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二日目

ー/ー



 その日のユリは、やけに上機嫌だった。
「ね、怜司。今日、何の日だかわかる?」
 そう聞かれても俺には答えられないし、今日がいつなのかもわからない。窓から太陽が見えているから、昼なのだということはわかるけれど。
「正解はね、あたしと怜司が出会った日、でした! 懐かしいよねぇ、もう九年前になるんだっけ」
 もうそんなに経つのか。月日が過ぎるのは早い。
「というわけで、怜司にはプレゼントを用意しました!」
 そう言うなり彼女はドアの向こうに消え、何かを持って現れた。
「ジャーン、記念日ケーキ! 気に入ってくれるといいな」
 白い表面に果物がちょこんと乗っている、かわいらしいケーキだった。ほんのりと甘酸っぱい匂いがただよってくる。
 なるほど。朝からドアの向こうでガチャガチャと聞こえると思っていたら、これを作っていたらしい。
「さっき味見した時は、なんかマズかったけど……ま、レシピ通り作ったんだし大丈夫! きっとおいしい!」
 その自信はどこから来るのだろう。
 とはいえ彼女が俺のためにこれを作ってくれたのだと思うと、素直にすごく嬉しい。できれば自由な身で、この晴れた天気の下で食べられたら、もっと良かったのだが。
 その時、ピンポンという音がした。
「あれ? 誰か来たみたい。ちょっと待ってね」
 彼女はケーキを置き去りにして、出て行ってしまった。
 それにしても一体、誰が来たのだろう。もしかしたら誰かが、俺を助け出しに来てくれたのだろうか?
 そんなことを考えていると──

「やあ、こんにちは」
 ずかずかと部屋に入ってきたのは、見知らぬ痩せた男だった。
 そいつの視線が部屋をなめまわし、拘束されている俺と、ケーキに向けられる。
 男は俺を見ると不快そうに顔をしかめ、彼女へと問いかけた。
「ねえ。どういうこと? 僕の誘いを断っておいてさあ」
「アイト、今日は都合悪いって言ったでしょ。ていうか、勝手に入ってこないで」
 アイトと呼ばれた男は、ユリの言葉を気にした風もなく、彼女に詰め寄る。誰だ、この馴れ馴れしい男は。ユリとはどういう関係だ?
 俺は、早くこの部屋から出たいと思っていた。しかし二人の場所を勝手に踏み荒らされたことに、反感がふくれ上がる。
「これのどこが、都合悪いのかなあ? 僕のこと無視した、ってことじゃないの?」
「はあ?」
「僕のこと放置して、ユリは自分だけ楽しく過ごしてたんだろ!? 僕の気も知らずにさぁ!」
 怒鳴りながら壁を叩き、男が彼女を見下ろしている。こいつ、何のつもりだ?
「あんたがいたら、どうせこうなるから「都合悪い」って言ったの。そんなこともわからない?」
 男の手が再び壁を叩く。
「僕よりもソイツの方がイイってことかよ!? 僕がユリのこと、どれだけ想ってやってるのかわかるか!?」
「どんだけ怜司に嫉妬してるの? バカじゃな……」
 彼女がそう言いかけた時。男の腕が彼女の顔に伸びた。まさか殴る気か、と思ったがそうではなかった。
「んっ……」
 驚いたような、彼女のくぐもった声。
 男は彼女の顔を無理やり自分のほうに向け、彼女とキスをしていた。俺の目の前で、彼女と男の唇が合わさっている。
 呆然とする。やがて腹の底から、怒りが込み上げてきた。
 やめろ。軽々しく彼女に触れるな。そこはお前なんかがキスをしていい場所じゃないんだ。早く離れろ、彼女から離れろ!
「やめてよ!」
 彼女が男を突き飛ばす。男はようやくキスするのをやめ、自分の口周りをペロリとなめとった。
「ふっ……」
 そいつは俺の方を見ると、勝ち誇ったように笑った。いや、確実に俺を見下した笑い方だった。
 状況が許すなら、俺は男に飛びかかっていただろう。しかし悲しいことに、拘束されているせいでそれは叶わない。
「帰って」
 静寂を破ったのは、彼女の声だった。
「帰れって言ってるの」
「カレシに対して、その口のきき方はないんじゃない? 君は僕のカノジョだろ? さっきのキスだって喜んで受け入れてたし、ねえ?」
 ユリは黙ったまま、男をにらみつけている。根負けしたように、男が視線を外した。
「まあいいや、今日のところは」
「僕は優しいカレシだからさあ、寂しくなったら呼んでくれてもいいんだよ? じゃあね、ユリ」
 男が部屋を出ていく。彼女のため息が部屋に響いた。

 クソッ、あの男、一体なんなんだ!
 ユリにキスしたり、彼女だと言ったり……なにもかも無茶苦茶だ。
 いや、でも。あいつに彼女だと言われて、ユリは否定していなかった。
 そうだ、キスと言えば。俺は最近、ユリとキスをしていない。
 少なくとも、閉じ込められてからは一度もしていない。昨夜も抱きしめるだけだった。
 まさか。彼女が俺を閉じ込めたのは、邪魔な俺を片付けて、あいつと一緒になるためなのか? いや、それにしては、あの男に対するユリの態度は冷たかった。
 俺のほうが、あの男より絶対にユリに好かれている。だからこうして閉じ込められている。そのはずだ。
「ごめんね、怜司。ビックリさせたよね……」
 彼女が、悲しげな瞳で俺を見ている。俺には、彼女にかける言葉が無かった。
 色々と知りたいことはある。でも彼女の沈んだ顔を見たら、そんな気持ちはどこかへ消えてしまった。
「あ、そういえば! ケーキ、まだ食べてなかったよね」
 手を打ちながら、彼女が声を弾ませる。
 ユリが、ケーキを俺の前に差し出してきた。やはり良い匂いがする。
「なんだか散々な目にあっちゃったけど、気をとりなおして召し上がれ!」
 彼女が少し無理をしているのが、俺にはわかった。
 彼女の心を曇らせた、あの男が憎い。この鎖さえ外してくれたら、もう二度とユリに手出しできないようにしてやるのに。
「食べないの?」
 俺は慌てて、ケーキをほおばる。
 こ、これは……うまい!
 甘酸っぱい味が広がり、腹の底から幸せが湧き上がる。さっきあんな出来事があったというのに、それでも俺にはうまいと思えた。
「ね、おいしいでしょ。どうだ、まいったか!」
 彼女に心からの笑顔が戻る。それが俺には嬉しかった。


次のエピソードへ進む 三日目


みんなのリアクション

 その日のユリは、やけに上機嫌だった。
「ね、怜司。今日、何の日だかわかる?」
 そう聞かれても俺には答えられないし、今日がいつなのかもわからない。窓から太陽が見えているから、昼なのだということはわかるけれど。
「正解はね、あたしと怜司が出会った日、でした! 懐かしいよねぇ、もう九年前になるんだっけ」
 もうそんなに経つのか。月日が過ぎるのは早い。
「というわけで、怜司にはプレゼントを用意しました!」
 そう言うなり彼女はドアの向こうに消え、何かを持って現れた。
「ジャーン、記念日ケーキ! 気に入ってくれるといいな」
 白い表面に果物がちょこんと乗っている、かわいらしいケーキだった。ほんのりと甘酸っぱい匂いがただよってくる。
 なるほど。朝からドアの向こうでガチャガチャと聞こえると思っていたら、これを作っていたらしい。
「さっき味見した時は、なんかマズかったけど……ま、レシピ通り作ったんだし大丈夫! きっとおいしい!」
 その自信はどこから来るのだろう。
 とはいえ彼女が俺のためにこれを作ってくれたのだと思うと、素直にすごく嬉しい。できれば自由な身で、この晴れた天気の下で食べられたら、もっと良かったのだが。
 その時、ピンポンという音がした。
「あれ? 誰か来たみたい。ちょっと待ってね」
 彼女はケーキを置き去りにして、出て行ってしまった。
 それにしても一体、誰が来たのだろう。もしかしたら誰かが、俺を助け出しに来てくれたのだろうか?
 そんなことを考えていると──
「やあ、こんにちは」
 ずかずかと部屋に入ってきたのは、見知らぬ痩せた男だった。
 そいつの視線が部屋をなめまわし、拘束されている俺と、ケーキに向けられる。
 男は俺を見ると不快そうに顔をしかめ、彼女へと問いかけた。
「ねえ。どういうこと? 僕の誘いを断っておいてさあ」
「アイト、今日は都合悪いって言ったでしょ。ていうか、勝手に入ってこないで」
 アイトと呼ばれた男は、ユリの言葉を気にした風もなく、彼女に詰め寄る。誰だ、この馴れ馴れしい男は。ユリとはどういう関係だ?
 俺は、早くこの部屋から出たいと思っていた。しかし二人の場所を勝手に踏み荒らされたことに、反感がふくれ上がる。
「これのどこが、都合悪いのかなあ? 僕のこと無視した、ってことじゃないの?」
「はあ?」
「僕のこと放置して、ユリは自分だけ楽しく過ごしてたんだろ!? 僕の気も知らずにさぁ!」
 怒鳴りながら壁を叩き、男が彼女を見下ろしている。こいつ、何のつもりだ?
「あんたがいたら、どうせこうなるから「都合悪い」って言ったの。そんなこともわからない?」
 男の手が再び壁を叩く。
「僕よりもソイツの方がイイってことかよ!? 僕がユリのこと、どれだけ想ってやってるのかわかるか!?」
「どんだけ怜司に嫉妬してるの? バカじゃな……」
 彼女がそう言いかけた時。男の腕が彼女の顔に伸びた。まさか殴る気か、と思ったがそうではなかった。
「んっ……」
 驚いたような、彼女のくぐもった声。
 男は彼女の顔を無理やり自分のほうに向け、彼女とキスをしていた。俺の目の前で、彼女と男の唇が合わさっている。
 呆然とする。やがて腹の底から、怒りが込み上げてきた。
 やめろ。軽々しく彼女に触れるな。そこはお前なんかがキスをしていい場所じゃないんだ。早く離れろ、彼女から離れろ!
「やめてよ!」
 彼女が男を突き飛ばす。男はようやくキスするのをやめ、自分の口周りをペロリとなめとった。
「ふっ……」
 そいつは俺の方を見ると、勝ち誇ったように笑った。いや、確実に俺を見下した笑い方だった。
 状況が許すなら、俺は男に飛びかかっていただろう。しかし悲しいことに、拘束されているせいでそれは叶わない。
「帰って」
 静寂を破ったのは、彼女の声だった。
「帰れって言ってるの」
「カレシに対して、その口のきき方はないんじゃない? 君は僕のカノジョだろ? さっきのキスだって喜んで受け入れてたし、ねえ?」
 ユリは黙ったまま、男をにらみつけている。根負けしたように、男が視線を外した。
「まあいいや、今日のところは」
「僕は優しいカレシだからさあ、寂しくなったら呼んでくれてもいいんだよ? じゃあね、ユリ」
 男が部屋を出ていく。彼女のため息が部屋に響いた。
 クソッ、あの男、一体なんなんだ!
 ユリにキスしたり、彼女だと言ったり……なにもかも無茶苦茶だ。
 いや、でも。あいつに彼女だと言われて、ユリは否定していなかった。
 そうだ、キスと言えば。俺は最近、ユリとキスをしていない。
 少なくとも、閉じ込められてからは一度もしていない。昨夜も抱きしめるだけだった。
 まさか。彼女が俺を閉じ込めたのは、邪魔な俺を片付けて、あいつと一緒になるためなのか? いや、それにしては、あの男に対するユリの態度は冷たかった。
 俺のほうが、あの男より絶対にユリに好かれている。だからこうして閉じ込められている。そのはずだ。
「ごめんね、怜司。ビックリさせたよね……」
 彼女が、悲しげな瞳で俺を見ている。俺には、彼女にかける言葉が無かった。
 色々と知りたいことはある。でも彼女の沈んだ顔を見たら、そんな気持ちはどこかへ消えてしまった。
「あ、そういえば! ケーキ、まだ食べてなかったよね」
 手を打ちながら、彼女が声を弾ませる。
 ユリが、ケーキを俺の前に差し出してきた。やはり良い匂いがする。
「なんだか散々な目にあっちゃったけど、気をとりなおして召し上がれ!」
 彼女が少し無理をしているのが、俺にはわかった。
 彼女の心を曇らせた、あの男が憎い。この鎖さえ外してくれたら、もう二度とユリに手出しできないようにしてやるのに。
「食べないの?」
 俺は慌てて、ケーキをほおばる。
 こ、これは……うまい!
 甘酸っぱい味が広がり、腹の底から幸せが湧き上がる。さっきあんな出来事があったというのに、それでも俺にはうまいと思えた。
「ね、おいしいでしょ。どうだ、まいったか!」
 彼女に心からの笑顔が戻る。それが俺には嬉しかった。