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#10

ー/ー



「ジロー!お待たせー!」

 少年は数時間前と同じ道を辿り秘密基地に辿り着く。
 傍に横たわる白熊すら気に留めず中に這い入ると、蛮族のような見た目に反して真剣な顔で読書に励むシロがいた。胡坐をかいた膝上に広げられた分厚い本はネリット族の英雄譚で、ライアンに限らずこの土地の子供達は一人残らず読み聞かせられる代物だ。

 少年は本に没頭し家主の到来に気付かない女にもう一度声をかける。
 ようやく伝承世界から意識を戻した女は約束通り迎えに来た子供と犬を認めると、本を閉じて朝の挨拶をした。

「おっす。まだ日も昇ったばかりなのに随分早かったな」
「おっす?」

「おはようございますの略だ」
「じゃあおっす。日本ではこれが朝の挨拶なの?」

「それは人によるな。丁寧なのは『おはようございます』だが生まれがよけりゃ『ごきげんよう』、『うい~』つって手を挙げるだけの時もあるし大人になると『お疲れ様です』が挨拶にもなる」
「へー、ずいぶん種類があるんだ」

「他人に迷惑かけなけりゃ何でもありの国だからな。さてと、取り合えず近場の町にでも行って情報収集がしたいんだが案内頼めるか?」
「構わないけどその前に一つ聞いてもいい?」

「なんだ?」
「さっき聞き忘れたんだけど、なんで日本人がこんな所にいるの?それもそんな寒そうな格好で」

「……笑うなよ?」
「笑わない。セドナ様に誓って」

「乗る飛行機を間違えたんだ。本当は友達との約束の為に日本へ帰るつもりだったんだが、うっかり違うのに乗っちまってな。飛び立ってから気が付いたんだ。で、到着して改めて日本行きを探そうと思ったら全便欠航してやがってな。仕方ねーから歩いて日本まで帰ろうとしてるってわけだ」

 本を読んでいた時の知的な雰囲気から、もしかすると研究者が旅の一団からはぐれ服どころか荷物も一切合切なくしてここに至ったのかと思っていたのに、間抜けな上にあまりにも無謀な帰国予定に少年は吹き出すのを我慢できなかった。
 少年はひとしきり笑った後もう一つ教えてと女を外に連れ出し、カマクラの側に横たわる白熊を指さした。

「これはジローが狩ったの?」
「ああ、襲って来たからな。もしかしてこの土地で熊殺しはまずかったか?」

「そんなことないよ。だって獲物は自分から狩られに来るものだから」
「なんだそりゃ」
「そのままだよ。動物は人間が生きるために血肉を分けてくれて、命はまた新しい身体に宿る。人間も犬も死ぬとまた新しい身体に入る。そういうものでしょ?」

 雪の家の前で佇み一様に白い息を吐いているが、一人だけ赤道直下の南国人のような軽装女は二の腕をさすりながら鼻をすする。くしゃみした事で脳に刺激されたからか、女は自国の似たような文化を思い出した。

「この辺はアミニズムだっけか?詳しくは知らないがどことなくアイヌっぽい考え方で嫌いじゃないぜ」
「アイヌ?」

「日本の寒い地域の民族だ。それに日本では万物に命が宿るって考えが基本だし、意外と日本人と近い思考回路してんのかもな」
「それなら良かった。昔村に来た人達はネリット族の事を野蛮で生肉しか食べないって決めつけてて、村で少し問題になったけどジローは大丈夫そうだね」

「こっちこそ良かった。そんで獲物って呼ぶって事は食っていいんだよなコイツ。殺して直ぐに喉割いたからある程度血も抜けてるだろうし、もしよかったら土産ってことにできないか?どうせ一人じゃ食いきれねーだろうし」
「名案だね。それならククウェアも来ない。じゃあ運ぶ為に大人達を呼んでくるね」
「いや二度手間だろそれ。それでククウェアって?」

 女は白熊を運ぶべく頭の上に白熊の頭部を、両肩に前脚を担いで胸の前でクロスさせ何のこともないように立ち上がり少年をの目を丸くさせた。直立した彼女は村の誰よりも背が高くおそらく170㎝は超えており、更に腰の後ろには短剣の柄のような物が覗いている。物騒な武器を持ってはいるがそれ以上に目立つ全身を覆う鎧のような筋肉と八つに割れた腹筋は歴戦の猛者か或いは古代ローマにいたという拳闘士を連想させ、少年はもしかするとこの人はプロレスラーというやつだろうかと考えた。
 少年は出会った時から女が只者ではないと雰囲気で察していたが見た目以上の怪力にタローと目を合わせ、相棒も同じ気持ちらしくいつも高い体温を発散するべく常時開いている口を閉じ凝視していた。

「なんだよじろじろ見て。村はどっちだ?あとククウェアについても教えろよ気になるだろ」
「あ、えーっと、こっち」

 先程付けたばかりの足跡の元を指し方向を示すと、白熊をおんぶした女がその巨大な後ろ足で雪に二本の太い線を引きながら進み始める。少年はあまりに規格外な女を見て漫画の中の主人公に出会ったような気持になり、寒さ以外の何かに頬を上気させながらククウェアについての説明を始めた。

「ククウェアっていうのはね十本足の白熊のことなんだ」
「ほう?」

「昔々不猟の続いた冬、ある男は久しぶりに獲物を狩れたがその男はとても欲張りで、獲物の肉を誰にも分け与えなかった。仕方なくハンターが狩りに出たところ十歩足の大白熊ククウェアの巣を見つけて、怖かったけど村のためになんとか狩って持ち帰った。そして村の皆のお腹は満たされて、欲張り男も改心したっていう話。それから獲物を一人占めしたら恐ろしいククウェアが来るって話が生まれたんだって」
「なんだもう狩られて居ないのか。てっきりコイツがそうかと思ったんだが、足の数が四本ほど足りてねーし違うみてーだな。折角だし一目見てみたかったぜ」

 背負った毛皮が風を遮り体温の低下が緩和した事と、少し歩いた事で身体の身体が温まったのか震えの止まった女は残念そうに呟いた。

「お話では高い所から落として殺したって伝わってるけどククウェアの子供達はまだいるみたいで、今は足の多い白熊を全部ククウェアって呼んでるからそれもククウェアだよ。つい昨日もお祭りの最中に現れたって誰かが叫んでたからもしかしたら見れるかも。それか今ジローが担いでるのが昨日騒がれてた個体かもしれないけど」
「村に来たって事は誰かが食料を独占してるってことか?」
「まさか。伝承の時代と違って今は狩りだけじゃなく他のお仕事で稼いだお金でそれぞれ暮らしてて、村は飢えてないし狩った獲物をいちいち村に知らせることもしてないから無関係じゃないかな」


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「ジロー!お待たせー!」
 少年は数時間前と同じ道を辿り秘密基地に辿り着く。
 傍に横たわる白熊すら気に留めず中に這い入ると、蛮族のような見た目に反して真剣な顔で読書に励むシロがいた。胡坐をかいた膝上に広げられた分厚い本はネリット族の英雄譚で、ライアンに限らずこの土地の子供達は一人残らず読み聞かせられる代物だ。
 少年は本に没頭し家主の到来に気付かない女にもう一度声をかける。
 ようやく伝承世界から意識を戻した女は約束通り迎えに来た子供と犬を認めると、本を閉じて朝の挨拶をした。
「おっす。まだ日も昇ったばかりなのに随分早かったな」
「おっす?」
「おはようございますの略だ」
「じゃあおっす。日本ではこれが朝の挨拶なの?」
「それは人によるな。丁寧なのは『おはようございます』だが生まれがよけりゃ『ごきげんよう』、『うい~』つって手を挙げるだけの時もあるし大人になると『お疲れ様です』が挨拶にもなる」
「へー、ずいぶん種類があるんだ」
「他人に迷惑かけなけりゃ何でもありの国だからな。さてと、取り合えず近場の町にでも行って情報収集がしたいんだが案内頼めるか?」
「構わないけどその前に一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「さっき聞き忘れたんだけど、なんで日本人がこんな所にいるの?それもそんな寒そうな格好で」
「……笑うなよ?」
「笑わない。セドナ様に誓って」
「乗る飛行機を間違えたんだ。本当は友達との約束の為に日本へ帰るつもりだったんだが、うっかり違うのに乗っちまってな。飛び立ってから気が付いたんだ。で、到着して改めて日本行きを探そうと思ったら全便欠航してやがってな。仕方ねーから歩いて日本まで帰ろうとしてるってわけだ」
 本を読んでいた時の知的な雰囲気から、もしかすると研究者が旅の一団からはぐれ服どころか荷物も一切合切なくしてここに至ったのかと思っていたのに、間抜けな上にあまりにも無謀な帰国予定に少年は吹き出すのを我慢できなかった。
 少年はひとしきり笑った後もう一つ教えてと女を外に連れ出し、カマクラの側に横たわる白熊を指さした。
「これはジローが狩ったの?」
「ああ、襲って来たからな。もしかしてこの土地で熊殺しはまずかったか?」
「そんなことないよ。だって獲物は自分から狩られに来るものだから」
「なんだそりゃ」
「そのままだよ。動物は人間が生きるために血肉を分けてくれて、命はまた新しい身体に宿る。人間も犬も死ぬとまた新しい身体に入る。そういうものでしょ?」
 雪の家の前で佇み一様に白い息を吐いているが、一人だけ赤道直下の南国人のような軽装女は二の腕をさすりながら鼻をすする。くしゃみした事で脳に刺激されたからか、女は自国の似たような文化を思い出した。
「この辺はアミニズムだっけか?詳しくは知らないがどことなくアイヌっぽい考え方で嫌いじゃないぜ」
「アイヌ?」
「日本の寒い地域の民族だ。それに日本では万物に命が宿るって考えが基本だし、意外と日本人と近い思考回路してんのかもな」
「それなら良かった。昔村に来た人達はネリット族の事を野蛮で生肉しか食べないって決めつけてて、村で少し問題になったけどジローは大丈夫そうだね」
「こっちこそ良かった。そんで獲物って呼ぶって事は食っていいんだよなコイツ。殺して直ぐに喉割いたからある程度血も抜けてるだろうし、もしよかったら土産ってことにできないか?どうせ一人じゃ食いきれねーだろうし」
「名案だね。それならククウェアも来ない。じゃあ運ぶ為に大人達を呼んでくるね」
「いや二度手間だろそれ。それでククウェアって?」
 女は白熊を運ぶべく頭の上に白熊の頭部を、両肩に前脚を担いで胸の前でクロスさせ何のこともないように立ち上がり少年をの目を丸くさせた。直立した彼女は村の誰よりも背が高くおそらく170㎝は超えており、更に腰の後ろには短剣の柄のような物が覗いている。物騒な武器を持ってはいるがそれ以上に目立つ全身を覆う鎧のような筋肉と八つに割れた腹筋は歴戦の猛者か或いは古代ローマにいたという拳闘士を連想させ、少年はもしかするとこの人はプロレスラーというやつだろうかと考えた。
 少年は出会った時から女が只者ではないと雰囲気で察していたが見た目以上の怪力にタローと目を合わせ、相棒も同じ気持ちらしくいつも高い体温を発散するべく常時開いている口を閉じ凝視していた。
「なんだよじろじろ見て。村はどっちだ?あとククウェアについても教えろよ気になるだろ」
「あ、えーっと、こっち」
 先程付けたばかりの足跡の元を指し方向を示すと、白熊をおんぶした女がその巨大な後ろ足で雪に二本の太い線を引きながら進み始める。少年はあまりに規格外な女を見て漫画の中の主人公に出会ったような気持になり、寒さ以外の何かに頬を上気させながらククウェアについての説明を始めた。
「ククウェアっていうのはね十本足の白熊のことなんだ」
「ほう?」
「昔々不猟の続いた冬、ある男は久しぶりに獲物を狩れたがその男はとても欲張りで、獲物の肉を誰にも分け与えなかった。仕方なくハンターが狩りに出たところ十歩足の大白熊ククウェアの巣を見つけて、怖かったけど村のためになんとか狩って持ち帰った。そして村の皆のお腹は満たされて、欲張り男も改心したっていう話。それから獲物を一人占めしたら恐ろしいククウェアが来るって話が生まれたんだって」
「なんだもう狩られて居ないのか。てっきりコイツがそうかと思ったんだが、足の数が四本ほど足りてねーし違うみてーだな。折角だし一目見てみたかったぜ」
 背負った毛皮が風を遮り体温の低下が緩和した事と、少し歩いた事で身体の身体が温まったのか震えの止まった女は残念そうに呟いた。
「お話では高い所から落として殺したって伝わってるけどククウェアの子供達はまだいるみたいで、今は足の多い白熊を全部ククウェアって呼んでるからそれもククウェアだよ。つい昨日もお祭りの最中に現れたって誰かが叫んでたからもしかしたら見れるかも。それか今ジローが担いでるのが昨日騒がれてた個体かもしれないけど」
「村に来たって事は誰かが食料を独占してるってことか?」
「まさか。伝承の時代と違って今は狩りだけじゃなく他のお仕事で稼いだお金でそれぞれ暮らしてて、村は飢えてないし狩った獲物をいちいち村に知らせることもしてないから無関係じゃないかな」