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#17

ー/ー



 次に目が覚めた時まだ外は薄暗かった。
 昨夜と変わらず風雪の音しかない環境に低血圧のシロは何とも言えない虚しさを感じた。

 緩慢な動作でリビングに辿り着きストーブに火を入れるべく昨夜の燃焼跡を備え付けの灰バケツに落とし込み、改めて燃料をくべて火をつけると直ぐに部屋は暖まり始める。屋内を暖めきるには今少し時間を要するだろうが、火の音が生まれた事で女は少しだけ明るい気持ちになった。
 徐々に脳を覚醒させながら歯磨きや筋トレを済まし、朝食を摂るべく食料袋を探ると中には幾つかのフルーツと干し肉、それにソーセージがいっぱいに詰められていた。

 女は調理器具を探すべくキッチンを探索し、転がっていた七輪をリビングに持って来た。ストーブから火分けすれば簡易コンロとして活用できると模索したのだ。もちろんキッチンにはコンロもあったが電気でもガスでもない石炭コンロのような代物で、火加減に手こずりそうだし、何よりリビングの熱もキッチンまでは届いておらず寒いままなので七輪で十分と判断したようだ。

 彼女はキッチンで見つけたスキレットにソーセージを五本転がし放置し、暖まるまでフルーツでもと齧りながら見回すと部屋の隅に小さな書架を見つける。林檎を片手に近寄ってみると以外にも収められているのは故郷の古い作品で、聞いた事はあるがどんな内容かは知らない、いわゆる純文学というジャンルの本が収められていた。
 彼女は暇があれば筋トレをする質なのであまりこういった文学と言う物に触れて来なかったが、この雪に閉ざされた環境で久しく触れていなかった日本人名を懐かしく思い、並んだ背表紙の表題から今この環境にあっていそうな一冊を抜き出して読むことにした。表題と同じく名前は聞いた事があるがどんな人物かは知らない、しかし日本人であれば恐らく目に或いは耳にしたことのある著者を見て、初めて学校の授業以外で文豪の作品に触れるのが遠い異国であるのがどうにも可笑しく、女は口の端から自嘲を漏らす。

 席に戻って薄い本の表紙に描かれた花の絵をチラ見し、早速開いた一ページ目に書かれている表題を飛ばしてさっさと内容に移ろうとするとソーセージの焦げる匂いした。

 音。
 熱。
 反射。

 女は即座に手を引いて掌に息を吹きかける。
 持ち手を振って転がそうとしたところ、金属剥きだしの持ち手を不用意に握り火傷したのだ。
 本来軍手を着けたり専用の皮製品や布巾で覆って持つものだが残念ながら彼女はそんなことすら知らなかったし、仮に知っていても七面倒だと省いた事だろう。実際女はスキレットを振るのを諦め薪用の木の棒でソーセージを突いて転がすという蛮行に走っている。

 全てを裏返し終え今度こそ本を読み始めた。
 あまりにも有名な長いトンネルを抜けるシーンから始まる物語に、これがあの有名な書き出しの作品なのかと数行進んだ辺りでまたしてもソーセージが音を立てた。皮が裂けて漏れ出した肉汁がジュウジュウと芳しい香りを立てるので、女は急いでスキレットを七輪から取り上げて机の上に置いた。今度は最初から火箸で掴んでいた。

 キッチンから銀色のフォークを見つけ軽く洗い、錆びていない事を確認してから席に戻って勢いよく獲物を突き刺す。肉汁がまだ熱い鉄板に飛び散って音を立て聴覚と嗅覚を刺激。口内の唾液が分泌されるのを感じながら噛り付くと今までスーパーで買って食べた物とは到底比較にならない旨味がほとばしり、肉とハーブの香りの混ざった腸詰は女にもしかすると名物なのではないかと思わせた。

 彼女は卓上に伏せて広げたままの本の事などすっかり忘れて舌と鼻を楽しませ、あっという間になくなってしまい切なそうな顔を晒す。もっとないかと袋を漁るとまだ十本以上あったものの、掴んだところで明日明後日の事を考えに残しておくことにした。女は好きな物は最後に取っておくタイプだった。
 放置していた林檎を再び手にし、ソーセージの肉汁ほどではないが勝るとも劣らぬ果汁を楽しみ、今更気が付いた机の本をそっと閉じた。



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みんなのリアクション

 次に目が覚めた時まだ外は薄暗かった。
 昨夜と変わらず風雪の音しかない環境に低血圧のシロは何とも言えない虚しさを感じた。
 緩慢な動作でリビングに辿り着きストーブに火を入れるべく昨夜の燃焼跡を備え付けの灰バケツに落とし込み、改めて燃料をくべて火をつけると直ぐに部屋は暖まり始める。屋内を暖めきるには今少し時間を要するだろうが、火の音が生まれた事で女は少しだけ明るい気持ちになった。
 徐々に脳を覚醒させながら歯磨きや筋トレを済まし、朝食を摂るべく食料袋を探ると中には幾つかのフルーツと干し肉、それにソーセージがいっぱいに詰められていた。
 女は調理器具を探すべくキッチンを探索し、転がっていた七輪をリビングに持って来た。ストーブから火分けすれば簡易コンロとして活用できると模索したのだ。もちろんキッチンにはコンロもあったが電気でもガスでもない石炭コンロのような代物で、火加減に手こずりそうだし、何よりリビングの熱もキッチンまでは届いておらず寒いままなので七輪で十分と判断したようだ。
 彼女はキッチンで見つけたスキレットにソーセージを五本転がし放置し、暖まるまでフルーツでもと齧りながら見回すと部屋の隅に小さな書架を見つける。林檎を片手に近寄ってみると以外にも収められているのは故郷の古い作品で、聞いた事はあるがどんな内容かは知らない、いわゆる純文学というジャンルの本が収められていた。
 彼女は暇があれば筋トレをする質なのであまりこういった文学と言う物に触れて来なかったが、この雪に閉ざされた環境で久しく触れていなかった日本人名を懐かしく思い、並んだ背表紙の表題から今この環境にあっていそうな一冊を抜き出して読むことにした。表題と同じく名前は聞いた事があるがどんな人物かは知らない、しかし日本人であれば恐らく目に或いは耳にしたことのある著者を見て、初めて学校の授業以外で文豪の作品に触れるのが遠い異国であるのがどうにも可笑しく、女は口の端から自嘲を漏らす。
 席に戻って薄い本の表紙に描かれた花の絵をチラ見し、早速開いた一ページ目に書かれている表題を飛ばしてさっさと内容に移ろうとするとソーセージの焦げる匂いした。
 音。
 熱。
 反射。
 女は即座に手を引いて掌に息を吹きかける。
 持ち手を振って転がそうとしたところ、金属剥きだしの持ち手を不用意に握り火傷したのだ。
 本来軍手を着けたり専用の皮製品や布巾で覆って持つものだが残念ながら彼女はそんなことすら知らなかったし、仮に知っていても七面倒だと省いた事だろう。実際女はスキレットを振るのを諦め薪用の木の棒でソーセージを突いて転がすという蛮行に走っている。
 全てを裏返し終え今度こそ本を読み始めた。
 あまりにも有名な長いトンネルを抜けるシーンから始まる物語に、これがあの有名な書き出しの作品なのかと数行進んだ辺りでまたしてもソーセージが音を立てた。皮が裂けて漏れ出した肉汁がジュウジュウと芳しい香りを立てるので、女は急いでスキレットを七輪から取り上げて机の上に置いた。今度は最初から火箸で掴んでいた。
 キッチンから銀色のフォークを見つけ軽く洗い、錆びていない事を確認してから席に戻って勢いよく獲物を突き刺す。肉汁がまだ熱い鉄板に飛び散って音を立て聴覚と嗅覚を刺激。口内の唾液が分泌されるのを感じながら噛り付くと今までスーパーで買って食べた物とは到底比較にならない旨味がほとばしり、肉とハーブの香りの混ざった腸詰は女にもしかすると名物なのではないかと思わせた。
 彼女は卓上に伏せて広げたままの本の事などすっかり忘れて舌と鼻を楽しませ、あっという間になくなってしまい切なそうな顔を晒す。もっとないかと袋を漁るとまだ十本以上あったものの、掴んだところで明日明後日の事を考えに残しておくことにした。女は好きな物は最後に取っておくタイプだった。
 放置していた林檎を再び手にし、ソーセージの肉汁ほどではないが勝るとも劣らぬ果汁を楽しみ、今更気が付いた机の本をそっと閉じた。