のような空間に立っていた。壁には未知の装置が並び、床から天井まで淡い光が満ちている。
数名の宇宙人が急いで駆けつけ、負傷した仲間の手当てを始めた。彼らの動きは素早く正確で、まるでダンスのように美しい。
そこへ、一際背の高い宇宙人が現れた。深い青色の衣装に身を包み、胸元には複雑な装飾が施されている。
「我々の同胞を救ってくれて、ありがとう」
彼は私に向かって深々と頭を下げた。その仕草には威厳と優雅さが感じられ、明らかに彼らの指導者だとわかった。
「私はラーナこの艦隊の指揮官です」
「人類が危機に瀕していることは、我々も把握していました。巨大隕石の接近...その破壊力は、あなたの文明を根絶やしにする可能性が高い」
「しかし、我々にはそれを防ぐ力があります」
ラーナは静かに告げた。
「あなたが私たちの仲間を救ってくれたように、今度は私たちが地球を救いましょう」
母船の中央にある巨大なホログラム画面が輝きを放つ。そこには、地球に接近する隕石の映像が立体的に映し出されていた。巨大な岩塊は、刻一刻と地球への距離を縮めている。
「我々の特殊な砲撃なら、この程度の隕石は容易に粉砕できます。心配は要りません」
指導者の言葉通り、母船から放たれた青白い光線が隕石を直撃。一瞬の閃光の後、隕石は見事に粉々となった。その破片は無害な流星群となって地球の大気圏で燃え尽きていく。
街中のモニターには、世界中の天文台が捉えた映像が映し出されている。隕石の消滅を確認した瞬間、世界中でどよめきが起こった。
そして、その瞬間、地上にいる人々の頭上の数字が、一斉に変化し始めたのだ。全ての「0」が、それぞれ本来の数値に戻っていく。
母船の観測室から見下ろす地球は、青く美しく輝いていた。パニックは収まり始め、街には平穏が戻りつつある。人々は安堵の表情を浮かべ、中には抱き合って喜び合う姿も見られた。
数時間後、世界各国の指導者たちとの緊急会議が開かれた。母船からのホログラム通信を通じて、人類は初めて銀河文明の存在を知ることとなった。
混乱と興奮の渦の中、世界は大きく動き始めた。国連では緊急会議が開かれ、銀河文明との対話窓口の設置が決定。科学者たちは、宇宙人から提供された基礎的な技術情報に熱狂した。
街に戻った私は、変わりゆく世界を静かに見つめていた。空には母船が、地球の新たな衛星のように輝いている。その存在は、人類に希望と可能性を示す道標となっていた。
私は改めて自分の数字を見上げた。「80億」から「48」になっていた。でも、それは決して後退ではない。むしろ、これから一人一人の命を大切にしていく、新たな始まりの数字なのだと感じた。
翌朝。世界は確実に変わっていた。各国のニュースは宇宙人との対話の進展を伝え、街頭では銀河文明についての議論が飛び交う。学校では特別授業が行われ、子供たちは新しい未来への夢を語り合っていた。
科学技術の発展は加速的に進み、環境問題や貧困問題に対する新たなアプローチが検討され始めた。
それで私はいつもの通勤電車に揺られながら、窓の外を見つめていた。人々の頭上で、様々な数字が輝いている。
それらは単なる数字ではなく、誰もが誰かの人生を変えられるという印のように、夜空の星のように、私たちの頭上で輝き続けていた。
これから人類が銀河文明の一員として歩み始め、新たな物語が始まる。
そして、私はこう思った。
(その第一歩は、私のたった一つの小さな親切から生まれたのだ)
それから朝食を取りながらテレビをつけるとニュースをやっていた。著名な実業家が巨額の寄付を行い、発展途上国の子供たちの教育環境を改善するというものだった。人の人生を変えられるのは、そういった影響力のある人たちだけなのだろう。私のようなOLで普通の会社員には、誰かの人生を大きく変えるような力はない。そう思い込んで生きてきた。
そんな中、窓越しに見える通りを眺めていた時、私は奇妙なものを目にした。
通勤途中らしいスーツ姿の男性の頭上に、青白く光る数字が浮かんでいる。「27」という数字が、まるで小さなホログラムのように揺らめいていた。
最初は寝ぼけているのかと思った。何度も目を擦り、顔を洗いに行った。しかし戻ってきても、通りを行き交う人々の頭上には確かに数字が浮かんでいる。若いOLには「32」、新聞配達の中年男性には「25」、登校中の高校生には「40」。
「幻覚...なのかな」
不安になって体温を測ってみたが、熱はない。頭痛もめまいもない。むしろ体調は良好だ。ただ、目の前の現実が、昨日までの現実とは明らかに違っていた。
恐る恐る外に出てみる。近所の八百屋で野菜を品定めする主婦の頭上には「28」、自転車で配達中の郵便配達員には「35」。数字は人々の動きに合わせて自然に揺れ動き、まるでその人の一部のように見える。
「おはようございます、田中さん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには山田おじいさんが立っていた。近所付き合いの長い、親しい老人だ。毎朝の散歩を日課にしている健脚な方で、町内会の行事でもいつも率先して動いてくれる。その山田おじいさんの頭上には「30」という数字が輝いていた。
「あ、おはようございます、山田さん。今日も散歩ですか?」
「ええ、この歳になると体を動かさないとね」
いつもの穏やかな笑顔。だが、その表情の上で青く光る「30」という数字が、私の目を惹きつけて離さない。
その日から、私は周囲の人々の数字を観察し始めた。すると、ある傾向に気づいた。マラソンウェア姿でジョギングする若者には「45」、フィットネスクラブから出てきた主婦には「38」。一方で、病院の前で咳き込んでいた老人は「10」、車椅子の少年は「15」。
「もしかして...この数字は寿命を表しているのかも」
その仮説を裏付けるように、数日後、山田おじいさんの様子が変化した。いつもの散歩コースで出会った時、おじいさんは明らかに体調が悪そうだった。
「どうされたんですか?具合でも...」
「ああ、昨日から少し熱っぽくてね。でも散歩の習慣は崩したくないから」
額に薄く汗を浮かべ、足取りも重そうな山田おじいさんの頭上で、数字は「25」に減っていた。私は強く心配を感じながら、おじいさんを家まで送り届けた。
それから1週間後、寝込んでしまったという山田おじいさんを見舞った。
「お邪魔します」
玄関を開けると、咳の音が聞こえてきた。布団の中で横たわる山田おじいさんの頭上には「15」という数字。その数字を見た瞬間、私の中で何かが凍りついた。
「やっぱり寿命かもしれない、数字が低いほど死期が近いのかも」
その考えが頭をよぎった瞬間から、世界の見え方が一変した。通行人の頭上に浮かぶ数字が、突如として残された時間を示す砂時計のように思えてきた。
その日から、私の行動は大きく変わっていった。スーパーのレジで並んでいると、後ろに「17」の老婦人が並んだ。すぐに私は彼女に順番を譲った。バス停では「14」の男性を優先的に座らせ、図書館では「20」の学生に席を譲った。
だが、その行動は周囲に奇妙な空気を生み出していった。
「田中さん、最近ちょっとおかしくないかい?」
隣家の木村さんが心配そうに声をかけてきた。
「私は大丈夫なのに、なぜかやたらと気を遣われるんです」
スーパーの店員、佐藤さんもそうつぶやいていた。
特に問題が顕在化したのは、ある雨の日の出来事だった。傘を忘れた「35」の高校生に傘を貸そうとした時、その横にいた「12」の老人を見つけ、急いで老人の方に傘を差し出した。高校生は困惑した表情を浮かべ、老人も戸惑いを隠せない。結局、高校生は雨の中を走って行き、老人は申し訳なさそうに傘を受け取った。
「本当にこれで良いのだろうか...」
その夜、私は長い間、天井を見つめていた。数字の小さな人を優先することが、本当に正しいのか。でも、目の前で寿命が数字として示されているのに、それを無視することなどできない...。
そんな葛藤を抱えながらも、私は「寿命」を守るための行動を続けた。周囲の理解は得られなくても、それが正しい選択だと信じていた。まだその時は気づいていなかった。この「善意」の誤解が、どれほど大きな代償を招くことになるのか...。
山田おじいさんの具合は徐々に回復し、数字も「20」まで戻った。しかし私の心配は収まらない。今では近所の評判も変わってきていた。
「田中さん、最近おかしいわよ」
「病人扱いされて迷惑なのよ」
「何か悩み事でもあるのかしら」
そんな噂が飛び交う中、私は自分の判断の正しさを信じようとしていた。人々の寿命が目に見える形で示されている。それは私に課せられた使命なのではないか。
その夜、私は長い時間窓の外を眺めていた。街灯に照らされた通りを行き交う人々の頭上で、数字が青白く光っている。
朝の通勤ラッシュ。私は普段より混雑した車内で、つり革に掴まっていた。目の前にはたくさんの人が立っていて、それぞれの頭上に青白く光る数字が浮かんでいる。サラリーマンの「33」、制服姿の学生の「42」、妊婦さんの「18」...。
私は数字の小さい妊婦さんに密かに目を配りながら、もし具合が悪そうだったらすぐに席を譲れるよう心構えをしていた。人々の残された時間——そう信じていた数字を守ることが、今の私の使命だった。
その時、突然の悲鳴が車内に響き渡った。
「きゃっ!」
前方で一人の女子高生が崩れるように倒れ込む。紺のブレザーに身を包んだ彼女は、蒼白い顔をして、額に冷や汗を浮かべていた。その頭上には「15」という数字が揺らめいている。
周囲の乗客たちが慌てて彼女から距離を取り、小さな人だかりができた。
「大丈夫ですか!」
「具合が悪いの?」
「誰か!」
「お医者様はいませんか!」
動揺した声が飛び交う中、一人の老紳士が人垣をかき分けて前に出た。グレーのスーツに身を包んだ姿は、どこか威厳を感じさせる。
「私は医者です」
穏やかだが確かな声音。深いしわの刻まれた顔には、長年の経験が滲み出ている。その老医師の頭上に「13」という数字を見て、私は一瞬戸惑いを覚えた。
(この方も...残り少ないのか)
だが、医師の立ち居振る舞いは実に確かで、年齢を感じさせない。むしろ若々しい。背筋も伸び、手の動きも正確だ。体調が悪そうな様子は微塵もない。私の中で小さな疑問が芽生えた。
(おかしいな...数字は低いのに、こんなにお元気なのは...)
考え込む間もなく、老医師は既に少女の脈を取り、てきぱきと応急処置を始めていた。
「意識はありますか?お嬢さん、聞こえますか?」
老医師は少女の瞳孔を確認し、手首の脈を取る。その動作には無駄がなく、長年の経験が滲み出ていた。
「低血糖の発作ですね。救急車を呼びましょう」
老医師は落ち着いた様子で処置を続ける。誰かが車内の非常通報ボタンを押し、車掌に連絡を取っている。その時、私は目を疑った。
医師の頭上の数字が、「13」から「12」に変化したのだ。
(どういうこと...?)
混乱する私の目の前で、少女に意識が戻り始めた。うっすらと目を開け、か細い声を発する。
「あ...ありがとう、ございます...」
救急隊が到着する頃には、彼女は自力で座れるまでに回復していた。その頭上の数字は、依然として「15」のまま。少女は深々と頭を下げ、老医師に感謝の言葉を述べる。
私の中で大きな違和感が渦巻いていた。
(もしこの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだ。なのに、なぜ...)
医師の数字は減り、少女の数字は変わらない。この現象は、私のこれまでの仮説では説明がつかなかった。
(少女を助けた瞬間に医師の数字が変化した...この数字は、私が思っていたのとは全く違う意味を持つのかもしれない)
電車が次の駅に停車する頃には、騒ぎは収まっていた。救急隊に付き添われて少女が降りていく姿を見送りながら 、私の心の中の疑問は大きくなるばかりだった。
窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、私は考え続けた。目の前で起きた出来事は、これまでの私の考えを根底から覆すような何かを示唆していた。だが、その真実にはまだ手が届かない。
ふと視線を上げると、駅の外で何か騒ぎが起きているのが見えた。人だかりができ始めている。私は思わず、その方向に足を向けていた。
駅の外へ降りると、異様な空気が肌を刺した。警笛の音が耳を貫き、人々の悲鳴や叫び声が入り混じる。視線の先の駅前交差点で、大型トラックが横転し、複数の乗用車を巻き込んだ大事故が発生していた。
「危ない!ガソリンが漏れてる!」
「誰か助けて!子供が...子供が中にいるの!」
「消防車はまだか!」
黒煙が立ち昇る中、パニックに陥った人々の声が交錯する。折り重なった車両の間から、か細い泣き声が聞こえてくる。見物人が集まり始め、スマートフォンを向ける者もいる。その全員の頭上に、様々な数字が浮かんでいた。
そこへ、待ちわびた消防車のサイレンが轟き始めた。真っ赤な車体が猛スピードで現場に到着すると、完全装備の消防士たちが素早く飛び出してきた。
その中の一人、隊長らしき男性の頭上に、私は目を奪われた。
「50」
これまで見てきた中で最も大きな数字だった。威厳のある声で指示を飛ばす隊長の背後で、その数字が青白く輝いている。
「第一分隊、車両の安全確保!第二分隊、救助準備!」
「漏洩したガソリンの処理を急げ!引火の危険がある!」
「この車両から優先して!中に子供が!」
隊長の声が響く度に、消防士たちは完璧な連携で動き出す。横転したワゴン車の運転席。閉じ込められた若い母親が、後部座席で泣く幼児に向かって必死に声をかけている。
「お母さん、もうすぐ助けますからね!」
隊長自ら声をかけ、救助活動を指揮する。
油圧カッターの音が鋭く響き、変形したドアが切断されていく。母子が無事に救出された瞬間、私は息を呑んだ。
隊長の頭上の数字が、「50」から「49」に変化したのだ。
(また...数字が変わった)
次は別の車両に向かう。若いカップルが後部座席に挟まれていた。消防士たちが協力して救出作業を行う。二人が安全な場所に運ばれた瞬間、再び数字が変化する。
「48」...「47」
一人救助するごとに、確実に数字が減っていく。その光景に釘付けになっていた私の中で、散りばめられたピースが一つずつ繋がり始めた。
朝の電車での出来事が蘇る。老医師の「13」という数字。少女を助けた後に「12」に変わったあの瞬間。
(まさか...この数字は...)
目の前では救助活動が続いている。重傷を負った運転手、シートベルトに阻まれて動けない学生、パニックに陥った高齢者...。隊長は一人一人に声をかけ、冷静に、しかし迅速に救助を進めていく。
「46」...「45」...「44」...
そして、その時、私の中で全てが繋がった。
これまでの全ての出来事が、一瞬で腑に落ちた。電車での出来事を思い返す。
(もしあの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだが変化がなかった。けれど理由が分かった。それはこの数字は...その人が死から救える人数なんだ)
あの老医師の「13」という数字は、彼があと13人の命を救えることを示していた。そして女子高生を救ったことで数字が「12」になった。
山田おじいさんの「20」は、20人もの人を救える可能性を持っていたということ。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
これまでの自分の行動が、恥ずかしくなった。数字の小さな人を過度に気遣い、必要以上に心配し、かえって迷惑をかけていた。その全ては、自分の思い込みから来る誤った親切だった。
(それでこの数字は固定されているわけじゃない。医師も消防士も、人を救うことで数字が変化した。これは...変えられるものなんだ)
私は自分の頭上を見上げた。「25」という数字が、かすかに青白く光っている。これまで気づかなかったが、鏡や窓ガラスに映る自分の姿を見ると、確かにその数字が見えた。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
私は決意した。もう二度と、間違った思い込みで人々に迷惑をかけることはしない。代わりに、自分にも何かできることがあるはずだ。この数字の真の意味を知った今、新たな一歩を踏み出すときが来たのだと。
その時、遠くから新たなサイレンの音が響いてきた。まだ救助を待つ人々がいる。私は立ち尽くしながら、消防士たちの懸命な救助活動を見守り続けた。今、この瞬間にも、誰かの命が救われ、誰かの数字が変化している。それは決して悲しいことではなく、むしろ誇るべき証なのだと、私は理解し始めていた。
それから、あの駅前の事故から三ヶ月が過ぎていた。数字の真の意味を知ってからというもの、私は救命救急の講習を受け、応急手当の資格も取得し、少しずつだが確実に自分の頭上の数字を増やしていくことができた。今では「48」という数字が、私の頭上で静かに輝いている。
しかしある朝、出勤途中で奇妙な現象に気づいた。通勤電車の中で、人々の頭上の数字が突然一斉に「0」に変化したのだ。
駅に降り立つと、そこでも同じ光景が広がっていた。通勤客、駅員、店員、全ての人々の頭上で「0」が青白く輝いている。街頭の大型ビジョンに映る政治家たちも、世界中のニュース映像に映る人々も、例外なく全員が「0」を示していた。
(何かが...何か大変なことが起ころうとしている)
オフィスビルの12階、私の職場の休憩室。コーヒーを飲もうとした時、その不安が的中するかのように、程なくしてスマートフォンが一斉に鳴り響いた。
「緊急速報」
同僚たちと共に、壁掛けのテレビ画面に釘付けになっていた。
「本日10時より、宇宙機関による緊急共同記者会見が行われます」
アナウンサーの声が、重苦しい空気の中に響く。画面には「臨時ニュース」の文字が点滅し続けている。
「なんか、ただ事じゃないわね...」
田中さんが不安そうにつぶやく。彼女の頭上でも「0」が輝いている。
「まさか戦争とか...?」
新入社員の佐藤君も、頭上に「0」を示したまま、声を震わせている。
10時。世界各国の科学者たちが登壇する。その表情は、今までにないほど深刻なものだった。
「我々は、重大な発表をしなければなりません」
世界の主要宇宙機関の代表者たちが並ぶ。冒頭の発言は、事態の深刻さを物語っていた。
「地球に巨大隕石が接近しています。現在の予測では、約2週間後に地球に衝突する可能性が100%以上となっています。隕石の直径は推定10キロメートル。これは、約6500万年前に恐竜を絶滅させた隕石と同等のサイズです」
発表が進むにつれ、会社中がざわめきに包まれていく。人々は携帯電話を手に取り、家族や友人に連絡を取り始めた。
その時、私の中で全てが繋がった。今朝から見ていた「0」の意味が、突如として鮮明になる。この数字は、人が人を救える数を示している。だから今、全世界の人々の数字が「0」になったのは、このままだと人類全員がいなくなってしまい誰も誰かを救えない状況に置かれているからなのだ。
(人類に残された時間が、あまりにも少なすぎる)
その意味を理解した瞬間、世界は混乱に包まれ始めた。
スーパーマーケットには食料品を求める長蛇の列ができ、店内は略奪寸前の状態。ガソリンスタンドには車が溢れ、怒号が飛び交う。銀行のATMの前には現金を引き出そうとする人々が押し寄せ、警察は暴徒化を防ぐため必死の説得を続けていた。
私は会社を早退することにした。電車は既に運休。バスも道路の大渋滞で身動きが取れない。しばらく歩いて、いつも気分転換で訪れる裏山に向かった。ここなら、少しは冷静に考えられるかもしれない。
夕暮れ時の山道を登っていく。普段なら心地よい鳥のさえずりも、今日は異様に静かだ。葉擦れの音だけが響く空間で、私は立ち止まっては空を見上げ、また歩を進める。
そんな時、異様な光が目に飛び込んできた。
「あれは...?」
木々の間から青白い光が漏れている。注意深く近づいてみると、そこには小型の円盤状の物体が不時着したように横たわっていた。直径5メートルほどの艶のある銀色の機体。周囲の木々が倒れ、地面には深い溝が刻まれている。
(まさか、本当にUFO...?)
恐る恐る近づくと、機体の一部が開いていた。そこから、か細い呻き声が聞こえてくる。
中を覗き込むと、人型ではあるものの明らかに地球の生命体とは異なる存在が、苦しそうに横たわっていた。銀色の肌と大きな瞳、細長い四肢。身長は人間より30センチほど高く、指は6本。その存在は、紛れもなく宇宙人だった。
「助けて…」
宇宙人が話す声はどこか機械的な響きを持つ声で、よく見ると宇宙人の胸元に着けられた小さな装置が青く光っており、装置が高度な翻訳機として機能しているようだった。
「私の...船が故障して...制御不能に...」
宇宙人は苦しそうに言葉を絞り出す。体の各所に傷を負い、銀色の体表からは青みがかった液体―おそらく血液―が滲み出ている。私は迷わず、リュックから常備していた救急箱を取り出した。
「動かないでください。応急処置をしますから」
幸い、基本的な体の構造は人間と似ている。傷口を消毒し、出血を止め、包帯を巻いていく。人間用の医療用品が通用するのか不安だったが、宇宙人は時折苦痛の表情を見せながらも、私の処置に従った。
そのことに一瞬、驚いたがその言葉に手を止めることなく、私は必死に応急処置を続けた。
人類が絶望的な状況に陥っているこの時に、まさか宇宙人の命を救うことになるとは。
「ありがとう...あなたは...驚くほど...優しい」
そして、最後の包帯を巻き終えようとしたその時、驚くべき変化が起きた。
私の頭上で輝いていた「0」という数字が、まばゆい光に包まれ、激しく変化し始めた。それは、まるで電子掲示板のように数字が次々と切り替わっていく。1、10、100、1000...そして最後に落ち着いた数値に、私は言葉を失った。
「80億...」
人類の総人口に匹敵する数字。その意味を理解した瞬間、全身に電流が走ったような衝撃を覚え指先が震えている。
それから宇宙人は苦しそうに息を整えながら、胸元の装置を操作し始めた。装置からは、かすかな振動音が漏れている。
「通信装置が...まだ機能している。母船に...連絡を...」
青白い光が瞬く中、宇宙人は複雑な操作を続けた。装置から発せられた信号は、夕暮れの空へと吸い込まれていった。
私は不安な面持ちで空を見上げる。数分が経過し...。
突如として空が明るく輝いた。巨大な円盤型の物体が、まるで空間を引き裂くように出現する。雲が渦を巻き、風が激しく吹き荒れる中、母船が姿を現した。
直径は優に1キロメートルを超える。銀色に輝く表面には、複雑な文様が刻まれている。その存在感は圧倒的で、地球の技術レベルをはるかに超えていることは一目瞭然だった。
母船からの光線が私たちを包み込む。一瞬の浮遊感。気がつくと、私たちは広大な医療施設のような空間に立っていた。壁には未知の装置が並び、床から天井まで淡い光が満ちている。
数名の宇宙人が急いで駆けつけ、負傷した仲間の手当てを始めた。彼らの動きは素早く正確で、まるでダンスのように美しい。
そこへ、一際背の高い宇宙人が現れた。深い青色の衣装に身を包み、胸元には複雑な装飾が施されている。
「我々の同胞を救ってくれて、ありがとう」
彼は私に向かって深々と頭を下げた。その仕草には威厳と優雅さが感じられ、明らかに彼らの指導者だとわかった。
「私はラーナこの艦隊の指揮官です」
「人類が危機に瀕していることは、我々も把握していました。巨大隕石の接近...その破壊力は、あなたの文明を根絶やしにする可能性が高い」
「しかし、我々にはそれを防ぐ力があります」
ラーナは静かに告げた。
「あなたが私たちの仲間を救ってくれたように、今度は私たちが地球を救いましょう」
母船の中央にある巨大なホログラム画面が輝きを放つ。そこには、地球に接近する隕石の映像が立体的に映し出されていた。巨大な岩塊は、刻一刻と地球への距離を縮めている。
「我々の特殊な砲撃なら、この程度の隕石は容易に粉砕できます。心配は要りません」
指導者の言葉通り、母船から放たれた青白い光線が隕石を直撃。一瞬の閃光の後、隕石は見事に粉々となった。その破片は無害な流星群となって地球の大気圏で燃え尽きていく。
街中のモニターには、世界中の天文台が捉えた映像が映し出されている。隕石の消滅を確認した瞬間、世界中でどよめきが起こった。
そして、その瞬間、地上にいる人々の頭上の数字が、一斉に変化し始めたのだ。全ての「0」が、それぞれ本来の数値に戻っていく。
母船の観測室から見下ろす地球は、青く美しく輝いていた。パニックは収まり始め、街には平穏が戻りつつある。人々は安堵の表情を浮かべ、中には抱き合って喜び合う姿も見られた。
数時間後、世界各国の指導者たちとの緊急会議が開かれた。母船からのホログラム通信を通じて、人類は初めて銀河文明の存在を知ることとなった。
混乱と興奮の渦の中、世界は大きく動き始めた。国連では緊急会議が開かれ、銀河文明との対話窓口の設置が決定。科学者たちは、宇宙人から提供された基礎的な技術情報に熱狂した。
街に戻った私は、変わりゆく世界を静かに見つめていた。空には母船が、地球の新たな衛星のように輝いている。その存在は、人類に希望と可能性を示す道標となっていた。
私は改めて自分の数字を見上げた。「80億」から「48」になっていた。でも、それは決して後退ではない。むしろ、これから一人一人の命を大切にしていく、新たな始まりの数字なのだと感じた。
翌朝。世界は確実に変わっていた。各国のニュースは宇宙人との対話の進展を伝え、街頭では銀河文明についての議論が飛び交う。学校では特別授業が行われ、子供たちは新しい未来への夢を語り合っていた。
科学技術の発展は加速的に進み、環境問題や貧困問題に対する新たなアプローチが検討され始めた。
それで私はいつもの通勤電車に揺られながら、窓の外を見つめていた。人々の頭上で、様々な数字が輝いている。
それらは単なる数字ではなく、誰もが誰かの人生を変えられるという印のように、夜空の星のように、私たちの頭上で輝き続けていた。
これから人類が銀河文明の一員として歩み始め、新たな物語が始まる。
そして、私はこう思った。
(その第一歩は、私のたった一つの小さな親切から生まれたのだ)
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
起きると静かな朝だった。カーテンを開けると、柔らかな光が部屋に差し込んでくる。
それから朝食を取りながらテレビをつけるとニュースをやっていた。著名な実業家が巨額の寄付を行い、発展途上国の子供たちの教育環境を改善するというものだった。人の人生を変えられるのは、そういった影響力のある人たちだけなのだろう。私のようなOLで普通の会社員には、誰かの人生を大きく変えるような力はない。そう思い込んで生きてきた。
そんな中、窓越しに見える通りを眺めていた時、私は奇妙なものを目にした。
通勤途中らしいスーツ姿の男性の頭上に、青白く光る数字が浮かんでいる。「27」という数字が、まるで小さなホログラムのように揺らめいていた。
最初は寝ぼけているのかと思った。何度も目を擦り、顔を洗いに行った。しかし戻ってきても、通りを行き交う人々の頭上には確かに数字が浮かんでいる。若いOLには「32」、新聞配達の中年男性には「25」、登校中の高校生には「40」。
「幻覚...なのかな」
不安になって体温を測ってみたが、熱はない。頭痛もめまいもない。むしろ体調は良好だ。ただ、目の前の現実が、昨日までの現実とは明らかに違っていた。
恐る恐る外に出てみる。近所の八百屋で野菜を品定めする主婦の頭上には「28」、自転車で配達中の郵便配達員には「35」。数字は人々の動きに合わせて自然に揺れ動き、まるでその人の一部のように見える。
「おはようございます、田中さん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには山田おじいさんが立っていた。近所付き合いの長い、親しい老人だ。毎朝の散歩を日課にしている健脚な方で、町内会の行事でもいつも率先して動いてくれる。その山田おじいさんの頭上には「30」という数字が輝いていた。
「あ、おはようございます、山田さん。今日も散歩ですか?」
「ええ、この歳になると体を動かさないとね」
いつもの穏やかな笑顔。だが、その表情の上で青く光る「30」という数字が、私の目を惹きつけて離さない。
その日から、私は周囲の人々の数字を観察し始めた。すると、ある傾向に気づいた。マラソンウェア姿でジョギングする若者には「45」、フィットネスクラブから出てきた主婦には「38」。一方で、病院の前で咳き込んでいた老人は「10」、車椅子の少年は「15」。
「もしかして...この数字は寿命を表しているのかも」
その仮説を裏付けるように、数日後、山田おじいさんの様子が変化した。いつもの散歩コースで出会った時、おじいさんは明らかに体調が悪そうだった。
「どうされたんですか?具合でも...」
「ああ、昨日から少し熱っぽくてね。でも散歩の習慣は崩したくないから」
額に薄く汗を浮かべ、足取りも重そうな山田おじいさんの頭上で、数字は「25」に減っていた。私は強く心配を感じながら、おじいさんを家まで送り届けた。
それから1週間後、寝込んでしまったという山田おじいさんを見舞った。
「お邪魔します」
玄関を開けると、咳の音が聞こえてきた。布団の中で横たわる山田おじいさんの頭上には「15」という数字。その数字を見た瞬間、私の中で何かが凍りついた。
「やっぱり寿命かもしれない、数字が低いほど死期が近いのかも」
その考えが頭をよぎった瞬間から、世界の見え方が一変した。通行人の頭上に浮かぶ数字が、突如として残された時間を示す砂時計のように思えてきた。
その日から、私の行動は大きく変わっていった。スーパーのレジで並んでいると、後ろに「17」の老婦人が並んだ。すぐに私は彼女に順番を譲った。バス停では「14」の男性を優先的に座らせ、図書館では「20」の学生に席を譲った。
だが、その行動は周囲に奇妙な空気を生み出していった。
「田中さん、最近ちょっとおかしくないかい?」
隣家の木村さんが心配そうに声をかけてきた。
「私は大丈夫なのに、なぜかやたらと気を遣われるんです」
スーパーの店員、佐藤さんもそうつぶやいていた。
特に問題が顕在化したのは、ある雨の日の出来事だった。傘を忘れた「35」の高校生に傘を貸そうとした時、その横にいた「12」の老人を見つけ、急いで老人の方に傘を差し出した。高校生は困惑した表情を浮かべ、老人も戸惑いを隠せない。結局、高校生は雨の中を走って行き、老人は申し訳なさそうに傘を受け取った。
「本当にこれで良いのだろうか...」
その夜、私は長い間、天井を見つめていた。数字の小さな人を優先することが、本当に正しいのか。でも、目の前で寿命が数字として示されているのに、それを無視することなどできない...。
そんな葛藤を抱えながらも、私は「寿命」を守るための行動を続けた。周囲の理解は得られなくても、それが正しい選択だと信じていた。まだその時は気づいていなかった。この「善意」の誤解が、どれほど大きな代償を招くことになるのか...。
山田おじいさんの具合は徐々に回復し、数字も「20」まで戻った。しかし私の心配は収まらない。今では近所の評判も変わってきていた。
「田中さん、最近おかしいわよ」
「病人扱いされて迷惑なのよ」
「何か悩み事でもあるのかしら」
そんな噂が飛び交う中、私は自分の判断の正しさを信じようとしていた。人々の寿命が目に見える形で示されている。それは私に課せられた使命なのではないか。
その夜、私は長い時間窓の外を眺めていた。街灯に照らされた通りを行き交う人々の頭上で、数字が青白く光っている。
それから朝食を取りながらテレビをつけるとニュースをやっていた。著名な実業家が巨額の寄付を行い、発展途上国の子供たちの教育環境を改善するというものだった。人の人生を変えられるのは、そういった影響力のある人たちだけなのだろう。私のようなOLで普通の会社員には、誰かの人生を大きく変えるような力はない。そう思い込んで生きてきた。
そんな中、窓越しに見える通りを眺めていた時、私は奇妙なものを目にした。
通勤途中らしいスーツ姿の男性の頭上に、青白く光る数字が浮かんでいる。「27」という数字が、まるで小さなホログラムのように揺らめいていた。
最初は寝ぼけているのかと思った。何度も目を擦り、顔を洗いに行った。しかし戻ってきても、通りを行き交う人々の頭上には確かに数字が浮かんでいる。若いOLには「32」、新聞配達の中年男性には「25」、登校中の高校生には「40」。
「幻覚...なのかな」
不安になって体温を測ってみたが、熱はない。頭痛もめまいもない。むしろ体調は良好だ。ただ、目の前の現実が、昨日までの現実とは明らかに違っていた。
恐る恐る外に出てみる。近所の八百屋で野菜を品定めする主婦の頭上には「28」、自転車で配達中の郵便配達員には「35」。数字は人々の動きに合わせて自然に揺れ動き、まるでその人の一部のように見える。
「おはようございます、田中さん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには山田おじいさんが立っていた。近所付き合いの長い、親しい老人だ。毎朝の散歩を日課にしている健脚な方で、町内会の行事でもいつも率先して動いてくれる。その山田おじいさんの頭上には「30」という数字が輝いていた。
「あ、おはようございます、山田さん。今日も散歩ですか?」
「ええ、この歳になると体を動かさないとね」
いつもの穏やかな笑顔。だが、その表情の上で青く光る「30」という数字が、私の目を惹きつけて離さない。
その日から、私は周囲の人々の数字を観察し始めた。すると、ある傾向に気づいた。マラソンウェア姿でジョギングする若者には「45」、フィットネスクラブから出てきた主婦には「38」。一方で、病院の前で咳き込んでいた老人は「10」、車椅子の少年は「15」。
「もしかして...この数字は寿命を表しているのかも」
その仮説を裏付けるように、数日後、山田おじいさんの様子が変化した。いつもの散歩コースで出会った時、おじいさんは明らかに体調が悪そうだった。
「どうされたんですか?具合でも...」
「ああ、昨日から少し熱っぽくてね。でも散歩の習慣は崩したくないから」
額に薄く汗を浮かべ、足取りも重そうな山田おじいさんの頭上で、数字は「25」に減っていた。私は強く心配を感じながら、おじいさんを家まで送り届けた。
それから1週間後、寝込んでしまったという山田おじいさんを見舞った。
「お邪魔します」
玄関を開けると、咳の音が聞こえてきた。布団の中で横たわる山田おじいさんの頭上には「15」という数字。その数字を見た瞬間、私の中で何かが凍りついた。
「やっぱり寿命かもしれない、数字が低いほど死期が近いのかも」
その考えが頭をよぎった瞬間から、世界の見え方が一変した。通行人の頭上に浮かぶ数字が、突如として残された時間を示す砂時計のように思えてきた。
その日から、私の行動は大きく変わっていった。スーパーのレジで並んでいると、後ろに「17」の老婦人が並んだ。すぐに私は彼女に順番を譲った。バス停では「14」の男性を優先的に座らせ、図書館では「20」の学生に席を譲った。
だが、その行動は周囲に奇妙な空気を生み出していった。
「田中さん、最近ちょっとおかしくないかい?」
隣家の木村さんが心配そうに声をかけてきた。
「私は大丈夫なのに、なぜかやたらと気を遣われるんです」
スーパーの店員、佐藤さんもそうつぶやいていた。
特に問題が顕在化したのは、ある雨の日の出来事だった。傘を忘れた「35」の高校生に傘を貸そうとした時、その横にいた「12」の老人を見つけ、急いで老人の方に傘を差し出した。高校生は困惑した表情を浮かべ、老人も戸惑いを隠せない。結局、高校生は雨の中を走って行き、老人は申し訳なさそうに傘を受け取った。
「本当にこれで良いのだろうか...」
その夜、私は長い間、天井を見つめていた。数字の小さな人を優先することが、本当に正しいのか。でも、目の前で寿命が数字として示されているのに、それを無視することなどできない...。
そんな葛藤を抱えながらも、私は「寿命」を守るための行動を続けた。周囲の理解は得られなくても、それが正しい選択だと信じていた。まだその時は気づいていなかった。この「善意」の誤解が、どれほど大きな代償を招くことになるのか...。
山田おじいさんの具合は徐々に回復し、数字も「20」まで戻った。しかし私の心配は収まらない。今では近所の評判も変わってきていた。
「田中さん、最近おかしいわよ」
「病人扱いされて迷惑なのよ」
「何か悩み事でもあるのかしら」
そんな噂が飛び交う中、私は自分の判断の正しさを信じようとしていた。人々の寿命が目に見える形で示されている。それは私に課せられた使命なのではないか。
その夜、私は長い時間窓の外を眺めていた。街灯に照らされた通りを行き交う人々の頭上で、数字が青白く光っている。
朝の通勤ラッシュ。私は普段より混雑した車内で、つり革に掴まっていた。目の前にはたくさんの人が立っていて、それぞれの頭上に青白く光る数字が浮かんでいる。サラリーマンの「33」、制服姿の学生の「42」、妊婦さんの「18」...。
私は数字の小さい妊婦さんに密かに目を配りながら、もし具合が悪そうだったらすぐに席を譲れるよう心構えをしていた。人々の残された時間——そう信じていた数字を守ることが、今の私の使命だった。
その時、突然の悲鳴が車内に響き渡った。
「きゃっ!」
前方で一人の女子高生が崩れるように倒れ込む。紺のブレザーに身を包んだ彼女は、蒼白い顔をして、額に冷や汗を浮かべていた。その頭上には「15」という数字が揺らめいている。
周囲の乗客たちが慌てて彼女から距離を取り、小さな人だかりができた。
「大丈夫ですか!」
「具合が悪いの?」
「誰か!」
「お医者様はいませんか!」
動揺した声が飛び交う中、一人の老紳士が人垣をかき分けて前に出た。グレーのスーツに身を包んだ姿は、どこか威厳を感じさせる。
「私は医者です」
穏やかだが確かな声音。深いしわの刻まれた顔には、長年の経験が滲み出ている。その老医師の頭上に「13」という数字を見て、私は一瞬戸惑いを覚えた。
(この方も...残り少ないのか)
だが、医師の立ち居振る舞いは実に確かで、年齢を感じさせない。むしろ若々しい。背筋も伸び、手の動きも正確だ。体調が悪そうな様子は微塵もない。私の中で小さな疑問が芽生えた。
(おかしいな...数字は低いのに、こんなにお元気なのは...)
考え込む間もなく、老医師は既に少女の脈を取り、てきぱきと応急処置を始めていた。
「意識はありますか?お嬢さん、聞こえますか?」
老医師は少女の瞳孔を確認し、手首の脈を取る。その動作には無駄がなく、長年の経験が滲み出ていた。
「低血糖の発作ですね。救急車を呼びましょう」
老医師は落ち着いた様子で処置を続ける。誰かが車内の非常通報ボタンを押し、車掌に連絡を取っている。その時、私は目を疑った。
医師の頭上の数字が、「13」から「12」に変化したのだ。
(どういうこと...?)
混乱する私の目の前で、少女に意識が戻り始めた。うっすらと目を開け、か細い声を発する。
「あ...ありがとう、ございます...」
救急隊が到着する頃には、彼女は自力で座れるまでに回復していた。その頭上の数字は、依然として「15」のまま。少女は深々と頭を下げ、老医師に感謝の言葉を述べる。
私の中で大きな違和感が渦巻いていた。
(もしこの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだ。なのに、なぜ...)
医師の数字は減り、少女の数字は変わらない。この現象は、私のこれまでの仮説では説明がつかなかった。
(少女を助けた瞬間に医師の数字が変化した...この数字は、私が思っていたのとは全く違う意味を持つのかもしれない)
電車が次の駅に停車する頃には、騒ぎは収まっていた。救急隊に付き添われて少女が降りていく姿を見送りながら 、私の心の中の疑問は大きくなるばかりだった。
窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、私は考え続けた。目の前で起きた出来事は、これまでの私の考えを根底から覆すような何かを示唆していた。だが、その真実にはまだ手が届かない。
ふと視線を上げると、駅の外で何か騒ぎが起きているのが見えた。人だかりができ始めている。私は思わず、その方向に足を向けていた。
私は数字の小さい妊婦さんに密かに目を配りながら、もし具合が悪そうだったらすぐに席を譲れるよう心構えをしていた。人々の残された時間——そう信じていた数字を守ることが、今の私の使命だった。
その時、突然の悲鳴が車内に響き渡った。
「きゃっ!」
前方で一人の女子高生が崩れるように倒れ込む。紺のブレザーに身を包んだ彼女は、蒼白い顔をして、額に冷や汗を浮かべていた。その頭上には「15」という数字が揺らめいている。
周囲の乗客たちが慌てて彼女から距離を取り、小さな人だかりができた。
「大丈夫ですか!」
「具合が悪いの?」
「誰か!」
「お医者様はいませんか!」
動揺した声が飛び交う中、一人の老紳士が人垣をかき分けて前に出た。グレーのスーツに身を包んだ姿は、どこか威厳を感じさせる。
「私は医者です」
穏やかだが確かな声音。深いしわの刻まれた顔には、長年の経験が滲み出ている。その老医師の頭上に「13」という数字を見て、私は一瞬戸惑いを覚えた。
(この方も...残り少ないのか)
だが、医師の立ち居振る舞いは実に確かで、年齢を感じさせない。むしろ若々しい。背筋も伸び、手の動きも正確だ。体調が悪そうな様子は微塵もない。私の中で小さな疑問が芽生えた。
(おかしいな...数字は低いのに、こんなにお元気なのは...)
考え込む間もなく、老医師は既に少女の脈を取り、てきぱきと応急処置を始めていた。
「意識はありますか?お嬢さん、聞こえますか?」
老医師は少女の瞳孔を確認し、手首の脈を取る。その動作には無駄がなく、長年の経験が滲み出ていた。
「低血糖の発作ですね。救急車を呼びましょう」
老医師は落ち着いた様子で処置を続ける。誰かが車内の非常通報ボタンを押し、車掌に連絡を取っている。その時、私は目を疑った。
医師の頭上の数字が、「13」から「12」に変化したのだ。
(どういうこと...?)
混乱する私の目の前で、少女に意識が戻り始めた。うっすらと目を開け、か細い声を発する。
「あ...ありがとう、ございます...」
救急隊が到着する頃には、彼女は自力で座れるまでに回復していた。その頭上の数字は、依然として「15」のまま。少女は深々と頭を下げ、老医師に感謝の言葉を述べる。
私の中で大きな違和感が渦巻いていた。
(もしこの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだ。なのに、なぜ...)
医師の数字は減り、少女の数字は変わらない。この現象は、私のこれまでの仮説では説明がつかなかった。
(少女を助けた瞬間に医師の数字が変化した...この数字は、私が思っていたのとは全く違う意味を持つのかもしれない)
電車が次の駅に停車する頃には、騒ぎは収まっていた。救急隊に付き添われて少女が降りていく姿を見送りながら 、私の心の中の疑問は大きくなるばかりだった。
窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、私は考え続けた。目の前で起きた出来事は、これまでの私の考えを根底から覆すような何かを示唆していた。だが、その真実にはまだ手が届かない。
ふと視線を上げると、駅の外で何か騒ぎが起きているのが見えた。人だかりができ始めている。私は思わず、その方向に足を向けていた。
駅の外へ降りると、異様な空気が肌を刺した。警笛の音が耳を貫き、人々の悲鳴や叫び声が入り混じる。視線の先の駅前交差点で、大型トラックが横転し、複数の乗用車を巻き込んだ大事故が発生していた。
「危ない!ガソリンが漏れてる!」
「誰か助けて!子供が...子供が中にいるの!」
「消防車はまだか!」
黒煙が立ち昇る中、パニックに陥った人々の声が交錯する。折り重なった車両の間から、か細い泣き声が聞こえてくる。見物人が集まり始め、スマートフォンを向ける者もいる。その全員の頭上に、様々な数字が浮かんでいた。
そこへ、待ちわびた消防車のサイレンが轟き始めた。真っ赤な車体が猛スピードで現場に到着すると、完全装備の消防士たちが素早く飛び出してきた。
その中の一人、隊長らしき男性の頭上に、私は目を奪われた。
「50」
これまで見てきた中で最も大きな数字だった。威厳のある声で指示を飛ばす隊長の背後で、その数字が青白く輝いている。
「第一分隊、車両の安全確保!第二分隊、救助準備!」
「漏洩したガソリンの処理を急げ!引火の危険がある!」
「この車両から優先して!中に子供が!」
隊長の声が響く度に、消防士たちは完璧な連携で動き出す。横転したワゴン車の運転席。閉じ込められた若い母親が、後部座席で泣く幼児に向かって必死に声をかけている。
「お母さん、もうすぐ助けますからね!」
隊長自ら声をかけ、救助活動を指揮する。
油圧カッターの音が鋭く響き、変形したドアが切断されていく。母子が無事に救出された瞬間、私は息を呑んだ。
隊長の頭上の数字が、「50」から「49」に変化したのだ。
(また...数字が変わった)
次は別の車両に向かう。若いカップルが後部座席に挟まれていた。消防士たちが協力して救出作業を行う。二人が安全な場所に運ばれた瞬間、再び数字が変化する。
「48」...「47」
一人救助するごとに、確実に数字が減っていく。その光景に釘付けになっていた私の中で、散りばめられたピースが一つずつ繋がり始めた。
朝の電車での出来事が蘇る。老医師の「13」という数字。少女を助けた後に「12」に変わったあの瞬間。
(まさか...この数字は...)
目の前では救助活動が続いている。重傷を負った運転手、シートベルトに阻まれて動けない学生、パニックに陥った高齢者...。隊長は一人一人に声をかけ、冷静に、しかし迅速に救助を進めていく。
「46」...「45」...「44」...
そして、その時、私の中で全てが繋がった。
これまでの全ての出来事が、一瞬で腑に落ちた。電車での出来事を思い返す。
(もしあの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだが変化がなかった。けれど理由が分かった。それはこの数字は...その人が死から救える人数なんだ)
あの老医師の「13」という数字は、彼があと13人の命を救えることを示していた。そして女子高生を救ったことで数字が「12」になった。
山田おじいさんの「20」は、20人もの人を救える可能性を持っていたということ。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
これまでの自分の行動が、恥ずかしくなった。数字の小さな人を過度に気遣い、必要以上に心配し、かえって迷惑をかけていた。その全ては、自分の思い込みから来る誤った親切だった。
(それでこの数字は固定されているわけじゃない。医師も消防士も、人を救うことで数字が変化した。これは...変えられるものなんだ)
私は自分の頭上を見上げた。「25」という数字が、かすかに青白く光っている。これまで気づかなかったが、鏡や窓ガラスに映る自分の姿を見ると、確かにその数字が見えた。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
私は決意した。もう二度と、間違った思い込みで人々に迷惑をかけることはしない。代わりに、自分にも何かできることがあるはずだ。この数字の真の意味を知った今、新たな一歩を踏み出すときが来たのだと。
その時、遠くから新たなサイレンの音が響いてきた。まだ救助を待つ人々がいる。私は立ち尽くしながら、消防士たちの懸命な救助活動を見守り続けた。今、この瞬間にも、誰かの命が救われ、誰かの数字が変化している。それは決して悲しいことではなく、むしろ誇るべき証なのだと、私は理解し始めていた。
「危ない!ガソリンが漏れてる!」
「誰か助けて!子供が...子供が中にいるの!」
「消防車はまだか!」
黒煙が立ち昇る中、パニックに陥った人々の声が交錯する。折り重なった車両の間から、か細い泣き声が聞こえてくる。見物人が集まり始め、スマートフォンを向ける者もいる。その全員の頭上に、様々な数字が浮かんでいた。
そこへ、待ちわびた消防車のサイレンが轟き始めた。真っ赤な車体が猛スピードで現場に到着すると、完全装備の消防士たちが素早く飛び出してきた。
その中の一人、隊長らしき男性の頭上に、私は目を奪われた。
「50」
これまで見てきた中で最も大きな数字だった。威厳のある声で指示を飛ばす隊長の背後で、その数字が青白く輝いている。
「第一分隊、車両の安全確保!第二分隊、救助準備!」
「漏洩したガソリンの処理を急げ!引火の危険がある!」
「この車両から優先して!中に子供が!」
隊長の声が響く度に、消防士たちは完璧な連携で動き出す。横転したワゴン車の運転席。閉じ込められた若い母親が、後部座席で泣く幼児に向かって必死に声をかけている。
「お母さん、もうすぐ助けますからね!」
隊長自ら声をかけ、救助活動を指揮する。
油圧カッターの音が鋭く響き、変形したドアが切断されていく。母子が無事に救出された瞬間、私は息を呑んだ。
隊長の頭上の数字が、「50」から「49」に変化したのだ。
(また...数字が変わった)
次は別の車両に向かう。若いカップルが後部座席に挟まれていた。消防士たちが協力して救出作業を行う。二人が安全な場所に運ばれた瞬間、再び数字が変化する。
「48」...「47」
一人救助するごとに、確実に数字が減っていく。その光景に釘付けになっていた私の中で、散りばめられたピースが一つずつ繋がり始めた。
朝の電車での出来事が蘇る。老医師の「13」という数字。少女を助けた後に「12」に変わったあの瞬間。
(まさか...この数字は...)
目の前では救助活動が続いている。重傷を負った運転手、シートベルトに阻まれて動けない学生、パニックに陥った高齢者...。隊長は一人一人に声をかけ、冷静に、しかし迅速に救助を進めていく。
「46」...「45」...「44」...
そして、その時、私の中で全てが繋がった。
これまでの全ての出来事が、一瞬で腑に落ちた。電車での出来事を思い返す。
(もしあの数字が寿命に関するなら、少女の数字は上がるはずだが変化がなかった。けれど理由が分かった。それはこの数字は...その人が死から救える人数なんだ)
あの老医師の「13」という数字は、彼があと13人の命を救えることを示していた。そして女子高生を救ったことで数字が「12」になった。
山田おじいさんの「20」は、20人もの人を救える可能性を持っていたということ。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
これまでの自分の行動が、恥ずかしくなった。数字の小さな人を過度に気遣い、必要以上に心配し、かえって迷惑をかけていた。その全ては、自分の思い込みから来る誤った親切だった。
(それでこの数字は固定されているわけじゃない。医師も消防士も、人を救うことで数字が変化した。これは...変えられるものなんだ)
私は自分の頭上を見上げた。「25」という数字が、かすかに青白く光っている。これまで気づかなかったが、鏡や窓ガラスに映る自分の姿を見ると、確かにその数字が見えた。
(私は...なんて大きな誤解をしていたんだ)
私は決意した。もう二度と、間違った思い込みで人々に迷惑をかけることはしない。代わりに、自分にも何かできることがあるはずだ。この数字の真の意味を知った今、新たな一歩を踏み出すときが来たのだと。
その時、遠くから新たなサイレンの音が響いてきた。まだ救助を待つ人々がいる。私は立ち尽くしながら、消防士たちの懸命な救助活動を見守り続けた。今、この瞬間にも、誰かの命が救われ、誰かの数字が変化している。それは決して悲しいことではなく、むしろ誇るべき証なのだと、私は理解し始めていた。
それから、あの駅前の事故から三ヶ月が過ぎていた。数字の真の意味を知ってからというもの、私は救命救急の講習を受け、応急手当の資格も取得し、少しずつだが確実に自分の頭上の数字を増やしていくことができた。今では「48」という数字が、私の頭上で静かに輝いている。
しかしある朝、出勤途中で奇妙な現象に気づいた。通勤電車の中で、人々の頭上の数字が突然一斉に「0」に変化したのだ。
駅に降り立つと、そこでも同じ光景が広がっていた。通勤客、駅員、店員、全ての人々の頭上で「0」が青白く輝いている。街頭の大型ビジョンに映る政治家たちも、世界中のニュース映像に映る人々も、例外なく全員が「0」を示していた。
(何かが...何か大変なことが起ころうとしている)
オフィスビルの12階、私の職場の休憩室。コーヒーを飲もうとした時、その不安が的中するかのように、程なくしてスマートフォンが一斉に鳴り響いた。
「緊急速報」
同僚たちと共に、壁掛けのテレビ画面に釘付けになっていた。
「本日10時より、宇宙機関による緊急共同記者会見が行われます」
アナウンサーの声が、重苦しい空気の中に響く。画面には「臨時ニュース」の文字が点滅し続けている。
「なんか、ただ事じゃないわね...」
田中さんが不安そうにつぶやく。彼女の頭上でも「0」が輝いている。
「まさか戦争とか...?」
新入社員の佐藤君も、頭上に「0」を示したまま、声を震わせている。
10時。世界各国の科学者たちが登壇する。その表情は、今までにないほど深刻なものだった。
「我々は、重大な発表をしなければなりません」
世界の主要宇宙機関の代表者たちが並ぶ。冒頭の発言は、事態の深刻さを物語っていた。
「地球に巨大隕石が接近しています。現在の予測では、約2週間後に地球に衝突する可能性が100%以上となっています。隕石の直径は推定10キロメートル。これは、約6500万年前に恐竜を絶滅させた隕石と同等のサイズです」
発表が進むにつれ、会社中がざわめきに包まれていく。人々は携帯電話を手に取り、家族や友人に連絡を取り始めた。
その時、私の中で全てが繋がった。今朝から見ていた「0」の意味が、突如として鮮明になる。この数字は、人が人を救える数を示している。だから今、全世界の人々の数字が「0」になったのは、このままだと人類全員がいなくなってしまい誰も誰かを救えない状況に置かれているからなのだ。
(人類に残された時間が、あまりにも少なすぎる)
その意味を理解した瞬間、世界は混乱に包まれ始めた。
スーパーマーケットには食料品を求める長蛇の列ができ、店内は略奪寸前の状態。ガソリンスタンドには車が溢れ、怒号が飛び交う。銀行のATMの前には現金を引き出そうとする人々が押し寄せ、警察は暴徒化を防ぐため必死の説得を続けていた。
私は会社を早退することにした。電車は既に運休。バスも道路の大渋滞で身動きが取れない。しばらく歩いて、いつも気分転換で訪れる裏山に向かった。ここなら、少しは冷静に考えられるかもしれない。
しかしある朝、出勤途中で奇妙な現象に気づいた。通勤電車の中で、人々の頭上の数字が突然一斉に「0」に変化したのだ。
駅に降り立つと、そこでも同じ光景が広がっていた。通勤客、駅員、店員、全ての人々の頭上で「0」が青白く輝いている。街頭の大型ビジョンに映る政治家たちも、世界中のニュース映像に映る人々も、例外なく全員が「0」を示していた。
(何かが...何か大変なことが起ころうとしている)
オフィスビルの12階、私の職場の休憩室。コーヒーを飲もうとした時、その不安が的中するかのように、程なくしてスマートフォンが一斉に鳴り響いた。
「緊急速報」
同僚たちと共に、壁掛けのテレビ画面に釘付けになっていた。
「本日10時より、宇宙機関による緊急共同記者会見が行われます」
アナウンサーの声が、重苦しい空気の中に響く。画面には「臨時ニュース」の文字が点滅し続けている。
「なんか、ただ事じゃないわね...」
田中さんが不安そうにつぶやく。彼女の頭上でも「0」が輝いている。
「まさか戦争とか...?」
新入社員の佐藤君も、頭上に「0」を示したまま、声を震わせている。
10時。世界各国の科学者たちが登壇する。その表情は、今までにないほど深刻なものだった。
「我々は、重大な発表をしなければなりません」
世界の主要宇宙機関の代表者たちが並ぶ。冒頭の発言は、事態の深刻さを物語っていた。
「地球に巨大隕石が接近しています。現在の予測では、約2週間後に地球に衝突する可能性が100%以上となっています。隕石の直径は推定10キロメートル。これは、約6500万年前に恐竜を絶滅させた隕石と同等のサイズです」
発表が進むにつれ、会社中がざわめきに包まれていく。人々は携帯電話を手に取り、家族や友人に連絡を取り始めた。
その時、私の中で全てが繋がった。今朝から見ていた「0」の意味が、突如として鮮明になる。この数字は、人が人を救える数を示している。だから今、全世界の人々の数字が「0」になったのは、このままだと人類全員がいなくなってしまい誰も誰かを救えない状況に置かれているからなのだ。
(人類に残された時間が、あまりにも少なすぎる)
その意味を理解した瞬間、世界は混乱に包まれ始めた。
スーパーマーケットには食料品を求める長蛇の列ができ、店内は略奪寸前の状態。ガソリンスタンドには車が溢れ、怒号が飛び交う。銀行のATMの前には現金を引き出そうとする人々が押し寄せ、警察は暴徒化を防ぐため必死の説得を続けていた。
私は会社を早退することにした。電車は既に運休。バスも道路の大渋滞で身動きが取れない。しばらく歩いて、いつも気分転換で訪れる裏山に向かった。ここなら、少しは冷静に考えられるかもしれない。
夕暮れ時の山道を登っていく。普段なら心地よい鳥のさえずりも、今日は異様に静かだ。葉擦れの音だけが響く空間で、私は立ち止まっては空を見上げ、また歩を進める。
そんな時、異様な光が目に飛び込んできた。
「あれは...?」
木々の間から青白い光が漏れている。注意深く近づいてみると、そこには小型の円盤状の物体が不時着したように横たわっていた。直径5メートルほどの艶のある銀色の機体。周囲の木々が倒れ、地面には深い溝が刻まれている。
(まさか、本当にUFO...?)
恐る恐る近づくと、機体の一部が開いていた。そこから、か細い呻き声が聞こえてくる。
中を覗き込むと、人型ではあるものの明らかに地球の生命体とは異なる存在が、苦しそうに横たわっていた。銀色の肌と大きな瞳、細長い四肢。身長は人間より30センチほど高く、指は6本。その存在は、紛れもなく宇宙人だった。
「助けて…」
宇宙人が話す声はどこか機械的な響きを持つ声で、よく見ると宇宙人の胸元に着けられた小さな装置が青く光っており、装置が高度な翻訳機として機能しているようだった。
「私の...船が故障して...制御不能に...」
宇宙人は苦しそうに言葉を絞り出す。体の各所に傷を負い、銀色の体表からは青みがかった液体―おそらく血液―が滲み出ている。私は迷わず、リュックから常備していた救急箱を取り出した。
「動かないでください。応急処置をしますから」
幸い、基本的な体の構造は人間と似ている。傷口を消毒し、出血を止め、包帯を巻いていく。人間用の医療用品が通用するのか不安だったが、宇宙人は時折苦痛の表情を見せながらも、私の処置に従った。
そのことに一瞬、驚いたがその言葉に手を止めることなく、私は必死に応急処置を続けた。
人類が絶望的な状況に陥っているこの時に、まさか宇宙人の命を救うことになるとは。
「ありがとう...あなたは...驚くほど...優しい」
そして、最後の包帯を巻き終えようとしたその時、驚くべき変化が起きた。
私の頭上で輝いていた「0」という数字が、まばゆい光に包まれ、激しく変化し始めた。それは、まるで電子掲示板のように数字が次々と切り替わっていく。1、10、100、1000...そして最後に落ち着いた数値に、私は言葉を失った。
「80億...」
人類の総人口に匹敵する数字。その意味を理解した瞬間、全身に電流が走ったような衝撃を覚え指先が震えている。
それから宇宙人は苦しそうに息を整えながら、胸元の装置を操作し始めた。装置からは、かすかな振動音が漏れている。
「通信装置が...まだ機能している。母船に...連絡を...」
青白い光が瞬く中、宇宙人は複雑な操作を続けた。装置から発せられた信号は、夕暮れの空へと吸い込まれていった。
私は不安な面持ちで空を見上げる。数分が経過し...。
突如として空が明るく輝いた。巨大な円盤型の物体が、まるで空間を引き裂くように出現する。雲が渦を巻き、風が激しく吹き荒れる中、母船が姿を現した。
直径は優に1キロメートルを超える。銀色に輝く表面には、複雑な文様が刻まれている。その存在感は圧倒的で、地球の技術レベルをはるかに超えていることは一目瞭然だった。
母船からの光線が私たちを包み込む。一瞬の浮遊感。気がつくと、私たちは広大な医療施設のような空間に立っていた。壁には未知の装置が並び、床から天井まで淡い光が満ちている。
数名の宇宙人が急いで駆けつけ、負傷した仲間の手当てを始めた。彼らの動きは素早く正確で、まるでダンスのように美しい。
そこへ、一際背の高い宇宙人が現れた。深い青色の衣装に身を包み、胸元には複雑な装飾が施されている。
「我々の同胞を救ってくれて、ありがとう」
彼は私に向かって深々と頭を下げた。その仕草には威厳と優雅さが感じられ、明らかに彼らの指導者だとわかった。
「私はラーナこの艦隊の指揮官です」
「人類が危機に瀕していることは、我々も把握していました。巨大隕石の接近...その破壊力は、あなたの文明を根絶やしにする可能性が高い」
「しかし、我々にはそれを防ぐ力があります」
ラーナは静かに告げた。
「あなたが私たちの仲間を救ってくれたように、今度は私たちが地球を救いましょう」
母船の中央にある巨大なホログラム画面が輝きを放つ。そこには、地球に接近する隕石の映像が立体的に映し出されていた。巨大な岩塊は、刻一刻と地球への距離を縮めている。
「我々の特殊な砲撃なら、この程度の隕石は容易に粉砕できます。心配は要りません」
指導者の言葉通り、母船から放たれた青白い光線が隕石を直撃。一瞬の閃光の後、隕石は見事に粉々となった。その破片は無害な流星群となって地球の大気圏で燃え尽きていく。
街中のモニターには、世界中の天文台が捉えた映像が映し出されている。隕石の消滅を確認した瞬間、世界中でどよめきが起こった。
そして、その瞬間、地上にいる人々の頭上の数字が、一斉に変化し始めたのだ。全ての「0」が、それぞれ本来の数値に戻っていく。
母船の観測室から見下ろす地球は、青く美しく輝いていた。パニックは収まり始め、街には平穏が戻りつつある。人々は安堵の表情を浮かべ、中には抱き合って喜び合う姿も見られた。
数時間後、世界各国の指導者たちとの緊急会議が開かれた。母船からのホログラム通信を通じて、人類は初めて銀河文明の存在を知ることとなった。
混乱と興奮の渦の中、世界は大きく動き始めた。国連では緊急会議が開かれ、銀河文明との対話窓口の設置が決定。科学者たちは、宇宙人から提供された基礎的な技術情報に熱狂した。
街に戻った私は、変わりゆく世界を静かに見つめていた。空には母船が、地球の新たな衛星のように輝いている。その存在は、人類に希望と可能性を示す道標となっていた。
私は改めて自分の数字を見上げた。「80億」から「48」になっていた。でも、それは決して後退ではない。むしろ、これから一人一人の命を大切にしていく、新たな始まりの数字なのだと感じた。
翌朝。世界は確実に変わっていた。各国のニュースは宇宙人との対話の進展を伝え、街頭では銀河文明についての議論が飛び交う。学校では特別授業が行われ、子供たちは新しい未来への夢を語り合っていた。
科学技術の発展は加速的に進み、環境問題や貧困問題に対する新たなアプローチが検討され始めた。
それで私はいつもの通勤電車に揺られながら、窓の外を見つめていた。人々の頭上で、様々な数字が輝いている。
それらは単なる数字ではなく、誰もが誰かの人生を変えられるという印のように、夜空の星のように、私たちの頭上で輝き続けていた。
これから人類が銀河文明の一員として歩み始め、新たな物語が始まる。
そして、私はこう思った。
(その第一歩は、私のたった一つの小さな親切から生まれたのだ)
そんな時、異様な光が目に飛び込んできた。
「あれは...?」
木々の間から青白い光が漏れている。注意深く近づいてみると、そこには小型の円盤状の物体が不時着したように横たわっていた。直径5メートルほどの艶のある銀色の機体。周囲の木々が倒れ、地面には深い溝が刻まれている。
(まさか、本当にUFO...?)
恐る恐る近づくと、機体の一部が開いていた。そこから、か細い呻き声が聞こえてくる。
中を覗き込むと、人型ではあるものの明らかに地球の生命体とは異なる存在が、苦しそうに横たわっていた。銀色の肌と大きな瞳、細長い四肢。身長は人間より30センチほど高く、指は6本。その存在は、紛れもなく宇宙人だった。
「助けて…」
宇宙人が話す声はどこか機械的な響きを持つ声で、よく見ると宇宙人の胸元に着けられた小さな装置が青く光っており、装置が高度な翻訳機として機能しているようだった。
「私の...船が故障して...制御不能に...」
宇宙人は苦しそうに言葉を絞り出す。体の各所に傷を負い、銀色の体表からは青みがかった液体―おそらく血液―が滲み出ている。私は迷わず、リュックから常備していた救急箱を取り出した。
「動かないでください。応急処置をしますから」
幸い、基本的な体の構造は人間と似ている。傷口を消毒し、出血を止め、包帯を巻いていく。人間用の医療用品が通用するのか不安だったが、宇宙人は時折苦痛の表情を見せながらも、私の処置に従った。
そのことに一瞬、驚いたがその言葉に手を止めることなく、私は必死に応急処置を続けた。
人類が絶望的な状況に陥っているこの時に、まさか宇宙人の命を救うことになるとは。
「ありがとう...あなたは...驚くほど...優しい」
そして、最後の包帯を巻き終えようとしたその時、驚くべき変化が起きた。
私の頭上で輝いていた「0」という数字が、まばゆい光に包まれ、激しく変化し始めた。それは、まるで電子掲示板のように数字が次々と切り替わっていく。1、10、100、1000...そして最後に落ち着いた数値に、私は言葉を失った。
「80億...」
人類の総人口に匹敵する数字。その意味を理解した瞬間、全身に電流が走ったような衝撃を覚え指先が震えている。
それから宇宙人は苦しそうに息を整えながら、胸元の装置を操作し始めた。装置からは、かすかな振動音が漏れている。
「通信装置が...まだ機能している。母船に...連絡を...」
青白い光が瞬く中、宇宙人は複雑な操作を続けた。装置から発せられた信号は、夕暮れの空へと吸い込まれていった。
私は不安な面持ちで空を見上げる。数分が経過し...。
突如として空が明るく輝いた。巨大な円盤型の物体が、まるで空間を引き裂くように出現する。雲が渦を巻き、風が激しく吹き荒れる中、母船が姿を現した。
直径は優に1キロメートルを超える。銀色に輝く表面には、複雑な文様が刻まれている。その存在感は圧倒的で、地球の技術レベルをはるかに超えていることは一目瞭然だった。
母船からの光線が私たちを包み込む。一瞬の浮遊感。気がつくと、私たちは広大な医療施設のような空間に立っていた。壁には未知の装置が並び、床から天井まで淡い光が満ちている。
数名の宇宙人が急いで駆けつけ、負傷した仲間の手当てを始めた。彼らの動きは素早く正確で、まるでダンスのように美しい。
そこへ、一際背の高い宇宙人が現れた。深い青色の衣装に身を包み、胸元には複雑な装飾が施されている。
「我々の同胞を救ってくれて、ありがとう」
彼は私に向かって深々と頭を下げた。その仕草には威厳と優雅さが感じられ、明らかに彼らの指導者だとわかった。
「私はラーナこの艦隊の指揮官です」
「人類が危機に瀕していることは、我々も把握していました。巨大隕石の接近...その破壊力は、あなたの文明を根絶やしにする可能性が高い」
「しかし、我々にはそれを防ぐ力があります」
ラーナは静かに告げた。
「あなたが私たちの仲間を救ってくれたように、今度は私たちが地球を救いましょう」
母船の中央にある巨大なホログラム画面が輝きを放つ。そこには、地球に接近する隕石の映像が立体的に映し出されていた。巨大な岩塊は、刻一刻と地球への距離を縮めている。
「我々の特殊な砲撃なら、この程度の隕石は容易に粉砕できます。心配は要りません」
指導者の言葉通り、母船から放たれた青白い光線が隕石を直撃。一瞬の閃光の後、隕石は見事に粉々となった。その破片は無害な流星群となって地球の大気圏で燃え尽きていく。
街中のモニターには、世界中の天文台が捉えた映像が映し出されている。隕石の消滅を確認した瞬間、世界中でどよめきが起こった。
そして、その瞬間、地上にいる人々の頭上の数字が、一斉に変化し始めたのだ。全ての「0」が、それぞれ本来の数値に戻っていく。
母船の観測室から見下ろす地球は、青く美しく輝いていた。パニックは収まり始め、街には平穏が戻りつつある。人々は安堵の表情を浮かべ、中には抱き合って喜び合う姿も見られた。
数時間後、世界各国の指導者たちとの緊急会議が開かれた。母船からのホログラム通信を通じて、人類は初めて銀河文明の存在を知ることとなった。
混乱と興奮の渦の中、世界は大きく動き始めた。国連では緊急会議が開かれ、銀河文明との対話窓口の設置が決定。科学者たちは、宇宙人から提供された基礎的な技術情報に熱狂した。
街に戻った私は、変わりゆく世界を静かに見つめていた。空には母船が、地球の新たな衛星のように輝いている。その存在は、人類に希望と可能性を示す道標となっていた。
私は改めて自分の数字を見上げた。「80億」から「48」になっていた。でも、それは決して後退ではない。むしろ、これから一人一人の命を大切にしていく、新たな始まりの数字なのだと感じた。
翌朝。世界は確実に変わっていた。各国のニュースは宇宙人との対話の進展を伝え、街頭では銀河文明についての議論が飛び交う。学校では特別授業が行われ、子供たちは新しい未来への夢を語り合っていた。
科学技術の発展は加速的に進み、環境問題や貧困問題に対する新たなアプローチが検討され始めた。
それで私はいつもの通勤電車に揺られながら、窓の外を見つめていた。人々の頭上で、様々な数字が輝いている。
それらは単なる数字ではなく、誰もが誰かの人生を変えられるという印のように、夜空の星のように、私たちの頭上で輝き続けていた。
これから人類が銀河文明の一員として歩み始め、新たな物語が始まる。
そして、私はこう思った。
(その第一歩は、私のたった一つの小さな親切から生まれたのだ)