表示設定
表示設定
目次 目次




#13

ー/ー



◇ ◇ ◇

「お母さん!お母さん!助けて!死んじゃう!」

 久峩耳シロはどうしてスピリッツ北部の田舎に来たのかを父親に問われ、やはり笑うなよと前置きしたにも関わらず酒で気の大きくなった両親に爆笑されていると風呂場から悲鳴が上がった。それは客人との話に盛り上がるなか先に風呂に入っていた少年のものだった。
 緊迫した悲鳴にただ事ではないと察した母親が浴場に向い、 父親は昨夜壁の飾り台から持ち出し暖炉の上に置かれたライフルを手に取り浴室へ急いだ。

 女も瞬時に酔いが覚め脳を戦闘モードに切り替え浴室と入り口を交互に警視しつつ、わずかな音も逃さぬよう耳をそばだてる。
 危険はないようだと浴室に向かおうとした女が両親に制止されダイニングで警戒を続行していると、すっかり緊張の解けた様子の両親に連れられて未だ不安顔の少年が戻ってきた。

「どうした?昨日来たっていうククウェアか?」
「いえ大事ありません。ライアンが大人になったんです」

 女は意味が分からず目をしばたたかせ、釣り目気味な眼をどんぐりのように丸くして子供に向けると、少年の太腿から血の混じった湯の筋が残っており、なるほどそう言う事かと事の次第を察した。

「てっきり名前からして男だと思ってたんだが、女だったんだな」
「ええ今日からはですが。ネリットでは願いを込めて動物の名前を付けるんです。ライアンは強い子に育ちますようにと願って付けました。そうだ、今日ここに居るのも何かの縁、折角だからジローに名前を付けてもらおう」

 むしろこの父親の突拍子もない提案の方が女を驚かせた。

「どういうことだ?そいつの名前はライアンだろ?」
「これも風習でしてね。初潮を迎えるまでは名前の性に従うので男として扱ってきましたが、たった今からこの子は女。だから女の子の名前も必要なんです」

「いいのか?俺はネリット族の流行りや定型なんて分からないが」
「私達にはたくさんの名前がありますので気負いなく。よっぽど酷い意味合いでしたら流石に止めますが」

 机の元の位置に着いた両親の承諾もあり、まだ少し不安気な少女になったばかりの瞳に隣から見上げられ、断ることも気が引けた女は腕を組んで考え込む。子供が母親に「本当に大丈夫なんだよね」と問い、「あたしもそうだったから平気よ」なんて会話を聞きながら熟考した末、思いついた物を口にだした。

「リオン」
「リオン?」

「ああ、ライアンは獅子からだろ?だからライオンをローマ字読みにしてみたんだが気に入らないか?もっと女の子らしいのがいいならリオネとかリオナってのも」
「素敵じゃない」
「ああ実に良い響きじゃないか。ライアン、お前は今からリオンだ。いいね?」

 少女の言葉に名前の由来を説明し他の候補も上げようとしたのだが、両親はいたく気に入ってくれたらしく子供にそう言い聞かせる。ライアンもといリオンもまた満更でもない様子だったので、無事名づけがうまくいったことで晴れて名付け親となった女はほっと胸をなでおろした。

「リオン、リオンね。なんだか凄くしっくりくる」
「こらリオン。もう女の子なんだから言葉遣いにも気を配りなさい」
「まあまあ母さんいいじゃないか。そんな直ぐに女言葉で話せと言っても慣れないだろうし。そんな事よりお祝いだ、ほらたんとお食べ。明日は村長からイッカクの肉を分けてもらおう。それにキビヤックの準備もしなくちゃあね」

 父親が自分のスープ皿を手に取り大きな鍋から肉を多めに入れてリオンの前に置くと、すっかり顔色の戻った少女はそれを神妙顔で頬張った。


次のエピソードへ進む #14


みんなのリアクション

◇ ◇ ◇
「お母さん!お母さん!助けて!死んじゃう!」
 久峩耳シロはどうしてスピリッツ北部の田舎に来たのかを父親に問われ、やはり笑うなよと前置きしたにも関わらず酒で気の大きくなった両親に爆笑されていると風呂場から悲鳴が上がった。それは客人との話に盛り上がるなか先に風呂に入っていた少年のものだった。
 緊迫した悲鳴にただ事ではないと察した母親が浴場に向い、 父親は昨夜壁の飾り台から持ち出し暖炉の上に置かれたライフルを手に取り浴室へ急いだ。
 女も瞬時に酔いが覚め脳を戦闘モードに切り替え浴室と入り口を交互に警視しつつ、わずかな音も逃さぬよう耳をそばだてる。
 危険はないようだと浴室に向かおうとした女が両親に制止されダイニングで警戒を続行していると、すっかり緊張の解けた様子の両親に連れられて未だ不安顔の少年が戻ってきた。
「どうした?昨日来たっていうククウェアか?」
「いえ大事ありません。ライアンが大人になったんです」
 女は意味が分からず目をしばたたかせ、釣り目気味な眼をどんぐりのように丸くして子供に向けると、少年の太腿から血の混じった湯の筋が残っており、なるほどそう言う事かと事の次第を察した。
「てっきり名前からして男だと思ってたんだが、女だったんだな」
「ええ今日からはですが。ネリットでは願いを込めて動物の名前を付けるんです。ライアンは強い子に育ちますようにと願って付けました。そうだ、今日ここに居るのも何かの縁、折角だからジローに名前を付けてもらおう」
 むしろこの父親の突拍子もない提案の方が女を驚かせた。
「どういうことだ?そいつの名前はライアンだろ?」
「これも風習でしてね。初潮を迎えるまでは名前の性に従うので男として扱ってきましたが、たった今からこの子は女。だから女の子の名前も必要なんです」
「いいのか?俺はネリット族の流行りや定型なんて分からないが」
「私達にはたくさんの名前がありますので気負いなく。よっぽど酷い意味合いでしたら流石に止めますが」
 机の元の位置に着いた両親の承諾もあり、まだ少し不安気な少女になったばかりの瞳に隣から見上げられ、断ることも気が引けた女は腕を組んで考え込む。子供が母親に「本当に大丈夫なんだよね」と問い、「あたしもそうだったから平気よ」なんて会話を聞きながら熟考した末、思いついた物を口にだした。
「リオン」
「リオン?」
「ああ、ライアンは獅子からだろ?だからライオンをローマ字読みにしてみたんだが気に入らないか?もっと女の子らしいのがいいならリオネとかリオナってのも」
「素敵じゃない」
「ああ実に良い響きじゃないか。ライアン、お前は今からリオンだ。いいね?」
 少女の言葉に名前の由来を説明し他の候補も上げようとしたのだが、両親はいたく気に入ってくれたらしく子供にそう言い聞かせる。ライアンもといリオンもまた満更でもない様子だったので、無事名づけがうまくいったことで晴れて名付け親となった女はほっと胸をなでおろした。
「リオン、リオンね。なんだか凄くしっくりくる」
「こらリオン。もう女の子なんだから言葉遣いにも気を配りなさい」
「まあまあ母さんいいじゃないか。そんな直ぐに女言葉で話せと言っても慣れないだろうし。そんな事よりお祝いだ、ほらたんとお食べ。明日は村長からイッカクの肉を分けてもらおう。それにキビヤックの準備もしなくちゃあね」
 父親が自分のスープ皿を手に取り大きな鍋から肉を多めに入れてリオンの前に置くと、すっかり顔色の戻った少女はそれを神妙顔で頬張った。